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第68話 追悼

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 鬱蒼と生い茂る木々達には夕陽の光も敵わず、一足先に雰囲気は夜。
 そろそろ松明が必要だ。
 炭鉱前へと辿り着いたモーガンとタイラーは愕然とした。
 そこには待機組の姿はなく、周りには大勢の人が踏み固めたであろう潰れた草木の痕跡が残されていただけだった。

「だから言っただろ」

「そんな……」

「あいつ等……。勝手なことを……」

 キャラバンの責任者であるモーガンの信頼を裏切る行為だ。
 たとえ彼らがウルフを狩り、無事に戻って来たとしても叱責は免れない。
 リーダーであるタイラーにもその責任は及ぶのだ。
 しかし、モーガンの考えは違った。商人だからこそ、そんなことよりも重要な問題に頭を抱えていたのだ。
 それは九条との友好関係を築けなかったこと。もう挽回出来る要素はないと言っていい。
 不法侵入。文句なしに非があるのはキャラバン側。冒険者達は甘く考えているようだが、やっていることは泥棒や盗賊と同じである。
 冒険者の生死なぞどうでもいいのだ。それ自体はよくあること。
 憂慮すべきところはそこじゃない。
 モーガンは常に先を見ている。それは商人として当たり前のことだ。
 プラチナプレート冒険者と商人との関係、そこに商機があった。
 有り体に言えばスポンサー契約。
 人気のある冒険者に武器や防具、アイテムなどを提供することにより、それを宣伝してもらうのだ。
 それがプラチナプレート冒険者であれば、売り上げが倍増……いや、爆増するのは間違いない。
 その額は、ウルフ素材の末端価格なぞ軽く凌駕するだろう。
 そういう理由もあったからこそ、モーガンは潔く炭鉱を諦めたのだ。
 キャラバンは解散し、冒険者達には違約金を払えばいい。そんな端金、九条とのスポンサー契約が取れるのであれば安いものだ。
 勿論すぐにではない。まずは九条との友好関係を深めてから。
 成功すればカーゴ商会内での自分の地位も上がるというもの。
 そこまで考えていた計画は最早、絶望的状況。モーガンは地面に膝をつき、この世の終わりとでも言いたげな表情で項垂れていた。

「ミアとカガリはここで待っててくれ、俺は中の様子を見てくる」

「気を付けてね。おにーちゃん」

 九条の事を心配そうに見つめるミア。その頭を九条がやさしく撫であげる。

「九条。私も行こう」

「いや、大丈夫だ。俺に任せろ」

「いやいや、リーダーとして仲間達の危機を見過ごす訳にはいかない!」

 言葉の通り仲間の為だと考えているのか、少しでも罪を軽くしようとしているのかは不明だが、九条にとっては邪魔な存在でしかなかった。
 先行しているだろう14人よりも先に7層に到達しなければならない。
 リビングアーマーが倒されてしまえば、全てが水の泡である。

「死ぬかもしれないんだぞ!?」

「覚悟の上だ! 確かに私はシルバープレート。九条には敵わぬが、足手纏いになるようならその場で見捨ててもらっても構わない!」

 もうここでグチグチ言ってる時点ですでに足手纏いであり、今すぐにでも見捨てたいと九条は内心、二の足を踏んでいた。
 しかし、怪しまれず断る理由は思いつかず、連れて行くしか道はない。その上で出来るだけ急げばいいと腹を括った。

「よし、わかった。遅れるなよ?」

 タイラーは覚悟を決め、無言で頷く。だが、その真意は別のところにあった。

(うぉぉぉ! まさかこんなところでプラチナの人とパーティを組めるなんて!! 願ってもない機会! その戦いぶりを目に焼き付けなくては! あわよくば冒険者仲間に自慢しよう!)

 動機はなんであれやるからには本気を出さねばと、タイラーはダンジョン攻略の基本であるトラッキングスキルでの索敵を始めた。

「——ッ!?」

 タイラーの目が大きく見開かれる。心臓の鼓動が跳ね上がり、冷や汗が頬から滴り落ちる。
 そこに映っていたのは大量のウルフと思われる獣達の反応と、そことは違う場所に映る魔物の反応。
 それはあり得ない程の強さの化け物。勝つとか負けるとかそういう次元の話ではない。
 タイラーの頭に浮かんだ生物の名はドラゴンだ。見たことはないが、それほど未知なる強さを感じていた。

「九条! 中に凄まじい強さの魔物がいるぞ!?」

「……は?」

「いや、だからヤバイ魔物がいると言っているんだ!」

「知ってるけど……それが何か? さっき言っただろ?」

 これほどの化け物を前にその落ち着きぶりである。タイラーが驚愕するのも無理もない。
 プラチナプレートとの格の違いを見せつけられ、萎縮してしまった。

(……やっぱり一緒に行くの止めようかな……。九条が一緒だとはいえ、どうなるかわからない……。あんなのと戦闘になれば九条は本当に俺を見捨てるかもしれん……。しかし、大見得切って一緒に行くと豪語してしまった手前、どう切り出せば……)

 炭鉱に入る為の松明の準備をしている九条。言い出すのであれば今しかない。

「……あっ……ああっ! きゅ……急にお腹が!! タハーッ!」

 タイラーは腹を抱えて身をよじる。

「どうした? 大丈夫か?」

「急に腹痛が……。昼に何か悪い物でも食べたかな……。イタタ……」

「ミア。治してやれ」

「うん、わかった」

「いや、大丈夫! 大丈夫だ! すぐに収まる! ただちょっと九条に同行するのは止めておこうかな……大事を取って……。うん、残念だが仕方ない。それがいい」

 その場にいた全員が、タイラーを白い目で見ていたのは言うまでもない。
 そんなバレバレな仮病であったが、九条にとっては丁度良かった。これで最速でダンジョンへと潜っていける。
 タイラーが感知した魔物が『ボルグ君二号』であるなら、まだ望みはある。

(……そうだ。索敵スキルを持っているなら、獣達が無事か確認できるのではないだろうか?)

「タイラー。ウルフ達の様子はどうだ?」

「え? あ……ああ。数が多くて正確には不明だが、50~100匹ほど確認出来るが……」

「わかった。じゃぁ、行ってくる」

 ひとまずは無事なようでホッと安堵し、九条は炭鉱へと入って行く。
 そして最初の角を曲がったところで、魔法書から1本の獣骨を取り出した。

「【骸骨猟犬召喚コールオブデスハウンド】」

 召喚されたデスハウンドに跨り、九条は炭鉱を駆け抜ける。
 ケツの痛みなど気にしてはいられない。悠長に進んでいる時間などないのだ。

 ――――――――――

 ダンジョン内は異様な雰囲気に包まれていた。冒険者達にバレないようデスハウンドをあるべき場所へと帰し、自分の足で走る。
 冒険者達を見つけたら怒っているよう演技をしなくては。そしてさっさと帰れと言ってやるのだ。
 不法侵入の罰として金銭を要求してもいいかもしれない。
 別に金は必要ないが、精神的ダメージを与えるという意味では効果がありそうだ。
 そして分かれ道のある4層のホールに到着すると、地面に何かが転がっているのが見え、何故かその周りは水浸しであった。

「長い紐に……ボール……?」

 何かの仕掛けだろうか? 恐らく冒険者達の仕業だろう。
 手で触るのは危険かもしれないと思い、足でチョイチョイと小突くも反応はない。

「もしかして、ゴミを捨てたのか?」

 許せん。不法侵入もそうだが、人の敷地にゴミを捨てるなど人としてやってはいけないことだ。
 本気で叱ってやる必要がありそうだと決意を新たに顔を上げると、そこには108番が浮いていた。

「おわぁ!」

 見慣れているとは言え、音もせず急に現れたら誰でも驚く。

「おい、前に驚かすなって言っただろ! それと許可するまで出て来るんじゃない! 一般人には見えないんだから俺が1人で話してるように見えるじゃないか! 冒険者達に見られでもしたらどうするんだ!?」

「そのことなんですが……。侵入者達は死んでしまいました……」

「……は?」

 間の抜けた声だったろう。俺が108番の言う事が理解できず固まっていると、獣達がぞろぞろと下層からやって来る。

「本当なのか?」

「残念ながら……」

 話を聞きながらダンジョンを進む。どうやら『ボルグ君二号』が強すぎた結果のようだ。
 白狐に案内されると冒険者達の死体は5層の小部屋にまとめて安置されていた。
 開いた口が塞がらないとは正にこの事。死臭が漂い、肉体から見放された魂達が部屋を彷徨っていたのである。

「あー……」

 仕事柄死体は見慣れているが、さすがにこれは酷いと言わざるを得ない。

「どうしましょう?」

 108番は自分が怒られると思っているのか怯えているし、コクセイは死体の隣で涎を垂らしている。
 しかも、チラチラとこちらを見ては死体を見てを繰り返していた。
 完全に俺の許可を待っている。野生動物から見れば御馳走なのかもしれないが、さすがにそれはちょっと……。

「はぁ……。今回は俺の落ち度だ。完全に力量を見誤った……」

「ですよね? ですよね?」

 108番は自分の所為ではないと言われるや否や、嬉しそうにはしゃぐ。
 ……そう言われると、ちょっとイラっとするのは自分だけだろうか。

「モーガンには、全員死んだと伝えるしかないな」

 さすがに全員の死体を運び出すのは無理だ。報告用にと冒険者達の死体からプレートだけを回収する。
 自業自得ではあるのだが、このまま放っておくのも忍びない。
 集めたプレートをまとめて地面に置くと、その手前で正座し、目を閉じて手を合わせて一礼。
 そして厳かに読経を始めた。
 それは間違いなく奇怪なものに見えただろう、首を傾げる獣達は不思議そうに俺を見ていた。
 真剣な面持ちで経を紡ぐ。それは鎮魂の儀式だ。
 彷徨い続けていた魂達が俺の周りに輪を作る。
 部屋中に蔓延していた邪気が払われると、そこは最早ダンジョンの一室とは思えないほどの浄化された空間へと変化した。
 その差異は、この部屋だけが別の空間に転移したのかと錯覚するほどである。

 20分後、経を読み終えると。ゆっくりと目を開き立ち上がる。
 それと同時に、部屋の雰囲気も元のダンジョンへと戻った。

「よし。略式だがこんなもんでいいか」

 腰に下げていた魔法書を広げ、集まってきた魂を収容する。

「九条殿、今のはなんだ? 魔法か?」

 興味津々とばかりに寄って来たのは白狐だ。

「あー……何て言えばいいかな……。俺の故郷では亡くなった人をこうやって供養するんだ。安らかに眠るよう祈る……って感じかな」

「そうなのか……。人間とは死んだ者に対しても礼儀正しいものなのだな」

「お前達は違うのか?」

「長が死ねば悔やみもしようが、そういった儀式はしない」

 死者を弔うという文化がないのだろう。獣達には獣達なりの様式があるのだ。
 少々寂しさを覚えるも、それは人間の俺が口に出すことではない。

「白狐達はもう少しここで辛抱してくれ。こうなってしまえばさすがにキャラバンも続行は出来ないだろう。それを確認するまでの間だけだ」

「「了解した」」

 形見となってしまったプレートの束を腰の革袋に仕舞うと、俺は急ぎダンジョンを後にした。
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