生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第47話 天秤

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「"グラウンドベイト"!」

 フルプレートに身を包んだタンク役の男が使ったスキルは、敵対心を煽るもの。
 自我の弱い魔物の類には有効なのだろうが、残念ながら中身は人間の魂だ。
 多少惹かれるような何かを感じるも、それは硬貨を落とした音に無意識に視線を向けてしまう程度の感覚。

「よし。ギース、アニタ。散開しろ!」

 しかし、相手は効いていると思っているのだろう。
 アニタと呼ばれたローブの女と、クレイモアを担いだギースは左右に分かれ、一定の距離を保ったまま俺の後ろへと回り込む。
 ならばそれに乗ってやろうと考え、盾を構えたタンクに愚直に突撃する。
 もちろんその大盾で攻撃を防ぐのだろう。それがタンクの役割だ。
 そしてそこに走り込んでくるギースがバックアタック。
 基本的な連携であり実用的ではあるのだが、それは対象がタンクを攻撃するのが前提である。
 押し出された大盾を後ろ足で蹴り上げ、その反動で向かって来るギースに牙を剥く。

「何ッ!?」

 そりゃ驚いただろう。
 クレイモアを振り下ろす地点に既に敵の姿はなく、目の前に詰め寄って来ているのだ。

「くッ……」

 足を止め振り上げたクレイモアを咄嗟に引くと、目の前にはそれに咬みつくデスハウンドの顔。

「なんだ!? 効いてねぇのか!?」

 タンクが焦ったような声を上げ、同時に放たれたのはアニタからの援護。

「【魔法の矢マジックアロー】!」

 現れた5つの光球が、細身の矢に姿を変え飛翔する。
 咬みついていたクレイモアを離し、迫り来る魔法の矢マジックアローを華麗に躱すと、それはことごとく地面に突き刺さり音もなく消えた。

「"ラヴァーズチェーン"!」

 俺とタンクの間に具現化する1本の鎖。それは切れる事のない呪いの鎖だ。
 スキルが解除されるかどちらかが死ぬまで続く綱引きである。
 動きを封じるという意味では格下には有効な手段。しかし、格上には引きずられてしまうだけの諸刃の剣だ。
 とは言え、それだけ自信があるのだろう。
 確かに力だけならばタンクの方が上であった。
 ならば、次の行動は近接戦しか残されていない。
 離れていては魔法の餌食となるだけだ。
 踵を返し大盾へと体当たり。
 近距離で激しく打ち合うも、さすがはゴールド。こちらの攻撃は全て防がれていた。
 ギースとアニタからの攻撃を警戒しつつ、常にどちらかの射線上にタンクを入れ攻撃を繰り返す。

「"鉄壁"!」

「こいつ、ただのデスハウンドじゃねぇ!?」

 少しずつ削れていく盾と鎧。タンクのハンドアクスは空を切り、デスハウンドの鋭爪と大盾が交差するたびに火花が舞う。

「クッソ……ちょこまかと……」

「もう少し離れて! 魔法が撃てない!!」

「無茶言うな! 防ぐだけで精一杯だ!」

 離れようにもすぐに距離を詰められ、チェーンを外せばアニタかギースがやられる。
 さぞやりづらいことだろう。
 アニタもギースも隙を窺ってはいるのだが、見ていることしか出来ない様子。
 タンクを相手にしつつも、常に周囲を警戒しているのだ。ただのデスハウンドに出来る芸当ではない。

「【鈍化術グラビティドロウ】!」

 その瞬間、身体に重くのしかかる不快感を覚えた。
 声の方に目をやると、屋根の上にギルド職員らしき女が立っていたのだ。

(しまった! もう一人いたのか!)

 相手が冒険者ということは担当がいてもおかしくない。
 完全に失念していた。

「ナイスだ! "リジェクトバッシュ"!」

 急に盾が巨大になったような感覚に襲われ、それに弾き飛ばされる。
 殺傷能力のない吹き飛ばすだけのスキルだとは知っていたが、俺にはそれが致命的であったのだ。
 空中で体勢を立て直し、着地と同時にタンクへと再度アタックを仕掛けるはずだった。

「【氷結束縛アイスバインド】!」

 間髪入れず放たれたのはアニタの魔法。
 大地が氷に覆われると、着地した瞬間に凍り付く足。

「もらったぁ!!」

 目の前にはクレイモアを振りかぶったギース。
 それが振り下ろされると視界は闇へと閉ざされた。




 ……目を開けると見たことのある天井……。

「おにーちゃん、大丈夫?」

「主、大丈夫ですか?」

 ミアとカガリが俺の顔を心配そうに覗き込んでいた。

(ああ。帰って来たのか……)

 床に寝ていたはずなのに後頭部が妙に暖かいのは、ミアが膝枕をしていたからだ。

「ベッドに移動させようとしたんだけど、重くて無理だったから……」

 ミアに礼を言うとゆっくりと起き上がる。
 立ち眩みと眩暈が合わさったような最悪な気分だ。
 それが徐々に収まると、今度は右腕の痺れと喉の渇きに気を取られ、テーブルの上に置いてある水差しからカップに水を移して、それを一気に飲み干した。
 窓から外を見るとすでに日は傾き、茜色の日の光が街を照らしていたのだ。

 クレイモアが振り下ろされた瞬間、意識がブツリと途切れた。
 強化魔法を入れたとは言え、さすがに4人同時に相手にするのは無謀がすぎた。
 敗因は担当の存在を忘れていたことだろう……。

「とりあえずネストの居場所はわかった」

「ホントに!?」

「ああ。次の出方を決めよう」

 テーブルの上のハンドベルを鳴らすとバタバタと大きな足音が聞こえ、ノックもなしに扉が開く。

「ゼェ……およびで……しょうか……ゼェ……九条……様……ゼェ……」

 セバスの急ぎたい気持ちもわかるが、まずは落ち着いてほしい。

「ネストさんの居場所がわかりました。バイスさんを呼んでもらえますか? 後この辺りの地図があれば持って来てくれると助かるんですけど……頼めますか?」

「承知しました、すぐに!」

 セバスは扉を閉めるのも忘れて、廊下を駆けて行った。


 2時間後。バイスがネスト邸へと到着すると、俺達の部屋へと案内される。
 怪我の方は大分いいようで普通に動けるようにはなっていたが、戦闘となると少し厳しいといった感じだ。

「ネストの居場所がわかったのか!?」

「はい」

 テーブルの上に広げた地図に、大体の位置を指差した。

「森の中で正確にはわかりませんが、恐らくこの辺りです」

 そこはノーピークスの街から南に位置している場所。

「正確な線引きは難しいが、アンカース領ではないな……。よくこの場所がわかったな」

「カガリに匂いを追ってもらい、アンデッドに身を移して追いかけました。ここには小さな砦というか、限界集落のようなものがあったんですが、何か知ってますか?」

 バイスの眉がピクリと動く。
 アンデッドに身を移す、というのが気になったのだろう。
 しかし、それ以上は何もなかった。
 今はそんな事よりも、ネストの安否の方が重要である。

「いや、聞いたことがない……。ノーピークスにちょっかいを出す盗賊というのが毎回南から攻めてくると言っていた。そいつらのアジトという可能性もあるかもしれん」

「ネストさんの防衛に冒険者が3人いました。それとギルド担当が1人」

「ホントか!? 名前は? どんなやつだった!?」

「わかるのは2人だけです。アニタと呼ばれる魔術師ウィザードにクレイモアを背負ったギースという男。タンク役の男とギルド職員の名前は、残念ながらわかりません……。全員がゴールドプレートを着けていました」

「すまん……記憶にはないな……。ゴールドプレートはそれほど多くはないが、スタッグのギルドがホームではないのかもしれん。立地的にはノーピークスギルドの方が近いからな……」

「バイスさんの方はどうですか? 王女様はなんと?」

「私兵を出してもかまわないと言ってはいるが、正直言って期待は出来ない。相手はブラバ卿だ。兵を動かせばすぐにあちらの耳に入るだろう。そうなった場合、逃げられる可能性が高い……」

「バイス様ぁ……九条様ぁぁ……」

 遠くから聞こえて来るのはセバスの声。
 扉を開け待っていると、セバスは息を切らしながらも持っていた物を俺達に差し出した。

「これは?」

「先程、怪しい男がこれを庭の中に投げ入れたと使用人が……」

 それはしっかりと封蝋がしてある親書だった。
 それがされている手紙は家の者以外開けてはならない決まり。なので、セバスは急ぎ持って来たのだろう。
 その判断をバイスと俺に委ねたのだ。

「開けるぞ?」

 入っていたのは2枚の紙。
 1枚は地図。もう1枚は『明朝、魔法書を持って指定した場所まで来い』と書かれた物だ。

「貸してください!」

 バイスから雑に受け取った手紙を、カガリに嗅がせる。

「いけるか?」

「もちろん」

 窓辺まで走り窓を全開にすると、カガリはそこから即座に飛び出していったのだ。


 しばらくすると、遠くからは男の悲鳴。
 皆で窓からその様子を窺っていると、カガリは1人の男を引きずりながら帰還し、それを器用に部屋の中へと投げ入れた。
 それを誰もキャッチしようとはせず、ゴスッという鈍い音と共に男は床に叩きつけられ転がった。

「おかえりカガリ」

 カガリを撫でるミアに、当然と言わんばかりに胸を張る。
 投げ入れられた男はブロンズのプレートを首に掛けている冒険者。
 死んではいない。気絶しているだけだ。
 バイスはテーブルの上に置いてあった水差しを手に掴むと、その中身を男に向けてぶちまけた。

「――ッ!?」

 目を覚ました男は、何故自分がここにいるのかわかっていない様子。
 しかし、バイスはそんなことも気にせず男の胸ぐらを掴み、声を荒げた。

「この手紙、誰からの指示だ!?」

「いや、俺は何も知らん」

「カガリ」

 威嚇するように低く唸るカガリ。

「グルルルル……」

「ひぃ。ホントだ! 何も知らねぇ。昼間、道端を歩いていたらこれを指定された時間に投げ入れろと言われただけだ。金貨3枚くれるって言うから……」

「どんな奴だ?」

「黒いスーツを着た男。一言二言交わしてカネと手紙を受け取っただけだ。王都じゃスーツの奴なんて珍しくねぇだろ。詳しくは覚えてねぇよ……」

「カガリ、どうだ?」

「嘘は言っていません」

「そうか……じゃぁ、用済みだな」

「え? 用済み? なんだよ……やめてくれ……待って……」

 カガリは男を庭まで引きずり出すと、敷地の外へ放り投げた。

「ああぁぁぁぁぁぁ…………」

 遠のく悲鳴。まぁ死にはしないだろう。
 貰った金貨を治療費に当てればいいだけだ。
 再度手紙の匂いでスーツの男を追えるか試しては見たものの、時間の経過が激しく探し出せるほどの匂いは残っていなかった。
 同封されていた地図に記されていた場所は、ノーピークス南。
 カガリが見つけた場所とほぼ一致していた。
 そこは深い森の中。当然、馬車は使えない。

「九条。お前がいけ」

「しかし……」

 バイスは病み上がりで万全ではない。そう考えると必然的に俺になるのはわかっていた。

「九条は何もしなくていい。ネストが無事に帰ってきてくれればそれでいいんだ。九条には悪いが魔法書を渡してネストと一緒に帰ってこい」

 その瞳は真剣そのもの。
 魔法書なんかより命の方が大事だということくらいわかっているつもりだ。……しかし……。

「いいんですか?」

「ああ。魔法書とネストの命。天秤には欠けられない」

 本来であればバイスが行くべきだ。本人もそれを望んでいるだろう。
 しかし、俺を信頼してくれているのだ。期待を裏切るわけにはいかない。

「九条様。お嬢様をよろしくお願いします」

 暫くすると、1人のメイドが件の魔法書を運んで来た。
 それを両手で差し出すメイドの顔も強張って見える。
 心配、不安、無念。そんな感情が混ざったような表情。
 それはセバスも同じであった。
 魔法書を受け取ったセバスは、それを俺へと託す。

「ミアはカガリと留守番だ」

「私もいく!」

「ダメだ。今回はギルドの依頼じゃない。担当を連れていく必要はないし、何より危険だ。取引がスムーズにいくとは限らない」

「……」

 口を噤むミアであったが、その表情からは迷いが窺えた。
 ついて行きたいけど、迷惑は掛けたくない。
 恐らくはそんなところだろう。

「俺はプラチナだぞ? ……大丈夫だミア。心配するな……」

 その場でしゃがみ、ミアと目線を合わせる。
 笑顔でミアの頭を撫でると、その表情は少しだけ穏やかになった。

「いってらっしゃい、おにーちゃん。気を付けてね?」

「まかせたぞ。九条」

「はい」

 俺は自信たっぷりに答えると、王都スタッグを後にした。
 デスハウンドに跨り、月明りも届かない森の中を颯爽と駆け抜ける。

 ……明日はケツが痛くなるだろう。
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