生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第25話 ネスト・フォン・アンカース

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 次の日。今日もギルドは冒険者達で賑わっていた。
 その中にはバイス達の姿もあったが、気付かないフリをして、いつも通りカイルと世間話をしながら仕事が割り振られるのを待っていた。
 挨拶位してもよかったのだが、別に話すこともない。昨日少し話しただけで、仲間でもなければ友達というわけでもないのだ。

 ガヤガヤと騒がしかったギルドは時間と共に静けさを取り戻し、冒険者達が疎らになると、バイス達の場違いな存在感は誰の目から見ても異様であった。

「おい、九条。あそこにゴールドプレートの冒険者がいるぞ」

「そうだな」

「そうだなってお前……。結構めずらしいぞ? こんな村にいるなんて」

「そうなのか? あまり気にしたことは無かったな」

 盗賊の一件からコット村で見かける冒険者は増えてきた。とは言え、その殆どがシルバープレート以下で、ゴールドプレートの冒険者はそう見ない。
 それもそのはず、こんな小さな村にゴールドプレートの冒険者が受けるような難易度の高い依頼があるはずがないのだ。
 危険だと言われている魔物の討伐も、ブロンズプレート程度でこなせるものばかりだし、それ以外は基本村人達のお手伝い。
 人材派遣的な依頼が大半を占めていて、冒険者というよりボランティアのレベルである。
 最終的にギルドに残っている冒険者はバイス達のみで、依頼を受ける気配すらなかった。
 なんというか、見張られているような気がして生きた心地がしない。

「それでは専属さんにお仕事割り振りますので、こちらへどうぞ」

 いつものようにソフィアに呼ばれ、請け負う仕事の確認作業が始まる。

「では、昨日と同じで宿屋増築のお手伝いをお願いしますね」

 手続きを済ませ現場へ向かっていると、バイス達も一定の距離を保ちながらついて来る。
 俺の尾行でも始めたのかと疑うもそれは杞憂で、途中西門へと方向を変えていった。
 それに安堵したのも束の間、魔術師ウィザードのネストだけが残っていたのだ。

 炭鉱側は封印されていない。バイス達が炭鉱の調査をしている間に、必要のないネストが俺の見張りをしていると考えれば合理的ではある。
 昨日、俺の事を調べていた事実を踏まえれば、怪しまれていることは間違いない。
 差し当たり警戒しておくに越した事はないが、ダンジョンへと足を踏み入れれば108番から呼び出しがあるはずである。
 それまでは不審に思われぬよう宿屋の増築に精を出さなければ……。


「おい、九条。大丈夫か? 体調がすぐれないなら休んでてもいいぞ?」

「いや……そうじゃない。大丈夫だから気にしないでくれ……」

「そうか……。まぁ、なんかあったら言ってくれ」

 仕事を始めて2時間ほどだ。俺の不調に気づいたのか、カイルが声をかけてくれた。
 とてもありがたいことなのだが不調というわけではなく、その原因はネストにあった。
 遠くから俺を監視しているのである。
 しばらくは意識しないようにと気を張っていたのだが、徐々に苛立ちが募りそれが無意識に表に出てしまっていたのだろう。
 大きな木に隠れてコソコソとこちらを窺っているのがバレバレだ。
 ネストの方へ視線を向けると素早く隠れるのは見事であるが、隠れている木から見えているのだ。胸が。
 尻隠して胸隠さずと言うべきか、それで気付かれていないと思っているのが苛立ちを加速させる。
 本当はズカズカと出て行って、「用件があればハッキリ言ってくれ!」と言いたいのだが、それをずっと我慢しているのだ。
 夜まで待てばネスト達の情報が手に入る。そうすれば、何かわかるかもしれない。それまでは耐えなければ……。


 仕事が終わると食事と風呂を手早く済ませ、自室で作戦会議の開始である。
 といっても、そんな大層なものではなく、ミアに調べてもらっていたネスト達の情報を精査しようというだけだ。
 わざわざミアに頼んだのは、ギルド名簿が職員以外閲覧禁止であるからだ。
 冒険者であれば最低でもゴールドプレート以上。そしてそれなりの理由がなければ閲覧することは出来ない。
 それくらいの実力がなければ信用を得られないということなのだろう。
 恐らくは部外秘の情報なのだろうが、ミアはやけに乗り気だった。

「よし。じゃぁミア、頼む」

「えーっと、まずはネストさん。名前はネスト・フォン・アンカース。アンカース領のノーピークスの産まれで、魔術の名門貴族みたい。冒険者に登録したのは18歳の時でシルバープレート。23歳でゴールドプレートに昇格して現在は24歳。基本的には1人で行動することが多いみたいで、その所為で付いた二つ名は『孤高の魔女』。祖先に有名な死霊術師ネクロマンサーがいたみたいだけど、行方不明になってる」

「それは聞いたな。だが、死霊術師ネクロマンサーが気になるといっても1日中見張られるってのは、ちょっとおかしいよなぁ……」

「え? 今日?」

「ああ。飯の時以外はずっと俺の事を見張っていた。バレてないつもりのようだが……」

 1番の心当たりは、俺がダンジョンマスターだと言うことがバレていて、尻尾を出さないか見張っているということなのだが、どこからそれを知ったのかが問題だ。
 俺が村で破壊神と呼ばれていることを知ったとしても、子供達が勝手につけたあだ名なだけで、実際の破壊神とは関係ない事はすぐにわかることだろう。
 音の反響が激しいダンジョン内で聞いた声を、外で判別できるとも思えない。
 実際、俺は声だけではバイス達とは気付けなかった。

「主。あの女は危険です。すぐに始末するべきかと……」

「いや、まぁそれが出来れば話は早いが、そうもいかないだろう? 殺す以外の解決策を考えてくれよ……」

「彼女が1人になったら喉笛を咬みちぎり、誰にも見られぬうちに森に捨てるのです。どうですか?」

「だからダメだっつーの! 発想が怖いわ……」

 ドヤ顔で提案するカガリの案を瞬時に却下すると、溜息をつく。
 ミアに危害を加えると言われたことに腹を立てているのだろうが、どう考えてもやりすぎだ。
 カガリは優秀なのだが思考が獣寄りなのか、邪魔者イコール排除という条件反射的な考え方が強い。

「ミアはどう思う?」

「もしかすると、ネストさんはおにーちゃんのことが好きなのかも!?」

「……んな訳あるか……」

 確かに行動だけを見ればある意味ストーカーだが、どう考えても俺に惚れる要素は皆無だ。

 暫く知恵を絞るも何も浮かぶことはなく、そうしているうちにミアは何時の間にか寝てしまっていた。敗因はベッドで横になっていた事だろう。
 俺はそれに気が付くと、起こさないようそっと布団をかけてやり、ミアの残したメモを片手にカガリと話し合いを続けたのである。

 バイスもネストと同じ貴族出身らしい。
 その所為か、ネストとはちょくちょくパーティを組むようだが、常に組んでいるというわけではないようだ。
 フィリップの実家は鍛冶屋。
 剣の適性を持っていて、世界中に散らばる伝説の武器を探すというロマン溢れる理由から冒険者となったようである。
 シャーリーはベルモントの"町付き"冒険者だったが、フィリップと組むようになってからは"町付き"を辞め、2人組で活動しているとのこと。
 ダンジョンに特化したレンジャーで、そこそこの知名度があるらしい。

「流石にこれだけではどうにもならないな……。何の糸口も見えてこない」

 椅子に座り、机に頬杖をつきながらミアのメモと睨めっこ。
 考えれば考えるだけ瞼は徐々に重くなる。気付けば俺も、机に突っ伏して寝てしまっていた。
 それを見かねたのだろう。朧気ながらに覚えているのは、カガリが寝床にあるバスタオルを器用に咥え、俺に掛けてくれたこと。
 そしてその隣でカガリも丸くなっていた事と、そのバスタオルが、ほんの少し獣臭かったことである。


「九条さん、ちょっと……」

 今日は休日。賑わうギルドを横目に食堂へと足を運ぼうとした時、ソフィアに呼び止められた。
 言われるがままにギルドの応接室に連れられ、礼儀正しくノックをしてから部屋に入ると、一昨日と同じ面子が集まっていた。

「やぁ、九条。会えて嬉しいよ」

 俺はこれっぽっちも嬉しくない。折角の休みだと言うのに……。
 しかし、それは顔に出さないよう気を引き締める。

「えっと、何か御用でしょうか?」

「ああ。実は炭鉱を調べてみようと思っているんだが、君にガイド役を頼みたいんだ」

「何故です? 炭鉱の場所はわかりますが、探していると言われていたダンジョンまでの道のりは、知りませんよ?」

「確かに今の君は知らないだろうけど、死霊術師ネクロマンサーならダウジングで探し当てることも出来るだろう?」

 そういえばソフィアが言っていた。死霊術はダウジングや占いなんかが一般的だと。
 当時は思い描いていた死霊術とは随分違うものだと思ったものだが、それは今も変わらない。
 俺がダンジョンで読んだ魔法書には、そんな魔法は一切載っていなかったからである。
 どうすれば怪しまれずに断れるか……。
 最悪案内は出来る。ダウジングをせずともダンジョンまでの道のりは、しっかりと覚えているのだ。
 しかし、それはダンジョンへの侵入を許すことになる。
 ならば、断る以外に道はない。どうにか諦めてもらえるよう促せればいいのだが……。

「自分はカッパープレートですよ? 精度も低く、無駄足になる可能性の方が高いかと……。もっとランクの高い死霊術師ネクロマンサーに依頼した方がいいのでは?」

「ほら、私の言ったとーりじゃん。スタッグまで戻って別の死霊術師ネクロマンサーを探した方がいいって」

 思わぬところに援軍がいた。バイスの担当であるニーナだ。
 生意気な小娘だと思っていたが、今回ばかりは利害が一致していた。
 心の中でニーナを応援しつつも視線を向けると、それに気づいたニーナは不機嫌そうな表情に早変わり。

「いや、それでは時間がかかりすぎる。他のパーティが目的の……」

「バイス!」

 ネストがバイスを強い口調で制止すると、気まずそうな表情で俺に視線を向ける。
 俺にはその意味がわからなかった。今はそんなことより、断る言い訳を考えるのに必死だったのだ。

「いや、すまん。とにかく時間がないんだ。だから九条、君に頼みたい」

 バイスはそう言うと、1枚の依頼書をテーブルの上に置いた。
 内容は炭鉱奥でダンジョンに繋がる場所を見つけ出すこと。報酬は金貨20枚。
 通常カッパープレートで受けることの出来る依頼では、報酬は高くても金貨数枚ということを考えると破格である。普通の冒険者なら飛びつくだろう金額だ。
 高すぎれば逆に怪しいと一蹴することも出来たのだが……、だからこそ断りづらい……。
 それ相応の理由がなければ、怪しく見えるのはこちらの方だ。

「どうだ? 悪い話ではないはずだ」

「1つ質問してもいいですか?」

「ああ。答えられる範囲なら答えよう」

「何故、こんなに報酬がいいんです? 先程も言いましたが自分はカッパーですよ?」

「実は昨日、その炭鉱の調査に行ったんだが、情けないことに徒労に終わってしまってね。しかし、そう何度も調査する時間も残されていない。ギルドの炭鉱マップは古すぎて、あてにならないんだ」

 机の上に無造作に広げられたのは、いくつもの炭鉱の地図。
 年代ごとに分かれているようだが、1番新しいものでも10年以上前の物。
 パッと見ただけでも、使い物にならないことはすぐにわかった。
 地図上では通れるように見えている所も、崩落で通れない箇所がいくつもあったからだ。

「頼む。君だけが頼りなんだ」

「……もし、ダンジョンが見つかった場合はどうすれば?」

「その時点で君の仕事は終わりだ。そこで依頼書にサインするから、それを持って帰ってくれて構わない」

 断る理由が見つからない……。
 最終手段として仮病でどうにかならないかとも考えたのだが、この世界には魔法がある。
 二日酔いも吹き飛ばすくらいだ。腹痛、頭痛程度なら即座に治してしまうだろう。

「はぁ、わかりました。でも見つからなくても文句は言わないでくださいね」

「ありがとう九条。助かるよ」

 出された右手で握手を交わす。

「よし。じゃぁこのまま作戦会議を始めよう。シャーリー、頼む」

「はーい。じゃぁ装備品の確認と食料。それと消耗品の補充が必要なら今のうちに教えて頂戴。あ、もちろん九条の分も必要ならこっちで出すわ。何かあれば言ってね」

「あ、はい……」

 シャーリーは皆の意見をまとめ上げ、てきぱきと話を進めていく。
 それを見て、本格的な冒険者とはこういうものなのかと唖然としていた。
 自分にはまったくついていけない世界だ。まるで、未登頂の山に登山にでも行くかのようなチェックリストの数。
 そこに載っている物を集めるのに右往左往しているソフィアは忙しそう。

「帰還水晶の在庫は?」

「すみません。ウチのギルドは常備していなくて……」

「今発注して届くのはいつ?」

「今からなら明後日の夜には届くかと」

「おっけー。じゃぁ出発は3日後。いい? バイス」

「もちろんだ。九条もそれでいいか?」

「あ、はい……」

 正直、返事をするのがやっとだった。
 場違い感が凄まじく、俺がここにいてもいいのだろうかと思うレベル。

 作戦会議が終わると、いの一番に応接室を後にした。
 会議中、ネストが喋ったのはバイスを制止した時だけ。それ以外はずっと魔法書を読んでいたようにも見えたが、実際その意識はずっと俺に向けられていたのだ。
 何かボロを出すのではないかと勘繰っているかのような、粘りつく視線。
 俺はそれに耐えきれず、早くここから逃げ出したかったのである。

 ――――――――――

 ミアも今日は休みだ。冒険者達にもみくちゃにされることもなく、平和な1日が始まろうとしていた。
 まあ、もみくちゃにされるのはミアの方ではなく、カガリの方なのだが……。

「おはようカガリぃ」

 カガリに抱き着き、ミアは楽しそうに日課であるおはようのモフモフを始める。
 今日のカガリは機嫌がいい。機嫌の悪い日はモフモフを嫌がる。
 もちろんそうなれば、ミアはすぐにモフモフをやめる。
 カガリを不快にさせてまでモフモフするのは独り善がりだと理解している。故に節度を守って正しくモフモフするのである。
 その最中、ミアはある小さな変化に気が付いた。毎日のように一緒にいるからこそ気付けた違和感。

「カガリ……。ちょっと太った?」

 それを聞いてカガリの体がビクッと跳ねた。
 カガリも気にしているのか、それが面白くてミアはほんの少し吹き出してしまった。
 村ではカガリと常に一緒に行動しているミア。
 1番の理由はミアの護衛なのだが、村人達にも慣れてもらおうと思っていたからだ。
 その甲斐もあって、今では村人達はカガリを恐れなくなっていた。
 それは良いことではあるのだが、その弊害として、村人達がカガリを見つけると、ここぞとばかりに餌を与えるのである。
 それを全て平らげているので、太るのはある意味当然と言えた。

 日課のモフモフを終えミアが着替えていると、階段を駆け上がる誰かの足音に手を止めた。
 それが部屋の前で止まると、勢いよく扉が開いたのだ。
 そこに立っていたのは息も絶え絶え、肩で呼吸をしていた九条である。

「ミア。出かけるぞ」
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