生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第83話 斥候

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「嫌です! 今日はネストの家に泊ります!」

「外泊の予定は入れていません。明日には公務も御座いますので……」

「じゃぁ全てキャンセルします」

「それが出来ないことくらいわかっておいででしょう?」

 作戦会議も佳境を迎え、リリーが王宮へと帰還する時間になると、白狐に抱き着き離れようとしない。
 ヒルバークがなんとか説得を試みてはいるが、聞く耳持たずといった状態である。

「リリー様、大丈夫です。九条は逃がしませんから」

 ネストの一言でむくれながらも名残惜しそうに帰っていくリリー。俺が引き合いに出されたのが気になる所ではあるが、王女とは言え子供らしい一面もあるなと苦笑し、夜は更けていった。
 その後は、各自用意された部屋へと案内され、明日に備えて睡眠を取る。
 だが、ケシュアが寝静まった頃を見計らって、他の者達は再集結をしていた。

「大丈夫。ケシュアはぐっすり寝てるわ」

 ケシュアの様子を見て来たネストが戻ると、静かに部屋の窓を開けた。

「頼んだぞ九条」

「気を付けてね、おにーちゃん……」

「ああ」

「【骸骨猟犬召喚コールオブデスハウンド】」

 魔法書から取り出した骨を地面に置くと、それが虚無へと呑み込まれ、その対価としてもたらされたのは大きな猟犬の骸骨だ。

「【転移魂ソウルコンバート】」

 肉体から分離された魂が召喚された猟犬の骸骨に宿ると、胸の蒼炎が鼓動を刻む。

「コクセイ、行くぞ」

「おう」

 コクセイを先頭に部屋から飛び出したデスハウンドは、街を西へと駆け抜ける。
 外は真っ暗。大通りの輝きが裏通りの闇をより濃厚に映し出す。
 この暗闇にこの速度だ。街の人々に気付かれることもないだろう。精々突風が吹いた程度にしか思うまい。
 俺のことを知らないケシュアには見せることが出来なかった。昨日今日会った人を信用出来るはずがない。
 そういう理由もあって、ケシュアが寝静まってから決行することにしたのだ。
 所謂斥候。俺は魔獣達との会話が可能だ。金の鬣きんのたてがみが同じ魔獣と呼ばれている者なら、説得も可能なのではないかと考えていたのだ。

「初めて見たけど凄いわね……」

「ああ、俺も話には聞いていたが、死霊術って意外と便利だよな」

 ネストとバイスは開けっぱなしの窓からコクセイとデスハウンドが飛び出して行くのを見て、感心していた。
 ミアはベッドによじ登ると、意識のない俺の頭から枕を引っこ抜いた。

「ミアちゃんは何をしてるの?」

「膝枕! 役目だから!」

 ネストとバイスは顔を見合わせ、首を傾げた。

 ――――――――――

 闇夜に紛れ森の中を駆け抜ける。全速力でコクセイを追い、時間にして1時間程度で目標の地点へ到達すると、小さな砦が見えた。
 そこにいい思い出はない。ネストが捕まり魔法書が焼かれた場所だ。今は使われていないようで火の光も見えず、人の気配はない。

「九条殿、感じるぞ……。ここからまっすぐ南へ下れば数分で奴とかち合うはずだ」

 警戒しつつもコクセイの後をゆっくりついて行くと、真っ暗な闇の中それはいきなり現れた。

「ガァァァァ!」

 耳を覆いたくなるような咆哮。気付かれていた。
 コクセイと俺は同時に左右に飛び退き、頭上から振り下ろされた前足での攻撃を紙一重で躱す。
 その攻撃は、俺達の代わりに巨木を薙ぎ倒した。地中の根を丸ごと掘り起こしてしまうほどの力だ。辺りには土煙が立ち込める。

金の鬣きんのたてがみだ!」

「デカすぎんだろ!?」

 上がった土煙の中からゆっくりと姿を見せた金の鬣きんのたてがみ。全長は10メートルほどあるだろうか……。人間なんか一瞬でぺしゃんこだ。例えるなら大型トラックを4台ほどくっつけたような大きさ。
 獅子の身体にドラゴンの首、そして蛇の尻尾。体毛は獅子というより黒に近い灰色だ。
 金の鬣きんのたてがみと呼ばれているのだから黄色っぽいイメージを連想していたが、色から付いた名ではなさそうだ。
 ひとまず一定の距離を取り、コンタクトを試みる。

金の鬣きんのたてがみ! 俺の言うことがわかるか? 話し合おうじゃないか!」

「グルァァァ!」

 金の鬣きんのたてがみは話も聞かず一気に距離を詰めると、俺を噛み殺そうと大きく口を開ける。
 それを左へと避け、そのまま後方へと回り込む。速度だけならこちらが上だ。

「九条殿! イカン!!」

「――ッ!! 【悪夢アーマーの鎧オブナイトメア】!」

 攻撃を外し、後ろを取ったのだ。金の鬣きんのたてがみはすぐに振り向くだろうと思っていた。
 しかし、振り返る素振りも見せず、その尻尾で俺を叩き落とした。
 ギリギリのところで防御魔法を掛けるも、地面に叩きつけられた衝撃は相当なもの。左半身のあばら骨が崩れ落ち、魂の炎があらわになる。
 俺の体ではないので痛みはないが、思うように体が動かせない。

「コクセイ撤退だ!」

「承知」

 コクセイは躊躇うことなく一目散に戦線を離脱した。恐れをなしたわけじゃない。最初からそう決めていたからだ。
 俺は身体が破壊されても魂が元の身体に戻るだけ。それはコクセイに伝えてあった。
 後はコクセイが無事帰れるよう相手を足止めできればいい。最初から倒そうなどとは思っていない。あくまで目的は斥候。説得が無駄だとわかっただけでも十分だ。

「【呪縛カースバインド】!」

 地面から伸びた黒い無数の鎖が金の鬣きんのたてがみを拘束する。

「ガァァァ!」

 金の鬣きんのたてがみが天を仰ぎ咆哮すると、鎖には無数の亀裂。ほんの数秒で耐久力の限界を超えた鎖は、脆くも砕け散った。

「話を聞け!! 俺はお前と争う意思はない!!」

 最後にもう一度呼びかけるも、それが届いていないことは明白だった。とにかくひたすらに向かって来る。そこにいるのは1匹の獣。その瞳に理性は感じられなかった。
 金の鬣きんのたてがみが吼える度、身体がギシギシと悲鳴を上げる。それだけの圧だ。同時に繰り出される攻撃を必死に躱すも、身体の限界は確実に迫っていた。
 そろそろコクセイもかなり離れたはずだ。もう少し時間を稼ぎたかったが、仕方ない。
 タイミングを見計らって南へと駆ける。出来るだけノーピークスから離す為に。
 しかしこちらは満身創痍。それほどの距離も稼げず、後方からの激しい衝撃により俺の意識はそこで途切れたのだ。


 目を開けると目の前にはミアの顔。

「おかえり、おにーちゃん」

「お? 帰って来たか」

 椅子に座り俺の帰りを待っていたバイスとネストが駆け寄って来る。
 相変わらず膝枕をしていたミアに、礼を言ってから身体を起こす。
 なんだかぼんやりとしている寝起きのような状態だった。頭を振り、無理矢理意識を覚醒させる。

「どうだった?」

「間違いない。金の鬣きんのたてがみだ。コクセイが確認した」

「九条殿、コクセイは?」

 ワダツミがコクセイの身を案じるのも道理。予定では、俺が時間稼ぎをしている間にコクセイは先に戻っている手はずだった。

「先に逃がしたから恐らく問題ないとは思うが、思ったより時間が稼げなかった……。今は無事を祈るしかない」

 俺の経験不足だ。まさか振り返りもせずに攻撃をされるとは思わなかったのだ。
 尻尾の蛇……。後ろにも目があるというのは厄介だな……。

「話は通じない。こちらが気付くより先に相手が襲ってきた。かなり広い警戒網だと思ってくれて構わない」

「レンジャーがいないのが痛いわね……。森の中ならケシュアに頼れるけど、そうなるとこちらから打って出ることになるわ」

「質問なんだが、王女の私兵達は強さ的にはどれくらいですか? ノーピークスの兵達も参加するんですよね?」

「王家が卸している装備だから、そこそこいい物を付けてるが、個々の実力はシルバーより下ってとこじゃないか? ロイドよりは弱いと思って構わない」

「……ならば、打って出るのは止めた方がいいと思います。恐らくバイスさんほどの実力がないと相手にもならない。当初の予定通り街の住民を避難させ、防衛に専念させるべきでしょう」

「わかった。九条が言うならそうするわ。他に何かある?」

「そうですね……。バイスさんは最初から盾2枚で防御に専念した方が良いと思います。出来れば予備の盾もある程度用意しておいた方がいいかもしれない。鋭利な爪は巨木を1撃でなぎ倒してしまう程です。金属製でも盾が使い物にならなくなる可能性は十分にあります」

「OK。それもこっちで何とかするわ」

「後は……状況次第かと……。あまり経験がなくて的確なアドバイスは出来ませんが、俺が感じたのはそれくらいです。すいません」

「いや、十分だ九条」

「えぇ。情報があるのとないのとじゃ大違いだわ」

 その時だ。俺の隣で大人しくしていた魔獣達が何かに反応し、窓に顔を向けた。
 そして窓から侵入してきたのは黒い影。コクセイは激しく息を切らしていた。

「はぁ……はぁ……。九条殿は戻っているか?」

「よかった。コクセイ、おかえり」

「恐らく俺のことは追って来てはいなかった。あれから金の鬣きんのたてがみの気配は感じられなかったからな」

 身を寄せるコクセイを撫で、お互いの無事を分かち合う。

「ありがとう九条、大体の情報は手に入った。出発は明日の午後にするわ。それまでゆっくり休んで頂戴。時間になったら呼びに来るわ」

「よし、じゃぁ俺も自室で休むとするか。午前中は家に戻って装備を取って来る。それ以外はノーピークスで揃えよう」

 ネストは立ち上がると俺に右手を。バイスは左手を伸ばした。それを無意識に掴むと、2人は嬉しそうに微笑んだのだ。

「がんばりましょうね」

「期待してるぞ?」

「出来る限りのことはするつもりです」

 ネストとバイスが部屋から去ると、2人から握られた手を見ていた。
 じんわりと残るぬくもり。この世界に来て最初にパーティを組んだ日を思い出していた。
 炭鉱案内をした日。あの時は臨時で入っただけで、仲間と呼べるようなものではなかった。
 出発前にバイス、ネスト、フィリップ、シャーリーが手を取り合い、お互いを鼓舞し成功を祈っていたのだ。
 それを傍から見ていた当時の俺は、冒険者とはこういうものなのかと他人行儀に感じていたが、今ならあの時の4人の気持ちがわかる気がした。
 俺はあの時より冒険者らしい冒険者をしているだろうか……。バイスやネストと同じ場所に立てているのだろうか……。
 2人から差し伸べられた掌で、その思いに少しだけ近づけた気がしたのだ。

「……仲間……か……」

「おにーちゃん、何ニヤニヤしてるの? 気持ち悪いよ?」

「……は? いやいや、全然してないし」

「してたもん。ねーカガリー?」

「してないよなぁ? カガリ?」

 カガリは俺に対してだけコクコクと頷いた。

「おにーちゃんずるいよ! カガリはおにーちゃんの言うことならなんでも聞くんだから!」

「ハハハ……。すまんすまん」

 大きなベッドでミアとじゃれ合っていたのが羨ましかったのか、カガリと白狐がベッドの上へと乗ってくる。

「お前等は後で相手してやるからベッドに乗るんじゃない! ただでさえ重いんだからスプリングが傷むだろ!」

 雰囲気をぶち壊すようだが、こればっかりは譲れない。こんな高そうなベッドの弁償はしたくない。
 カガリも白狐も恐らく体重は100キロを超えるだろう。このベッドの耐荷重は知らないが、2匹の魔獣の重さに耐えられるとは到底思えない。
 暫くするとミアは先に寝てしまい、そんなミアの寝顔を見ながら俺も眠りについた。
 カガリと白狐は皆が寝静まったのを見計らい、こっそりベッドに登ると一緒に寝息を立てた。
 それを羨ましそうに見ていたのはワダツミとコクセイである。
 ウルフ族は誇り高い種族。人間になぞ媚びぬ。……と、自分達に言い聞かせ我慢すると、出来るだけベッドに近いところで丸くなった。
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