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第9話 襲撃
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何かの気配で目が覚めた。ミアが起きないようゆっくりと体を起こす。
「グゥゥゥ……」
昨日助けたキツネだ。警戒しているのだろう。体を低くして唸りながらも、俺を睨みつけている。
ひとまず元気そうで何よりだが、どうするか……。ミアを起こすべきだろうか?
日はまだ上っていないが、夜中というほど暗くもない。あまり時間をかけていると、村人達が起きてしまう。
村が活動を始める前に逃がすのが最善であるが、この警戒ぶりだと抱き上げて村の外に連れて行くのは厳しそうだ。
そういえば、あの時助けを求めたのはこのキツネなのだろうか?
ならば、話が通じるのではと声を掛ける。
「俺の言葉がわかるか?」
「グルルル……」
ダメだ。警戒していて話どころじゃない。通じているかすら疑わしい。仕方がないので、自分で出て行ってもらおう。
ミアを起こさないようベッドから降り、テーブルの上に置いてあるリンゴを手に取ると、音をたてないよう静かに部屋の扉を開ける。
「村の外まで案内するからおいで」
言葉が理解できているかは怪しいが、声色で敵意のないことをわかってもらえるかもしれないという希望的観測である。
扉を開けたまま廊下に出て、丁度キツネから見えるだろう床にリンゴを置くと、それを遠くから観察する。
助けてから今まで何も口にしていない。空腹のはずだ。
しばらくすると部屋からひょっこりと顔を出し、床のリンゴを咥えた。
指で床をトントンと叩くと、こちらに気付いた様子。そのまま階段を降りつつ振り返ると、一定の距離を保ちちゃんとついて来ていた。
「よし。いいぞ」
そのまま何度も振り返り、1階の食堂まで降りたその時だ。
「よう、破壊神のおっさん。今日は早いな」
「レベッカ!?」
予想外の出来事にキツネが逃げてしまってはいないかとヒヤヒヤしたが、何事もなく俺の後ろで待っていた。
ここまで来てふりだしに戻るのは避けたい。
立てた人差し指を口元へと運び、静かにするよう促すと、そのままゆっくり食堂を通り出口を目指す。
なんだこのおっさん? という不思議な生物でも見るかのような表情を浮かべていたレベッカであったが、階段からキツネが顔を出したのを見て納得し、微笑ましい光景に無言で頷いていた。
「破壊神も朝から大変だねぇ……」
食堂を出れば後は簡単だ。この時間に起きている人は極少数。外に人影は見えない。
村の門を少しだけ開けると、キツネはその隙間に勢いよく走り込み、森へと目掛けて駆けだした。
「気を付けるんだぞ」
小さく手を振り声を掛けると、キツネはリンゴをポトリと落とし振り返る。
頭を下げたようにも見えるが、恐らくそれは気のせいだろう。
再びリンゴを咥えると、森の奥へと消えていった。
さて、帰ってもうひと眠りするか。ミア、起きたらなんて言うかなぁ……。泣かれたりしたらやだなぁ……。
そんなことを考えながら部屋へと戻り、ミアを起こさないようゆっくりベッドに潜り込むも、2つの視線が絡み合う。
「どこいってたの? おにーちゃん」
「あー……昨日助けたキツネが目を覚ましてな。みんなが起きてしまうと外に出せなくなるだろうから、こっそり逃がしてきた。すまない……」
「そっか。元気になったんだね。よかった」
「……怒らないのか?」
「うん。お別れは出来なかったけど、しょうがないもん……」
「そうか……」
俺はミアの頭を撫で、ベッドに潜ると2時間ほどの睡眠を取った。
「九条さん。今日は『街道の整備』をお願いします」
というわけで、ミアと一緒に作業することになったのだが、やることは至って単純だ。
セメントをブロックに塗り、それを地面に置いていくだけ。しかし、ミアにそれは少々厳しい重さである。
仕方がないので俺がブロックを持ち上げ、ミアはそれにセメントを塗りたくり、俺が地面に置く。という流れ作業をしている。
最初はミアも楽しそうに作業していたが、段々と飽きてきたのか、今は明らかにつまらなそうだ。
「おにーちゃん、これ楽しい?」
「全然楽しくない」
「私もぉ」
適材適所である。
弓が得意なカイルは主に狩りを。ブルータスは斧適性持ちなので、戦闘系の依頼や木材加工、伐採などを任されているらしい。
それ以外の仕事が、俺に回ってきているのだ。
「ふぅ、そろそろお昼か。午前の仕事はこれくらいにするか……」
「はーい」
作業を一時中断し、2人で荷車に腰掛けるとレベッカに作ってもらった昼食の入った包みを開ける。
中から出て来たのは、所謂サンドイッチ。生ハムにレタス、トマトにチーズに酸味の効いたマヨネーズ。それらをパンで挟んだ物である。
「「いただきます」」
「おいしいね」
「あぁ、なかなかうまいな」
空は青く、白い雲がゆっくりと流れる。
仕事は正直面白くはないが、魔物退治よりは全然マシだ。
ミアと2人、のんびりまったりと生活していければ、それで充分だと思っていた。
だが、そんな平和な時間も突然の終わりを告げる。
誰かに見られているような気配を感じ、食事の手を止めたのだ。
「おにーちゃん……」
「あぁ、何か来たな……」
ハンマーだった金属の棒を手に取ると、周囲を警戒しつつもゆっくりと立ち上がる。
暫くすると、森の中から顔を出したのはウルフの群れ。
真っ先に逃げることを考えるも、すでに周りは囲まれていた。
後方からも徐々に距離を詰められる。ざっと数えて8匹ほどだ。
「サンドイッチの匂いにつられたか?」
「そんなことないと思う……。明るい時間に森から出てくることなんてなかったもん……」
だとすれば、助けたキツネの件で恨みを買ったか、ガブリエルの言っていた世界の意志というものか……。
食べかけのサンドイッチを適当な方向へ投げ捨てるも、ウルフ達はそれに興味すら示さない。
狙いは、俺達で間違いはなさそうだ。
「逃げられないならやるしかないな。……ミア、怖いか?」
「……大丈夫。私だってギルドで訓練したもん」
どうすればミアを守りながら立ち回れるか……。
そこで、1つの案が浮かんだ。ミアを攻撃できない場所に置けばいいのである。
俺はおもむろにミアの足の間に頭を入れると、それを一気に持ち上げた。
「わぁ!」
肩車である。いきなりの事に驚くミアであったが、意図していることは伝わったようだ。
「たかーい」
「これならミアの心配をせず戦える。ミア、落ちないようにしっかりつかまってるんだぞ?」
これが世界の意志ならば、ミアが狙われる事はないはずだ。
狙いが俺なら、これでも十分守り切れるだろうと踏んだ。
「【防御術(物理)】」
「【範囲薄弱鈍化術】」
緑色の温かい光が俺の体を包み込み、さらには俺を中心に灰色のフィールドが出現する。
「これは?」
「近くの敵の行動速度を、少しだけ遅くする魔法だよ」
「なるほど、助かる」
1度深呼吸して、腹をくくる。
「よし! どっからでもかかってこい!」
俺の叫び声と同時に、2匹のウルフが飛び掛かる。
本気で振り抜くと、その分隙が大きくなる。故に最初の1撃は牽制だ。
次の攻撃に備えられるよう周囲にもしっかり気を配る。命が掛かっているのだ。否が応にも集中力は研ぎ澄まされていた。
そのおかげか、はたまた魔法によるものなのか、近寄ってくるウルフ達の動きが極端に鈍ったように見えたのだ。
大口を開け襲い来るウルフに咬まれないよう、いなす程度に棒で薙いだつもりであったが、それは予想を遥かに上回り、ウルフは森の中へと吹き飛んだ。
それに驚きを隠せず目を丸くしていると、その隙を突かれ、もう1匹のウルフが俺の左足首に咬みついたのだ。
激痛が走るだろうと身構えたが、何時まで経っても脳に痛みは伝わってこない。
防御魔法のお陰だろう。どれくらいのダメージを防いでくれるのかは不明だが、それが消滅するまで無傷で戦えるというのはありがたい。
「何すんだよ……っと」
金属の棒を左手に持ち替え足に咬みついているウルフに振り下ろすと、気持ちの悪い音と共に伝わってきたのは、骨の砕ける感触。
「【神聖矢】!」
ただ肩車をされているだけのミアではない。
頭上に浮かび上がったのは白く輝く2つの光球。
ミアは何時の間にか手にしていた小さな枝のような杖を振りかざすと、それは後方から迫り来る獣を貫き、悲鳴にも似た鳴き声が辺りに響いた。
「やるじゃないか」
「フンス!」
俺の上で得意気に胸を張るミア。
いつもは愛らしい少女も、今は凛々しくもあり頼もしくもある。
改めて魔法という未知の力に驚かされながらも、すでにウルフの半分は地に伏した。
――残りは4匹。
思っていたほど苦戦することもなく、俺達はその苦難を僅かな力で乗り越えることが出来たのである。
荷車に乗っていた全てのブロックを敷き詰め終わり、夕日に照らされた街道を慎重に進む。
「昼飯は半分しか食えなかったが、仕事も終わって街道も綺麗になったし、ウルフの討伐報酬も貰えて一石二鳥だな」
「一部、血だまりが出来てるけどね」
「うっ……」
全てのウルフを倒したはいいものの、運ぶには荷車に乗せなければならない。
だが、ウルフの死体からはどくどくと血が流れていて、そのまま乗せれば借り物の荷車を汚してしまう。
そこで、ウルフ達の血抜きをしたのだ。
それが皆同じ木に吊るしてやったもんだから、そこだけ血の池みたいになってしまっていた。
「まぁ、怒られたら謝ろう……」
「そういえばおにーちゃん。スキル使わなかったね」
「スキルってなんだ?」
「スキルはスキルだよ? 技って言えばいいのかな? プレートにその人が使えるスキルが登録されてて……。説明聞いてないの?」
「初耳だが……」
「えぇ……。プレート渡す時に教えないとダメなのにぃ」
ソフィアから聞いているはずだったらしい。
もしかしたら、スキルが使えればもっと楽にウルフ達を撃退出来たかもしれないとも思ったが、正直そこまで苦戦した訳でもなかったので、それほど気にしてはいなかった。
「じゃぁ、ここで教えてあげる。ちょっと端っこで止まって」
街道の端に荷車を寄せて止める。
「利き腕じゃない方でプレートを触って。そしたら目を瞑ってプレートに意識を集中して。そうすると頭の中に何か浮かんでこない?」
頭の中に浮かんできたのは2つのスキル。ロングレンジショットとマルチレンジショットだ。
「それが、今おにーちゃんが使えるスキルだよ。頭の中でスキルの名前を思い浮かべれば、どう動けばいいかわかるはずだけど……。……あ、試すならこっち向いてやらないでね」
言われた通り、頭の中で思い浮かべてみても、正直何もわからない。
名前からの推測であれば、長距離射撃のようなものであることはわかるのだが……。
「物は試しだ」
ミアと荷車、それと折角直した街道の床が壊れないように、森に向かって棒を構え、集中する。
「いくぞ」
ミアは両手で耳を塞いだ。戦闘講習を思い起こしたのだろう。
「…………」
九条の頬に、一筋の汗が流れる。
「おにーちゃん?」
「わからないんだが?」
およそ1分ほどだろうか。何度か頭の中で繰り返しても、スキルというものが出る気配はない。
「まじめにやって?」
真面目にやってるんですけど……。
「もう片方のやつでやってみる。いくぞ?」
……結果は先程と同じだった。
「おにーちゃん。怒るよ?」
「いや、待ってくれ。ホントに真面目にやってるんだがわからないんだ……。スキルを出す時にプレートを触ってないとダメとか、声に出さないとダメとかなんじゃないか?」
「そんなことないよ。プレートは登録の為だけで、なくてもスキルも魔法も使えるもん」
「でも、ソフィアさんもミアも魔法使う時はプレート触ってるよな?」
「それは履歴を残す為なの。冒険者さんと依頼を遂行した時に、どんな魔法を使ったのかとか、冒険者以外の人に魔法をかけた時にお金を貰ったりするから、その証拠を残しておく為に触るの」
なるほど、そんなシステムなのか。
ギルド職員の魔法やスキルの使用は、常に報告しているということのようだ。
「そんなことより、おにーちゃんだよ。スキルなんだったの?」
「ロングレンジショットと、マルチレンジショットだ」
「……あれ? おにーちゃんって遠隔系適性って持ってないよね?」
「遠隔系ってのがよくわからないが、言われたのは死霊術と鈍器だけだが……」
ミアは顎に手を当てると、不思議そうに首を傾げた。
ミアには少々似合わない真剣な面持ち。
「死霊術の方で使うスキルなのかな……。うーん。わかんないや……」
「ひょっとしたら、骨を投げるスキルなんじゃないか?」
「えー……。そんなのあるかなぁ……」
ミアの反応はあまり良くない。
死霊術と呼ばれるくらいなのだから、きっと魔法の一種なのだろう。
だが骨を投げるとなると、どう考えても物理方面な気がしないでもない。
「ウルフの死体いっぱいあるし、この骨でやってみる?」
さすがミアだ。ナイスアイデア――と思ったが、荷車に重なり合っているウルフの亡骸を見て、考えが変わった。
「いや、やめよう。査定に響く……」
今はスキルよりお金の方が大事なのである。
「じゃぁ裏口にいるから、報告してきてくれ」
「はーい」
ミアは元気よく返事をすると、報告の為ギルドへと戻って行く。
俺は昨日のように、ギルドの裏口に回って査定待ち――なのだが、昨日ほどは待たなかった。
ソフィアがすっ飛んで来たからである。
「ホントだ……。あっ、ケガとかないですか? 大丈夫ですか?」
「ええ。俺もミアもケガはないです」
「おにーちゃん強かったよ?」
「そーですか……。ひとまず無事でなによりです……」
安堵の表情を浮かべるソフィア。
「で、何匹相手にしたんですか? こんなに狩ってきたなら相当数に囲まれたと思うんですけど……」
「これで全部ですが?」
「え?」
「8匹に囲まれて、8匹倒したんですけど……」
「それはおかしくないですか? 普通は何匹か倒せば敵わないと思い、逃げて行くと思いますが……」
「そうなんですか? ウルフの習性は知りませんが、ホントに全部襲ってきたんですよ。最後の1匹まで……。なぁ、ミア?」
「うん」
「そうですか……。まぁ、でも2人とも無事で良かったです。このことはあとで少し調べてみますね」
昼間の街道でウルフが人を襲ったという話は、今回が初めての事らしい。
ギルド本部には一応報告を入れるとの事だが、正直そんなことはどうでもよかった。
早くウルフの査定をしてくれ!
結局、ウルフの査定は金貨20枚。もうちょいいくかと思ったが、仕方ない。
毛皮の状態を気にするほどの余裕はなかった。
ともかく、これでミアから借りていたお金を全額返済出来る。
もう少し時間が掛かるかと思っていたが、あっさりと返済出来たので、案外異世界での生活も慣れれば快適かもしれないと思い始めていた。
そして明日は、初めての休日。
というのも、ミアが休みの日には村の外に出る依頼を受けることが出来ない為、冒険者と担当の休みは、基本同じなのだ。
もちろん俺が望めば、担当の必要ない依頼は受けることが出来る。
ミアに返済したお金を除くと、残りは金貨2枚。明日はこれで買い物へと繰り出すのだ。
必要なのは服と靴。優先度から言えばまずは靴である。
それと時間があればギルドで地図を見せてもらい、ミアがよければ昨日出来なかった炭鉱の下見にでも行こうと思う。
「グゥゥゥ……」
昨日助けたキツネだ。警戒しているのだろう。体を低くして唸りながらも、俺を睨みつけている。
ひとまず元気そうで何よりだが、どうするか……。ミアを起こすべきだろうか?
日はまだ上っていないが、夜中というほど暗くもない。あまり時間をかけていると、村人達が起きてしまう。
村が活動を始める前に逃がすのが最善であるが、この警戒ぶりだと抱き上げて村の外に連れて行くのは厳しそうだ。
そういえば、あの時助けを求めたのはこのキツネなのだろうか?
ならば、話が通じるのではと声を掛ける。
「俺の言葉がわかるか?」
「グルルル……」
ダメだ。警戒していて話どころじゃない。通じているかすら疑わしい。仕方がないので、自分で出て行ってもらおう。
ミアを起こさないようベッドから降り、テーブルの上に置いてあるリンゴを手に取ると、音をたてないよう静かに部屋の扉を開ける。
「村の外まで案内するからおいで」
言葉が理解できているかは怪しいが、声色で敵意のないことをわかってもらえるかもしれないという希望的観測である。
扉を開けたまま廊下に出て、丁度キツネから見えるだろう床にリンゴを置くと、それを遠くから観察する。
助けてから今まで何も口にしていない。空腹のはずだ。
しばらくすると部屋からひょっこりと顔を出し、床のリンゴを咥えた。
指で床をトントンと叩くと、こちらに気付いた様子。そのまま階段を降りつつ振り返ると、一定の距離を保ちちゃんとついて来ていた。
「よし。いいぞ」
そのまま何度も振り返り、1階の食堂まで降りたその時だ。
「よう、破壊神のおっさん。今日は早いな」
「レベッカ!?」
予想外の出来事にキツネが逃げてしまってはいないかとヒヤヒヤしたが、何事もなく俺の後ろで待っていた。
ここまで来てふりだしに戻るのは避けたい。
立てた人差し指を口元へと運び、静かにするよう促すと、そのままゆっくり食堂を通り出口を目指す。
なんだこのおっさん? という不思議な生物でも見るかのような表情を浮かべていたレベッカであったが、階段からキツネが顔を出したのを見て納得し、微笑ましい光景に無言で頷いていた。
「破壊神も朝から大変だねぇ……」
食堂を出れば後は簡単だ。この時間に起きている人は極少数。外に人影は見えない。
村の門を少しだけ開けると、キツネはその隙間に勢いよく走り込み、森へと目掛けて駆けだした。
「気を付けるんだぞ」
小さく手を振り声を掛けると、キツネはリンゴをポトリと落とし振り返る。
頭を下げたようにも見えるが、恐らくそれは気のせいだろう。
再びリンゴを咥えると、森の奥へと消えていった。
さて、帰ってもうひと眠りするか。ミア、起きたらなんて言うかなぁ……。泣かれたりしたらやだなぁ……。
そんなことを考えながら部屋へと戻り、ミアを起こさないようゆっくりベッドに潜り込むも、2つの視線が絡み合う。
「どこいってたの? おにーちゃん」
「あー……昨日助けたキツネが目を覚ましてな。みんなが起きてしまうと外に出せなくなるだろうから、こっそり逃がしてきた。すまない……」
「そっか。元気になったんだね。よかった」
「……怒らないのか?」
「うん。お別れは出来なかったけど、しょうがないもん……」
「そうか……」
俺はミアの頭を撫で、ベッドに潜ると2時間ほどの睡眠を取った。
「九条さん。今日は『街道の整備』をお願いします」
というわけで、ミアと一緒に作業することになったのだが、やることは至って単純だ。
セメントをブロックに塗り、それを地面に置いていくだけ。しかし、ミアにそれは少々厳しい重さである。
仕方がないので俺がブロックを持ち上げ、ミアはそれにセメントを塗りたくり、俺が地面に置く。という流れ作業をしている。
最初はミアも楽しそうに作業していたが、段々と飽きてきたのか、今は明らかにつまらなそうだ。
「おにーちゃん、これ楽しい?」
「全然楽しくない」
「私もぉ」
適材適所である。
弓が得意なカイルは主に狩りを。ブルータスは斧適性持ちなので、戦闘系の依頼や木材加工、伐採などを任されているらしい。
それ以外の仕事が、俺に回ってきているのだ。
「ふぅ、そろそろお昼か。午前の仕事はこれくらいにするか……」
「はーい」
作業を一時中断し、2人で荷車に腰掛けるとレベッカに作ってもらった昼食の入った包みを開ける。
中から出て来たのは、所謂サンドイッチ。生ハムにレタス、トマトにチーズに酸味の効いたマヨネーズ。それらをパンで挟んだ物である。
「「いただきます」」
「おいしいね」
「あぁ、なかなかうまいな」
空は青く、白い雲がゆっくりと流れる。
仕事は正直面白くはないが、魔物退治よりは全然マシだ。
ミアと2人、のんびりまったりと生活していければ、それで充分だと思っていた。
だが、そんな平和な時間も突然の終わりを告げる。
誰かに見られているような気配を感じ、食事の手を止めたのだ。
「おにーちゃん……」
「あぁ、何か来たな……」
ハンマーだった金属の棒を手に取ると、周囲を警戒しつつもゆっくりと立ち上がる。
暫くすると、森の中から顔を出したのはウルフの群れ。
真っ先に逃げることを考えるも、すでに周りは囲まれていた。
後方からも徐々に距離を詰められる。ざっと数えて8匹ほどだ。
「サンドイッチの匂いにつられたか?」
「そんなことないと思う……。明るい時間に森から出てくることなんてなかったもん……」
だとすれば、助けたキツネの件で恨みを買ったか、ガブリエルの言っていた世界の意志というものか……。
食べかけのサンドイッチを適当な方向へ投げ捨てるも、ウルフ達はそれに興味すら示さない。
狙いは、俺達で間違いはなさそうだ。
「逃げられないならやるしかないな。……ミア、怖いか?」
「……大丈夫。私だってギルドで訓練したもん」
どうすればミアを守りながら立ち回れるか……。
そこで、1つの案が浮かんだ。ミアを攻撃できない場所に置けばいいのである。
俺はおもむろにミアの足の間に頭を入れると、それを一気に持ち上げた。
「わぁ!」
肩車である。いきなりの事に驚くミアであったが、意図していることは伝わったようだ。
「たかーい」
「これならミアの心配をせず戦える。ミア、落ちないようにしっかりつかまってるんだぞ?」
これが世界の意志ならば、ミアが狙われる事はないはずだ。
狙いが俺なら、これでも十分守り切れるだろうと踏んだ。
「【防御術(物理)】」
「【範囲薄弱鈍化術】」
緑色の温かい光が俺の体を包み込み、さらには俺を中心に灰色のフィールドが出現する。
「これは?」
「近くの敵の行動速度を、少しだけ遅くする魔法だよ」
「なるほど、助かる」
1度深呼吸して、腹をくくる。
「よし! どっからでもかかってこい!」
俺の叫び声と同時に、2匹のウルフが飛び掛かる。
本気で振り抜くと、その分隙が大きくなる。故に最初の1撃は牽制だ。
次の攻撃に備えられるよう周囲にもしっかり気を配る。命が掛かっているのだ。否が応にも集中力は研ぎ澄まされていた。
そのおかげか、はたまた魔法によるものなのか、近寄ってくるウルフ達の動きが極端に鈍ったように見えたのだ。
大口を開け襲い来るウルフに咬まれないよう、いなす程度に棒で薙いだつもりであったが、それは予想を遥かに上回り、ウルフは森の中へと吹き飛んだ。
それに驚きを隠せず目を丸くしていると、その隙を突かれ、もう1匹のウルフが俺の左足首に咬みついたのだ。
激痛が走るだろうと身構えたが、何時まで経っても脳に痛みは伝わってこない。
防御魔法のお陰だろう。どれくらいのダメージを防いでくれるのかは不明だが、それが消滅するまで無傷で戦えるというのはありがたい。
「何すんだよ……っと」
金属の棒を左手に持ち替え足に咬みついているウルフに振り下ろすと、気持ちの悪い音と共に伝わってきたのは、骨の砕ける感触。
「【神聖矢】!」
ただ肩車をされているだけのミアではない。
頭上に浮かび上がったのは白く輝く2つの光球。
ミアは何時の間にか手にしていた小さな枝のような杖を振りかざすと、それは後方から迫り来る獣を貫き、悲鳴にも似た鳴き声が辺りに響いた。
「やるじゃないか」
「フンス!」
俺の上で得意気に胸を張るミア。
いつもは愛らしい少女も、今は凛々しくもあり頼もしくもある。
改めて魔法という未知の力に驚かされながらも、すでにウルフの半分は地に伏した。
――残りは4匹。
思っていたほど苦戦することもなく、俺達はその苦難を僅かな力で乗り越えることが出来たのである。
荷車に乗っていた全てのブロックを敷き詰め終わり、夕日に照らされた街道を慎重に進む。
「昼飯は半分しか食えなかったが、仕事も終わって街道も綺麗になったし、ウルフの討伐報酬も貰えて一石二鳥だな」
「一部、血だまりが出来てるけどね」
「うっ……」
全てのウルフを倒したはいいものの、運ぶには荷車に乗せなければならない。
だが、ウルフの死体からはどくどくと血が流れていて、そのまま乗せれば借り物の荷車を汚してしまう。
そこで、ウルフ達の血抜きをしたのだ。
それが皆同じ木に吊るしてやったもんだから、そこだけ血の池みたいになってしまっていた。
「まぁ、怒られたら謝ろう……」
「そういえばおにーちゃん。スキル使わなかったね」
「スキルってなんだ?」
「スキルはスキルだよ? 技って言えばいいのかな? プレートにその人が使えるスキルが登録されてて……。説明聞いてないの?」
「初耳だが……」
「えぇ……。プレート渡す時に教えないとダメなのにぃ」
ソフィアから聞いているはずだったらしい。
もしかしたら、スキルが使えればもっと楽にウルフ達を撃退出来たかもしれないとも思ったが、正直そこまで苦戦した訳でもなかったので、それほど気にしてはいなかった。
「じゃぁ、ここで教えてあげる。ちょっと端っこで止まって」
街道の端に荷車を寄せて止める。
「利き腕じゃない方でプレートを触って。そしたら目を瞑ってプレートに意識を集中して。そうすると頭の中に何か浮かんでこない?」
頭の中に浮かんできたのは2つのスキル。ロングレンジショットとマルチレンジショットだ。
「それが、今おにーちゃんが使えるスキルだよ。頭の中でスキルの名前を思い浮かべれば、どう動けばいいかわかるはずだけど……。……あ、試すならこっち向いてやらないでね」
言われた通り、頭の中で思い浮かべてみても、正直何もわからない。
名前からの推測であれば、長距離射撃のようなものであることはわかるのだが……。
「物は試しだ」
ミアと荷車、それと折角直した街道の床が壊れないように、森に向かって棒を構え、集中する。
「いくぞ」
ミアは両手で耳を塞いだ。戦闘講習を思い起こしたのだろう。
「…………」
九条の頬に、一筋の汗が流れる。
「おにーちゃん?」
「わからないんだが?」
およそ1分ほどだろうか。何度か頭の中で繰り返しても、スキルというものが出る気配はない。
「まじめにやって?」
真面目にやってるんですけど……。
「もう片方のやつでやってみる。いくぞ?」
……結果は先程と同じだった。
「おにーちゃん。怒るよ?」
「いや、待ってくれ。ホントに真面目にやってるんだがわからないんだ……。スキルを出す時にプレートを触ってないとダメとか、声に出さないとダメとかなんじゃないか?」
「そんなことないよ。プレートは登録の為だけで、なくてもスキルも魔法も使えるもん」
「でも、ソフィアさんもミアも魔法使う時はプレート触ってるよな?」
「それは履歴を残す為なの。冒険者さんと依頼を遂行した時に、どんな魔法を使ったのかとか、冒険者以外の人に魔法をかけた時にお金を貰ったりするから、その証拠を残しておく為に触るの」
なるほど、そんなシステムなのか。
ギルド職員の魔法やスキルの使用は、常に報告しているということのようだ。
「そんなことより、おにーちゃんだよ。スキルなんだったの?」
「ロングレンジショットと、マルチレンジショットだ」
「……あれ? おにーちゃんって遠隔系適性って持ってないよね?」
「遠隔系ってのがよくわからないが、言われたのは死霊術と鈍器だけだが……」
ミアは顎に手を当てると、不思議そうに首を傾げた。
ミアには少々似合わない真剣な面持ち。
「死霊術の方で使うスキルなのかな……。うーん。わかんないや……」
「ひょっとしたら、骨を投げるスキルなんじゃないか?」
「えー……。そんなのあるかなぁ……」
ミアの反応はあまり良くない。
死霊術と呼ばれるくらいなのだから、きっと魔法の一種なのだろう。
だが骨を投げるとなると、どう考えても物理方面な気がしないでもない。
「ウルフの死体いっぱいあるし、この骨でやってみる?」
さすがミアだ。ナイスアイデア――と思ったが、荷車に重なり合っているウルフの亡骸を見て、考えが変わった。
「いや、やめよう。査定に響く……」
今はスキルよりお金の方が大事なのである。
「じゃぁ裏口にいるから、報告してきてくれ」
「はーい」
ミアは元気よく返事をすると、報告の為ギルドへと戻って行く。
俺は昨日のように、ギルドの裏口に回って査定待ち――なのだが、昨日ほどは待たなかった。
ソフィアがすっ飛んで来たからである。
「ホントだ……。あっ、ケガとかないですか? 大丈夫ですか?」
「ええ。俺もミアもケガはないです」
「おにーちゃん強かったよ?」
「そーですか……。ひとまず無事でなによりです……」
安堵の表情を浮かべるソフィア。
「で、何匹相手にしたんですか? こんなに狩ってきたなら相当数に囲まれたと思うんですけど……」
「これで全部ですが?」
「え?」
「8匹に囲まれて、8匹倒したんですけど……」
「それはおかしくないですか? 普通は何匹か倒せば敵わないと思い、逃げて行くと思いますが……」
「そうなんですか? ウルフの習性は知りませんが、ホントに全部襲ってきたんですよ。最後の1匹まで……。なぁ、ミア?」
「うん」
「そうですか……。まぁ、でも2人とも無事で良かったです。このことはあとで少し調べてみますね」
昼間の街道でウルフが人を襲ったという話は、今回が初めての事らしい。
ギルド本部には一応報告を入れるとの事だが、正直そんなことはどうでもよかった。
早くウルフの査定をしてくれ!
結局、ウルフの査定は金貨20枚。もうちょいいくかと思ったが、仕方ない。
毛皮の状態を気にするほどの余裕はなかった。
ともかく、これでミアから借りていたお金を全額返済出来る。
もう少し時間が掛かるかと思っていたが、あっさりと返済出来たので、案外異世界での生活も慣れれば快適かもしれないと思い始めていた。
そして明日は、初めての休日。
というのも、ミアが休みの日には村の外に出る依頼を受けることが出来ない為、冒険者と担当の休みは、基本同じなのだ。
もちろん俺が望めば、担当の必要ない依頼は受けることが出来る。
ミアに返済したお金を除くと、残りは金貨2枚。明日はこれで買い物へと繰り出すのだ。
必要なのは服と靴。優先度から言えばまずは靴である。
それと時間があればギルドで地図を見せてもらい、ミアがよければ昨日出来なかった炭鉱の下見にでも行こうと思う。
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生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
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フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
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400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
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元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
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アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
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「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
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無能なので辞めさせていただきます!
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ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
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退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
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お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)
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掲載は不定期になります。
追記
「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。
お知らせ
カクヨム様でも掲載中です。
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現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
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第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
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