生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第14話 ダンジョン

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 その夜、ギルド1階の食堂を貸し切って村の会合が行われた。
 冒険者ギルド代表のソフィア、”村付き”冒険者代表のカイル、村長と自警団代表と自治会員が5人。それと情報元であるミアとカガリだ。
 最初は皆カガリに縮み上がっていたが、話し合いがヒートアップするにつれ、ある程度はマシになっていた。

 意見は3つに割れた。
 情報が信用できない、否定派。
 避難した方がいい、穏健派。
 徹底抗戦、過激派。

 議論は5時間にも及んだ。……にもかかわらず、意見は終始平行線を辿った。

「そもそも襲撃があると言う情報自体疑わしい。情報の出どころの新人冒険者はこの場にいないし、信用できん」

「だが、ブルータスという”村付き”冒険者も姿を消したらしいじゃないか。全てが嘘というわけではないのでは?」

「情報の真偽はどうあれ、万が一の為避難するしかないだろう」

「避難? どうやって? 老人や子供には遠すぎる。大人でも最寄りの街まで丸一日かかるんだぞ」

「徹底抗戦だ! 徹底抗戦しかない! 冒険者にも手伝ってもらえれば何とかなるはずだ!」

 こんなことは村の創立以来初めてのことで、話がまとまるはずもない。避難するのが最善かと思われたが、馬車の数が圧倒的に足りないのだ。
 ギルド経由でベルモントの街に馬車の手配をしたところで、全員分は無理だろう。だからと言って徹底抗戦は現実的ではなく、全滅の危険性の方が高い。
 数だけならこちらの方が圧倒的だが、全員が戦闘の素人。門を閉めれば少しの時間稼ぎにはなるだろうが、相手だってバカじゃない。
 明日はギルドの業務をすべてキャンセルし、緊急の依頼として『盗賊からの村の防衛』を打診する予定だが、少なくともシルバープレートの冒険者が数人は必要な案件。
 報酬は高めに設定するが、好き好んで受けてくれる冒険者がタイミングよく現れるとも思えない。

 長時間の話し合いの末、最終的な結論は徹底抗戦に決まった。といっても、基本は籠城戦だ。
 逃げられなければ籠るしかない。襲撃のある夜まで、徹底的に門や柵の補強にあたり、戦えない老人や女性、子供はギルドに集めて防衛に全力を尽くす。
 盗賊達は、おそらく東門から攻めてくる。西側はベルモントの街があるので、立地的に西側にアジトがある確率は低い。
 ベルモントから来る冒険者に挟まれる可能性も考慮すると、戦力のほとんどを東側に集める作戦で会合は一旦の終息を見せた。
 それでも否定派は楽観的に考えているようで、そんな大人達にミアは苛立ちを隠せずにいたのだ。

 会議の後、カガリはミアと一緒にギルドの温泉へと入っていた。
 血で汚れたカガリの前足を丁寧に洗っているミア。結局前足だけではなく、既に全身泡だらけではあるが、一生懸命に手を動かすミアの表情は曇っていて、カガリは抵抗する気になれなかった。

「どーしてみんな信用してくれないんだろ……」

 ぼそりと呟くミア。カガリは人間の言葉を理解するが、ミアに獣の言葉は伝わらない。
 ミアが呟いたのは先程の会合のこと。それはカガリには理解出来ない稚拙な集まりであった。

(意見を曲げない大人が大勢で話し合い、何になるのか……)

 それをまとめる為のリーダーである長老は覇気がなく、詰め寄られると意見を変えてしまうほどの優柔不断っぷり。
 獣の世界では長の言うことは絶対だ。たとえそれが間違った選択であったとしても文句は言わない。意見したければ自分が長になればいいだけなのだ。

「こんなこと言ったら怒られちゃうかもだけど、村なんてどうでもいいんだ……。でも、村を助けないとおにーちゃんも助けられないから……」

 それにはカガリも同意見。村のことなぞ知ったことではなく、主とミアを守ることこそがカガリにとっての最優先事項。
 だが、ミアとカガリの力を合わせても、あの土砂を撤去するには力不足。他の人間達の助けが必要なのだ。

「よし。あとは流すだけ!」

 綺麗になったカガリに満足そうな表情を向けるミア。風呂桶で泡だらけの体を洗い流し、タオルでわしゃわしゃと拭きあげる。
 これくらいの湿り気であれば外を走ればすぐに乾くのだが、カガリが大人しくしていたのは、そのタオルに見覚えがあったからだ。
 それは2人に助けられた後、部屋で目を覚ました時に包まっていた物。そこには僅かながらに自分の匂いが残っていた。

 ――――――――――

 一方その頃、九条はダンジョンを彷徨っていた。

「さて……。どうしたもんかな……」

 最短でも助けが来るのは3日後だ。それまで生き延び、脱出方法を模索する。まずは水と食料の確保が先決だろう。
 水はどこかで滴る音が聞こえていた。それが飲用できる綺麗な水だとすれば、残るは食料の問題だ。
 そこでふと思い出した。腰の小さな布袋の中にリンゴが入っていることを。カガリが白狐の所まで俺達を案内した時に置いていったものだ。
 これを少しずつ齧れば、なんとかなるかもしれない。

「ありがとうカガリ……」

 俺は袋から出した真っ赤なリンゴをまじまじと見つめた。最悪これ1つで3日過ごさねばならない。
 今までの人生で、こんなにもリンゴが美味そうに見えたことはなかった。
 一口くらい食べてもいいんじゃないかと生唾を飲むも、それをぐっと堪えて袋の中にそっと戻し、いるかどうかもわからない魔物の影に怯えながら、慎重にダンジョンを潜って行った。

「この奥か……」

 水の音は目の前にある大きな木製の扉の内側から聞こえていた。
 かんぬきがされていて、内側から開かないようになっているということは、ダンジョン内に何かを閉じ込めている可能性は否めない。
 その扉に片方の耳を密着させ静かに聞き耳を立てるも、物音1つ聞こえない。
 鍵となっている角材を慎重に外すと、扉を前に深呼吸。細心の注意を払い、ゆっくりと扉を開け放つ。
 僅か数センチの隙間から中を覗くと、盗賊達がいたホールと同じような場所が広がっていた。

「失礼しまーす。誰かいませんかー?」

 恐らく居ないだろうが、緊張感をほぐそうと小さな声で呼びかける。
 もちろんそれに返事はない。部屋には6本の大きな柱が立っているだけ。
 それ以外には何もない空間だと思ったのだが、足を進めていくと柱の影に何かの違和感を感じた。

「ヒッ……」

 いい歳したおっさんが声をあげてしまったその正体は、人魂である。半透明の青白い炎のような光が、ゆらゆらと空中を漂っていたのだ。
 実家の寺の隣は墓地。そんな環境で育っている俺にとっては日常茶飯事。人魂なんて、幼い頃に幾度となく目にしていた。
 親からそれは人魂なのだと教わったが、家族の中でそれが見えるのは俺だけだった。
 不思議とそれに恐怖を感じる事はなく、歳と共に自然と見ることはなくなった。
 久しぶりに目にした人魂に驚きはしたものの、悲鳴を上げて逃げるほどの事でもない。その下には白骨化した動物か魔物の骨が散乱していた。
 結構な大きさだ。黒い象牙のような骨が突き出ているが、象にしては小さい。
 何にせよ近づかないのが賢明だ。触らぬ神に祟りなしである。

 部屋の出口は3つ。自分の入って来た扉と、左右に通路が1つずつ。
 右か左か……。水の音は左から聞こえてくるのだが、その方向に行くにはあの人魂を横切らなければならない。
 それを回避する為に右側の通路を進んでいくと、目の前には下り階段。そこを慎重に降りていった。

 迷子にならぬよう落ちていた骨で壁に印を付けながら進んでいるが、かなりの時間が経過しているはずだ。
 見つかるものは何もなく、あるのは白骨化した死体と下り階段ばかり。
 宝箱のような物もあったが、すでにそれは開いていて、中身は空。
 上層の方は獣の骨の方が比較的多かったように感じるが、今ではそのほとんどが人骨。それもかなりの年季が入っていて、少し力を加えただけで朽ちてしまうほどボロボロだ。
 現在は地下8階前後。そして、目の前にはまた下り階段。

「この先を探索して何もなければ、1度人魂の部屋まで戻るか……」

 そんなことをつぶやきながら地下9階へと足を踏み入れた途端、明らかに今までとは違う雰囲気に、俺は身を震わせた。
 ピリピリとした緊張感。わかりやすく言うと、葬式で坊主のお経を黙って聞いてないといけない場の空気感だ。
 まっすぐ伸びた通路の左右に扉が数カ所設置されている。今までの傾向から、その奥には小部屋があるはず。
 それよりも目を見張ったのは、1番奥にある大きな扉だ。
 今までの木製の物とは違い、金属製で豪華な装飾がされている立派な扉。
 そこを調べるのは最後。とりあえずは今まで通り、左右の小部屋から探索を始めた。
 張り詰めた空気の中、最初の扉の前に立ち、いつも通り扉に耳をあてて中の様子を伺うも、物音はしない。
 扉を開けようと力を込めるも、何かがつっかえてるようで開かなかった。それならばと引いてみたところ、扉は内側から押されたように一気に開け放たれ、中から何かが溢れ出したのだ。
 ガラガラと豪快な音を立てて雪崩を起こした何かに動揺するも、それは俺の足元を埋め尽くすと、ようやくその勢いを止めた。
 それは全て骨の残骸。綺麗な形の物もあれば、砕けて粉々な物もある。
 正直もう見飽きていて何とも思わないのだが、6畳ほどの小さな部屋に雪崩が起きるほど詰め込まれているその量は、どう見ても異常。
 部屋を片付ける為、無理やり押し入れに押し込んだような状態だ。
 さすがにこの量をかき分けて部屋に入って行く気にはなれず、早々に諦め骨に埋まった片足を上げようとしたその瞬間、それは突如現れた。

「あ~ぁ。また派手にやっちゃって……。久しぶりに人間が来たと思ったらコレだよ……」

 俺の横をすぅっと通り抜け現れたのは、半透明の女性。端的に言うと幽霊だ。足はあるが、空中をふわふわと浮いている。
 幽霊といえば和服か着物と相場は決まっているのだが、ここが異世界だからかエナメルで出来たテカテカのボンテージのような服装はイメージ的にはサキュバスに近い。
 現実にこんな服装の女性がいたら露出狂かと疑うレベルであるが、半透明であるが故に性的には見えなかった。
 そして1番特徴的だったのは、耳の上のあたりから生えている2本の角と、お尻の付け根から出ている先細った長い尻尾だ。
 雰囲気で何かが居るとは思っていたが、油断したところに不意を突かれた所為もあり、俺はその場で固まってしまった。

「聞こえてないだろうけどさぁ、これ片付けるの大変なんだよ……。魔力もほとんど残ってないし……」

 視線すら動かさずに思案する。逃げられれば早いのだが、逃げる場所なぞどこにもない。

「まぁ、どうせ今回も餌になるんだし、汚さないように死んでおくれよ」

 ならば戦う……と言っても幽霊相手にどう戦えばいいのか……。

「つーか動かないんだけど、どしたの? 骨の山を見て気絶しちゃったの? おーい」

 俺を叩いたり蹴っ飛ばしたりしている幽霊の女であるが、痛みはない。それらが全て貫通しているからだ。
 不思議な感覚だった。幽体であるが故に物に干渉できないのではないかと推測する。
 しかしそれを見て閃いた、相手がこちらに干渉出来ないのであれば、このまま見なかったことにすれば良いのでは? ……と。
 葬儀屋で働いていた時の鉄則を思い出したのだ。霊が見えても目を合わせてはいけない。話しかけるのはもっての外だと。
 餌と言われたのが気がかりではあったが、聞かなかった事にして平静を装い行動する。

「わ、わぁー。骨がいっぱいだー。びっくりしたなぁ」

 ……我ながらの大根役者である。しかし、幽霊の女は気づいていない様子。

「おっ、やっと動いた。早く玉座に行きなよぉ」

 新しいヒント。玉座なるものがあるらしい。足元の骨を蹴散らし脱出すると、何事もなかったかのように歩き出す。
 振り返ることは出来ないが、気配で憑いてきていることはわかる。
 正直この時点で、すでに恐怖という感情はなかった。というのも、コイツの話し方が近所のギャルのようで、まるで緊張感がないのだ。

「出来れば開けないでほしいんだけどなぁ」

 わかってはいるが、聞こえていないよう振舞う為にワザと扉を開け放つ。
 結果は先程と一緒。大量の骨の山が崩れ、それが通路へと流れ出る結果に。

「やっぱり開けるよねー。ここはどこの部屋も骨しか詰まってないんだけどなぁ」

「うわ、ここも骨か」

「だからそう言ってんじゃーん」

 ワザとらしく言う俺に、まるで会話をしているかのように合わせて来る。
 これはうまく使えば情報を引き出せるのでは? と、次の部屋も豪快に扉を開ける。

「ここも骨か……。なんでここは骨ばかりなんだ? これを片付ける人も大変だなぁ」

「お? コイツ人間のクセにわかってんじゃん。でもまぁ、あんたが死んだらその魔力で片づけるから、気にしないでいいよ」

 そしてついに、豪華な装飾がなされている扉の前に立った。
 金持ちの家で見かける、ライオンの顔を模ったドアノッカーが付いている。
 とは言え、扉が豪華だろうとやることは一緒。耳を扉にくっつけて様子を伺う。正し最も慎重にだ。
 この先には魔物がいるのかもしれない。死にたくはないし、相手の出方によっては開けずに引き返すつもりでいた。
 3分ほど耳をつけっぱなしにして様子を伺っていると、さすがにしびれを切らしたのか幽霊の女はご立腹だ。

「もぉ、早く開けなよー。誰もいないからなにも聞こえるわけないってぇー」

 危険がなければとその扉に力を込める。
 金属の重い扉が軋みながらも開け放たれ、眼前に広がる景色は地下ダンジョンとは思えないほど綺麗で豪華な空間。恐らく今までで1番の面積だ。
 複数の柱が大きなホールを支えているが、天井には光が届いておらず、それは闇に飲まれているようにも見える。
 中央にはレッドカーペットが敷かれていて、1番奥には床よりも1段高いところに立派な玉座が鎮座していた。
 所々に赤い布と金の装飾が施されており、普通の椅子より数倍大きいそれは、まるで巨人用かと思うほど。
 素直なイメージとしては、お城の王室といった雰囲気。そう例えたのは、玉座の上に王冠が置いてあったからである。
 王冠と言うだけあって作りも豪華。金で出来た冠に、煌びやかな宝石があしらわれていて、売れば一生遊んで暮らせそうな価値がありそうだ。
 しかし、それに舞い上がるほどバカじゃない。俺はここで死ぬかもしれないのだ。何かしらの罠があって当然だろう。
 慎重に玉座の前まで進むと、王冠を無言で睨みつけた。

「ほらほらー。王冠綺麗でしょー? 被ってみたくなるよねー? 早く被って魔力ちょーだいよぉ」

 先程とは一転して上機嫌。幽霊は楽しそうに、俺の周りをクルクルと回る。
 これを被ると魔力を奪われ死に至る……ということのようだ。そしてその魔力で俺の死体を含め、部屋を片付けると言うことなのだろう。
 そうとわかれば、こんな物被るわけがない。
 目の前の王冠を手に取り、隅々までくまなく調べる。と言っても、専門家でもない俺が調べたところで、何も解らない。
 外見は特に怪しい点も見当たらない普通の冠といった感じ。

「バーカ。調べたってわかるわけないのに。そんなことより早く被ってよ。あそーれ、かっぶっれ! かっぶっれ!」

 口ぶりからコレが罠で確定だろう。幽霊がめちゃめちゃ煽ってきて正直ウザい。
 たしかに被ってみたいという人間心理を上手く突いているとは思う。
 このおしゃべり幽霊がいなければ、被っていたかもしれないと思うとゾッとする。
 色々と教えてくれたお礼にちょっと期待を持たせてやろうと、王冠をゆっくり天へと掲げた。

「おっ? やっとか。これでダンジョンとしての機能を維持出来る……」

 幽霊がホッとしたのも束の間。俺は被りかけた王冠を無造作に投げ捨てた。

「えいっ」

 盛大に響く金属音。ガラガラとしばらく床を転がっていた王冠はようやくその動きを止めると、広間はシンと静まり返る。

「ええぇぇぇぇ!? 嘘、なんで!? こいつ罠に気づいたの!? そんな……魔族でもないのに……。クソッ……こうなったら別の手段を……」

 慌てふためいた幽霊は捨て台詞を残し、玉座の裏の壁にすぅっと消えていった。
 バレる覚悟でやったのだが、相手は真面目に捉えたらしく、俺は笑いをこらえるのに必死だった。
 俺が話を聞いていることがバレた所で相手はこちらに干渉出来ないのだから、怖い物は何もない。
 笑いの波が引いたところで辺りをざっくり見渡すも、これ以上進む道もなさそうだ。
 あとは引き返すしかないのだが、こういうのは定番で玉座の下に階段が隠されていたり、壁に隠し通路があったりするもの。
 そう思って玉座の裏側の壁を触って見ると、案の定俺の右手は壁を貫通した。
 隠し通路なのだろうが、王道過ぎてちょっと引く……。
 そこから顔を覗かせると、その先にはさらに下へと続く階段。

「まだ下があるのか……」

 ぼそりとつぶやき、いい加減うんざりしながらも、俺はしぶしぶ階段を降りて行った。
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