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第42話 祝勝会
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呑み処ビバーク。元の世界で言うところの大衆居酒屋である。
バイスが貸し切りにした2階建ての飲み屋だ。広さはコット村のギルドとほぼ同じ。
1階には4人が座れる丸いテーブルが20弱と気持ち程度のカウンター席。
2階は踊り場になっていて、そこにも5つほどテーブルが並んでいる。
料理や酒を大量に持った給仕が忙しそうに右往左往し、多くの冒険者やギルド職員が、思い思いに飲んだり食ったりと大宴会が開かれていた。
バイスは公平にとロイドとマルコも呼んだのだが、その姿はなさそうだ。
俺は1度断った手前、参加するつもりはなかったのだが、「九条の祝勝会なのに本人がいないのはおかしい」と半ば強引に連れて来られ、小さな樽のようなジョッキを片手に、チビチビと酒を煽っていた。
「いいじゃねーか! 少なくとも結果が出るまでの1週間は冒険者なんだ、そんなに気にすんなよ!」
「はぁ……」
「くじょーがおうけんひゃつづけられりゅように、わらひがあちゅりょくかけりゅかららいじょ~ぶらよ。わらひにはひしゃくがあるんやから」
「は? 柄杓?」
ネストはすでに出来上がっていた。
2階にいるのは俺達だけ。最初は皆自由に飲み食いしていたのだが、それにかこつけて俺やバイスに担当になってくれとせがむギルド職員が後を絶たなかった。
正直悪い気分ではなかったが、それを見ていたミアはご立腹である。
ギルド職員が俺に近づかないようガッチリとガードしていたのだが、1人で捌き切れる人数ではなかったのだ。
最終的に、俺達はミアの提案で2階へ移動。
階段途中の踊り場にカガリを配置することによって、事なきを得たのである。
「カガリ! 他の職員が上がってきたら威嚇して追い払って!」
効果はバツグンであった。
カガリに睨まれれば酔いも醒めるというものだ。
それ以降階段を登ろうとする者は出なかった。
「……なんで私がこんなことを……」
愚痴をこぼすカガリを横目に2階から下の様子を眺め、バイスと共に酒を交わす。
店内は活気に包まれていて、騒々しくも感じてしまう。
ゲラゲラと大声で笑う者に、酔っ払い歌いだす者。
支部長が涙しているのは、娘の話をしているのだろう。
だが、その雰囲気は悪くなかった。
空になった酒のジョッキを傾ける。
「俺の要望を通すのは難しいでしょうか……」
「正直半々ってところじゃねーかな。プラチナの冒険者ってのはギルドに所属するというより国に所属するって言った方がニュアンス的には近いんだよ。国同士でプラチナ冒険者の保有数を競ってる位だからな」
「国に所属?」
「あぁ。ギルドはどの国にも属さない中立だ。だがプラチナだけは違う。プラチナも基本は他の冒険者と同じように好きな所へいける。国を跨いでも構わない。だが国同士が争った場合、話は別だ。プラチナは所属国に力を貸すことになる。そういう事もあってプラチナの冒険者は優遇されるんだ。もちろん戦争が起きたからといって、100%駆り出される訳じゃない。国がギルドを通して依頼をするという形になるはずだが……」
俺達が見ていることに気づいたのか、1階にいた数人の冒険者が手を振った。
バイスはそれに笑顔で手を振り返す。
「ギルドは今日の事を王宮に報告するだろう。その上で判断するはずだ。九条が別の国でプラチナとして登録したら、それはいざという時敵になるという事だからな。慎重にもなるさ……。逆に九条がプラチナを捨て、冒険者を辞めたとしよう。そうなりゃ別の国からスカウトがわんさかやって来るぞ?」
「なんか話がデカくなってきましたね……。やっぱ辞めようかな……」
「大丈夫だって! 俺とネストが辞めさせねーから。ギルドにガチガチに圧力かけてやるから期待して待っとけよ。貴族舐めんなよ? ワハハ……」
バシバシと俺の背中を叩きながら豪快に笑うバイス。
振り返ると、ネストはミアと共に机に突っ伏して寝てしまっていた。
街灯の灯りも疎らな深夜。楽しかった宴会も終わりを告げ、バイスはネストを、俺はミアを背中に乗せてバイスの家へと向かった。
呑み処ビバークからネストの家までは徒歩だと40分。
乗合馬車も出ていないこの時間ではさすがにそれは遠すぎると、徒歩10分程度で帰れるバイス邸へお世話になることになったのだ。
結局、居酒屋の貸し切りに掛かった金額は金貨80枚。
バイスはそれを嫌な顔ひとつせずに支払った。太っ腹である。
バイス邸もネスト邸に負けず劣らずの立派なお屋敷。
一般人では手が届かないであろう豪邸だ。
当たり前のように執事が迎え入れ、俺達は使用人によって客間へと案内された。
部屋にはベッドが2つ。俺の背中で起きることなく揺られていたミアをベッドに寝かせ、隣のベッドで横になる。
ミアの過去。ロイドとの模擬戦。プレートのことなど、目まぐるしい一日だった。
バイスの話を聞いて、他の国に行くという選択肢もあるのかとも思ったのだが、ダンジョンの存在がそれを許してはくれないだろう。離れすぎるのは得策ではない。
ギルドにかける圧力がどれほどのものなのかは想像もつかないが、現時点では辞める事になるだろうなと考えていた。
隣のベッドで幸せそうに寝ているミアをじっと見つめていると、そのまま自然と瞼が重くなり、長い長い1日がようやく終わりを告げたのだった。
次の日。目を覚ますとミアは俺のベッドで寝ていた。いつの間に……。
朝食を頂いた後、ネストに連れられネストの屋敷へ戻ると、重苦しい空気を感じ取った。
「セバス!」
何処からか急ぎ駆け寄ってきたセバスは、ネストに手紙のようなものを手渡した。
その表情は不安に溢れ、酷く頼りないものだ。
「お嬢様。これを……」
さすがに手紙の内容を覗くことは憚れるので、遠目に見ているのだが、ネストの表情にあまり変化はなかった。
ものの数秒で読み終えた手紙を片手でつまむように持ち上げると、それをヒラヒラと泳がせる。
それだけで大事な物ではないのだろうことが窺えるが、その割にはセバスは至って真剣だ。
「まぁいつものことでしょ? バカバカしい。九条、気になるなら読んでみる?」
そう言って見せてくれた手紙には、『退位せよ』と殴り書きかと思うほど汚い字で書かれていただけ。
手紙とは名ばかりのいたずらのようにも見える。
「まぁいつもの嫌がらせよね。こっちに来る分にはまだマシだわ」
セバスと違い、ネストは気にも留めていないといった様子。
「九条は自由にしてていいわ。私はこれから王宮に用事があるから」
着替えるからと自分の部屋へと向かうネストを見送り、俺達も借りている部屋へと戻って来た。
不審な手紙。貴族の嫌がらせがどれほどのものなのか不明だが、あの手紙程度ならそう真剣にならずとも良さそうな気もする。
(とは言え、頻度にもよるか……)
ミアは荷物の中からブラシを取り出し、昨日できなかったカガリのブラッシングを始めた。
俺はテーブルの上の水差しから水をカップに移し、それを一口。
窓から外を見ていると、1台の馬車にネストが乗り込んでいくのが見え、しばらくするとノックされた扉からセバスの籠った声が聞こえてきた。
「九条様。少々よろしいでしょうか……」
「どうぞ」
その声は明らかに覇気がなく、表情は曇ったまま冴えない。
一瞬にして悟った。これは面倒臭いやつである。
元の世界でもそうだった。困ったような顔をして近づいて来る奴は、大半が詐欺まがいの話だ。
やれ壺を買えだ、やれ宗教の勧誘だ、やれ絶対に儲かる投資の話だと怪しい事この上ない。
実家が寺の俺に別の宗教を奨めてくる奴は、何がしたいんだよと……。
……話がずれてしまったが、今のセバスの顔はそれである。
正直言うと話を聞くのもお断りしたいのだが、お世話になっている手前、断り辛いのも確かだ。
「お時間よろしいでしょうか?」
「ダメだ」というのは簡単なのだが、それが出来たら苦労はしない。
「ええ。何か?」
話は先程の嫌がらせに対しての事だった。
長いので要約すると、ネストを助けてやってほしいとのこと。
聞くとネストの父親は、領地にあるノーピークスという街に滞在していて不在。
その理由というのが、街にちょっかいを出してくる盗賊からの防衛であり、本来であればネストの父が王宮に出向かなければいけないところを、代役としてネストが肩代わりしているといった状況のようだ。
セバスは、その盗賊も同じような嫌がらせの一環だと考えていて、父親が不在の間に人為的ミスを誘発させ、その責任をネストに擦り付けようとしているのではないかと憂慮していた。
「1ヵ月後に開催される王宮の曝涼式典にて魔法書の返還を予定しております。その日までで結構ですので、どうかお嬢様を助けていただけませんでしょうか?」
勘弁してくれ……。
少なくとも1週間もすれば俺はこの街を出て行くつもりなのだ。
その時にはすでに冒険者を辞めているかもしれないのに……。
「何故、俺に? カッパーが役に立つと思いますか?」
ギルドで渡されたプラチナプレートはまだポケットの中である。故にセバスは俺をカッパーだと思っているはずだ。
「理由は3つございます。1つはバイス様と共に魔法書の捜索を手伝ってくださった方だという事で、信用に足りると判断した為」
「……」
「……」
「え? 終わり? 残り2つは?」
「ぶふっ……」
吹き出してしまったのはミアである。
カガリのブラッシングをしていて、こちらの話なんて聞いてないと思っていたのだが、しっかりと聞き耳を立てていた。
30秒ほど待っていたのだが、セバスはジッと俺を見つめているだけだったのだ。
「あっ、申し訳ない。どちらを先に言おうかと迷ってしまいまして……」
別にどっちだっていいだろ……。と、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「2つ目は九条様が貴族ではないからでございます。貴族の方であれば他の方の領地内で自由に動くことが出来ません。なので貴族ではない味方になりうる九条様が適任だと判断致しました」
言いたいことはわかる。相手側の領地に赴くこともあるかもしれない。
とは言え、やはりカッパーの実力で任せるには荷が重いとは考えないのか……。
「3つ目は九条様に底知れぬ力を感じたからでございます。私の勘違いで九条様に挑んだにも関わらず、私を行動不能にして見せた……。カッパーとは思えぬ力量。感服した次第でございます」
「……」
「そして4つ目は……」
「うぉい! 3つって言ったよね? 4つ目あるの?」
さすがの俺もツッコまずにはいられなかった。
ミアはカガリのブラッシングも忘れてゲラゲラと笑い転げる始末。
調子の狂うおっさんである……。
「4つ目はお嬢様から九条様がプラチナプレートだったと聞かされたので……」
「知ってんのかよ! なら3つ目いらんくない?」
ミアは笑いすぎて息が出来てなさそうだが大丈夫だろうか?
うずくまりながらもバシバシと床を叩いている。
それをジッと見つめるカガリは微動だにしない。
なんというか絵面がシュールだ……。
そんな状況にもかかわらず、セバスは眉一つ動かさなかった。
「申し訳ないですがセバスさん。俺には事情があり、1週間後にはこの街にはいないかもしれないんです」
「もちろん存じております。お嬢様から仰せつかりました。ギルドに圧力をかけよとのことでございますので全力でやらせていただきます。しかし、それとこれとは別です。私は個人的に九条様にお願いしております。もちろん報酬も出させていただきますので、ご検討のほど……」
「報酬を出すならギルドに頼めばいいじゃないか」
「それは出来かねます。ある程度の強さをお持ちの冒険者は、他の貴族の息がかかっている可能性があるので、ギルドに頼ることは出来ないのです」
「なら……」
「わかっています。出来れば自分がお守りできれば良いのですが、私は屋敷を任される身。付いて回ることは出来ません。事情を知り、バイス様に次いで信用のおける九条様をおいて頼める者は他にはいないのです」
セバスはおもむろにテーブルの上に置いてあったハンドベルを手に取った。
「――それも全てはお嬢様の為……」
ガランガランと屋敷中に鳴り響くハンドベル。
商店街のガラポン抽選会で特賞でも当たったのかと思うほど豪快に鳴らす。
それを聞きつけメイド達が部屋に集まってくると、セバスを含めた全員が俺の前で土下座したのだ。
「お願いです九条様! どうか! どうかお嬢様を助けてください!」
「「よろしくお願いします!」」
「——ッ!?」
驚いたなんてもんじゃない。
目の前で土下座されることなぞ人生で初めてのこと。
頭の中は真っ白だ。
とにかく土下座を止めさせなければと、慌ててその手を取った。
「止めてくださいセバスさん!」
「止めるわけにはまいりません! 九条様が受けて下さるまではッ!!」
セバスが本気でネストを心配しているのだということはよくわかった。
しかし、俺がこの街に連れてこられたのは、プレートが偽装されていた可能性があったからというだけである。
長年連れ添った仲間がピンチだと言うなら助けもするが、2人がそうかと言われると、そうじゃない。
元々はダンジョンに侵入してきた敵同士。
魔法書の存在がきっかけで、少しの間利害が一致しただけ。
俺は正義の味方ではないのだが――恩知らずと思われるのも心外だ。
(流石にここまでされると断り切れないな……)
家に泊めてもらっている恩もある。
ミアの事についても2人がいなければ解決していなかっただろう。
ならば、それに報いるだけの働きはしよう。
「わかりました。その話、お受けします。……なので頭を上げてください」
それを聞いたセバスは顔を上げ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべたのであった。
バイスが貸し切りにした2階建ての飲み屋だ。広さはコット村のギルドとほぼ同じ。
1階には4人が座れる丸いテーブルが20弱と気持ち程度のカウンター席。
2階は踊り場になっていて、そこにも5つほどテーブルが並んでいる。
料理や酒を大量に持った給仕が忙しそうに右往左往し、多くの冒険者やギルド職員が、思い思いに飲んだり食ったりと大宴会が開かれていた。
バイスは公平にとロイドとマルコも呼んだのだが、その姿はなさそうだ。
俺は1度断った手前、参加するつもりはなかったのだが、「九条の祝勝会なのに本人がいないのはおかしい」と半ば強引に連れて来られ、小さな樽のようなジョッキを片手に、チビチビと酒を煽っていた。
「いいじゃねーか! 少なくとも結果が出るまでの1週間は冒険者なんだ、そんなに気にすんなよ!」
「はぁ……」
「くじょーがおうけんひゃつづけられりゅように、わらひがあちゅりょくかけりゅかららいじょ~ぶらよ。わらひにはひしゃくがあるんやから」
「は? 柄杓?」
ネストはすでに出来上がっていた。
2階にいるのは俺達だけ。最初は皆自由に飲み食いしていたのだが、それにかこつけて俺やバイスに担当になってくれとせがむギルド職員が後を絶たなかった。
正直悪い気分ではなかったが、それを見ていたミアはご立腹である。
ギルド職員が俺に近づかないようガッチリとガードしていたのだが、1人で捌き切れる人数ではなかったのだ。
最終的に、俺達はミアの提案で2階へ移動。
階段途中の踊り場にカガリを配置することによって、事なきを得たのである。
「カガリ! 他の職員が上がってきたら威嚇して追い払って!」
効果はバツグンであった。
カガリに睨まれれば酔いも醒めるというものだ。
それ以降階段を登ろうとする者は出なかった。
「……なんで私がこんなことを……」
愚痴をこぼすカガリを横目に2階から下の様子を眺め、バイスと共に酒を交わす。
店内は活気に包まれていて、騒々しくも感じてしまう。
ゲラゲラと大声で笑う者に、酔っ払い歌いだす者。
支部長が涙しているのは、娘の話をしているのだろう。
だが、その雰囲気は悪くなかった。
空になった酒のジョッキを傾ける。
「俺の要望を通すのは難しいでしょうか……」
「正直半々ってところじゃねーかな。プラチナの冒険者ってのはギルドに所属するというより国に所属するって言った方がニュアンス的には近いんだよ。国同士でプラチナ冒険者の保有数を競ってる位だからな」
「国に所属?」
「あぁ。ギルドはどの国にも属さない中立だ。だがプラチナだけは違う。プラチナも基本は他の冒険者と同じように好きな所へいける。国を跨いでも構わない。だが国同士が争った場合、話は別だ。プラチナは所属国に力を貸すことになる。そういう事もあってプラチナの冒険者は優遇されるんだ。もちろん戦争が起きたからといって、100%駆り出される訳じゃない。国がギルドを通して依頼をするという形になるはずだが……」
俺達が見ていることに気づいたのか、1階にいた数人の冒険者が手を振った。
バイスはそれに笑顔で手を振り返す。
「ギルドは今日の事を王宮に報告するだろう。その上で判断するはずだ。九条が別の国でプラチナとして登録したら、それはいざという時敵になるという事だからな。慎重にもなるさ……。逆に九条がプラチナを捨て、冒険者を辞めたとしよう。そうなりゃ別の国からスカウトがわんさかやって来るぞ?」
「なんか話がデカくなってきましたね……。やっぱ辞めようかな……」
「大丈夫だって! 俺とネストが辞めさせねーから。ギルドにガチガチに圧力かけてやるから期待して待っとけよ。貴族舐めんなよ? ワハハ……」
バシバシと俺の背中を叩きながら豪快に笑うバイス。
振り返ると、ネストはミアと共に机に突っ伏して寝てしまっていた。
街灯の灯りも疎らな深夜。楽しかった宴会も終わりを告げ、バイスはネストを、俺はミアを背中に乗せてバイスの家へと向かった。
呑み処ビバークからネストの家までは徒歩だと40分。
乗合馬車も出ていないこの時間ではさすがにそれは遠すぎると、徒歩10分程度で帰れるバイス邸へお世話になることになったのだ。
結局、居酒屋の貸し切りに掛かった金額は金貨80枚。
バイスはそれを嫌な顔ひとつせずに支払った。太っ腹である。
バイス邸もネスト邸に負けず劣らずの立派なお屋敷。
一般人では手が届かないであろう豪邸だ。
当たり前のように執事が迎え入れ、俺達は使用人によって客間へと案内された。
部屋にはベッドが2つ。俺の背中で起きることなく揺られていたミアをベッドに寝かせ、隣のベッドで横になる。
ミアの過去。ロイドとの模擬戦。プレートのことなど、目まぐるしい一日だった。
バイスの話を聞いて、他の国に行くという選択肢もあるのかとも思ったのだが、ダンジョンの存在がそれを許してはくれないだろう。離れすぎるのは得策ではない。
ギルドにかける圧力がどれほどのものなのかは想像もつかないが、現時点では辞める事になるだろうなと考えていた。
隣のベッドで幸せそうに寝ているミアをじっと見つめていると、そのまま自然と瞼が重くなり、長い長い1日がようやく終わりを告げたのだった。
次の日。目を覚ますとミアは俺のベッドで寝ていた。いつの間に……。
朝食を頂いた後、ネストに連れられネストの屋敷へ戻ると、重苦しい空気を感じ取った。
「セバス!」
何処からか急ぎ駆け寄ってきたセバスは、ネストに手紙のようなものを手渡した。
その表情は不安に溢れ、酷く頼りないものだ。
「お嬢様。これを……」
さすがに手紙の内容を覗くことは憚れるので、遠目に見ているのだが、ネストの表情にあまり変化はなかった。
ものの数秒で読み終えた手紙を片手でつまむように持ち上げると、それをヒラヒラと泳がせる。
それだけで大事な物ではないのだろうことが窺えるが、その割にはセバスは至って真剣だ。
「まぁいつものことでしょ? バカバカしい。九条、気になるなら読んでみる?」
そう言って見せてくれた手紙には、『退位せよ』と殴り書きかと思うほど汚い字で書かれていただけ。
手紙とは名ばかりのいたずらのようにも見える。
「まぁいつもの嫌がらせよね。こっちに来る分にはまだマシだわ」
セバスと違い、ネストは気にも留めていないといった様子。
「九条は自由にしてていいわ。私はこれから王宮に用事があるから」
着替えるからと自分の部屋へと向かうネストを見送り、俺達も借りている部屋へと戻って来た。
不審な手紙。貴族の嫌がらせがどれほどのものなのか不明だが、あの手紙程度ならそう真剣にならずとも良さそうな気もする。
(とは言え、頻度にもよるか……)
ミアは荷物の中からブラシを取り出し、昨日できなかったカガリのブラッシングを始めた。
俺はテーブルの上の水差しから水をカップに移し、それを一口。
窓から外を見ていると、1台の馬車にネストが乗り込んでいくのが見え、しばらくするとノックされた扉からセバスの籠った声が聞こえてきた。
「九条様。少々よろしいでしょうか……」
「どうぞ」
その声は明らかに覇気がなく、表情は曇ったまま冴えない。
一瞬にして悟った。これは面倒臭いやつである。
元の世界でもそうだった。困ったような顔をして近づいて来る奴は、大半が詐欺まがいの話だ。
やれ壺を買えだ、やれ宗教の勧誘だ、やれ絶対に儲かる投資の話だと怪しい事この上ない。
実家が寺の俺に別の宗教を奨めてくる奴は、何がしたいんだよと……。
……話がずれてしまったが、今のセバスの顔はそれである。
正直言うと話を聞くのもお断りしたいのだが、お世話になっている手前、断り辛いのも確かだ。
「お時間よろしいでしょうか?」
「ダメだ」というのは簡単なのだが、それが出来たら苦労はしない。
「ええ。何か?」
話は先程の嫌がらせに対しての事だった。
長いので要約すると、ネストを助けてやってほしいとのこと。
聞くとネストの父親は、領地にあるノーピークスという街に滞在していて不在。
その理由というのが、街にちょっかいを出してくる盗賊からの防衛であり、本来であればネストの父が王宮に出向かなければいけないところを、代役としてネストが肩代わりしているといった状況のようだ。
セバスは、その盗賊も同じような嫌がらせの一環だと考えていて、父親が不在の間に人為的ミスを誘発させ、その責任をネストに擦り付けようとしているのではないかと憂慮していた。
「1ヵ月後に開催される王宮の曝涼式典にて魔法書の返還を予定しております。その日までで結構ですので、どうかお嬢様を助けていただけませんでしょうか?」
勘弁してくれ……。
少なくとも1週間もすれば俺はこの街を出て行くつもりなのだ。
その時にはすでに冒険者を辞めているかもしれないのに……。
「何故、俺に? カッパーが役に立つと思いますか?」
ギルドで渡されたプラチナプレートはまだポケットの中である。故にセバスは俺をカッパーだと思っているはずだ。
「理由は3つございます。1つはバイス様と共に魔法書の捜索を手伝ってくださった方だという事で、信用に足りると判断した為」
「……」
「……」
「え? 終わり? 残り2つは?」
「ぶふっ……」
吹き出してしまったのはミアである。
カガリのブラッシングをしていて、こちらの話なんて聞いてないと思っていたのだが、しっかりと聞き耳を立てていた。
30秒ほど待っていたのだが、セバスはジッと俺を見つめているだけだったのだ。
「あっ、申し訳ない。どちらを先に言おうかと迷ってしまいまして……」
別にどっちだっていいだろ……。と、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「2つ目は九条様が貴族ではないからでございます。貴族の方であれば他の方の領地内で自由に動くことが出来ません。なので貴族ではない味方になりうる九条様が適任だと判断致しました」
言いたいことはわかる。相手側の領地に赴くこともあるかもしれない。
とは言え、やはりカッパーの実力で任せるには荷が重いとは考えないのか……。
「3つ目は九条様に底知れぬ力を感じたからでございます。私の勘違いで九条様に挑んだにも関わらず、私を行動不能にして見せた……。カッパーとは思えぬ力量。感服した次第でございます」
「……」
「そして4つ目は……」
「うぉい! 3つって言ったよね? 4つ目あるの?」
さすがの俺もツッコまずにはいられなかった。
ミアはカガリのブラッシングも忘れてゲラゲラと笑い転げる始末。
調子の狂うおっさんである……。
「4つ目はお嬢様から九条様がプラチナプレートだったと聞かされたので……」
「知ってんのかよ! なら3つ目いらんくない?」
ミアは笑いすぎて息が出来てなさそうだが大丈夫だろうか?
うずくまりながらもバシバシと床を叩いている。
それをジッと見つめるカガリは微動だにしない。
なんというか絵面がシュールだ……。
そんな状況にもかかわらず、セバスは眉一つ動かさなかった。
「申し訳ないですがセバスさん。俺には事情があり、1週間後にはこの街にはいないかもしれないんです」
「もちろん存じております。お嬢様から仰せつかりました。ギルドに圧力をかけよとのことでございますので全力でやらせていただきます。しかし、それとこれとは別です。私は個人的に九条様にお願いしております。もちろん報酬も出させていただきますので、ご検討のほど……」
「報酬を出すならギルドに頼めばいいじゃないか」
「それは出来かねます。ある程度の強さをお持ちの冒険者は、他の貴族の息がかかっている可能性があるので、ギルドに頼ることは出来ないのです」
「なら……」
「わかっています。出来れば自分がお守りできれば良いのですが、私は屋敷を任される身。付いて回ることは出来ません。事情を知り、バイス様に次いで信用のおける九条様をおいて頼める者は他にはいないのです」
セバスはおもむろにテーブルの上に置いてあったハンドベルを手に取った。
「――それも全てはお嬢様の為……」
ガランガランと屋敷中に鳴り響くハンドベル。
商店街のガラポン抽選会で特賞でも当たったのかと思うほど豪快に鳴らす。
それを聞きつけメイド達が部屋に集まってくると、セバスを含めた全員が俺の前で土下座したのだ。
「お願いです九条様! どうか! どうかお嬢様を助けてください!」
「「よろしくお願いします!」」
「——ッ!?」
驚いたなんてもんじゃない。
目の前で土下座されることなぞ人生で初めてのこと。
頭の中は真っ白だ。
とにかく土下座を止めさせなければと、慌ててその手を取った。
「止めてくださいセバスさん!」
「止めるわけにはまいりません! 九条様が受けて下さるまではッ!!」
セバスが本気でネストを心配しているのだということはよくわかった。
しかし、俺がこの街に連れてこられたのは、プレートが偽装されていた可能性があったからというだけである。
長年連れ添った仲間がピンチだと言うなら助けもするが、2人がそうかと言われると、そうじゃない。
元々はダンジョンに侵入してきた敵同士。
魔法書の存在がきっかけで、少しの間利害が一致しただけ。
俺は正義の味方ではないのだが――恩知らずと思われるのも心外だ。
(流石にここまでされると断り切れないな……)
家に泊めてもらっている恩もある。
ミアの事についても2人がいなければ解決していなかっただろう。
ならば、それに報いるだけの働きはしよう。
「わかりました。その話、お受けします。……なので頭を上げてください」
それを聞いたセバスは顔を上げ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべたのであった。
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アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
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掲載は不定期になります。
追記
「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。
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