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第28話 出発

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 ダンジョン調査出発の日。今日も快晴だ。
 俺、バイス、ネスト、フィリップ、シャーリー、ニーナ、シャロンの7人はギルドの前に集合すると、出発前の最終確認を始めていた。
 ソフィアはニーナとシャロンに緊急用の帰還水晶を託し、なにやら注意事項の説明をしている。
 全員に配らないのは数が少ないからだ。なので、コット村のような小さなギルドには基本的には常備されていない。
 ギルド本部お抱えのプラチナプレート錬金術師が、年に数十個しか作ることのできないマジックアイテム。
 故に使用はギルド職員とプラチナプレートの冒険者のみに限られる。
 俺の仕事は、炭鉱内でダンジョンの入口を見つけ出すこと。今はただ茫然と皆の作業を見ているだけだ。
 臨時とは言えパーティメンバー。多少なりとも手伝おうという気概は持ち合わせているのだが、手の出せる雰囲気ではなかった。
 大事な装備を落として傷物にした挙句、賠償請求なんてことになれば、払えそうにないからだ。
 武器屋から借りたハンマーをぶっ壊した事を思い出し、少し憂鬱になった。
 そんな俺の横で、手を握っているのはミア。
 ニーナとシャロン。2人の職員が同行するので、ミアは今回お留守番。
 大丈夫だと言ったのだが、見送りたいと頑なに言うので仕方なく……といった感じである。

 最終確認が終わると、馬車に荷物を詰め込み始める。皆装備は軽装だ。
 そんな装備で大丈夫か? とも思ったが、馬車を降りる時に鎧を着るから大丈夫とのこと。
 確かに1日中鎧を着用していたら動きづらいうえに、この天気だ。暑さで体力が削られてもおかしくはない。

「オーケーだ。出してくれ」

 荷物を積み終え全員が馬車に乗り込むと、バイスの合図で御者は馬に鞭を入れる。

「皆様、お気をつけて」

「おにーちゃん、いってらっしゃい!」

 笑顔で見送ってくれるミアに、小さく手を振り返す。
 その姿は、仕事に行く父親を見送る娘のようで、自然と表情が綻んでしまう。
 それを嬉しく思う反面、見られていると思うと少々照れくさい。
 馬車の中では、皆が様々な意見を交わしていた。
 戦闘のことや装備やアイテム。魔法のタイミングや陣形。合図の確認など多種多様。
 俺に出来る事と言ったら、後学の為に皆のやり取りに聞き耳を立てるくらいのものだ。
 ただ話を聞いているだけの俺を気遣ってか、声を掛けてきたのはフィリップ。
 しかし、その内容は不愉快極まりないものであった。

「そういえば九条の担当って、ちょっと前に死神とかって呼ばれてた奴だろ?」

 会話の流れがピタリと止まり、馬車内がシンと静まり返る。
 街道を行く馬車のガラガラという車輪の音が、やけに大きく聞こえた。
 皆はフィリップではなく、俺を見ていた。わかっているのだろう。フィリップが俺の地雷を踏んだということを。

「それがなにか?」

 フィリップを睨みつける。
 丁度良かった。誰かしらが俺を怒らせるか不満をぶつけてくれれば、怪しまれることなくこの仕事を断る口実が出来る。

「ああ、すまん。怒らないでくれ。そういう事を言いたいわけじゃないんだ。むしろ逆で、そう呼ばれるようには見えないなと言いたかったんだ。もっと暗い感じを連想していたんだが、明るくて元気そうだし良い子じゃないか」

 俺が不快感を露にしたから、意見を変えたという感じではなかった。
 印象は最悪だったが、すぐに訂正し謝罪までしたのだ。強く握りしめた拳の行方は失われ、呆気にとられる。
 心配しながら2人の動向を見守っていた皆も、ホッと胸を撫で下ろした様子であった。

「確かにそうね。しかも見た? あの魔獣。あれを従えているんでしょ? 私が担当になってほしい位だわ」

「ちょっとシャーリー。私が担当じゃ不満なんですか!?」

「いやいや、そんなことはないけど、シャロンにはあの魔獣、使役できないでしょ?」

「それはそうですけど……」

「ふふっ、冗談よ冗談。気を落とさないでよ」

 ケラケラと快活な笑い声を上げるシャーリー。
 そのおかげか、一瞬にして馬車内の空気は元へと戻ったのだが、ニーナだけは仏頂面を貫いていた。

 炭鉱に近づくにつれ、徐々に口数は減っていく。
 目印の廃線跡が見えて来ると、そこで止まるよう御者に指示を出した。

「ここから少し歩きます。皆さんは準備をお願いします」

 ダンジョンの入口までは俺が荷物持ちだ。大きなリュックを背負い、街道から森の中へと入っていく。
 先頭は案内役である俺。その後ろにタンク役であるバイスが続く。
 タンクとはパーティーの盾役のこと。最前線で敵の攻撃を一手に引き受け、仲間を守る役目を担っている。
 フルプレートの鎧を身に纏い、頼り甲斐のある金属製の大きなタワーシールドを担いでいる割には、武器はショートソードと頼りない。
 フィリップはサブタンクだが、今回はどちらかと言うとアタッカー寄り。
 動きやすさを重視したハーフプレートの鎧に、ロングソードとカイトシールド。
 レンジャーのシャーリーは、レザーアーマーと扱いやすい短弓と短剣といった装備。
 そしてネストは家に代々伝わる杖を。ギルド担当の2人は片手用の短めの杖を腰にぶら下げていた。
 恐らくギルドからの支給品なのだろう。ミアも同じ物を持っていたはず。

「九条、すまない。もう少しゆっくり歩いてくれ」

「あっ、すいません」

 言われてからようやく気付く。バイスは重装備だ。
 当たり前だが、歩く速度は何も装備していない時より遅い。
 何事も初めての経験で知らないことも多い俺に対し、怒鳴るようなこともない。
 その優しさに居心地の悪さを感じつつも、歩く速度も考えなければと反省した。

「よし、じゃぁ九条。頼んだぞ」

 炭鉱前に辿り着くと、荷物の中から細い糸で結わいた骨の破片を取り出し、ぶらりと垂らす。

「こっちは準備できました」

「よし、シャーリーは常に索敵を。シャロンはマッピングを頼む」

 松明を持つバイスを先頭に切り替え、炭鉱内へと侵入していく。
 俺はその後ろからダウジングをしつつ、どちらの道を進めばいいかの指示をするだけ。
 結局、現代版死霊術の魔法書は買うことが出来ず。ダウジングのやり方は今も不明。
 ミアから聞いた話を頼りに、見よう見まねで乗り切ることにしたのである。

「死霊術ってのは見たことないけど、すごい迫力だな。……なんというか近寄りがたい感じがする」

 フィリップは俺のダウジングを見て、関心しているようなそぶりを見せる。
 確かに見たことがない者からすれば、怪しくも見えるだろう。
 ミア曰くダウジングとは、骨片をぶら下げてぐるぐると回しながら、呪文のようなものを唱えているのだそう。
 俺はそれを忠実に再現しているのだが、唱えているのは呪文ではなく、お経である。それも一番雰囲気のありそうな般若心経。
 実際、皆も少し引いていた。コイツもしかしてヤバい奴なのでは? みたいな視線をヒシヒシと感じるが、パーティの中で唯一ニーナだけが俺に疑いの目を向けていたのだ。

「違う……」

「え?」

「あんたホントにダウジングしてる? 魔力をこれっぽっちも感じないんだけど」

 残念ながらしてません。俺の偽装はあっさりとバレた。
 ミアでさえ知っているのだ。見たことがある者もいるだろうとは思っていたが、今更出来ませんとは言えない。

「ちゃんとやってますよ。俺には死霊術の師がいなかったので我流ですが……。気に入らないならここで帰ってもいいですよ。報酬はいただかなくても結構です」

 少し不機嫌そうにして、適当に考えておいた嘘で誤魔化す。

「やっぱりランクの高い死霊術師ネクロマンサーを探した方が良かったって……」

「ニーナ……。もうここまで来たんだ。今更それを蒸し返すな」

「だってコイツ……」

 口ごもるニーナ。パーティのリーダーはバイスだ。余程の事がない限りそれに口出しは出来ない。担当なら尚更だ。
 とは言え、ニーナの方が全面的に正しいのは言わずもがな。
 なまじダウジングの知識があるばっかりに、反感を買うニーナが少々不憫でもあった。

「すまん九条。続けてくれ」

「えぇ、わかりました」

 炭鉱内では自分達の足音と松明のパチパチという音が反響し合い、方向感覚がおかしくなりそうなほど。
 しかし、俺は迷わず的確に進んで行く。

「凄い……。ここまで1度も行き止まりにあたってないわ」

 マッピングしていたシャロンの視線に、多少の罪悪感を覚える。
 そりゃそうだろう。道のりは知っているのだ。

「前回の調査では、どれくらいまで進んだんですか?」

「ハハハ……。恥ずかしながらそのポイントはすでに過ぎた。もうマッピングしているシャロンしか帰り道はわからないだろうな」

 ニーナはそれを聞いて、ますます機嫌が悪くなったようだ。めちゃくちゃ顔に出ている。
 俺を追い出したい気持ちはわからなくもないが、ダンジョンを発見することが目的なんじゃなかろうか?
 ダンジョンまでの道のりは約半分といったところ。到着すれば俺はパーティから抜けるのだ。もう少し我慢していただきたい。

 それから1時間ほど経っただろうか。
 分かれ道のたびに止まっては、左だ右だとやっているので時間がかかってしまっているが、ようやくダンジョンが近くなって来た。

「むむ……。近い……近いですよ!?」

 ちょっと大げさにぶら下げた骨片をグルグルと回すと、皆の視線が俺に集まる。

「次の分かれ道を……左です。……そこから凄まじい気配を感じます!」

「おぉ、やっとか!」

 正直何も感じないのだが、言う通りに進む一行は、炭鉱の横穴からダンジョンの光が漏れている個所を発見した。

「あったぞ!」

「そんな……」

 ニーナは残念そうだが、それは確実にダンジョンへと繋がる横穴だ。
 穴の先はゴツゴツした岩肌ではなくブロックを積み重ねて作られた通路。
 間違いなく人工的に作られた物で、規則正しく並ぶランタンが魔法の光で辺りを照らしていた。

「シャーリー。中に魔物の反応は?」

「大丈夫、通路内には反応はないわ」

「よし、九条よくやってくれた」

「見つかって良かった。皆さんの探しているダンジョンだといいですね」

「ああ。ありがとう九条。……そうだ依頼書を貸してくれ。サインしよう」

 バイスにギルドの依頼書を差し出すと、手甲を外し盾を下敷きに器用に依頼書にサインする。

「これで契約は完了だ。ご苦労だったな九条」

「九条ありがとな」

「助かりました」

「いえいえ、役に立てたようで良かった。それでは皆さんお気をつけて」

 自分の荷物以外を降ろすと松明の炎を分けてもらい、皆に一礼してから出口を目指し歩き出した。
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