23 / 633
第23話 おかわり
しおりを挟む
「おにーちゃん! 今日はどこいってたの!?」
「あぁ、ちょっと散歩に出てたら遠くまで行きすぎてな……」
侵入者を撃退した後、村へ帰ると辺りは真っ暗。
もうちょっと早く帰って来ることも出来たのだが、そうすると尻が4つに割れてしまう為、致し方なかったのだ……。
温泉で疲れを癒し、部屋に戻ったらこの状況。ミアは頬を膨らませ、ご立腹の様子。
「ホントにぃ?」
「ホントだよ。なぁカガリ?」
わざとらしくカガリに同意を求める。
急に話を振られたカガリは、面倒くさそうに首を縦に振ってくれた。
「カガリは、ずっと私と居たでしょ!」
九条に忖度するカガリに鋭いツッコミが入る。
「まあ、いいじゃないか。ミアは明日も仕事だろう? 早く寝た方がいいんじゃないか?」
なんとか誤魔化そうと試みるも、ふくれっ面のミアは疑いの目を向けてくる。
どうにか機嫌をとれればいいのだが、何かをプレゼントしようにもそんな洒落た物は持ってないし、それを買う金すら持ち合わせていない。
となったらやれることはただ1つ。スキンシップだ。
「悪かったよ、ミア。怒ってないで今日あったことを教えてくれ」
ベッドで横になると、いつも寝ているミアの場所をポンポンと叩く。
そこに乗り上げたのはミアではなくカガリだ。ベッドの上で丸くなると、ジッとミアを見つめる。
それは一緒に寝てもいいという合図。カガリの機嫌がいい時にしか出来ない特別なものだ。
呆れたように溜息を漏らすミアだったがその誘惑には勝てず、強張った表情が一気に緩むとベッドの中へと潜り込んだ。
そして、今日ギルドであったことを嬉しそうに語ってくれたのである。
朝日が眩しいほどの快晴。朝食を済ませギルドに顔を出すと、座る場所がないほどの盛況ぶり。
最近では、ミアはもう掲示板に依頼を張りに出てこない。
ミアが出てきてしまうと冒険者達が集まってきてしまい、仕事にならないからだ。
しかし、カウンターには顔を出すので、そこだけに行列が出来るのは相変わらずであった。
「もう慣れて来たな。この感じ」
「そうだな」
部屋の端で立っているカイルと世間話をしながら、専属の仕事が割り振られるのを待っていた。
「九条。今日は仕事あると思うか?」
「どうだろうな……。多分なさそうだが……」
「いつもこうだと腕が鈍っちまうよなぁ?」
「暇なら武器屋の裏庭で手合わせでもするか?」
それを聞いたカイルは真顔になった。
「殺す気か……」
「え?」
「え?」
「……」
自分達の周りだけ急に空気が重たくなったのを感じた。
冒険者達がギルドを後にすると、案の定俺達への仕事の依頼はなかった。
なんというか、出席だけとって帰る不真面目な大学生みたいな気分である。
のんびり過ごすという意味ではスローライフなのだろうが、今の状況は思っていたものとはどこか違う気がする。
それとも日本人の血が、働くことを求めるのだろうか……。
この世界にはパソコンもスマートフォンもゲーム機もない。暇をつぶすのがこれほどの苦痛だとは思いも寄らなかった。
この世界でも出来る暇つぶし……。そこでふと思いついたのが魔法である。
辺り一面を焦土と化す破壊魔法……とかではなく、ちょっと生活が楽になるような便利な魔法とか、簡単なものなら覚えられるのではないかと考えたのだ。
そうと決まれば早速……と思った矢先のことだった。
「マスター! 侵入者です」
折角溜まったやる気ゲージは、もはやマイナスである。
「マジかよ……。昨日の今日だぞ……」
まずは自分の尻を労わる魔法を覚えよう。俺はそう心に誓うと、急ぎダンジョンへと向かったのだ。
「状況は?」
「昨日来た方々です。人数は倍です」
「3人も増援を連れて来たか……。ヤバいな……」
前回は魔物の死体を操り戦わせることによって魔力切れを狙い、なんとか撤退まで追い込むことが出来た。
しかし、今回はもう魔物達の死体はない。
負ける訳にもいかず、勝つとしても殺さずに勝たねばならず、正体も隠し通さなければならないのだ……。
――――――――――
「バイス。本当にこんな所で破壊神グレゴールが復活したのか?」
ダンジョンを慎重に進みながらも訝しんでいるのは、ハーフプレートの鎧を着込み、ロングソードを手にしているいかにも剣士といった風貌の男。
首からはゴールドのプレートがぶら下がっている。
「いや、正直まだ半信半疑だが、魔族がいるのは間違いない」
「でも、あんたらはそいつの姿を見てないんでしょ?」
2人の会話に割って入ってきたのはショートヘアの女性。軽装で短弓を片手に持っている。
胸元のプレートはシルバーだ。
「目の前で魔物達の死体が起き上がり襲って来たのよ……。何度倒しても起き上がってくる……。あれは人間の魔力で出来る範囲を超えているわ」
「ネストの言っていることは本当だ。フィリップもシャーリーも油断しないでくれ」
「まあ、大丈夫だろ? 今回はウチのギルド担当もついて来てる。補助2人、前衛2人、それにレンジャーと魔術師だ」
「それが油断だと言っているんだ!」
不意に声を荒げるバイス。ネストに静かにするようにと諫められ、フィリップは溜息をつくと一応の謝罪をしながらも、ついでに愚痴をこぼした。
「悪かったよ。まぁ空振りだけは勘弁願いたいね。なんせ前回は緊急の依頼だっつーから行ってみたら誤報だったからな」
「ホントよ。ベルモントでは珍しくデカい仕事が来たと思ったのに……」
6人の仲間達は警戒をしながらも、ダンジョンを奥へと進んでいく。
1度は封印の扉まで攻略しているのだ。多少の魔物はいたものの、大した数ではない。
そして3層の封印された扉の少し手前まで来ると、作戦の最終確認の為足を止める。
「シャーリー。ここから少し先に行くと封印の扉だが、何か感知できるか?」
「……いるね。魔族の反応が1つ……。けど小さい。こいつがグレゴールなら大したペテン師だよ。それ以外の反応は今のところないね」
「よし、ネスト。封印解除までの時間はどれくらいかかる?」
「そうね……。5分から10分といったところかしら」
「オーケー。じゃぁ手筈通りネストは封印解除を。それ以外はネストの護衛だ」
「バイス。アンデッド達は強いのか?」
「いや、強くはない。ただ数が多い。頭を潰しても関係なくよみがえる。足を狙って行動を制限するくらいしか対処法はない」
「了解だ。……で、扉を開けた後はどうするよ?」
「もちろん偽のグレゴールを叩くが、先がどうなっているかわからない。封印を解除することによってグレゴールがダンジョンの奥に逃げる可能性もある。その場合は索敵しながら探索を続けよう」
「ニーナ、シャロン。帰還水晶は持ってきているな?」
それに無言で頷いたのは2人のギルド職員。
ニーナはバイスの担当職員。前回も同行している為か、少々気を抜いているようにも見える。歳は10代半ばと若く、経験も浅い。
一方のシャロンはエルフ族の女性だ。その中でもハイエルフと呼ばれる魔法の扱いに長けた種族。白い肌にブロンドの髪。そして長い耳が特徴的である。
シャロンはシャーリーの担当で、ギルド職員としての経験は豊富。ダンジョンもそこそこ潜ったことのあるベテランだ。
「もしもの時は躊躇せずに使え。今回の目的は封印解除だ。解除出来ればそれでいい。グレゴールを殺れるに越したことは無いが、深追いはしない。いいな?」
「はい」
「よし。じゃぁいくぞ」
6人が一斉に雪崩れ込むと、目の前には封印された大きな扉。
そこまで一気に走り抜け、扉の前に陣を取る。
「魔物はいない! クリアだ! ネスト、頼む」
「了解!」
ネストは持っていた杖をニーナに手渡し、両手で扉に触れた。
「【解析】!」
魔力で封印されている扉。その解除方法は魔力パターンを解析する事から始まる。
幾重にも折り重なる魔力の流れを紐解き、封印された魔力と逆の魔力を流し込むことにより、それは解除されるのだ。
ネストを取り囲むように陣形を組むと、バイスはスキルによる補助効果を入れる。
「”鉄壁”!」
橙色の薄い光の膜に包まれる仲間達。鉄壁はパーティ全員の防御力を向上させる盾適性のスキル。
「シャーリー。索敵に反応は?」
「言われなくてもやってるわよ。今のところ変化はない。魔族の反応が1匹だけ」
辺りは嘘のように静まり返っていた。アンデッドが襲ってくるどころか、未だなんの反応もない。
作戦と違う状況に、戸惑いを隠せずお互いの顔を見合わせてしまうも、出てこなければそれで良し。このまま封印を解除して、扉を開けるだけである。
しかし、それも束の間。ダンジョン内に響いたのはグレゴールの声。
「やれやれ。またお前等か人間」
「グレゴール!」
「こいつがそうか?」
「恐らく……。姿を現せ!」
「そうだなぁ。お前の魂をくれるなら考えてやらんこともないぞ?」
「やるわけがないだろ! お前こそ観念して姿を見せたらどうだ!?」
バイスがグレゴールとの会話を引き延ばし、時間を稼ぐ。
ネストから送られてくるアイコンタクトは、解除までに残り2分と告げていた。
「私はまだ何もしてないじゃないか。それでも私を討とうと言うのか?」
「魔族と言うだけで十分だ!」
「そうか……。ならばこちらも黙ってやられる訳にもいくまい……」
グレゴールの話が終わると同時に、叫んだのはシャーリー。
「索敵に魔物の反応! 数は……20!」
「どっちだ!?」
「こっちじゃない! 扉の裏側!」
「最後の警告だ。この扉を開けたらお前達は死ぬ。それでもよければ開けるがいい」
「シャーリー。魔物の強さは!?」
「数は多いけど、個々は弱い。勝てる。私達なら問題ない!」
「よし! 扉が開いたらこちら側におびき寄せて各個撃破する!」
緊張の為か発汗が酷い。恐らくは皆がそうであった。
シャーリーはレンジャーとして優秀だ。索敵スキルのトラッキングは魔物にのみ反応するスキルだが、その精度は高く、おかげで幾度となく危機を乗り越えてきた実績がある。
そのシャーリーが勝てると判断したのなら間違いない。
しかし、魔族を相手にしたことは皆無。ましてや相手は、破壊神と呼ばれ恐れられたグレゴールだと言う。
皆の頭の中では、偽物だと確信しているのだ。……してはいるのだが、もし本物だったら……という不安が拭えないのも確かであった。
「解析が完了した! 【解呪】!」
ネストの魔法に呼応して激しく輝いた扉は、ゆっくりとその光を失っていった。
それは封印の解除を意味する。
ネストはそれを見ることなく一気に後ろへ下がると、ニーナに預けていた杖を受け取り、身構えた。
「来るぞ!」
準備は万端。戦闘態勢に入ると、開かれるであろう扉から魔物の群れが突入して来るのを待った。
……永遠とも思える時間であったが、実際に経った時間は3分ほど。
今や封印されていた扉は、ただの重い鉄の扉だ。しかし、未だに反応がない。
導火線はすでに燃え尽きているのに、一向に咲く気配を見せない花火のような感覚。
(このまま手をこまねいていても仕方がない。誰かが様子を見に行かなければ……)
「バイス。俺が開ける。いいか?」
「頼む」
フィリップが扉に両手をつけ、渾身の力を込めてそれを押した。
「んぎぎ……」
しかし、扉はビクともしない。形状から押す以外の選択肢はないはずである。
「はぁはぁ……ダメだ……。重すぎる……。誰か手伝ってくれ」
確かに扉は金属製で重そうだが、成人男性ならそこそこの力で開けられるようにも見える。
「シャーリー。扉が開いたらスパイラルショットを放て」
「わかった」
スパイラルショットは弓適性のスキル。矢に回転を加え、貫通力に特化させた攻撃スキルだ。
開いた扉の隙間に打ち込めば、目の前にいるであろう魔物達を一気に葬れるはず。
バイスは弓を引き絞るシャーリーを確認すると、フィリップと共に息を合わせた。
「いくぞ。せーのっ!」
「「ぐぬぬぬ……」」
何度やっても結果は同じ。扉はビクともしない。
「どうした? 開けないのか?」
グレゴールのバカにもしたような声が、無慈悲にもフロア内に木霊する。
別の鍵が必要なのかと思案するも、そんな痕跡は見つからず、かといって錆び付いて動きが鈍くなっているわけでもなかった。
封印解除に失敗したのかとも思ったが、封印されていた時の魔力反応はすでに消えている。
今度はネストとシャーリーを残し、4人で押してみるも結果は変わらずだ。
地面に膝をつき、額に汗を滲ませながら激しく肩を上下させる冒険者達。
それは扉を開けても、戦う余力が残らないほどに力を込めた結果であった。
「フン、その程度か。第2の封印も解けぬとは……。また出直してくるんだな」
「第2の封印!? ネスト! どういう事だ?」
封印は解かれた。それ以外に鍵はないのも調べた。
常識的に考えて、開かない方がおかしいのだ。
「ありえないわ……。封印は1つのはずよ……。もう魔力反応もない……」
「じゃぁ、何故開かない!?」
それはネストには答えられないのだろう。
その表情はあり得ないと言わんばかりに狼狽していたのだから。
――――――――――
腑に落ちない様子で撤退して行く冒険者達を見て、九条はホッと胸を撫で下ろしていた。
何故封印の解かれた扉が開かなかったのか。答えは簡単である。
内側から20体ものスケルトンを使って、押さえていただけなのだ。
扉の前にずらりと並ぶスケルトン。それは魔法で強化され、鉄のような強度を誇るつっかえ棒。
セコイと言われるかもしれないが、殺生せずに追い払うにはどうすればいいのかと九条が頭を悩ませた結果がコレである。
「要は、扉を開けなければいいだけだ」
第2の封印なんてものは存在しないのだ。……しかし、開かない扉を前にすれば、それを信じてしまってもおかしくはない。
「マスターの戦い方って……なんというか、地味……ですよね……」
呆れたように言う108番に、九条は反論出来なかった……。
「あぁ、ちょっと散歩に出てたら遠くまで行きすぎてな……」
侵入者を撃退した後、村へ帰ると辺りは真っ暗。
もうちょっと早く帰って来ることも出来たのだが、そうすると尻が4つに割れてしまう為、致し方なかったのだ……。
温泉で疲れを癒し、部屋に戻ったらこの状況。ミアは頬を膨らませ、ご立腹の様子。
「ホントにぃ?」
「ホントだよ。なぁカガリ?」
わざとらしくカガリに同意を求める。
急に話を振られたカガリは、面倒くさそうに首を縦に振ってくれた。
「カガリは、ずっと私と居たでしょ!」
九条に忖度するカガリに鋭いツッコミが入る。
「まあ、いいじゃないか。ミアは明日も仕事だろう? 早く寝た方がいいんじゃないか?」
なんとか誤魔化そうと試みるも、ふくれっ面のミアは疑いの目を向けてくる。
どうにか機嫌をとれればいいのだが、何かをプレゼントしようにもそんな洒落た物は持ってないし、それを買う金すら持ち合わせていない。
となったらやれることはただ1つ。スキンシップだ。
「悪かったよ、ミア。怒ってないで今日あったことを教えてくれ」
ベッドで横になると、いつも寝ているミアの場所をポンポンと叩く。
そこに乗り上げたのはミアではなくカガリだ。ベッドの上で丸くなると、ジッとミアを見つめる。
それは一緒に寝てもいいという合図。カガリの機嫌がいい時にしか出来ない特別なものだ。
呆れたように溜息を漏らすミアだったがその誘惑には勝てず、強張った表情が一気に緩むとベッドの中へと潜り込んだ。
そして、今日ギルドであったことを嬉しそうに語ってくれたのである。
朝日が眩しいほどの快晴。朝食を済ませギルドに顔を出すと、座る場所がないほどの盛況ぶり。
最近では、ミアはもう掲示板に依頼を張りに出てこない。
ミアが出てきてしまうと冒険者達が集まってきてしまい、仕事にならないからだ。
しかし、カウンターには顔を出すので、そこだけに行列が出来るのは相変わらずであった。
「もう慣れて来たな。この感じ」
「そうだな」
部屋の端で立っているカイルと世間話をしながら、専属の仕事が割り振られるのを待っていた。
「九条。今日は仕事あると思うか?」
「どうだろうな……。多分なさそうだが……」
「いつもこうだと腕が鈍っちまうよなぁ?」
「暇なら武器屋の裏庭で手合わせでもするか?」
それを聞いたカイルは真顔になった。
「殺す気か……」
「え?」
「え?」
「……」
自分達の周りだけ急に空気が重たくなったのを感じた。
冒険者達がギルドを後にすると、案の定俺達への仕事の依頼はなかった。
なんというか、出席だけとって帰る不真面目な大学生みたいな気分である。
のんびり過ごすという意味ではスローライフなのだろうが、今の状況は思っていたものとはどこか違う気がする。
それとも日本人の血が、働くことを求めるのだろうか……。
この世界にはパソコンもスマートフォンもゲーム機もない。暇をつぶすのがこれほどの苦痛だとは思いも寄らなかった。
この世界でも出来る暇つぶし……。そこでふと思いついたのが魔法である。
辺り一面を焦土と化す破壊魔法……とかではなく、ちょっと生活が楽になるような便利な魔法とか、簡単なものなら覚えられるのではないかと考えたのだ。
そうと決まれば早速……と思った矢先のことだった。
「マスター! 侵入者です」
折角溜まったやる気ゲージは、もはやマイナスである。
「マジかよ……。昨日の今日だぞ……」
まずは自分の尻を労わる魔法を覚えよう。俺はそう心に誓うと、急ぎダンジョンへと向かったのだ。
「状況は?」
「昨日来た方々です。人数は倍です」
「3人も増援を連れて来たか……。ヤバいな……」
前回は魔物の死体を操り戦わせることによって魔力切れを狙い、なんとか撤退まで追い込むことが出来た。
しかし、今回はもう魔物達の死体はない。
負ける訳にもいかず、勝つとしても殺さずに勝たねばならず、正体も隠し通さなければならないのだ……。
――――――――――
「バイス。本当にこんな所で破壊神グレゴールが復活したのか?」
ダンジョンを慎重に進みながらも訝しんでいるのは、ハーフプレートの鎧を着込み、ロングソードを手にしているいかにも剣士といった風貌の男。
首からはゴールドのプレートがぶら下がっている。
「いや、正直まだ半信半疑だが、魔族がいるのは間違いない」
「でも、あんたらはそいつの姿を見てないんでしょ?」
2人の会話に割って入ってきたのはショートヘアの女性。軽装で短弓を片手に持っている。
胸元のプレートはシルバーだ。
「目の前で魔物達の死体が起き上がり襲って来たのよ……。何度倒しても起き上がってくる……。あれは人間の魔力で出来る範囲を超えているわ」
「ネストの言っていることは本当だ。フィリップもシャーリーも油断しないでくれ」
「まあ、大丈夫だろ? 今回はウチのギルド担当もついて来てる。補助2人、前衛2人、それにレンジャーと魔術師だ」
「それが油断だと言っているんだ!」
不意に声を荒げるバイス。ネストに静かにするようにと諫められ、フィリップは溜息をつくと一応の謝罪をしながらも、ついでに愚痴をこぼした。
「悪かったよ。まぁ空振りだけは勘弁願いたいね。なんせ前回は緊急の依頼だっつーから行ってみたら誤報だったからな」
「ホントよ。ベルモントでは珍しくデカい仕事が来たと思ったのに……」
6人の仲間達は警戒をしながらも、ダンジョンを奥へと進んでいく。
1度は封印の扉まで攻略しているのだ。多少の魔物はいたものの、大した数ではない。
そして3層の封印された扉の少し手前まで来ると、作戦の最終確認の為足を止める。
「シャーリー。ここから少し先に行くと封印の扉だが、何か感知できるか?」
「……いるね。魔族の反応が1つ……。けど小さい。こいつがグレゴールなら大したペテン師だよ。それ以外の反応は今のところないね」
「よし、ネスト。封印解除までの時間はどれくらいかかる?」
「そうね……。5分から10分といったところかしら」
「オーケー。じゃぁ手筈通りネストは封印解除を。それ以外はネストの護衛だ」
「バイス。アンデッド達は強いのか?」
「いや、強くはない。ただ数が多い。頭を潰しても関係なくよみがえる。足を狙って行動を制限するくらいしか対処法はない」
「了解だ。……で、扉を開けた後はどうするよ?」
「もちろん偽のグレゴールを叩くが、先がどうなっているかわからない。封印を解除することによってグレゴールがダンジョンの奥に逃げる可能性もある。その場合は索敵しながら探索を続けよう」
「ニーナ、シャロン。帰還水晶は持ってきているな?」
それに無言で頷いたのは2人のギルド職員。
ニーナはバイスの担当職員。前回も同行している為か、少々気を抜いているようにも見える。歳は10代半ばと若く、経験も浅い。
一方のシャロンはエルフ族の女性だ。その中でもハイエルフと呼ばれる魔法の扱いに長けた種族。白い肌にブロンドの髪。そして長い耳が特徴的である。
シャロンはシャーリーの担当で、ギルド職員としての経験は豊富。ダンジョンもそこそこ潜ったことのあるベテランだ。
「もしもの時は躊躇せずに使え。今回の目的は封印解除だ。解除出来ればそれでいい。グレゴールを殺れるに越したことは無いが、深追いはしない。いいな?」
「はい」
「よし。じゃぁいくぞ」
6人が一斉に雪崩れ込むと、目の前には封印された大きな扉。
そこまで一気に走り抜け、扉の前に陣を取る。
「魔物はいない! クリアだ! ネスト、頼む」
「了解!」
ネストは持っていた杖をニーナに手渡し、両手で扉に触れた。
「【解析】!」
魔力で封印されている扉。その解除方法は魔力パターンを解析する事から始まる。
幾重にも折り重なる魔力の流れを紐解き、封印された魔力と逆の魔力を流し込むことにより、それは解除されるのだ。
ネストを取り囲むように陣形を組むと、バイスはスキルによる補助効果を入れる。
「”鉄壁”!」
橙色の薄い光の膜に包まれる仲間達。鉄壁はパーティ全員の防御力を向上させる盾適性のスキル。
「シャーリー。索敵に反応は?」
「言われなくてもやってるわよ。今のところ変化はない。魔族の反応が1匹だけ」
辺りは嘘のように静まり返っていた。アンデッドが襲ってくるどころか、未だなんの反応もない。
作戦と違う状況に、戸惑いを隠せずお互いの顔を見合わせてしまうも、出てこなければそれで良し。このまま封印を解除して、扉を開けるだけである。
しかし、それも束の間。ダンジョン内に響いたのはグレゴールの声。
「やれやれ。またお前等か人間」
「グレゴール!」
「こいつがそうか?」
「恐らく……。姿を現せ!」
「そうだなぁ。お前の魂をくれるなら考えてやらんこともないぞ?」
「やるわけがないだろ! お前こそ観念して姿を見せたらどうだ!?」
バイスがグレゴールとの会話を引き延ばし、時間を稼ぐ。
ネストから送られてくるアイコンタクトは、解除までに残り2分と告げていた。
「私はまだ何もしてないじゃないか。それでも私を討とうと言うのか?」
「魔族と言うだけで十分だ!」
「そうか……。ならばこちらも黙ってやられる訳にもいくまい……」
グレゴールの話が終わると同時に、叫んだのはシャーリー。
「索敵に魔物の反応! 数は……20!」
「どっちだ!?」
「こっちじゃない! 扉の裏側!」
「最後の警告だ。この扉を開けたらお前達は死ぬ。それでもよければ開けるがいい」
「シャーリー。魔物の強さは!?」
「数は多いけど、個々は弱い。勝てる。私達なら問題ない!」
「よし! 扉が開いたらこちら側におびき寄せて各個撃破する!」
緊張の為か発汗が酷い。恐らくは皆がそうであった。
シャーリーはレンジャーとして優秀だ。索敵スキルのトラッキングは魔物にのみ反応するスキルだが、その精度は高く、おかげで幾度となく危機を乗り越えてきた実績がある。
そのシャーリーが勝てると判断したのなら間違いない。
しかし、魔族を相手にしたことは皆無。ましてや相手は、破壊神と呼ばれ恐れられたグレゴールだと言う。
皆の頭の中では、偽物だと確信しているのだ。……してはいるのだが、もし本物だったら……という不安が拭えないのも確かであった。
「解析が完了した! 【解呪】!」
ネストの魔法に呼応して激しく輝いた扉は、ゆっくりとその光を失っていった。
それは封印の解除を意味する。
ネストはそれを見ることなく一気に後ろへ下がると、ニーナに預けていた杖を受け取り、身構えた。
「来るぞ!」
準備は万端。戦闘態勢に入ると、開かれるであろう扉から魔物の群れが突入して来るのを待った。
……永遠とも思える時間であったが、実際に経った時間は3分ほど。
今や封印されていた扉は、ただの重い鉄の扉だ。しかし、未だに反応がない。
導火線はすでに燃え尽きているのに、一向に咲く気配を見せない花火のような感覚。
(このまま手をこまねいていても仕方がない。誰かが様子を見に行かなければ……)
「バイス。俺が開ける。いいか?」
「頼む」
フィリップが扉に両手をつけ、渾身の力を込めてそれを押した。
「んぎぎ……」
しかし、扉はビクともしない。形状から押す以外の選択肢はないはずである。
「はぁはぁ……ダメだ……。重すぎる……。誰か手伝ってくれ」
確かに扉は金属製で重そうだが、成人男性ならそこそこの力で開けられるようにも見える。
「シャーリー。扉が開いたらスパイラルショットを放て」
「わかった」
スパイラルショットは弓適性のスキル。矢に回転を加え、貫通力に特化させた攻撃スキルだ。
開いた扉の隙間に打ち込めば、目の前にいるであろう魔物達を一気に葬れるはず。
バイスは弓を引き絞るシャーリーを確認すると、フィリップと共に息を合わせた。
「いくぞ。せーのっ!」
「「ぐぬぬぬ……」」
何度やっても結果は同じ。扉はビクともしない。
「どうした? 開けないのか?」
グレゴールのバカにもしたような声が、無慈悲にもフロア内に木霊する。
別の鍵が必要なのかと思案するも、そんな痕跡は見つからず、かといって錆び付いて動きが鈍くなっているわけでもなかった。
封印解除に失敗したのかとも思ったが、封印されていた時の魔力反応はすでに消えている。
今度はネストとシャーリーを残し、4人で押してみるも結果は変わらずだ。
地面に膝をつき、額に汗を滲ませながら激しく肩を上下させる冒険者達。
それは扉を開けても、戦う余力が残らないほどに力を込めた結果であった。
「フン、その程度か。第2の封印も解けぬとは……。また出直してくるんだな」
「第2の封印!? ネスト! どういう事だ?」
封印は解かれた。それ以外に鍵はないのも調べた。
常識的に考えて、開かない方がおかしいのだ。
「ありえないわ……。封印は1つのはずよ……。もう魔力反応もない……」
「じゃぁ、何故開かない!?」
それはネストには答えられないのだろう。
その表情はあり得ないと言わんばかりに狼狽していたのだから。
――――――――――
腑に落ちない様子で撤退して行く冒険者達を見て、九条はホッと胸を撫で下ろしていた。
何故封印の解かれた扉が開かなかったのか。答えは簡単である。
内側から20体ものスケルトンを使って、押さえていただけなのだ。
扉の前にずらりと並ぶスケルトン。それは魔法で強化され、鉄のような強度を誇るつっかえ棒。
セコイと言われるかもしれないが、殺生せずに追い払うにはどうすればいいのかと九条が頭を悩ませた結果がコレである。
「要は、扉を開けなければいいだけだ」
第2の封印なんてものは存在しないのだ。……しかし、開かない扉を前にすれば、それを信じてしまってもおかしくはない。
「マスターの戦い方って……なんというか、地味……ですよね……」
呆れたように言う108番に、九条は反論出来なかった……。
11
お気に入りに追加
377
あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)
いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。
---------
掲載は不定期になります。
追記
「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。
お知らせ
カクヨム様でも掲載中です。

転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる