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第89話 九条の望み
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「皆様。式典の準備が整いました。これより会場へとご案内致します」
会場に足を踏み入れると、多くの関係者から拍手で迎えられる。
部屋の端に並べられている真っ白な丸いテーブルの数々。勲章の授与が終われば立食パーティーだと聞いているので、恐らくはその時に使う物だろう。
久しぶりの王の間だ。それに懐かしさを感じるのは、スケルトンロードとして1度訪れたことがあるから。
そこは一見和やかな雰囲気ではあったが、派閥で固まっている貴族達の瞳の奥は笑っておらず、中には怪訝そうな表情を浮かべ感情を隠せていない者達も見受けられた。
それこそがリリーが見返してやりたいと言っていた貴族達だ。すでに悔しそうな顔をしているので吹き出しそうになる。
大勢の人がいる中で、ミアだけが緊張していた。ミアは王の間に入るのは初めて。不安そうにキョロキョロしている姿は年相応で愛らしい。俺と繋いだ手にも力が入っている。
一方の俺は元の世界での職業柄、人前に出るのはそれなりに慣れている。特に緊張することはないが、立てた作戦が上手くいくのか多少の憂慮をしているくらいだ。
会場内では4匹の従魔達が俺達を取り囲んでいる為、俺達には近寄りたくても近づけないといった者が大半。名実ともに最高のボディーガードである。
その中から1人。恐る恐るではあるが、近づいて来る者がいた。カーゴ商会のモーガンだ。今日は商人のなりではなく、正装を着用している。
「これはこれは九条様。お久しぶりでございます。本日は誠におめでとうございます」
「ああ、モーガンか。ありがとう」
ワザとらしくその名を口にする。これで皆、この男が誰なのか理解したはずだ。
ネストとバイスはそれを態度に表すことなく、モーガンと次々と握手を交わす。
俺が出席するのだ。カーゴ商会は顔見知りのモーガンを出席させると踏んでいたが、予想通りの結果となり嬉しい限り。
その時だ、足音が聞こえるほどの強い足取りで俺達に近づいてきたのは1人の男。その男はモーガンを押しのけ声を荒げる。
「何故、貴様がここにいるのだッ!」
コット村で俺を第1王子の派閥に勧誘しようとしていたグラハムだ。
まさかここで遭遇するとは思わず、礼儀など忘れて素が出てしまった。
「あ……お久しぶりです……」
どうせ俺の顔なんて知らないだろうと、自分を九条の弟子だと偽って応対していたのを思い出す。
「貴様が九条だったのかッ!」
「いえ、代理で自分が出席する事になったんですよ……」
咄嗟の嘘に、ネストとバイスは首を傾げる。2人はグラハムのことを知っているかもしれないが、俺との関係は知らないはず。
グラハムが何かを言おうとした瞬間、それを遮るようにミアが声を上げた。
「ネストさん、バイスさん。お手洗いって何処ですか?」
「え? あっ、ああ、こっちよ。私が案内するわね」
ネストはミアの手を取り、王の間を後にする。それは俺に不都合があった場合の合図であった。
まさかこんなに早く出すことになるとは思わなかった。
「……本当か?」
「ええ。勿論ですとも。ねえ? ガルフォード卿?」
「あ……ああ……」
返って来たバイスの相槌は、少々頼りない。
自分でも正直言って無理があるなとは思った。ミアの咄嗟の機転でネストもバイスもその事態を察することは出来ただろうが、怪しい事この上ない。しかし、式典に代理人を立てることは良くあること。遠方に住む貴族は尚更だ。
祈る想いでグラハムの顔を見ると、その険しかった表情が少し綻んだように見えた。
それにつられてニコリと微笑む俺。
「そんなわけあるかぁ!」
モーガンが俺の名を出し握手を求め、それに応じたのだ。見ていれば誰でもわかること。まぁ、バレたからと言って何かが起きる訳でもないのだが……。
怒号を飛ばしたグラハムであったが、怒りというよりは呆れにも似た表情を浮かべていた。
「はぁ……。まあいい。今日は祝いの席だ。そう言うことにしておこう。最早何も言うまい。兎に角おめでとう」
「あ……ありがとうございます」
出された手を強めに握られた気がしたが、去り際の笑顔は上辺だけではなかった。
俺の勧誘に来た時は随分と強引に話を進める奴だと警戒していたが、案外物分かりのいい人なのかもしれない。
恐らくグラハムは第1王子の代理で出席しているのだろう。辺りを見渡しても当の本人は確認することが出来なかった。
そんな者達の中で一際目を引いていたのが第2王女グリンダだ。複数の貴族達に囲まれながら、こちらを睨むように見ている。その一団の中にはモーガンもいた。
歳の頃は20前後といったところ。ネストより若干若く見えるものの、その派手なドレスと化粧で、逆に老けて見える。
手に持っているのはけばけばしい羽根扇子で、気になるのはその態度のデカさだ。
もちろん王族なのだから偉いのは知っているが、俺がこちらの世界に来る以前に持っていたイメージ通りの王族といった印象。
それはマリーアントワネットを彷彿とさせる立ち振る舞い。リリーとは真逆だ。
羽根扇子で顔の下半分を隠し、隣の貴族らしき人物と何やら話しているようだが、俺に向ける視線は、敵意しか感じられないほど強いものだ。
顔を半分だけ隠す意味がわからない。どうせなら全部隠せばいいのに……。
しかし、それは予定通りの反応である。何を隠そう俺達のターゲットは第2王女でもあるのだ。
リリーは姉であるグリンダに嫌悪感を抱いている。
グリンダは欲しいと思った物は必ず手に入れなければ気が済まない性格のようで、それはリリーの物でさえも奪うほどだ。
物であろうが人であろうが、羨ましいと思えば、何が何でも手に入れる。同じ王女でありながらもリリーの派閥が比較的小さい規模なのは、それも原因の一端だ。
現在リリーの派閥に所属しているネストやバイス、その他有力な貴族達は第2王女の誘いを断った猛者達である。
リリーが俺に対して中立を求めたのはこの為であり、俺を引き抜こうと画策しているグリンダは、既に何度もネストの所に使用人を送り付けているようだ。
リリーの人徳は高く、国民からも評判はいい。子供とは思えぬほど聡明で社交性も申し分ない。
魔術を学ぶリリーに対し、無駄な努力だとバカにしたりするらしいが、リリーはそれが嬉しいのだと言っていた。
グリンダには魔術の適性がない。それはリリーとの明確な違いであり唯一の自慢であるからだ。
リリーはそんなグリンダを、ほんの少しだけでいいから見返してやりたかった。
グリンダが懇意にしている組織。それがモーガン所属のカーゴ商会だ。それを実行に移すには絶好のタイミングであったのだ。
ほどなくネストとミアが戻りアドウェール王が姿を見せると、王立楽団によるファンファーレが鳴り響き、勲章授与式が盛大に幕を開けた。
まずは祝辞の拝聴から。……内容は全部同じだが、その数がまた多い。迫り来る眠気を我慢し祝辞の読み上げが終了すると、ようやくの受勲だ。
国王の前に4人が並び跪く。俺はとにかく隣のネストの真似をした。ミアも一緒でチラチラと横を見ているのがまるわかりだ。
ミアは最年少での受勲ということで注目されていた。それもあってかガチガチに緊張していたのだ。
「それでは陛下よりバルザック勲章の授与を執り行う!」
それは偉大な功績を残した冒険者に贈られる勲章だ。300年前、1人の冒険者が王を助けたことが切っ掛けとなって設けられた勲章。ネストの先祖であるバルザックの名が由来である。
宰相であろう男が声を上げると、国王自らの手で勲章を首に掛けていく。それと同時に会場に巻き起こる拍手。
ネスト、バイスと続き次は俺の番だ。といってもそんなに難しい事じゃない。
勲章を首にかけられたら「ありがたき幸せです」と言うだけ。なんならその後に意気込みを付け加えてもいいと言っていた。
それならば、何か気の利いた一言でもと思っていたのだが、王から掛けられた言葉に戸惑い、頭の中は真っ白になってしまった。
「おめでとう九条。……リリーをよろしく頼む……」
最後はとても小さな声だった。しかし確実にそう言ったのだ。
困惑した。これに「ありがたき幸せ」というのはどう考えてもおかしい。しかし、その言葉の意味を考える時間はなかった。
焦った俺から咄嗟に出てしまった言葉は、「あっ、はい……」だった。
我ながら情けないと言わざるを得ない。その返答が正解だったのか、それとも間違っていたのか定かではないが、不意に見上げてしまった国王の顔は、優しさで溢れていた。
慌てて頭を下げると、国王は何も言わずにミアの首に勲章を掛けた。
全員に叙勲し終わった国王は、玉座の前へ戻ると右手を振り上げ高らかに宣言する。
「この者達は己の身命を賭し強大な敵を打ち倒した。それは街を守り、国を守った。これはその栄誉を称えるものである!」
会場が更に大きな拍手で包まれ、盛り上がりは最高潮だ。
この受勲は王が決めたこと。それに逆らう者なぞいるはずがないのだ。1人を除いて……。
「アンカースは侯爵に陞爵し、ケルトを新たな領地として与える。ガルフォードは子爵へ陞爵。同時にバルク平原の領地を与える」
「「おぉ……」」
ネストとバイスが賜った褒美に、周りからは感嘆の声と共に拍手が上がる。
「謹んでお受けいたします。陛下のご期待に応えられるよう、誠心誠意努励んでまいります」
2人はその場で再度膝を突くと、胸に手を当て深く頭を下げた。
「冒険者である九条には、我が直轄領ウェルネスと共に貴族位を与え、男爵とする」
「お待ちくださいお父様!」
王の言葉が終わるや否や、声を大にして異議を申し立てたのは第2王女のグリンダである。
ざわつく会場に、不穏な空気が漂い始める。
「グリンダよ。私の決定になにか不服か?」
「ええ、勿論です。この者に貴族位をお与えになるのでしたら、私のノルディックの方が先じゃありませんこと?」
「おお、そうだったな。グリンダにもプラチナプレートの冒険者がついておったわ。だが、その者が何か功績をあげたのか?」
「……いえ、そういう訳では……。ですが序列で言えば私の方が上です。ですのにその者が1度魔物を討伐したくらいで貴族位を与えるのは、少々やり過ぎでは?」
「その通りでございます」
第2王女に同意の声を上げたのは、他でもない俺である。
国王が与えた褒美を無下にすれば、それは王の怒りを買ってもおかしくない。故に慎重に言葉を選び進言する。
「陛下。ありがたきお心遣い痛み入ります。しかし、自分のような一介の冒険者風情に貴族位は荷が重すぎます。出来れば別の形でいただければ幸いです」
それを聞いても国王は表情1つ変えなかった。まるでそれは最初からそうなると知っていたかのよう。
「よかろう。ならば別の褒美を取らせよう。言ってみるがよい」
「はっ! ありがたき幸せに御座います!」
俺はネストやバイスのように跪くと。王に願いを申し出た。
それに会場はどよめき、暗雲が立ち込めたのだ。
「王宮とカーゴ商会との断絶。それが我が唯一の望みであります」
会場に足を踏み入れると、多くの関係者から拍手で迎えられる。
部屋の端に並べられている真っ白な丸いテーブルの数々。勲章の授与が終われば立食パーティーだと聞いているので、恐らくはその時に使う物だろう。
久しぶりの王の間だ。それに懐かしさを感じるのは、スケルトンロードとして1度訪れたことがあるから。
そこは一見和やかな雰囲気ではあったが、派閥で固まっている貴族達の瞳の奥は笑っておらず、中には怪訝そうな表情を浮かべ感情を隠せていない者達も見受けられた。
それこそがリリーが見返してやりたいと言っていた貴族達だ。すでに悔しそうな顔をしているので吹き出しそうになる。
大勢の人がいる中で、ミアだけが緊張していた。ミアは王の間に入るのは初めて。不安そうにキョロキョロしている姿は年相応で愛らしい。俺と繋いだ手にも力が入っている。
一方の俺は元の世界での職業柄、人前に出るのはそれなりに慣れている。特に緊張することはないが、立てた作戦が上手くいくのか多少の憂慮をしているくらいだ。
会場内では4匹の従魔達が俺達を取り囲んでいる為、俺達には近寄りたくても近づけないといった者が大半。名実ともに最高のボディーガードである。
その中から1人。恐る恐るではあるが、近づいて来る者がいた。カーゴ商会のモーガンだ。今日は商人のなりではなく、正装を着用している。
「これはこれは九条様。お久しぶりでございます。本日は誠におめでとうございます」
「ああ、モーガンか。ありがとう」
ワザとらしくその名を口にする。これで皆、この男が誰なのか理解したはずだ。
ネストとバイスはそれを態度に表すことなく、モーガンと次々と握手を交わす。
俺が出席するのだ。カーゴ商会は顔見知りのモーガンを出席させると踏んでいたが、予想通りの結果となり嬉しい限り。
その時だ、足音が聞こえるほどの強い足取りで俺達に近づいてきたのは1人の男。その男はモーガンを押しのけ声を荒げる。
「何故、貴様がここにいるのだッ!」
コット村で俺を第1王子の派閥に勧誘しようとしていたグラハムだ。
まさかここで遭遇するとは思わず、礼儀など忘れて素が出てしまった。
「あ……お久しぶりです……」
どうせ俺の顔なんて知らないだろうと、自分を九条の弟子だと偽って応対していたのを思い出す。
「貴様が九条だったのかッ!」
「いえ、代理で自分が出席する事になったんですよ……」
咄嗟の嘘に、ネストとバイスは首を傾げる。2人はグラハムのことを知っているかもしれないが、俺との関係は知らないはず。
グラハムが何かを言おうとした瞬間、それを遮るようにミアが声を上げた。
「ネストさん、バイスさん。お手洗いって何処ですか?」
「え? あっ、ああ、こっちよ。私が案内するわね」
ネストはミアの手を取り、王の間を後にする。それは俺に不都合があった場合の合図であった。
まさかこんなに早く出すことになるとは思わなかった。
「……本当か?」
「ええ。勿論ですとも。ねえ? ガルフォード卿?」
「あ……ああ……」
返って来たバイスの相槌は、少々頼りない。
自分でも正直言って無理があるなとは思った。ミアの咄嗟の機転でネストもバイスもその事態を察することは出来ただろうが、怪しい事この上ない。しかし、式典に代理人を立てることは良くあること。遠方に住む貴族は尚更だ。
祈る想いでグラハムの顔を見ると、その険しかった表情が少し綻んだように見えた。
それにつられてニコリと微笑む俺。
「そんなわけあるかぁ!」
モーガンが俺の名を出し握手を求め、それに応じたのだ。見ていれば誰でもわかること。まぁ、バレたからと言って何かが起きる訳でもないのだが……。
怒号を飛ばしたグラハムであったが、怒りというよりは呆れにも似た表情を浮かべていた。
「はぁ……。まあいい。今日は祝いの席だ。そう言うことにしておこう。最早何も言うまい。兎に角おめでとう」
「あ……ありがとうございます」
出された手を強めに握られた気がしたが、去り際の笑顔は上辺だけではなかった。
俺の勧誘に来た時は随分と強引に話を進める奴だと警戒していたが、案外物分かりのいい人なのかもしれない。
恐らくグラハムは第1王子の代理で出席しているのだろう。辺りを見渡しても当の本人は確認することが出来なかった。
そんな者達の中で一際目を引いていたのが第2王女グリンダだ。複数の貴族達に囲まれながら、こちらを睨むように見ている。その一団の中にはモーガンもいた。
歳の頃は20前後といったところ。ネストより若干若く見えるものの、その派手なドレスと化粧で、逆に老けて見える。
手に持っているのはけばけばしい羽根扇子で、気になるのはその態度のデカさだ。
もちろん王族なのだから偉いのは知っているが、俺がこちらの世界に来る以前に持っていたイメージ通りの王族といった印象。
それはマリーアントワネットを彷彿とさせる立ち振る舞い。リリーとは真逆だ。
羽根扇子で顔の下半分を隠し、隣の貴族らしき人物と何やら話しているようだが、俺に向ける視線は、敵意しか感じられないほど強いものだ。
顔を半分だけ隠す意味がわからない。どうせなら全部隠せばいいのに……。
しかし、それは予定通りの反応である。何を隠そう俺達のターゲットは第2王女でもあるのだ。
リリーは姉であるグリンダに嫌悪感を抱いている。
グリンダは欲しいと思った物は必ず手に入れなければ気が済まない性格のようで、それはリリーの物でさえも奪うほどだ。
物であろうが人であろうが、羨ましいと思えば、何が何でも手に入れる。同じ王女でありながらもリリーの派閥が比較的小さい規模なのは、それも原因の一端だ。
現在リリーの派閥に所属しているネストやバイス、その他有力な貴族達は第2王女の誘いを断った猛者達である。
リリーが俺に対して中立を求めたのはこの為であり、俺を引き抜こうと画策しているグリンダは、既に何度もネストの所に使用人を送り付けているようだ。
リリーの人徳は高く、国民からも評判はいい。子供とは思えぬほど聡明で社交性も申し分ない。
魔術を学ぶリリーに対し、無駄な努力だとバカにしたりするらしいが、リリーはそれが嬉しいのだと言っていた。
グリンダには魔術の適性がない。それはリリーとの明確な違いであり唯一の自慢であるからだ。
リリーはそんなグリンダを、ほんの少しだけでいいから見返してやりたかった。
グリンダが懇意にしている組織。それがモーガン所属のカーゴ商会だ。それを実行に移すには絶好のタイミングであったのだ。
ほどなくネストとミアが戻りアドウェール王が姿を見せると、王立楽団によるファンファーレが鳴り響き、勲章授与式が盛大に幕を開けた。
まずは祝辞の拝聴から。……内容は全部同じだが、その数がまた多い。迫り来る眠気を我慢し祝辞の読み上げが終了すると、ようやくの受勲だ。
国王の前に4人が並び跪く。俺はとにかく隣のネストの真似をした。ミアも一緒でチラチラと横を見ているのがまるわかりだ。
ミアは最年少での受勲ということで注目されていた。それもあってかガチガチに緊張していたのだ。
「それでは陛下よりバルザック勲章の授与を執り行う!」
それは偉大な功績を残した冒険者に贈られる勲章だ。300年前、1人の冒険者が王を助けたことが切っ掛けとなって設けられた勲章。ネストの先祖であるバルザックの名が由来である。
宰相であろう男が声を上げると、国王自らの手で勲章を首に掛けていく。それと同時に会場に巻き起こる拍手。
ネスト、バイスと続き次は俺の番だ。といってもそんなに難しい事じゃない。
勲章を首にかけられたら「ありがたき幸せです」と言うだけ。なんならその後に意気込みを付け加えてもいいと言っていた。
それならば、何か気の利いた一言でもと思っていたのだが、王から掛けられた言葉に戸惑い、頭の中は真っ白になってしまった。
「おめでとう九条。……リリーをよろしく頼む……」
最後はとても小さな声だった。しかし確実にそう言ったのだ。
困惑した。これに「ありがたき幸せ」というのはどう考えてもおかしい。しかし、その言葉の意味を考える時間はなかった。
焦った俺から咄嗟に出てしまった言葉は、「あっ、はい……」だった。
我ながら情けないと言わざるを得ない。その返答が正解だったのか、それとも間違っていたのか定かではないが、不意に見上げてしまった国王の顔は、優しさで溢れていた。
慌てて頭を下げると、国王は何も言わずにミアの首に勲章を掛けた。
全員に叙勲し終わった国王は、玉座の前へ戻ると右手を振り上げ高らかに宣言する。
「この者達は己の身命を賭し強大な敵を打ち倒した。それは街を守り、国を守った。これはその栄誉を称えるものである!」
会場が更に大きな拍手で包まれ、盛り上がりは最高潮だ。
この受勲は王が決めたこと。それに逆らう者なぞいるはずがないのだ。1人を除いて……。
「アンカースは侯爵に陞爵し、ケルトを新たな領地として与える。ガルフォードは子爵へ陞爵。同時にバルク平原の領地を与える」
「「おぉ……」」
ネストとバイスが賜った褒美に、周りからは感嘆の声と共に拍手が上がる。
「謹んでお受けいたします。陛下のご期待に応えられるよう、誠心誠意努励んでまいります」
2人はその場で再度膝を突くと、胸に手を当て深く頭を下げた。
「冒険者である九条には、我が直轄領ウェルネスと共に貴族位を与え、男爵とする」
「お待ちくださいお父様!」
王の言葉が終わるや否や、声を大にして異議を申し立てたのは第2王女のグリンダである。
ざわつく会場に、不穏な空気が漂い始める。
「グリンダよ。私の決定になにか不服か?」
「ええ、勿論です。この者に貴族位をお与えになるのでしたら、私のノルディックの方が先じゃありませんこと?」
「おお、そうだったな。グリンダにもプラチナプレートの冒険者がついておったわ。だが、その者が何か功績をあげたのか?」
「……いえ、そういう訳では……。ですが序列で言えば私の方が上です。ですのにその者が1度魔物を討伐したくらいで貴族位を与えるのは、少々やり過ぎでは?」
「その通りでございます」
第2王女に同意の声を上げたのは、他でもない俺である。
国王が与えた褒美を無下にすれば、それは王の怒りを買ってもおかしくない。故に慎重に言葉を選び進言する。
「陛下。ありがたきお心遣い痛み入ります。しかし、自分のような一介の冒険者風情に貴族位は荷が重すぎます。出来れば別の形でいただければ幸いです」
それを聞いても国王は表情1つ変えなかった。まるでそれは最初からそうなると知っていたかのよう。
「よかろう。ならば別の褒美を取らせよう。言ってみるがよい」
「はっ! ありがたき幸せに御座います!」
俺はネストやバイスのように跪くと。王に願いを申し出た。
それに会場はどよめき、暗雲が立ち込めたのだ。
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