上 下
105 / 616

第105話 魂印

しおりを挟む
「腹ヘラナイ。助カル!」

 ゴブリン達は喜びに満ち溢れていた。卑下た笑いではない純粋な笑顔。その感情は人間のそれとなんら変わりない。

「マスターもよろしいですか?」

「ああ、構わない。彼等が望んだ事だ。その意見を尊重しよう」

「わかりました。では、最初なのでちゃんとやります」

 ということは、ちゃんとやらなくてもいいのだろうか? よくわからん……。

「では、マスターはここに立ってください。ゴブリンの皆さんはこちらへ」

 なにやら手順があるようで、あーだこーだと指示を飛ばす108番は、手際よく儀式の準備を進めていく。

「あ、ワンちゃんは邪魔なんで、あっち行ってて下さい」

「ワンちゃんだと!?」

 抗議の声を上げるコクセイを華麗にスルー。108番はあっちこっちと大忙しだ。
 暫く睨み続けていたコクセイであったが、まったく相手にされていないことを悟り、仕方なく部屋の隅へと移動すると不貞腐れるように寝そべった。

「よし。こんなもんですかね」

 汗なんてかくはずがないのに、片腕で額を拭うような仕草をして見せた108番は、両手を腰に当て満足そうに頷く。
 ゴブリン達は部屋の中央へと集められ、それと向き合うように棒立ちする俺。

「では、始めましょう。久しぶりなんで気合い入っちゃいますね!」

 108番は緊張を解す為なのか、気を落ち着ける為なのか。目を深く閉じると胸を大きく膨らませ深呼吸。
 精神体が呼吸をするのかという疑問はひとまず置いておいて、少なくとも俺にはそう見えた。
 そして、108番が次に目を開けた瞬間。その雰囲気がガラリと変わった。
 全てを見透かしているような冷酷な目。張り詰めた空気。その視線がゴブリン達へと向けられる。

「王の前へと跪きなさい」

 急にそんな目で見られようものなら体も強張ってしまうだろう。
 しかし、ゴブリン達はそれを当たり前のように受け入れ、静かに跪く。
 108番はゴブリン達に向け両手を大きく広げると、天を仰いだ。

『虚ろはざる深淵の迷宮、怨嗟払いし魔の王は我が迷宮の主なり。
 偉大なる王の器に導かれし迷える魂よ。今ここに指し示す道しるべは運命。
 王が与えるは慈悲。寵愛を受けし汝等は、敬い崇め平伏し生涯を捧げよ。
 祖たる汝の御心が、王の礎に成り行くことを魂に刻め……』

 108番が言葉を紡ぐごとに引き込まれていく自分がいた。その姿が面妖でもあり神秘的でもあり美しくも見える。
 広げた両手の片手にダンジョン中の魔力が集まっていく。それは視覚というより、感覚で捉えていた。
 耳に入って来た言葉の意味は理解出来ず、俺はそれをただボーっと眺めているだけ。
 祝詞のような呪文を言い終え、ゆっくりと振り向いた108番の表情は見たこともないほどに真面目な表情。凛として冷たい雰囲気は、なんというか近寄り難い。
 そんな顔が僅かに緩みを見せた瞬間、108番の右手が俺の胸を貫いた。
 それを見たコクセイは驚き、立ち上がる。

「——ッ!? 九条殿!」

「いや……、大丈夫だ」

 いきなりすぎて身体が跳ね上がるも、痛みがないことはわかっていた。
 108番は精神体。そもそも物に触れることすら出来ないのだ。とは言え、気持ちのいいものではないのも確か。
 そして、その手がゆっくり引き抜かれると、108番が手に持っていたのは何かの円柱の塊。それを、俺に差し出した。
 108番の手のひらに乗っているそれは、ガラスなのか水晶なのかわからないが、透明な素材で出来た大きめの印鑑のような物。
 これを俺の体内から取り出したということなのだろうか?
 その印面に彫られているのは文字ではなく、見たことのない何かのシンボル。
 それを手に取ると、108番は元の108番へと戻っていた。

「いやー、久しぶりだったんでちゃんと出来るかわからなかったんですけど、出来ましたねぇ」

 あまりの変わり身の早さに唖然としたが、そんなことよりも受け取ってしまったこれのをどうすればいいのかが気になった。

「これは?」

「それは魂印こんいんです。これを登録する魔物にポンっと押せば契約完了。ダンジョンの魔物と認定され、マスターの魔力を糧に活動することが出来ます」

 108番がゴブリンの1匹に目配せすると。そいつは俺の目の前で跪いた。
 どこに押せばいいのか悩むことはなかった。跪くゴブリンの背中――首筋のあたりがまるでここに押せと言わんばかりに淡く光り輝いていたからだ。
 どれくらいの力で押せばいいのか……。痕が残るくらい強くか? 朱肉は必要なのか?
 助言を求め108番を見るも、無言で頷くだけ。
 戸惑いながらも、そーっとゴブリンの首筋に魂印こんいんを押しあて、その反発が指先に伝わった瞬間、それは消えてなくなった。
 残ったのはゴブリンの首筋にある魂印こんいんの痕。

「どうだ? 何か変わったか?」

「ワカラン。痛クハナイ」

「そうか……」

 とりあえず成功ということでいいのだろうか。見た目にはほとんど何も変わっていない。

「この後はどうすれば……」

 俺の言葉は、盛大な拍手で遮られた。

「おめでとうございますマスター! これで契約は成りました。いやー、これを皮切りにどんどん仲間を増やしていきましょう! 昔のような賑やかなダンジョンを目指して頑張りましょうね!」

「……断る」

「チッ……やっぱダメですか……」

 恐らくその場のノリで「うん」と言わせたかったのだろうが、そうはいかない。
 そんな理由でゴブリン達を住まわせるわけではないのだ。恐らく護衛としても役には立たないだろう。
 では何故なのかと思うかもしれないが、最初から俺がゴブリンを見逃しさえしなければ、村がゴブリンに襲われる事もなかったのだ。
 1度助けた命。無下にするのも忍びない。ならば最後まで面倒を見るのが筋というもの。
 例えは悪いが、やっていることは野良猫の保護と何ら変わりない。これは自分に対する戒めなのだ。
 幸いダンジョンには管理者の108番がいる。魔物の扱いなら108番に任せるのが良いだろう。
 それに、契約すれば腹も減らないときたもんだ。下手に解放するより目の届く場所に置いておいた方が無難。
 まぁ、そう悲観することでもない。ダンジョンに使用人を雇ったと思えばいいのだ。メイド服でも着せてやれば見れないことも……。いや、それはよそう……。

「これを全員分やればいいのか?」

「いえ、もう全員分の契約は完了です。同じ一族で、契約を望んでいればまとめて契約出来ますので」

 跪いていたゴブリン達を見ると、確かに首筋には皆同じ模様が刻まれていた。
 違和感を覚えているのか、ぺたぺたと触っては不思議そうに感触を確かめている。

「よし。じゃぁ最後に1つだけ言っておく。よく聞いてくれ」

 それを聞いたゴブリン達は、わちゃわちゃと慌てはしたものの、またしても俺に対し跪く。
 正直聞いてくれれば跪く必要はないのだが……まぁいいか。細かい所まで指摘していたら何時まで経っても話が進まない。

「俺はお前達に人間に迷惑を掛けるなと言った。だが、外で人間に見つかれば容赦なく襲われるだろう。それを理不尽だと思うかもしれない。だが、そこは耐えてほしい。ダンジョンに逃げ込めば追いかけてくる輩はいないはずだ。どうにもならないようなら108番に俺を呼ぶよう伝えろ」

「ワカッタ。腹減ラナキャ外出シナイ。ダイジョウブ」

 本当に大丈夫かと確認の意味を込めて108番に視線を送るも、偉そうに腕を組み胸を張って答える。

「大丈夫です。任せてください!」

「ああ。頼む。……あと掃除もな」

「ヌルヌル床、綺麗ニスル!」

 ゴブリン達の元気な返事を聞いた俺とコクセイはダンジョンを離れ、村へと戻った。
 これでバイスの言っていたダンジョンの問題は解決したと言っていいはずだ。
 気になるのは第2王女の動向だが、果たして相手がどう動くのか……。
 グラハムの時のように強引に来るようなら、また村の人達の力を借りることになるかもしれない。
 ひとまず帰ったら皆に相談するべきだろう。

 そして俺達が村へと戻ったのは、ちょうどお昼を過ぎた頃であった。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

パーティ追放が進化の条件?! チートジョブ『道化師』からの成り上がり。

荒井竜馬
ファンタジー
『第16回ファンタジー小説大賞』奨励賞受賞作品 あらすじ  勢いが凄いと話題のS級パーティ『黒龍の牙』。そのパーティに所属していた『道化師見習い』のアイクは突然パーティを追放されてしまう。  しかし、『道化師見習い』の進化条件がパーティから独立をすることだったアイクは、『道化師見習い』から『道化師』に進化する。  道化師としてのジョブを手に入れたアイクは、高いステータスと新たなスキルも手に入れた。  そして、見習いから独立したアイクの元には助手という女の子が現れたり、使い魔と契約をしたりして多くのクエストをこなしていくことに。  追放されて良かった。思わずそう思ってしまうような世界がアイクを待っていた。  成り上がりとざまぁ、後は異世界で少しゆっくりと。そんなファンタジー小説。  ヒロインは6話から登場します。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~

川原源明
ファンタジー
 秋津直人、85歳。  50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。  嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。  彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。  白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。  胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。  そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。  まずは最強の称号を得よう!  地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編 ※医療現場の恋物語 馴れ初め編

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...