87 / 633
第87話 地獄からの使者?
しおりを挟む
結局、素材買い取り合戦は深夜にまで及んだ。
売却予定素材の半数程度をネストとバイスが買い取るという形にはなったが、その結果1人当たりの取り分は金貨5000枚という、もう訳のわからない額になっていたのだ。
それよりも俺が気になっていたのは骨である。骨は素材として認知されていないらしく。くれると言うので後でギルドに引き取りに行くつもりだ。
基本的には骨粉として染料や肥料、家畜の餌になるようだが、特殊な物ではない限り安価らしい。
「で、九条はどうする? 分配金の受け取り。ギルドなら何処でも指定出来るけど?」
ギルドにはお金を預けることが出来る。とは言え、元の世界でいうところの銀行とは違い、預けた場所でしか受け取れない。
ギルドを使っての冒険者同士のお金の貸し借りも可能だ。
「コット村でも?」
「うーん……。まぁ出来ないことはないけど、それだと輸送の護衛にかなりの人数が必要になるから、それなら九条がそのまま持って帰った方が安全じゃない?」
言われてみればそうだ。金貨5000枚も積んだ馬車なんか襲ってくれと言っているようなものだ。その護衛にはそれなりに強い冒険者が複数名必要だろう。
ならば自分で運んだ方が楽である。
「さすがに5000枚は多すぎるから、半分はスタッグに預けておこうかな」
「いいんじゃないかしら? なら、そういうことで話は通しておくわ」
「ケシュアは何も買い取らなかったがいいのか?」
「ええ。動物性の物はあまり使わないの。植物性の希少価値の高い物なら買い取るけどね。例えば……世界樹の枝で作った杖とか。もし見つけたら連絡して。買い取るわよ」
「ああ。一応覚えておくよ」
「じゃぁ、ケシュアはこれで終わりね。また機会があればよろしくね」
「ええ。……私以外は何かあるの?」
「私達は後日王宮で勲章が授与される予定なのよ。その打ち合わせもちょっとね」
「え! ズルイ! 私も勲章ほしい!」
ケシュアはその場で勢いよく立ち上がるとネストに詰め寄った。その勢いで椅子がぐらぐらと揺れ、倒れてしまいそうなほど。
俺はその倒れそうな椅子を優しく受け止めた。あまり大きな音を立てると、ミアが起きてしまうからだ。
この部屋にベッドはない。カガリは背中で寝てしまっているミアを部屋の隅へと運び、他の魔獣達と共に丸くなると、その身を包んでいた。
「ケシュアはギルドの依頼で来たんだから貰える訳ないでしょ? 私達は自発的に動いたから貰えるのよ? ケシュアはその分先に金貨100枚渡したじゃない」
「そうだけど……」
ケシュアの価値観だと、金貨100枚より勲章の方が上なのかもしれない。
俺がどちらか選べと言われたら迷わずカネを選ぶだろう。この世界の勲章がどのような効果を持つかは定かではないが、栄誉だけで腹が膨れることはない。
「話だけ聞いててもいい?」
「構わないけど、何も面白くないと思うわよ?」
「今からですか? 明日とかにしません? ミアも寝てますし……」
勿論それには皆気付いていた。ミアの涎がカガリの毛にべっとりとついていて、カガリが少し不憫に見えなくもない。
「九条以外は寝てていいわよ? 話と言っても、要は九条に礼儀作法を教えるだけだから」
「なんだそんなことか。じゃぁおやすみ九条。がんばってね」
「おやすみ九条。がんばれよ」
それを聞いてケシュアとバイスはそそくさと自室へと戻り、その後、俺はネストと2人きりで礼儀作法とやらを叩き込まれたのだ。
次の日の朝、ケシュアとの別れを済ませ、俺はネストとミアの2人を連れてノーピークスのギルドへと向かっていた。言われていた骨の回収の為である。
避難していた人々はいつも通りの生活に戻ったようで、街には活気が溢れていた。
そんな街中を魔獣に跨り闊歩していれば、注目を集めてしまうのも無理もない。
ネストの実家からノーピークスのギルドまでは、かなりの距離。馬車でもそこそこの時間が掛かる。
そこでコクセイが自分に乗ればいいと提案してくれたのだ。
しかし、俺はネストやミアと比べたら重い。カガリに乗ったことはあるが、かなりギリギリで走ることは無理だと言われてしまった経験がある。
そんなこともあり遠慮していたのだが、コクセイにはすんなりと乗れたのだ。
ウルフ族だからか、それとも俺との契約で成長した恩恵か……。
そんなわけでお言葉に甘え乗せられているといった状態なのだ。
コクセイに跨り街を駆け抜けるのは、非常に快適であった。ミアは今までこれに乗っていたのかと思うと、少々羨ましくもある。
何よりケツが痛くなかった事に1番の感動を覚えた。
しかし、ここで小さな悲劇が起きたのだ。
コクセイは人を乗せるのに慣れておらず、そして俺も乗り慣れていなかった。故に起きてしまった悲しい事故。
ギルドに到着すると正面の扉は解放されていて、そこへコクセイが飛び込んだ。そして俺は顔面を強打したのである。入口の高さが足りなかった。
ギルド内に鈍い音が響き、顔を押さえ蹲る。鉄分を含む血の匂い……。どろりと垂れる鼻血が、その衝撃の強さを物語っていた。
「ぐおおッ……」
静まり返るギルド。中にいた全員がその音に驚き、注目を集める。
皆に笑われ、恥ずかしい思いをするのだろうと思っていたのだが、その視線は一瞬にして逸らされた。
当然である。プラチナプレート冒険者に目をつけられたら、たまったもんじゃない。それは暗黙の了解であり、触らぬ神に祟りなしだ。
「九条殿、申し訳ない。気付かなくて……」
「いや、いいんだ。俺も注意していなかった」
そんな緊張感漂う雰囲気の中、俺を指差しゲラゲラと笑っていたのはミアとネスト。冒険者達はそれを見て血の気が引き、殺伐とした空気感が流れ始めると、急ぎギルドを出て行った。
「あーあ。おにーちゃんが怖がらせちゃったから、みんな逃げちゃった」
「俺は被害者なんだが?」
冒険者達には申し訳ないが、受付の待ち時間がなくなったということで良しとしよう。
ミアに回復術をしてもらい、ギルド職員に案内されたのは大きな倉庫。そこには金の鬣の素材が区画ごとに綺麗に仕分けされ置いてあった。
一際目を引くのがドラゴンの角だろう。2本の角がそそり立っていて圧巻だ。そしてそのどちらにも売約済と書かれている紙が張り付けられていた。
そこから無造作に置かれている骨の塊を見つけると、断りを入れてから魔法書を掲げる。
「【死体収容】」
ゴミのように積まれていた骨の山が一瞬にして消え去ると、突如後ろから声を掛けられる。
「失礼します。アンカース様。少しお時間よろしいでしょうか?」
それはノーピークスギルドの支部長だ。腰が低く申し訳なさそうに何度も頭を下げている。
領主の娘ともなれば、その対応も当然だ。
ネストはそのまま支部長に連れていかれたのだが、ほんの数分で帰って来た。
「じゃぁ、用事も終えたし帰りましょうか」
ネストの実家では、バイスが馬車の準備済ませ待っていた。
すぐにそれに飛び乗ると、屋敷の使用人たちに見送られながらもノーピークスを後にした。
馬車は貴族達が乗るような箱型屋根付きの馬車だ。魔獣達は大きすぎて乗ることが出来ない為、屋根の上で揺られている。
上を見上げると魔獣達が見下ろしているのだ。こんなヤバイ馬車を襲おうとする盗賊はいないだろう。
馬車を引く馬は4体でパワーも十分だ。かなりの速度で走っているが、あまり大きく揺れることもなく、軽快に街道を進んでいた。
「九条。さっきギルドで聞いた話なんだけど、マルコが目覚めたそうよ」
「あーそれは残念。一生寝ててくれて良かったんですが」
「……」
軽い冗談のつもりだったのに、ネストからもバイスからもツッコミは返ってこなかった。
「いや、冗談ですから。そんな深刻そうな顔するの止めて下さいよ」
空気が重くなるのを恐れ、急いで取り繕う。
「ま……まあ、九条の気持ちもわかるけど、とにかく調査に入ったみたい。これに懲りて正直に言うならいいんだけど、マルコの性格上そうなるとは思えない。スタッグへ着いたら、まずはギルドの本部へ行くわ」
「わかりました」
「九条、先に言っておくが殺すなよ?」
「そんなことするわけないじゃないですか! バイスさんは俺をなんだと思ってるんですか!」
「「地獄からの使者」」
「……酷くないっすか?」
ミアは俺の隣で黙って話を聞いていたが、バイスとネストの答えに言い得て妙だなと思いながらも黙って頷いていた。
俺はそれを冗談で言っているのだろうと思っていたのだ。
スタッグギルド本部では、支部長のロバートが直々に俺達をお出迎え。その表情は曇っていた。
「状況は?」
「目覚めてからは何も口にしません。否定も肯定もしませんので恐らく……」
唇を噛みしめ、わなわなと震えるロバート。
その悔しそうな表情から何を考えているのかは理解出来た。信じていた者に裏切られた、そんな苦い思いだ。
ギルド本部の医務室の隣。扉の前に立つ2人のギルド職員は屈強な男性で、恐らくマルコが逃げ出さないようにと警備を任されているのだろう。
そこは8畳ほどの部屋だった。真ん中にシングルサイズのベッドが置いてあるだけのシンプルな内装。そこにマルコは寝かされていた。
「よう、マルコ。元気か?」
気さくに話しかけたのはバイスだ。
しかし反応はない。体を起こしてはいるが、こちらを見ようともしなかった。一見すれば廃人のようにも見え、虚ろな目で遠くを見つめていた。
バイスはマルコに歩み寄ると、その胸ぐらを掴み、無理矢理にこちらを向かせたのだ。
「てめぇ、何したかわかってんのか!?」
「マルコ! 正直に言いなさい! やってないならやってないと言えばいいんだ!」
たまらずロバートもマルコに詰め寄るが効果はないに等しい。マルコは頑なに口を開こうとはしなかった。
やってないと言ったところで、もうそれは通用しない。実際に自分が証明してしまっているのだ。
バイスはマルコを乱暴に離すと、盛大に舌打ちを漏らした。
誰も何も言わなかった。窓の外から街の喧騒が漏れ聞こえてくるほどの静寂。
そのまま数分が過ぎ、このままでは埒が明かないと俺は1つの疑問を投げかける。
「マルコ。モーガンは元気か?」
その一言で、マルコの顔が青ざめていくのがハッキリとわかった。
ネスト、バイス、ロバートの3人は、それが誰かを知らず、俺とマルコに共通の知人がいただろうかと首を傾げるだけ。
「ロバート。ギルドの従魔用飼料はカーゴ商会から買い付けているのか?」
「はい、その通りです。ですが調査によりますと商会側には特に不備はなかったと聞いております」
まぁ、そうだろう。モーガンはそんなヘマはしない。計算高い男だ。
どうせマルコは何を言ってもしゃべらないつもりなのだ。ならば少々強引にいっても大丈夫だろう。
俺は腰のメイスを手に取り大袈裟に振り回すと、その頭をベッドの上に乗せた。
「みんな。ちょっと部屋から出て行ってくれるか?」
「おにーちゃん、私も?」
「いや、ミアは……。あ、マルコは神聖術が使えるんだったな。なら自分の怪我は自分で治すだろ。ミアも出て行ってくれて大丈夫だ。部屋を出たら耳を塞いでいた方がいいぞ?」
その意味を理解したのだろう、ロバートの顔が頼りなく歪んでいく。
「お……お待ちください九条様。拷問はいかがなものかと……」
「ん? 拷問は禁止されているのか?」
「いえ、そうではないですが、少々非人道的かと……」
「ロバート。言っている意味がよくわからないんだが、奴隷は認められているのに拷問はダメなのか? 奴隷は非人道的じゃないのか?」
ロバートは口を噤み、それ以上は言い返そうとはしなかった。その表情から読み取れたのは、俺に対する恐怖である。
――――――――――
ネストとバイスは、九条の言っていることがわからなくなることがある。
今回は冗談なのか? それとも本気なのか……?
九条がどんなに突拍子のないことを言っても、それを実現するだけの力を有しているというのも理由の1つだが、それよりも九条が何か別の常識に捕らわれているかのような錯覚を覚えるのだ。
まるで、別の国から来た人を相手にしているかのような違和感を覚え、『地獄からの使者』と表現したことが、あながち間違ってはいないんじゃないかと推し測ってしまっていた。
売却予定素材の半数程度をネストとバイスが買い取るという形にはなったが、その結果1人当たりの取り分は金貨5000枚という、もう訳のわからない額になっていたのだ。
それよりも俺が気になっていたのは骨である。骨は素材として認知されていないらしく。くれると言うので後でギルドに引き取りに行くつもりだ。
基本的には骨粉として染料や肥料、家畜の餌になるようだが、特殊な物ではない限り安価らしい。
「で、九条はどうする? 分配金の受け取り。ギルドなら何処でも指定出来るけど?」
ギルドにはお金を預けることが出来る。とは言え、元の世界でいうところの銀行とは違い、預けた場所でしか受け取れない。
ギルドを使っての冒険者同士のお金の貸し借りも可能だ。
「コット村でも?」
「うーん……。まぁ出来ないことはないけど、それだと輸送の護衛にかなりの人数が必要になるから、それなら九条がそのまま持って帰った方が安全じゃない?」
言われてみればそうだ。金貨5000枚も積んだ馬車なんか襲ってくれと言っているようなものだ。その護衛にはそれなりに強い冒険者が複数名必要だろう。
ならば自分で運んだ方が楽である。
「さすがに5000枚は多すぎるから、半分はスタッグに預けておこうかな」
「いいんじゃないかしら? なら、そういうことで話は通しておくわ」
「ケシュアは何も買い取らなかったがいいのか?」
「ええ。動物性の物はあまり使わないの。植物性の希少価値の高い物なら買い取るけどね。例えば……世界樹の枝で作った杖とか。もし見つけたら連絡して。買い取るわよ」
「ああ。一応覚えておくよ」
「じゃぁ、ケシュアはこれで終わりね。また機会があればよろしくね」
「ええ。……私以外は何かあるの?」
「私達は後日王宮で勲章が授与される予定なのよ。その打ち合わせもちょっとね」
「え! ズルイ! 私も勲章ほしい!」
ケシュアはその場で勢いよく立ち上がるとネストに詰め寄った。その勢いで椅子がぐらぐらと揺れ、倒れてしまいそうなほど。
俺はその倒れそうな椅子を優しく受け止めた。あまり大きな音を立てると、ミアが起きてしまうからだ。
この部屋にベッドはない。カガリは背中で寝てしまっているミアを部屋の隅へと運び、他の魔獣達と共に丸くなると、その身を包んでいた。
「ケシュアはギルドの依頼で来たんだから貰える訳ないでしょ? 私達は自発的に動いたから貰えるのよ? ケシュアはその分先に金貨100枚渡したじゃない」
「そうだけど……」
ケシュアの価値観だと、金貨100枚より勲章の方が上なのかもしれない。
俺がどちらか選べと言われたら迷わずカネを選ぶだろう。この世界の勲章がどのような効果を持つかは定かではないが、栄誉だけで腹が膨れることはない。
「話だけ聞いててもいい?」
「構わないけど、何も面白くないと思うわよ?」
「今からですか? 明日とかにしません? ミアも寝てますし……」
勿論それには皆気付いていた。ミアの涎がカガリの毛にべっとりとついていて、カガリが少し不憫に見えなくもない。
「九条以外は寝てていいわよ? 話と言っても、要は九条に礼儀作法を教えるだけだから」
「なんだそんなことか。じゃぁおやすみ九条。がんばってね」
「おやすみ九条。がんばれよ」
それを聞いてケシュアとバイスはそそくさと自室へと戻り、その後、俺はネストと2人きりで礼儀作法とやらを叩き込まれたのだ。
次の日の朝、ケシュアとの別れを済ませ、俺はネストとミアの2人を連れてノーピークスのギルドへと向かっていた。言われていた骨の回収の為である。
避難していた人々はいつも通りの生活に戻ったようで、街には活気が溢れていた。
そんな街中を魔獣に跨り闊歩していれば、注目を集めてしまうのも無理もない。
ネストの実家からノーピークスのギルドまでは、かなりの距離。馬車でもそこそこの時間が掛かる。
そこでコクセイが自分に乗ればいいと提案してくれたのだ。
しかし、俺はネストやミアと比べたら重い。カガリに乗ったことはあるが、かなりギリギリで走ることは無理だと言われてしまった経験がある。
そんなこともあり遠慮していたのだが、コクセイにはすんなりと乗れたのだ。
ウルフ族だからか、それとも俺との契約で成長した恩恵か……。
そんなわけでお言葉に甘え乗せられているといった状態なのだ。
コクセイに跨り街を駆け抜けるのは、非常に快適であった。ミアは今までこれに乗っていたのかと思うと、少々羨ましくもある。
何よりケツが痛くなかった事に1番の感動を覚えた。
しかし、ここで小さな悲劇が起きたのだ。
コクセイは人を乗せるのに慣れておらず、そして俺も乗り慣れていなかった。故に起きてしまった悲しい事故。
ギルドに到着すると正面の扉は解放されていて、そこへコクセイが飛び込んだ。そして俺は顔面を強打したのである。入口の高さが足りなかった。
ギルド内に鈍い音が響き、顔を押さえ蹲る。鉄分を含む血の匂い……。どろりと垂れる鼻血が、その衝撃の強さを物語っていた。
「ぐおおッ……」
静まり返るギルド。中にいた全員がその音に驚き、注目を集める。
皆に笑われ、恥ずかしい思いをするのだろうと思っていたのだが、その視線は一瞬にして逸らされた。
当然である。プラチナプレート冒険者に目をつけられたら、たまったもんじゃない。それは暗黙の了解であり、触らぬ神に祟りなしだ。
「九条殿、申し訳ない。気付かなくて……」
「いや、いいんだ。俺も注意していなかった」
そんな緊張感漂う雰囲気の中、俺を指差しゲラゲラと笑っていたのはミアとネスト。冒険者達はそれを見て血の気が引き、殺伐とした空気感が流れ始めると、急ぎギルドを出て行った。
「あーあ。おにーちゃんが怖がらせちゃったから、みんな逃げちゃった」
「俺は被害者なんだが?」
冒険者達には申し訳ないが、受付の待ち時間がなくなったということで良しとしよう。
ミアに回復術をしてもらい、ギルド職員に案内されたのは大きな倉庫。そこには金の鬣の素材が区画ごとに綺麗に仕分けされ置いてあった。
一際目を引くのがドラゴンの角だろう。2本の角がそそり立っていて圧巻だ。そしてそのどちらにも売約済と書かれている紙が張り付けられていた。
そこから無造作に置かれている骨の塊を見つけると、断りを入れてから魔法書を掲げる。
「【死体収容】」
ゴミのように積まれていた骨の山が一瞬にして消え去ると、突如後ろから声を掛けられる。
「失礼します。アンカース様。少しお時間よろしいでしょうか?」
それはノーピークスギルドの支部長だ。腰が低く申し訳なさそうに何度も頭を下げている。
領主の娘ともなれば、その対応も当然だ。
ネストはそのまま支部長に連れていかれたのだが、ほんの数分で帰って来た。
「じゃぁ、用事も終えたし帰りましょうか」
ネストの実家では、バイスが馬車の準備済ませ待っていた。
すぐにそれに飛び乗ると、屋敷の使用人たちに見送られながらもノーピークスを後にした。
馬車は貴族達が乗るような箱型屋根付きの馬車だ。魔獣達は大きすぎて乗ることが出来ない為、屋根の上で揺られている。
上を見上げると魔獣達が見下ろしているのだ。こんなヤバイ馬車を襲おうとする盗賊はいないだろう。
馬車を引く馬は4体でパワーも十分だ。かなりの速度で走っているが、あまり大きく揺れることもなく、軽快に街道を進んでいた。
「九条。さっきギルドで聞いた話なんだけど、マルコが目覚めたそうよ」
「あーそれは残念。一生寝ててくれて良かったんですが」
「……」
軽い冗談のつもりだったのに、ネストからもバイスからもツッコミは返ってこなかった。
「いや、冗談ですから。そんな深刻そうな顔するの止めて下さいよ」
空気が重くなるのを恐れ、急いで取り繕う。
「ま……まあ、九条の気持ちもわかるけど、とにかく調査に入ったみたい。これに懲りて正直に言うならいいんだけど、マルコの性格上そうなるとは思えない。スタッグへ着いたら、まずはギルドの本部へ行くわ」
「わかりました」
「九条、先に言っておくが殺すなよ?」
「そんなことするわけないじゃないですか! バイスさんは俺をなんだと思ってるんですか!」
「「地獄からの使者」」
「……酷くないっすか?」
ミアは俺の隣で黙って話を聞いていたが、バイスとネストの答えに言い得て妙だなと思いながらも黙って頷いていた。
俺はそれを冗談で言っているのだろうと思っていたのだ。
スタッグギルド本部では、支部長のロバートが直々に俺達をお出迎え。その表情は曇っていた。
「状況は?」
「目覚めてからは何も口にしません。否定も肯定もしませんので恐らく……」
唇を噛みしめ、わなわなと震えるロバート。
その悔しそうな表情から何を考えているのかは理解出来た。信じていた者に裏切られた、そんな苦い思いだ。
ギルド本部の医務室の隣。扉の前に立つ2人のギルド職員は屈強な男性で、恐らくマルコが逃げ出さないようにと警備を任されているのだろう。
そこは8畳ほどの部屋だった。真ん中にシングルサイズのベッドが置いてあるだけのシンプルな内装。そこにマルコは寝かされていた。
「よう、マルコ。元気か?」
気さくに話しかけたのはバイスだ。
しかし反応はない。体を起こしてはいるが、こちらを見ようともしなかった。一見すれば廃人のようにも見え、虚ろな目で遠くを見つめていた。
バイスはマルコに歩み寄ると、その胸ぐらを掴み、無理矢理にこちらを向かせたのだ。
「てめぇ、何したかわかってんのか!?」
「マルコ! 正直に言いなさい! やってないならやってないと言えばいいんだ!」
たまらずロバートもマルコに詰め寄るが効果はないに等しい。マルコは頑なに口を開こうとはしなかった。
やってないと言ったところで、もうそれは通用しない。実際に自分が証明してしまっているのだ。
バイスはマルコを乱暴に離すと、盛大に舌打ちを漏らした。
誰も何も言わなかった。窓の外から街の喧騒が漏れ聞こえてくるほどの静寂。
そのまま数分が過ぎ、このままでは埒が明かないと俺は1つの疑問を投げかける。
「マルコ。モーガンは元気か?」
その一言で、マルコの顔が青ざめていくのがハッキリとわかった。
ネスト、バイス、ロバートの3人は、それが誰かを知らず、俺とマルコに共通の知人がいただろうかと首を傾げるだけ。
「ロバート。ギルドの従魔用飼料はカーゴ商会から買い付けているのか?」
「はい、その通りです。ですが調査によりますと商会側には特に不備はなかったと聞いております」
まぁ、そうだろう。モーガンはそんなヘマはしない。計算高い男だ。
どうせマルコは何を言ってもしゃべらないつもりなのだ。ならば少々強引にいっても大丈夫だろう。
俺は腰のメイスを手に取り大袈裟に振り回すと、その頭をベッドの上に乗せた。
「みんな。ちょっと部屋から出て行ってくれるか?」
「おにーちゃん、私も?」
「いや、ミアは……。あ、マルコは神聖術が使えるんだったな。なら自分の怪我は自分で治すだろ。ミアも出て行ってくれて大丈夫だ。部屋を出たら耳を塞いでいた方がいいぞ?」
その意味を理解したのだろう、ロバートの顔が頼りなく歪んでいく。
「お……お待ちください九条様。拷問はいかがなものかと……」
「ん? 拷問は禁止されているのか?」
「いえ、そうではないですが、少々非人道的かと……」
「ロバート。言っている意味がよくわからないんだが、奴隷は認められているのに拷問はダメなのか? 奴隷は非人道的じゃないのか?」
ロバートは口を噤み、それ以上は言い返そうとはしなかった。その表情から読み取れたのは、俺に対する恐怖である。
――――――――――
ネストとバイスは、九条の言っていることがわからなくなることがある。
今回は冗談なのか? それとも本気なのか……?
九条がどんなに突拍子のないことを言っても、それを実現するだけの力を有しているというのも理由の1つだが、それよりも九条が何か別の常識に捕らわれているかのような錯覚を覚えるのだ。
まるで、別の国から来た人を相手にしているかのような違和感を覚え、『地獄からの使者』と表現したことが、あながち間違ってはいないんじゃないかと推し測ってしまっていた。
11
お気に入りに追加
377
あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)
いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。
---------
掲載は不定期になります。
追記
「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。
お知らせ
カクヨム様でも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる