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第29話 開戦
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九条が炭鉱に戻って行くのを見送ると、ダンジョン調査隊の攻略が始まった。
大きな部屋は何もなく、牢が並ぶエリアをあっさりと抜ける。
そこで足を止め、声を上げたのはシャーリーだ。
「バイス、魔物の反応がある。先のフロアに10体」
「よし、戦闘準備だ」
各自得物を手に取ると、お互いの準備が出来ているか確認し合い、出来るだけ静かにそのフロアに近づいて行く。
魔物がいるであろう部屋の前まで来ると、その部屋の扉を豪快に蹴り開け、バイスを先頭になだれ込む。
大きな衝撃音と共に全開になった扉の先にいたのは10体のスケルトン。
中には魔法を使うメイジタイプも確認できた。
「メイジがいるぞ! 散開しろ!」
「【範囲防御術(物理)】」
「【範囲防御術(魔法)】」
「"グラウンドベイト"!」
それはバイスのスキル。相手からの敵意を強制的に自分へと向けるものだ。
自分が狙われることにより、他のメンバーが自由に動けるという利点がある。
タンクは防御に専念すればいいし、回復はタンクにすればいい。アタッカーは、敵からの攻撃を気にせず動くことが出来る。パターンと呼ばれるパーティの基本的戦術の1つだ。
物理タイプが7体、メイジタイプが3体。メイジが使う魔法は魔法の矢と火炎球のみ。
「"マルチレンジショット"!」
シャーリーが弓を構えると、同時に3本の矢が放たれ、バイスに迫ってきていた2体のスケルトンと、後ろにいたメイジに命中した。
頭蓋骨を粉砕され、その場に崩れ落ちたのは2体のスケルトン。
遠くのメイジだけは、崩れるまでには至らない。
「【業火炎弾】!」
メイジに向かって放たれたネストの魔法は、着弾と同時に破裂する。
命中したメイジはもちろん、その周囲にいたスケルトンも吹き飛ばされると壁へと叩きつけられ瓦解した。
部屋に響き渡る甲高い金属音と、激しく飛び散る火花。
「おらぁ!」
残りのスケルトンがバイスを同時に攻撃するも、それを全て盾で受け止め力強く弾き飛ばす。
体勢を崩したスケルトンの後ろに回り込んだフィリップは、ロングソードの一振りで数体のスケルトンを崩壊させ、返す刀でその生き残りも粉砕する。
残りは頭に矢が刺さっているメイジ1体のみである。それに突撃するバイス。
「おぉぉぉぉぉ!」
「【……】」
聞き取れない言葉を口にしたメイジの杖から射出される炎の塊。
バイスはそれを真正面から盾で受け止め弾き飛ばすと、その勢いのままメイジに激突し、盾と壁に挟まれたメイジはその衝撃でガラガラと崩れ去った。
僅か数分。スケルトン程度が相手なら、何体だろうとこんなものだ。
「さて、どちらにいこうか……」
疲れを見せない冒険者達。先程とは打って変わって静まり返った部屋には、2つの出口があった。
右は下り階段。左からは水の滴る音が聞こえてくる。
「右側には多少の魔物の反応があるけど、左側は無反応。どーする?」
「魔物がいないなら左側から確認した方がいいんじゃないかしら?」
「そうだな、左側から潰していこう」
バイスはネストの提案を受け入れ、一行は更に奥へと足を進めていった。
「これは……」
長い階段を登っていくと、目の前に現れたのは大きな扉。それは封印された扉の裏側だ。
「これでこのダンジョンが繋がっているのが証明されたわね」
ネストが封印解除を試みようと前に出るも、封印は解かれた状態のままだった。
それを確認したバイスは両手を扉につけて、力を籠める。
「ぐぬぬ……」
金属製の扉はやや重量があるものの、皆の予想とは裏腹に、あっさりと口を開けたのだ。
「開いた……」
茫然と佇む一行。僅かに感じる風の流れ。その先には見たことのあるフロアが広がっている。
「帰りはこっちが使えそうだな。マッピングは必要なさそうだ」
「そうね。戻りましょうか」
退路が確保出来たことと、このダンジョンが目的の場所だと判明したことにより安堵した一行であったが、むしろここからが本番である。
来た道をすぐに引き返し、更に奥へと潜って行った。
「アンデッドばっかだな……」
現在は地下8層をクリアにしたところだ。
奥へ奥へと進んでいくが、出て来る魔物といえば下級アンデッドばかり。ただ、その数は尋常ではないほど多かった。
シャーリーの索敵スキルで探知しながら進んでいるが、1つの階層に最低でも30体前後は徘徊している。
密集していることが多く、ネストの魔法でまとめて吹き飛ばしていた為、それほど苦労はしていないが、予定より魔力の消耗が激しいのも事実。
魔力回復用のマナポーションは、もう2本も飲んでいる。
それはギルドお抱えのプラチナプレート錬金術師のみが製造でき、ギルドから認定された依頼にのみ支給される貴重な物だ。
残りは2本。ニーナやシャロン用にも取っておかねばならない為、これ以上は控えなければならない。
「シケてんな……。なんでこんなとこの調査受けたんだよ。このまま何も見つかんなきゃ割に合わねぇぞ……」
フィリップが愚痴るのも無理もない。今回、ダンジョン内で手に入れたアイテムは山分けだ。
その為、全ての部屋を探索しているのだが、めぼしい物は何も見つけられていなかった。
バイスとネストはご先祖様の残した魔法書が目当てであって、ギルドの調査依頼はついでのようなもの。しかし、フィリップとシャーリーはそのことを知らないのだ。
純粋にお宝目当てでの参加故に、何も見つからなければ不満が出るのも当然である。
蓄積する徒労感。成果がなければパーティー内の空気も悪くなる一方だが、地下9層に足を踏み入れると、そんな雰囲気を一気に吹き飛ばすほどの圧がバイス達を襲った。
今まで味わったことのないプレッシャー。それは前進を躊躇ってしまうほど。
「見つけた。魔族の反応……」
全員が息を呑んだ。シャーリーの索敵スキルには魔族の反応が1つ。正面通路の1番奥の部屋だ。
その部屋の扉は今までの木製の扉とは違い、金属製で重厚感溢れる作り。
金色に輝くライオンを模したドアノッカーが一段と目を引き、それは明らかに異質であった。
「グレゴールがいるっつーことは、ここが最下層か? 倒してお宝があれば尚良しって感じだが、この分だと期待はできねぇな」
「魔族を倒したってだけで相当でしょ。それがあのグレゴールなら表彰ものじゃない?」
罠の可能性も考慮しつつ慎重に足を踏み入れる。
大きな部屋の所々に並び立つ巨大な柱。天井には光が届いておらず、足元には奥まで続くレッドカーペット。
まるで王宮の謁見の間にでも転移したのかと錯覚するほどの空間が広がっていた。
とは言え、そこには決定的な違いがあった。それは床に転がる場違いな頭蓋骨達の存在だ。
そのすぐ後ろの玉座には、足を組み肘置きに頬杖をついて座る1体の魔族。
深く被るフードで顔はよくわからないが、頭から生える角がそれを突き破り、無駄に着飾らないみすぼらしいローブが、禍々しさを沸き立たせていた。
「シャーリーどうだ?」
「前と変わらない。反応は弱い……けど……」
シャーリーの索敵では変わらず弱いままだった。このパーティなら余裕で勝ててしまうレベルだ。
魔族は人間よりも強い。それは埋めることの出来ない種族の差というものだ。
なのだが、目の前にいるそれは明らかに弱すぎる。
玉座に座ったグレゴールからは、深い溜息が漏れた。
「またお前等か……何の用だ? 我に用事はないぞ?」
シャーリーを信じるべきなのだが、それを疑ってしまうほどの威圧感がそこに存在しているのだ。
「終わりだグレゴール。大人しく魔界に帰るんだな」
バイスが剣を抜くと、各自武器を構え戦闘態勢へと移行する。
相手は魔族。たとえ弱かろうと、油断はしない。
「そう言われて素直に帰るわけが……」
「"ロングレンジショット"!」
グレゴールの話が終わる前に、シャーリーが攻撃の先陣を切った。
風を切り飛翔する1本の矢。しかし、それはグレゴールに届く前に見えない壁によって弾かれ、力なく地面へと落ちた。
「チッ……。話を聞く気もなしか……。……まぁいい。次に我を攻撃したらお前達には死をくれてやる。これは警告だ」
グレゴールの声に呼応したのは6つの頭蓋骨。
その周りに出現した魔法陣がそれをゆっくり飲み込むと、そこから這い出て来たのは6体のシャドウである。
「コイツ等を倒せばお前達の言う通り、魔界に帰ってやろう。数はお前等と同じにしてやった。精々我を楽しませて見せよ」
実体を持った影の戦士。こんな低階層のダンジョンで出現する魔物ではない。
「ネスト! あれは何の魔法だ!?」
「わからない。聞いたことがない……しかしあれは……」
6体のシャドウから湧き出る黒いオーラは、漏れ出る殺意の表れ。
紅く光る瞳は血に飢えた獣のようだ。
「バイス! ヤバい! アレには勝てるかわからない、かなり強い!」
シャーリーの索敵スキルは警報を鳴らしていた。1人であれば確実に逃げていたであろう敵が、6体も出現したのだ。
皆言われなくともわかっていた。個々の強さも尋常ではないが、相手が手にしている得物も相当な物。
見たことのない物ばかりだが、どれも異彩を放っている。
その中に1つだけ、遠くから見ただけでもわかるものがあった。
「魔剣イフリート……。なんでこんなところに……」
フィリップは知っていた。炎の魔剣。伝説級の武器だ。
その灼熱は岩をも溶かし、売れば豪邸が建つと言われているほどだが、それは現在所在不明とされている。
「コイツ等は愚かにも我に挑んだ人間達だ。ここで死ねばお前等もこうなる」
「やろうバイス」
「しかし……」
「大丈夫、俺達ならやれる」
根拠はないが、シャドウ達を倒せば伝説とも言われている魔剣が手に入るのだ。
多少の無理は承知の上。フィリップを奮い立たせるには十分な理由だ。
個々の力は負けていても、力を合わせれば勝てる場面というのはいくらでもある。
尻尾を巻いて逃げるにはまだ早すぎる。やってみなければわからないと言うのもまた事実なのだ。
「よし、やろう!」
バイスの声と同時に準備開始だ。補助魔法、強化スキルを出し惜しみなく使う。
「【範囲防御術(魔法)】」
「【範囲防御術(物理)】」
「"鉄壁"! "グラウンドベイト"!」
「"疾風"!」
「"剛腕"!」
シャーリーのスキル、疾風はパーティメンバーの行動速度を上げる。弓や短剣に適性のあるものが習得できるもの。
剛腕はフィリップのスキル。物理攻撃系適性を持つ者が習得でき、攻撃力を大幅に上昇させるのだ。
「"マルチレンジショット"!」
シャーリーの1撃が戦闘開始の合図となった。
放たれた3本の矢は、前衛であろう武器を持つ3体を狙ったもの。
その全てが躱されるが、それでいい。それは牽制であり、ハナから当たるとは思っていない。
その3体がバイスに向けて走り出す。
流石のバイスでも、あのクラスの敵の攻撃を同時に受けるのは無謀である。
「【魔法の矢】!」
ネストの周囲に10の魔力の球体が出現すると、それは矢となり大斧を持つシャドウへと向かい飛翔する。
だが、それは全てがはずれ、明後日の方向へと飛んでいく。
「反転ッ!」
空中に散らばる魔法の矢は、ネストの一言で向きを変えると、その全てがシャドウの背中へと突き刺さった。
激しい衝撃を受け膝をつくシャドウではあったが、期待したほどのダメージは通っていない。
ネストとしても、これくらいで倒せる相手だとは思っていないが、大した足止めにもならず思わず出てしまう舌打ち。
後方で動きを見せない3体のシャドウは魔術タイプ。その内の1体が杖を振りかざすと、目の前に現れたのは鋭く尖った氷の槍だ。
「【氷槍撃】」
その矛先は、最後方にいたニーナである。
シャドウとて適当に狙った訳ではない。戦況を読み、1番動きの鈍い所を狙ったのだ。
「――ッ!?」
ニーナはいきなりのことで反応できなかった。まさか自分が狙われるとは思っていなかったのだ。
今までの戦闘では、すべての攻撃をバイスが受けてくれていた。自分が攻撃の対象になったことなど1度もない。
ただ少し横に避けるだけで良かったのだが、ニーナは恐怖のあまり目を逸らし、手で顔を覆うことしか出来なかった。
「"イージスショット"!」
シャーリーの放った1本の矢が、氷槍撃を空中で打ち砕く。
その破片はパラパラと地面に降り注ぎ、ニーナはすんでのところで一命をとりとめた。
バイスに襲い掛かる2体のシャドウは、魔剣イフリートを振り下ろし、もう片方は短剣による素早い攻撃の連打を浴びせる。
イフリートをタワーシールドで受け止め、避けきれない短剣はショートソードで捌く――はずだった。
短剣を受け止めた瞬間、バイスの持っていたショートソードがドロドロと解け落ちたのである。
「バイス! ウェポンイーターだ!」
それは武器を合わせただけで破壊すると言われている呪われた短剣。
フィリップはウェポンイーターを持つシャドウに攻撃するのを諦め、イフリートを持つ方へと切り替える。
「"ヘビィスラッシュ"!」
しかし、標的を変えたことによりワンテンポ遅れてしまった攻撃は、下から振り上げられたイフリートであっさりと弾かれてしまった。
「しまったッ!」
そのはずみで腕が上がってしまったフィリップの懐に入ったのは、ウェポンイーター持ちのシャドウ。しかし、バイス捨て身の体当たりで体勢が崩され、ウェポンイーターは空を切った。
「【範囲鈍化術】!」
2体のシャドウを囲むように広がる鈍化フィールド。
しかし、効果は感じられず、舌打ちを漏らすシャロン。
「抵抗された! ニーナ! 続いて!」
「……え?」
「さっき言ったでしょ! ボーっとしない!」
「ご……ごめん」
馬車内の作戦会議で決められた連携。
弱体化魔法の効果が現れなければ、重ねて同じものを合わせろと言われていたのを思い出したニーナ。
「【範囲鈍化術】!」
同じ魔法を2重にしたことにより、ようやくその効果が見え始める。
ネストが突撃のタイミングをずらした大斧を持つシャドウが体勢を立て直し、戦線へと復帰する。
流石にあれは受けきれないと考えたバイスは避けようとしたが――何故か足が動かない。
「【氷結束縛】」
それは氷系の束縛魔法。バイスの足元が一瞬にして氷に覆われ、動きを封じられたのだ。
「くそッ、"堅牢"!」
「【強化防御術(物理)】!」
両足が悲鳴を上げるほどの衝撃をその盾で受け止める。
瞬間的に防御力を上げる”堅牢”スキルの上から、防御魔法をかけたにもかかわらず、それはあっさりと砕かれた。
「ニーナ! 補助はあなたの担当でしょ!?」
防御魔法をかけたのはシャロン。それがなければバイスが真っ二つになっていてもおかしくはなかった。
「あっ……」
ニーナは体が思うように動かなかった。狙われたことのない自分が標的になった。
死ぬかもしれないという現実を突きつけられ、ニーナは恐怖していた。
格上の相手との戦闘経験が皆無なのだ。
ギルドでは逃げることは悪いことではないと教えられる。
とは言え、担当する冒険者を守らなければならないのもギルド職員としての務め。
今まで担当してきた冒険者達は、相手が格上だった場合手を出すことなく逃げてきた。
実際それが正解なのだ。冒険者は戦争をしているわけではない。自分の手に負えなければ別の者に任せればよいのである。
「【解呪】!」
ネストがバイスにかかっていた氷結束縛を解除した。
「フィリップ! 盾をよこせ!」
フィリップは装備していたカイトシールドを投げ、バイスはそれを受け取った。
両手に盾を持つバイスの得意スタイル。それは同時に、フィリップがサブタンクからアタッカーへと切り替える合図だ。
「ニーナ! 予備の剣を出せッ!」
ニーナはリュックの横にぶら下げてあった予備のショートソードを手に取り、フィリップに投げるだけでよかった。
しかし、恐怖からか思うように手が動かない。
ようやく掴めたショートソードは鞘の部分で、上下逆さまに持ってしまった為、中身はガチャリと情けなく地面に落ちた。
ウェポンイーター持ちと大斧持ちは、なんとかバイスを崩そうとするも、防御に徹しているバイスのガードを突破することは出来ない。
それは幾度となく死線を潜り抜けてきたバイスだからこそ出来る事で、格上相手でも決して揺らぐことはなかった。
一方のフィリップは、魔剣イフリートの攻撃を避け続けていた。
予備の武器を取りに行きたいが、シャドウを連れては下がれない。
どうしても避けきれない攻撃は受ける他ないが、イフリートの熱で発生する陽炎が太刀筋を大きく歪ませていたのだ。
フィリップはどちらかと言うと、アタッカー向きの戦い方を好む。
盾で攻撃を受けるより、躱しながら戦うスタイルを得意とするのだ。
しかし、いつまでたっても予備の武器が飛んでくる合図がない。
「くそッ!」
フィリップがチラリとシャーリーに視線を送る。それは2人が長年パーティを組んでいるからこそわかる合図だ。
シャーリーがフィリップの後ろに回り込むと、フィリップに向かって弓を射る。
「"リジェクトショット"!」
そのままいけば、フィリップの後頭部を直撃する軌道だ。
シャドウの攻撃を、ギリギリの位置で上体を逸らし躱すフィリップ。
首があった場所をイフリートが凪ぐも手ごたえはなく、その軌跡に出来た陽炎の中から出現したのは1本の矢。
それを至近距離で避けれる者なぞいやしない。
フィリップを狙ったシャーリーの1撃は、シャドウの眉間に突き刺さると、大きく弾けシャドウを後方へと吹き飛ばした。
しかし、倒すまでには至らない。リジェクトショットは衝撃で相手を吹き飛ばす効果があるものの、致命傷を与えるほどの威力はないのだ。
その隙に、フィリップは予備のショートソードを取りに行く。
ネストはその一瞬を見逃さなかった。
「【氷結柱】!」
弾き飛ばされたシャドウの足元から無数の氷の柱が出現すると、それは次々とシャドウの腹部へと突き刺さり、藻掻き苦しむシャドウ。
氷の柱は尚も大きく成長を続け、ついにはそれを完全に飲み込んだのだ。
魔剣と共に飲み込まれたシャドウはそのまま闇へと消失し、凍える牢獄に取り残されたイフリートはその炎を失った。
ニーナが拾おうとしていたショートソードを奪い取るフィリップ。その手は酷く焼け爛れ、痛々しい。
それが魔剣と呼ばれる所以でもある。その熱量は、例え当たらなくともダメージを受けてしまうのだ。
フィリップの上半身はすでに火傷だらけだった。
「【強化回復術】!」
シャロンがフィリップを回復すると、フィリップはすぐに前線へと舞い戻る。
狙うのは大斧。ウェポンイーターとは相性が悪すぎる。
逆に大斧の方は相性がいい。1撃は重いが、当たらなければどうということは無いのだ。
その身のこなしと華麗な剣技で、少しずつ相手にダメージを与えていく。
バイスはフィリップのおかげで、ウェポンイーターに集中出来た。
短剣程度の攻撃でバイスのガードを突破することは難しい。
左手のタワーシールドで短剣を弾くと、右のカイトシールドで打撃を与える。大きなダメージを与えることは出来ないが、優勢なことには違いない。
イフリート持ちを倒した事で、少しずつだが押し返し始めていた。
それを見て焦りを感じたのか、後方で待機していた2体のシャドウが戦線へと加わる。
「【魔法の矢】」「【魔法の矢】」
2体同時に魔法を唱える。出現した光球の数は30。
「多すぎる!」
ネストの調子のいい時でさえ13個が限界だ。
マジックアローは基礎的な攻撃魔法だが、その熟練度で出現する光球の数が左右する。それ故に魔術師の強さの基準になることも多い魔法だ。
15個の光球が2体分。それはネストよりも熟練度が高いことを意味している。
「【魔力障壁】!」
魔術師にはめずらしい防御系の魔法だ。
パーティメンバーの周囲を魔力で囲み、物理にも魔法にも効果のある防御壁を展開する。
しかし展開中、術者は行動することが出来ず、魔力効率もすこぶる悪い。攻撃を食らえば食らうほど魔力を消費してしまうのだ。
全ての魔法の矢を防ぐことには成功したものの、ネストの魔力が空になるのは時間の問題だった。
「シャロン! ニーナの分のマナポーションを私に!」
シャロンはハッっとするとそれに応え、とっておいたマナポーションをネストへと投げた。
皆が理解していた。ニーナはもう役に立たないと。
しかし、それを責めることはなかった。
最優先は生き残る事。余計なことを考える余裕なぞ、誰にもなかったのだ。
大きな部屋は何もなく、牢が並ぶエリアをあっさりと抜ける。
そこで足を止め、声を上げたのはシャーリーだ。
「バイス、魔物の反応がある。先のフロアに10体」
「よし、戦闘準備だ」
各自得物を手に取ると、お互いの準備が出来ているか確認し合い、出来るだけ静かにそのフロアに近づいて行く。
魔物がいるであろう部屋の前まで来ると、その部屋の扉を豪快に蹴り開け、バイスを先頭になだれ込む。
大きな衝撃音と共に全開になった扉の先にいたのは10体のスケルトン。
中には魔法を使うメイジタイプも確認できた。
「メイジがいるぞ! 散開しろ!」
「【範囲防御術(物理)】」
「【範囲防御術(魔法)】」
「"グラウンドベイト"!」
それはバイスのスキル。相手からの敵意を強制的に自分へと向けるものだ。
自分が狙われることにより、他のメンバーが自由に動けるという利点がある。
タンクは防御に専念すればいいし、回復はタンクにすればいい。アタッカーは、敵からの攻撃を気にせず動くことが出来る。パターンと呼ばれるパーティの基本的戦術の1つだ。
物理タイプが7体、メイジタイプが3体。メイジが使う魔法は魔法の矢と火炎球のみ。
「"マルチレンジショット"!」
シャーリーが弓を構えると、同時に3本の矢が放たれ、バイスに迫ってきていた2体のスケルトンと、後ろにいたメイジに命中した。
頭蓋骨を粉砕され、その場に崩れ落ちたのは2体のスケルトン。
遠くのメイジだけは、崩れるまでには至らない。
「【業火炎弾】!」
メイジに向かって放たれたネストの魔法は、着弾と同時に破裂する。
命中したメイジはもちろん、その周囲にいたスケルトンも吹き飛ばされると壁へと叩きつけられ瓦解した。
部屋に響き渡る甲高い金属音と、激しく飛び散る火花。
「おらぁ!」
残りのスケルトンがバイスを同時に攻撃するも、それを全て盾で受け止め力強く弾き飛ばす。
体勢を崩したスケルトンの後ろに回り込んだフィリップは、ロングソードの一振りで数体のスケルトンを崩壊させ、返す刀でその生き残りも粉砕する。
残りは頭に矢が刺さっているメイジ1体のみである。それに突撃するバイス。
「おぉぉぉぉぉ!」
「【……】」
聞き取れない言葉を口にしたメイジの杖から射出される炎の塊。
バイスはそれを真正面から盾で受け止め弾き飛ばすと、その勢いのままメイジに激突し、盾と壁に挟まれたメイジはその衝撃でガラガラと崩れ去った。
僅か数分。スケルトン程度が相手なら、何体だろうとこんなものだ。
「さて、どちらにいこうか……」
疲れを見せない冒険者達。先程とは打って変わって静まり返った部屋には、2つの出口があった。
右は下り階段。左からは水の滴る音が聞こえてくる。
「右側には多少の魔物の反応があるけど、左側は無反応。どーする?」
「魔物がいないなら左側から確認した方がいいんじゃないかしら?」
「そうだな、左側から潰していこう」
バイスはネストの提案を受け入れ、一行は更に奥へと足を進めていった。
「これは……」
長い階段を登っていくと、目の前に現れたのは大きな扉。それは封印された扉の裏側だ。
「これでこのダンジョンが繋がっているのが証明されたわね」
ネストが封印解除を試みようと前に出るも、封印は解かれた状態のままだった。
それを確認したバイスは両手を扉につけて、力を籠める。
「ぐぬぬ……」
金属製の扉はやや重量があるものの、皆の予想とは裏腹に、あっさりと口を開けたのだ。
「開いた……」
茫然と佇む一行。僅かに感じる風の流れ。その先には見たことのあるフロアが広がっている。
「帰りはこっちが使えそうだな。マッピングは必要なさそうだ」
「そうね。戻りましょうか」
退路が確保出来たことと、このダンジョンが目的の場所だと判明したことにより安堵した一行であったが、むしろここからが本番である。
来た道をすぐに引き返し、更に奥へと潜って行った。
「アンデッドばっかだな……」
現在は地下8層をクリアにしたところだ。
奥へ奥へと進んでいくが、出て来る魔物といえば下級アンデッドばかり。ただ、その数は尋常ではないほど多かった。
シャーリーの索敵スキルで探知しながら進んでいるが、1つの階層に最低でも30体前後は徘徊している。
密集していることが多く、ネストの魔法でまとめて吹き飛ばしていた為、それほど苦労はしていないが、予定より魔力の消耗が激しいのも事実。
魔力回復用のマナポーションは、もう2本も飲んでいる。
それはギルドお抱えのプラチナプレート錬金術師のみが製造でき、ギルドから認定された依頼にのみ支給される貴重な物だ。
残りは2本。ニーナやシャロン用にも取っておかねばならない為、これ以上は控えなければならない。
「シケてんな……。なんでこんなとこの調査受けたんだよ。このまま何も見つかんなきゃ割に合わねぇぞ……」
フィリップが愚痴るのも無理もない。今回、ダンジョン内で手に入れたアイテムは山分けだ。
その為、全ての部屋を探索しているのだが、めぼしい物は何も見つけられていなかった。
バイスとネストはご先祖様の残した魔法書が目当てであって、ギルドの調査依頼はついでのようなもの。しかし、フィリップとシャーリーはそのことを知らないのだ。
純粋にお宝目当てでの参加故に、何も見つからなければ不満が出るのも当然である。
蓄積する徒労感。成果がなければパーティー内の空気も悪くなる一方だが、地下9層に足を踏み入れると、そんな雰囲気を一気に吹き飛ばすほどの圧がバイス達を襲った。
今まで味わったことのないプレッシャー。それは前進を躊躇ってしまうほど。
「見つけた。魔族の反応……」
全員が息を呑んだ。シャーリーの索敵スキルには魔族の反応が1つ。正面通路の1番奥の部屋だ。
その部屋の扉は今までの木製の扉とは違い、金属製で重厚感溢れる作り。
金色に輝くライオンを模したドアノッカーが一段と目を引き、それは明らかに異質であった。
「グレゴールがいるっつーことは、ここが最下層か? 倒してお宝があれば尚良しって感じだが、この分だと期待はできねぇな」
「魔族を倒したってだけで相当でしょ。それがあのグレゴールなら表彰ものじゃない?」
罠の可能性も考慮しつつ慎重に足を踏み入れる。
大きな部屋の所々に並び立つ巨大な柱。天井には光が届いておらず、足元には奥まで続くレッドカーペット。
まるで王宮の謁見の間にでも転移したのかと錯覚するほどの空間が広がっていた。
とは言え、そこには決定的な違いがあった。それは床に転がる場違いな頭蓋骨達の存在だ。
そのすぐ後ろの玉座には、足を組み肘置きに頬杖をついて座る1体の魔族。
深く被るフードで顔はよくわからないが、頭から生える角がそれを突き破り、無駄に着飾らないみすぼらしいローブが、禍々しさを沸き立たせていた。
「シャーリーどうだ?」
「前と変わらない。反応は弱い……けど……」
シャーリーの索敵では変わらず弱いままだった。このパーティなら余裕で勝ててしまうレベルだ。
魔族は人間よりも強い。それは埋めることの出来ない種族の差というものだ。
なのだが、目の前にいるそれは明らかに弱すぎる。
玉座に座ったグレゴールからは、深い溜息が漏れた。
「またお前等か……何の用だ? 我に用事はないぞ?」
シャーリーを信じるべきなのだが、それを疑ってしまうほどの威圧感がそこに存在しているのだ。
「終わりだグレゴール。大人しく魔界に帰るんだな」
バイスが剣を抜くと、各自武器を構え戦闘態勢へと移行する。
相手は魔族。たとえ弱かろうと、油断はしない。
「そう言われて素直に帰るわけが……」
「"ロングレンジショット"!」
グレゴールの話が終わる前に、シャーリーが攻撃の先陣を切った。
風を切り飛翔する1本の矢。しかし、それはグレゴールに届く前に見えない壁によって弾かれ、力なく地面へと落ちた。
「チッ……。話を聞く気もなしか……。……まぁいい。次に我を攻撃したらお前達には死をくれてやる。これは警告だ」
グレゴールの声に呼応したのは6つの頭蓋骨。
その周りに出現した魔法陣がそれをゆっくり飲み込むと、そこから這い出て来たのは6体のシャドウである。
「コイツ等を倒せばお前達の言う通り、魔界に帰ってやろう。数はお前等と同じにしてやった。精々我を楽しませて見せよ」
実体を持った影の戦士。こんな低階層のダンジョンで出現する魔物ではない。
「ネスト! あれは何の魔法だ!?」
「わからない。聞いたことがない……しかしあれは……」
6体のシャドウから湧き出る黒いオーラは、漏れ出る殺意の表れ。
紅く光る瞳は血に飢えた獣のようだ。
「バイス! ヤバい! アレには勝てるかわからない、かなり強い!」
シャーリーの索敵スキルは警報を鳴らしていた。1人であれば確実に逃げていたであろう敵が、6体も出現したのだ。
皆言われなくともわかっていた。個々の強さも尋常ではないが、相手が手にしている得物も相当な物。
見たことのない物ばかりだが、どれも異彩を放っている。
その中に1つだけ、遠くから見ただけでもわかるものがあった。
「魔剣イフリート……。なんでこんなところに……」
フィリップは知っていた。炎の魔剣。伝説級の武器だ。
その灼熱は岩をも溶かし、売れば豪邸が建つと言われているほどだが、それは現在所在不明とされている。
「コイツ等は愚かにも我に挑んだ人間達だ。ここで死ねばお前等もこうなる」
「やろうバイス」
「しかし……」
「大丈夫、俺達ならやれる」
根拠はないが、シャドウ達を倒せば伝説とも言われている魔剣が手に入るのだ。
多少の無理は承知の上。フィリップを奮い立たせるには十分な理由だ。
個々の力は負けていても、力を合わせれば勝てる場面というのはいくらでもある。
尻尾を巻いて逃げるにはまだ早すぎる。やってみなければわからないと言うのもまた事実なのだ。
「よし、やろう!」
バイスの声と同時に準備開始だ。補助魔法、強化スキルを出し惜しみなく使う。
「【範囲防御術(魔法)】」
「【範囲防御術(物理)】」
「"鉄壁"! "グラウンドベイト"!」
「"疾風"!」
「"剛腕"!」
シャーリーのスキル、疾風はパーティメンバーの行動速度を上げる。弓や短剣に適性のあるものが習得できるもの。
剛腕はフィリップのスキル。物理攻撃系適性を持つ者が習得でき、攻撃力を大幅に上昇させるのだ。
「"マルチレンジショット"!」
シャーリーの1撃が戦闘開始の合図となった。
放たれた3本の矢は、前衛であろう武器を持つ3体を狙ったもの。
その全てが躱されるが、それでいい。それは牽制であり、ハナから当たるとは思っていない。
その3体がバイスに向けて走り出す。
流石のバイスでも、あのクラスの敵の攻撃を同時に受けるのは無謀である。
「【魔法の矢】!」
ネストの周囲に10の魔力の球体が出現すると、それは矢となり大斧を持つシャドウへと向かい飛翔する。
だが、それは全てがはずれ、明後日の方向へと飛んでいく。
「反転ッ!」
空中に散らばる魔法の矢は、ネストの一言で向きを変えると、その全てがシャドウの背中へと突き刺さった。
激しい衝撃を受け膝をつくシャドウではあったが、期待したほどのダメージは通っていない。
ネストとしても、これくらいで倒せる相手だとは思っていないが、大した足止めにもならず思わず出てしまう舌打ち。
後方で動きを見せない3体のシャドウは魔術タイプ。その内の1体が杖を振りかざすと、目の前に現れたのは鋭く尖った氷の槍だ。
「【氷槍撃】」
その矛先は、最後方にいたニーナである。
シャドウとて適当に狙った訳ではない。戦況を読み、1番動きの鈍い所を狙ったのだ。
「――ッ!?」
ニーナはいきなりのことで反応できなかった。まさか自分が狙われるとは思っていなかったのだ。
今までの戦闘では、すべての攻撃をバイスが受けてくれていた。自分が攻撃の対象になったことなど1度もない。
ただ少し横に避けるだけで良かったのだが、ニーナは恐怖のあまり目を逸らし、手で顔を覆うことしか出来なかった。
「"イージスショット"!」
シャーリーの放った1本の矢が、氷槍撃を空中で打ち砕く。
その破片はパラパラと地面に降り注ぎ、ニーナはすんでのところで一命をとりとめた。
バイスに襲い掛かる2体のシャドウは、魔剣イフリートを振り下ろし、もう片方は短剣による素早い攻撃の連打を浴びせる。
イフリートをタワーシールドで受け止め、避けきれない短剣はショートソードで捌く――はずだった。
短剣を受け止めた瞬間、バイスの持っていたショートソードがドロドロと解け落ちたのである。
「バイス! ウェポンイーターだ!」
それは武器を合わせただけで破壊すると言われている呪われた短剣。
フィリップはウェポンイーターを持つシャドウに攻撃するのを諦め、イフリートを持つ方へと切り替える。
「"ヘビィスラッシュ"!」
しかし、標的を変えたことによりワンテンポ遅れてしまった攻撃は、下から振り上げられたイフリートであっさりと弾かれてしまった。
「しまったッ!」
そのはずみで腕が上がってしまったフィリップの懐に入ったのは、ウェポンイーター持ちのシャドウ。しかし、バイス捨て身の体当たりで体勢が崩され、ウェポンイーターは空を切った。
「【範囲鈍化術】!」
2体のシャドウを囲むように広がる鈍化フィールド。
しかし、効果は感じられず、舌打ちを漏らすシャロン。
「抵抗された! ニーナ! 続いて!」
「……え?」
「さっき言ったでしょ! ボーっとしない!」
「ご……ごめん」
馬車内の作戦会議で決められた連携。
弱体化魔法の効果が現れなければ、重ねて同じものを合わせろと言われていたのを思い出したニーナ。
「【範囲鈍化術】!」
同じ魔法を2重にしたことにより、ようやくその効果が見え始める。
ネストが突撃のタイミングをずらした大斧を持つシャドウが体勢を立て直し、戦線へと復帰する。
流石にあれは受けきれないと考えたバイスは避けようとしたが――何故か足が動かない。
「【氷結束縛】」
それは氷系の束縛魔法。バイスの足元が一瞬にして氷に覆われ、動きを封じられたのだ。
「くそッ、"堅牢"!」
「【強化防御術(物理)】!」
両足が悲鳴を上げるほどの衝撃をその盾で受け止める。
瞬間的に防御力を上げる”堅牢”スキルの上から、防御魔法をかけたにもかかわらず、それはあっさりと砕かれた。
「ニーナ! 補助はあなたの担当でしょ!?」
防御魔法をかけたのはシャロン。それがなければバイスが真っ二つになっていてもおかしくはなかった。
「あっ……」
ニーナは体が思うように動かなかった。狙われたことのない自分が標的になった。
死ぬかもしれないという現実を突きつけられ、ニーナは恐怖していた。
格上の相手との戦闘経験が皆無なのだ。
ギルドでは逃げることは悪いことではないと教えられる。
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今まで担当してきた冒険者達は、相手が格上だった場合手を出すことなく逃げてきた。
実際それが正解なのだ。冒険者は戦争をしているわけではない。自分の手に負えなければ別の者に任せればよいのである。
「【解呪】!」
ネストがバイスにかかっていた氷結束縛を解除した。
「フィリップ! 盾をよこせ!」
フィリップは装備していたカイトシールドを投げ、バイスはそれを受け取った。
両手に盾を持つバイスの得意スタイル。それは同時に、フィリップがサブタンクからアタッカーへと切り替える合図だ。
「ニーナ! 予備の剣を出せッ!」
ニーナはリュックの横にぶら下げてあった予備のショートソードを手に取り、フィリップに投げるだけでよかった。
しかし、恐怖からか思うように手が動かない。
ようやく掴めたショートソードは鞘の部分で、上下逆さまに持ってしまった為、中身はガチャリと情けなく地面に落ちた。
ウェポンイーター持ちと大斧持ちは、なんとかバイスを崩そうとするも、防御に徹しているバイスのガードを突破することは出来ない。
それは幾度となく死線を潜り抜けてきたバイスだからこそ出来る事で、格上相手でも決して揺らぐことはなかった。
一方のフィリップは、魔剣イフリートの攻撃を避け続けていた。
予備の武器を取りに行きたいが、シャドウを連れては下がれない。
どうしても避けきれない攻撃は受ける他ないが、イフリートの熱で発生する陽炎が太刀筋を大きく歪ませていたのだ。
フィリップはどちらかと言うと、アタッカー向きの戦い方を好む。
盾で攻撃を受けるより、躱しながら戦うスタイルを得意とするのだ。
しかし、いつまでたっても予備の武器が飛んでくる合図がない。
「くそッ!」
フィリップがチラリとシャーリーに視線を送る。それは2人が長年パーティを組んでいるからこそわかる合図だ。
シャーリーがフィリップの後ろに回り込むと、フィリップに向かって弓を射る。
「"リジェクトショット"!」
そのままいけば、フィリップの後頭部を直撃する軌道だ。
シャドウの攻撃を、ギリギリの位置で上体を逸らし躱すフィリップ。
首があった場所をイフリートが凪ぐも手ごたえはなく、その軌跡に出来た陽炎の中から出現したのは1本の矢。
それを至近距離で避けれる者なぞいやしない。
フィリップを狙ったシャーリーの1撃は、シャドウの眉間に突き刺さると、大きく弾けシャドウを後方へと吹き飛ばした。
しかし、倒すまでには至らない。リジェクトショットは衝撃で相手を吹き飛ばす効果があるものの、致命傷を与えるほどの威力はないのだ。
その隙に、フィリップは予備のショートソードを取りに行く。
ネストはその一瞬を見逃さなかった。
「【氷結柱】!」
弾き飛ばされたシャドウの足元から無数の氷の柱が出現すると、それは次々とシャドウの腹部へと突き刺さり、藻掻き苦しむシャドウ。
氷の柱は尚も大きく成長を続け、ついにはそれを完全に飲み込んだのだ。
魔剣と共に飲み込まれたシャドウはそのまま闇へと消失し、凍える牢獄に取り残されたイフリートはその炎を失った。
ニーナが拾おうとしていたショートソードを奪い取るフィリップ。その手は酷く焼け爛れ、痛々しい。
それが魔剣と呼ばれる所以でもある。その熱量は、例え当たらなくともダメージを受けてしまうのだ。
フィリップの上半身はすでに火傷だらけだった。
「【強化回復術】!」
シャロンがフィリップを回復すると、フィリップはすぐに前線へと舞い戻る。
狙うのは大斧。ウェポンイーターとは相性が悪すぎる。
逆に大斧の方は相性がいい。1撃は重いが、当たらなければどうということは無いのだ。
その身のこなしと華麗な剣技で、少しずつ相手にダメージを与えていく。
バイスはフィリップのおかげで、ウェポンイーターに集中出来た。
短剣程度の攻撃でバイスのガードを突破することは難しい。
左手のタワーシールドで短剣を弾くと、右のカイトシールドで打撃を与える。大きなダメージを与えることは出来ないが、優勢なことには違いない。
イフリート持ちを倒した事で、少しずつだが押し返し始めていた。
それを見て焦りを感じたのか、後方で待機していた2体のシャドウが戦線へと加わる。
「【魔法の矢】」「【魔法の矢】」
2体同時に魔法を唱える。出現した光球の数は30。
「多すぎる!」
ネストの調子のいい時でさえ13個が限界だ。
マジックアローは基礎的な攻撃魔法だが、その熟練度で出現する光球の数が左右する。それ故に魔術師の強さの基準になることも多い魔法だ。
15個の光球が2体分。それはネストよりも熟練度が高いことを意味している。
「【魔力障壁】!」
魔術師にはめずらしい防御系の魔法だ。
パーティメンバーの周囲を魔力で囲み、物理にも魔法にも効果のある防御壁を展開する。
しかし展開中、術者は行動することが出来ず、魔力効率もすこぶる悪い。攻撃を食らえば食らうほど魔力を消費してしまうのだ。
全ての魔法の矢を防ぐことには成功したものの、ネストの魔力が空になるのは時間の問題だった。
「シャロン! ニーナの分のマナポーションを私に!」
シャロンはハッっとするとそれに応え、とっておいたマナポーションをネストへと投げた。
皆が理解していた。ニーナはもう役に立たないと。
しかし、それを責めることはなかった。
最優先は生き残る事。余計なことを考える余裕なぞ、誰にもなかったのだ。
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