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第80話 表と裏
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ロバートは不安げな表情で視線を泳がせていた。
「もう試験は始まっていますが、命令せずともよろしいのですか? 試験内容を聞き損じてしまったのなら、もう1度説明致しますが?」
「ん? ああ。大丈夫なはずなんだが……」
獣達は理解しているはずだ。なのだが、隣同士お互い顔を見合わせ困惑しているといった雰囲気で、食べようとはしない。
ミアも心配そうに俺の顔色を窺う。
「どうした? 食わないのか? 食っていいらしいぞ? 半分だけだが……」
「どうしても食べなければダメか?」
「ん? 何か問題でもあるのか? 匂いとか?」
獣達が匂いに敏感なのは知っている。なので、そういう理屈ならば納得もいくと考えていたのだが、どうやらそうではない様子。
白狐、ワダツミ、コクセイの3匹は顔を見合わせ頷くと、ワダツミが申し訳なさそうに口を開いた。
「九条殿が食えと言えば食うが……。仲間達はきっと食えない……。我らのように毒に耐性はないのだ」
「――ッ!?」
一瞬で理解した。ふと横を見るとマルコの不敵な笑みは消え、どこか焦りを感じているようにも見えたのだ。
それだけなら疑いだけで済んだ。だがマルコはこちらを一瞬見て、目を逸らしたのである。先程までは目が合っていようと構わず睨み続けていたクセに。
証拠はないが、そんなことはどうでもよかった。間違ったら謝ればいい。
マルコに駆け寄り胸ぐらを掴む。
突然の事態に騒がしくなる訓練場。恐らくは俺が乱心したようにも見えたはずだ。
「お前! 餌の中に毒を入れたな!?」
「言いがかりだ! 僕は知らない! なんの根拠があって……」
「カガリ! どっちだ!」
「嘘です」
そのままマルコを押し倒し、上から押さえつける。
「ぐわっ!」
背中から勢い良く倒れたマルコが苦痛で悲鳴を上げた。
それを止めようと駆け寄るロバートの行く手を阻んだのはワダツミとコクセイだ。
「ひぃ!」
2匹の魔獣から威嚇され鋭く睨みつけられたロバートは、悲鳴を上げ後退る。
「ロバート! この試験には毒の耐性を調べる内容も含まれているのか!?」
マルコからは目を離さず、声を荒げる。
「そ……そのような内容は、ふ……含まれておりません」
「毒なんか入ってない! 何かの間違いだ! 離せ!」
バタバタと藻掻き脱出を試みるマルコだが、事務仕事しかしていないであろうヒョロガリに俺が力で負けるはずがない。
「じゃぁ、食ってみろ」
「じ……従魔用の飼料なぞ食えるわけないだろ!」
「食えるさ。毒は入ってないんだろ? お前が食って異常なければ詫びとして俺も食ってやるから安心しろ」
カガリがゆっくりと近づき、俺の代わりにマルコを抑える。
前足一本だ。それが胸を押し付けているだけであるが、マルコの両手はそれを持ちあげようと必死。藻掻く余裕すらないほどの力が込められているのだろう。
「だずげで……づぶれる……」
マルコの隣に置いてあった飼料袋に手を突っ込み、それを鷲掴みにすると、マルコの口をこじ開け捻じ込んだ。
「う゛ぇ! ぺっぺっ……」
勿論それは吐き出される。だが、そんなことで諦めるわけがない。
メイスの柄をマルコの口に無理矢理に突っ込む。それは口を閉じさせないようにする為のつっかえ棒。何本か歯が折れたようだが、気にするものか。
そして情けなく開けっぱなしになっている口の隙間に飼料を捻じ込んでやった。親切に喉の奥まで。ツバメの親鳥がヒナに餌をあたえるようにだ。
そしてマルコはそれを飲み込んだ。ゴクリという喉の音がやけに大きく聞こえ、口のメイスを引き抜いた。
即効性の毒ならすぐに。遅効性の毒なら、効果が表れる前に自分の魔法で解毒するだろう。
だが従魔登録を邪魔する目的であるのなら、即効性の物を入れるはずだ。
「カガリ。放してやれ」
カガリが離れるとマルコはゆっくりと起き上がる。
「九条! 貴様……ウッ!……」
マルコが何か言おうとしたが、言い切る前に口を押さえる。
逆の手がプレートを掴むも、口を開けると出て来たのは声ではなく嘔吐物だ。
耐えきれず四つん這いになるもそれは止まらず、ついには倒れ痙攣が始まった。
場内は静まり返っていた。誰もが目の前で起きていることをただ見ていることしか出来ない程の衝撃。
「治してやれ」
その言葉に我に返ったギルド職員の女性がマルコに駆け寄り魔法をかける。
「【治療術(毒)】!」
マルコを包む薄緑色の光。その輝きが消えると同時に痙攣は治まり、何事もなかったかのように横たわる。
恐らく毒は癒えているようだが、意識は戻っていなかった。
「ロバート、どういう事だ。説明しろ」
「いえ、私にも何がなんだか……」
ロバートの答えにカガリは首を横に振った。それは嘘を付いていないということ。
支部長ともあろうものが、それを容認するはずがない。
しかし、目の前の出来事から従魔用飼料に異物が混入していたことは明白だ。
ギルド職員が冒険者の従魔を殺めるなんてことがあっていいはずがない。
確かにマルコはロイドの担当で、俺を嫌っているのだろう。
正直に言って、俺が他人にどう思われようと心底どうでもいい。好きなだけ嫌ってくれて構わない。
ガキの喧嘩を買うほど子供じゃないが、これは許される範囲を大きく逸脱している。
「おいおい、マジかよ……。毒入りだとよ……」
「え……私の従魔、ギルドの専用飼料与えてるんだけど……」
周りの冒険者達からはギルドへの不信感が募る。
ギルドでそんな噂が立とうものなら、本部からの責任追及は免れない。ロバートはマルコを叩き起こそうとするも、まるで起きる気配はない。
「申し訳ございません九条様! まさかマルコがこんな事をしでかすとは夢にも思わず……。普段はちゃんと仕事をする真面目な職員なんです!」
それを黙って見降ろしている俺に気が付き、必至に言い訳を並べ立てるロバート。
インタビューを受けた犯人の知人役でもやっているのかと思うほどそっくりな言い訳に、思わず苦笑する。
マルコの業務態度なぞどうでもいいのだ。それはロバートがマルコの本心を見抜けなかっただけ。
表面上しか見ておらず、マルコの裏の顔を知らなかっただけである。
ロバートはいつまでも目を覚まさないマルコを諦め、俺の前で土下座しようと床に膝を突いたその時だ。訓練場の扉がバァンと勢いよく開かれた。
「九条が来てるって本当!?」
そこにはネストが立っていたのだ。
――――――――――
従魔登録試験は中止。ギルドの応接室へと場所を変え、今後についての話し合いが始まった。
片方のソファには俺とミアとネストが座り、テーブルを挟んで反対側にはロバート。
80匹にも及ぶ獣達に睨まれているロバートは居心地が悪そうだ。
あの後、ネストは瞬時に状況を把握し人払いをした。倒れていたマルコは別の職員が本部の医務室へと運び、俺がネストに事の発端を話した。
「申し訳ございません。九条様。マルコが悪いのか、それとも飼料を扱う業者が悪いのかは今はまだ判別出来ませんが、ギルドにも責任の一端はございます。深くお詫び申し上げます……」
ロバートはその場で深く頭を下げる。
だが、マルコが悪いのは明白であった。カガリがマルコの嘘を見抜いたのだから、少なくとも毒が混入していることは知っていたのだ。
「ネストさんはどう思います?」
「まあ、十中八九マルコの所為でしょうね」
「いや、まだ決まった訳では……」
「ロバート。あなたが職員を庇いたい気持ちはわかるけど、もうそう言う次元の話じゃないわ。この際ハッキリと言って首を切った方が良い。九条の従魔試験を見ていた人達は絶対口外するわよ? ここであなたがハッキリしないと損害を出すのはギルドでしょ? わかってるの?」
「……まずは調査をさせていただいて、その結果で判断させてください……」
「ホント甘いわね……」
ロバートは頭を下げたまま小刻みに震えていた。
信じていた部下に裏切られたと思っているのか、それとも保身を考えているのか……。
「マルコの処分方法はギルドに任せます。ソフィアさんの時のように俺が罰を下していいなら言ってください。ウチのウルフ達が喜んで食うでしょうから」
それを聞いてロバートは慌てて顔を上げる。その顔は真っ青、目には涙を溜めていた。
「九条様。お怒りはごもっともですがそれだけは何卒……」
「冗談ですよ。本気にしないでください」
だが、ロバートの顔色が戻る事はない。
「で? 九条の従魔申請はどうするの? 試験してたんでしょ?」
「それは全て合格ということで大丈夫です」
「最後のテストが残っていましたけどいいんですか? カガリは俺の知らない内に登録されていたようだから、今回は真面目にと思ったんですが……」
俺がネストに視線を向けると、ネストはすぐに視線を逸らす。
カガリを王都に入れる為従魔登録したのだろうが、それは俺に無断でやったことだ。怒ってはいないが、せめて一言あっても良かったのではなかろうか。
「問題ありません。最後の試験は使役している従魔が、主人の危機に自発的に行動できるかが焦点の内容でした。私が九条様を止めようと試みた時、この2匹の従魔は私の前に立ち塞がったのです。それだけで十分でしょう」
ロバートの顔色は相変わらずだが、その場で立ち上がると申請書類とプレートを持ってくると言って一時的に退室した。
待っている間、ミアは隣のカガリを。ネストは幸せそうな表情でウルフ達を撫でていた。
俺はそれに何か違和感を感じたのだ……。ジッとネストを見つめ違和感の正体を探していたのだが、ネストはそれに気が付くと、恥ずかしいのかほんのりと頬を赤らめる。
「どーしたの九条? 私の顔に何か付いてる?」
「いや……。何か違和感が……。あっ、髪切った?」
「切ってないわよ……」
女性から感じる違和感と言えばそれくらいしか思いつかなかったが、違ったようだ。
ネストは貴族だというのに、今日は冒険者スタイル。テーブルに立て掛けてあるのはアストロラーベというネストの家に古くから伝わる杖。
どこからどう見ても魔女にしか見えない黒いローブに三角帽。ローブの黒が長い赤髪をより一層鮮やかに魅せている。
その髪がふわりと靡くと、ほのかに香る香水がその美貌を際立たせて――いなかった。
「わかった。香水をしてないんだ!」
ネストは香水の所為でカガリからは毛嫌いされていた。しかし、今はウルフ達を嬉しそうに撫でている。ウルフ達だってカガリに負けず劣らず鼻はいいはずだ。
「よくわかったわね。香水つけるの止めにしたの」
「どうして?」
「カガリに限った話じゃないけど、私ってあまり動物に好かれないのよね。それを考えていたんだけど、もしかしたらと思ってね。でも私の考えは当たってたみたい」
そう言いつつ、目の前にいるウルフを両手でわしゃわしゃと豪快に撫でまわすネスト。
折角のネストとの外交カードが1枚なくなってしまい、非常に残念だ……。
「お待たせしました」
ロバートが戻って来る。左手には紙の束、右手にはアイアンプレート。恐らくどちらも85匹分あるのだろう。右手はその重さに耐えきれず、プルプルと震えていた。
「こちらの申請用紙には九条様のサインをお願いします。そのサインを確認しましたらプレートと交換となりますので……」
「え? もしかしてコレ全部に書かないとダメ?」
「もちろんです」
こんなに時間が掛かるとは思わず、先に飯を食っておけばよかったと後悔する。
だが、これが終われば晴れて獣達は自由の身だ。ラストスパートだと思い気を引き締めつつも、目の前に置かれた紙の束を半分に分け、それをネストに差し出した。
「折角だから手伝ってくれ」
「え? 嘘でしょ?」
俺とネストは申請用紙にサインを綴り、それを書き上げるごとにミアがロバートから手渡されたプレートを獣達の首に掛けるという流れ作業。
その作業は夕刻にまで及んだのだ……。
「もう試験は始まっていますが、命令せずともよろしいのですか? 試験内容を聞き損じてしまったのなら、もう1度説明致しますが?」
「ん? ああ。大丈夫なはずなんだが……」
獣達は理解しているはずだ。なのだが、隣同士お互い顔を見合わせ困惑しているといった雰囲気で、食べようとはしない。
ミアも心配そうに俺の顔色を窺う。
「どうした? 食わないのか? 食っていいらしいぞ? 半分だけだが……」
「どうしても食べなければダメか?」
「ん? 何か問題でもあるのか? 匂いとか?」
獣達が匂いに敏感なのは知っている。なので、そういう理屈ならば納得もいくと考えていたのだが、どうやらそうではない様子。
白狐、ワダツミ、コクセイの3匹は顔を見合わせ頷くと、ワダツミが申し訳なさそうに口を開いた。
「九条殿が食えと言えば食うが……。仲間達はきっと食えない……。我らのように毒に耐性はないのだ」
「――ッ!?」
一瞬で理解した。ふと横を見るとマルコの不敵な笑みは消え、どこか焦りを感じているようにも見えたのだ。
それだけなら疑いだけで済んだ。だがマルコはこちらを一瞬見て、目を逸らしたのである。先程までは目が合っていようと構わず睨み続けていたクセに。
証拠はないが、そんなことはどうでもよかった。間違ったら謝ればいい。
マルコに駆け寄り胸ぐらを掴む。
突然の事態に騒がしくなる訓練場。恐らくは俺が乱心したようにも見えたはずだ。
「お前! 餌の中に毒を入れたな!?」
「言いがかりだ! 僕は知らない! なんの根拠があって……」
「カガリ! どっちだ!」
「嘘です」
そのままマルコを押し倒し、上から押さえつける。
「ぐわっ!」
背中から勢い良く倒れたマルコが苦痛で悲鳴を上げた。
それを止めようと駆け寄るロバートの行く手を阻んだのはワダツミとコクセイだ。
「ひぃ!」
2匹の魔獣から威嚇され鋭く睨みつけられたロバートは、悲鳴を上げ後退る。
「ロバート! この試験には毒の耐性を調べる内容も含まれているのか!?」
マルコからは目を離さず、声を荒げる。
「そ……そのような内容は、ふ……含まれておりません」
「毒なんか入ってない! 何かの間違いだ! 離せ!」
バタバタと藻掻き脱出を試みるマルコだが、事務仕事しかしていないであろうヒョロガリに俺が力で負けるはずがない。
「じゃぁ、食ってみろ」
「じ……従魔用の飼料なぞ食えるわけないだろ!」
「食えるさ。毒は入ってないんだろ? お前が食って異常なければ詫びとして俺も食ってやるから安心しろ」
カガリがゆっくりと近づき、俺の代わりにマルコを抑える。
前足一本だ。それが胸を押し付けているだけであるが、マルコの両手はそれを持ちあげようと必死。藻掻く余裕すらないほどの力が込められているのだろう。
「だずげで……づぶれる……」
マルコの隣に置いてあった飼料袋に手を突っ込み、それを鷲掴みにすると、マルコの口をこじ開け捻じ込んだ。
「う゛ぇ! ぺっぺっ……」
勿論それは吐き出される。だが、そんなことで諦めるわけがない。
メイスの柄をマルコの口に無理矢理に突っ込む。それは口を閉じさせないようにする為のつっかえ棒。何本か歯が折れたようだが、気にするものか。
そして情けなく開けっぱなしになっている口の隙間に飼料を捻じ込んでやった。親切に喉の奥まで。ツバメの親鳥がヒナに餌をあたえるようにだ。
そしてマルコはそれを飲み込んだ。ゴクリという喉の音がやけに大きく聞こえ、口のメイスを引き抜いた。
即効性の毒ならすぐに。遅効性の毒なら、効果が表れる前に自分の魔法で解毒するだろう。
だが従魔登録を邪魔する目的であるのなら、即効性の物を入れるはずだ。
「カガリ。放してやれ」
カガリが離れるとマルコはゆっくりと起き上がる。
「九条! 貴様……ウッ!……」
マルコが何か言おうとしたが、言い切る前に口を押さえる。
逆の手がプレートを掴むも、口を開けると出て来たのは声ではなく嘔吐物だ。
耐えきれず四つん這いになるもそれは止まらず、ついには倒れ痙攣が始まった。
場内は静まり返っていた。誰もが目の前で起きていることをただ見ていることしか出来ない程の衝撃。
「治してやれ」
その言葉に我に返ったギルド職員の女性がマルコに駆け寄り魔法をかける。
「【治療術(毒)】!」
マルコを包む薄緑色の光。その輝きが消えると同時に痙攣は治まり、何事もなかったかのように横たわる。
恐らく毒は癒えているようだが、意識は戻っていなかった。
「ロバート、どういう事だ。説明しろ」
「いえ、私にも何がなんだか……」
ロバートの答えにカガリは首を横に振った。それは嘘を付いていないということ。
支部長ともあろうものが、それを容認するはずがない。
しかし、目の前の出来事から従魔用飼料に異物が混入していたことは明白だ。
ギルド職員が冒険者の従魔を殺めるなんてことがあっていいはずがない。
確かにマルコはロイドの担当で、俺を嫌っているのだろう。
正直に言って、俺が他人にどう思われようと心底どうでもいい。好きなだけ嫌ってくれて構わない。
ガキの喧嘩を買うほど子供じゃないが、これは許される範囲を大きく逸脱している。
「おいおい、マジかよ……。毒入りだとよ……」
「え……私の従魔、ギルドの専用飼料与えてるんだけど……」
周りの冒険者達からはギルドへの不信感が募る。
ギルドでそんな噂が立とうものなら、本部からの責任追及は免れない。ロバートはマルコを叩き起こそうとするも、まるで起きる気配はない。
「申し訳ございません九条様! まさかマルコがこんな事をしでかすとは夢にも思わず……。普段はちゃんと仕事をする真面目な職員なんです!」
それを黙って見降ろしている俺に気が付き、必至に言い訳を並べ立てるロバート。
インタビューを受けた犯人の知人役でもやっているのかと思うほどそっくりな言い訳に、思わず苦笑する。
マルコの業務態度なぞどうでもいいのだ。それはロバートがマルコの本心を見抜けなかっただけ。
表面上しか見ておらず、マルコの裏の顔を知らなかっただけである。
ロバートはいつまでも目を覚まさないマルコを諦め、俺の前で土下座しようと床に膝を突いたその時だ。訓練場の扉がバァンと勢いよく開かれた。
「九条が来てるって本当!?」
そこにはネストが立っていたのだ。
――――――――――
従魔登録試験は中止。ギルドの応接室へと場所を変え、今後についての話し合いが始まった。
片方のソファには俺とミアとネストが座り、テーブルを挟んで反対側にはロバート。
80匹にも及ぶ獣達に睨まれているロバートは居心地が悪そうだ。
あの後、ネストは瞬時に状況を把握し人払いをした。倒れていたマルコは別の職員が本部の医務室へと運び、俺がネストに事の発端を話した。
「申し訳ございません。九条様。マルコが悪いのか、それとも飼料を扱う業者が悪いのかは今はまだ判別出来ませんが、ギルドにも責任の一端はございます。深くお詫び申し上げます……」
ロバートはその場で深く頭を下げる。
だが、マルコが悪いのは明白であった。カガリがマルコの嘘を見抜いたのだから、少なくとも毒が混入していることは知っていたのだ。
「ネストさんはどう思います?」
「まあ、十中八九マルコの所為でしょうね」
「いや、まだ決まった訳では……」
「ロバート。あなたが職員を庇いたい気持ちはわかるけど、もうそう言う次元の話じゃないわ。この際ハッキリと言って首を切った方が良い。九条の従魔試験を見ていた人達は絶対口外するわよ? ここであなたがハッキリしないと損害を出すのはギルドでしょ? わかってるの?」
「……まずは調査をさせていただいて、その結果で判断させてください……」
「ホント甘いわね……」
ロバートは頭を下げたまま小刻みに震えていた。
信じていた部下に裏切られたと思っているのか、それとも保身を考えているのか……。
「マルコの処分方法はギルドに任せます。ソフィアさんの時のように俺が罰を下していいなら言ってください。ウチのウルフ達が喜んで食うでしょうから」
それを聞いてロバートは慌てて顔を上げる。その顔は真っ青、目には涙を溜めていた。
「九条様。お怒りはごもっともですがそれだけは何卒……」
「冗談ですよ。本気にしないでください」
だが、ロバートの顔色が戻る事はない。
「で? 九条の従魔申請はどうするの? 試験してたんでしょ?」
「それは全て合格ということで大丈夫です」
「最後のテストが残っていましたけどいいんですか? カガリは俺の知らない内に登録されていたようだから、今回は真面目にと思ったんですが……」
俺がネストに視線を向けると、ネストはすぐに視線を逸らす。
カガリを王都に入れる為従魔登録したのだろうが、それは俺に無断でやったことだ。怒ってはいないが、せめて一言あっても良かったのではなかろうか。
「問題ありません。最後の試験は使役している従魔が、主人の危機に自発的に行動できるかが焦点の内容でした。私が九条様を止めようと試みた時、この2匹の従魔は私の前に立ち塞がったのです。それだけで十分でしょう」
ロバートの顔色は相変わらずだが、その場で立ち上がると申請書類とプレートを持ってくると言って一時的に退室した。
待っている間、ミアは隣のカガリを。ネストは幸せそうな表情でウルフ達を撫でていた。
俺はそれに何か違和感を感じたのだ……。ジッとネストを見つめ違和感の正体を探していたのだが、ネストはそれに気が付くと、恥ずかしいのかほんのりと頬を赤らめる。
「どーしたの九条? 私の顔に何か付いてる?」
「いや……。何か違和感が……。あっ、髪切った?」
「切ってないわよ……」
女性から感じる違和感と言えばそれくらいしか思いつかなかったが、違ったようだ。
ネストは貴族だというのに、今日は冒険者スタイル。テーブルに立て掛けてあるのはアストロラーベというネストの家に古くから伝わる杖。
どこからどう見ても魔女にしか見えない黒いローブに三角帽。ローブの黒が長い赤髪をより一層鮮やかに魅せている。
その髪がふわりと靡くと、ほのかに香る香水がその美貌を際立たせて――いなかった。
「わかった。香水をしてないんだ!」
ネストは香水の所為でカガリからは毛嫌いされていた。しかし、今はウルフ達を嬉しそうに撫でている。ウルフ達だってカガリに負けず劣らず鼻はいいはずだ。
「よくわかったわね。香水つけるの止めにしたの」
「どうして?」
「カガリに限った話じゃないけど、私ってあまり動物に好かれないのよね。それを考えていたんだけど、もしかしたらと思ってね。でも私の考えは当たってたみたい」
そう言いつつ、目の前にいるウルフを両手でわしゃわしゃと豪快に撫でまわすネスト。
折角のネストとの外交カードが1枚なくなってしまい、非常に残念だ……。
「お待たせしました」
ロバートが戻って来る。左手には紙の束、右手にはアイアンプレート。恐らくどちらも85匹分あるのだろう。右手はその重さに耐えきれず、プルプルと震えていた。
「こちらの申請用紙には九条様のサインをお願いします。そのサインを確認しましたらプレートと交換となりますので……」
「え? もしかしてコレ全部に書かないとダメ?」
「もちろんです」
こんなに時間が掛かるとは思わず、先に飯を食っておけばよかったと後悔する。
だが、これが終われば晴れて獣達は自由の身だ。ラストスパートだと思い気を引き締めつつも、目の前に置かれた紙の束を半分に分け、それをネストに差し出した。
「折角だから手伝ってくれ」
「え? 嘘でしょ?」
俺とネストは申請用紙にサインを綴り、それを書き上げるごとにミアがロバートから手渡されたプレートを獣達の首に掛けるという流れ作業。
その作業は夕刻にまで及んだのだ……。
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