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第7話 初仕事
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気が付くと、既視感を覚える空間に立っていた。
雲の中にいるような、まるで現実味のない感覚。
「ここは……。そうだ! どうしてここに!? 俺はまた死んだのか!?」
「落ち着いてください」
聞き覚えのある声とともに、天から降りて来たように見えたのは1人の天使。
「ガブリエル! ここはどこだ!? 俺は死んだのか!?」
あの時と同じ状況だ、なぜ俺はここにいる? 訳が分からない。
ガブリエルの肩を揺さぶり、必死に訴えかける。
「痛い痛い! 大丈夫ですから! 九条さんはまだ死んでませんから」
「じゃぁ、なんでここにいるんだ!」
「ほら、現在のあなたはミアと一緒に寝てますよ。大丈夫ですから少し落ち着いて」
何もない空間に映し出されたのは、ミアと共に小さなベッドで寝息を立てている自分の姿。それを上から見下ろしている。
不思議な感覚であったが、少し落ち着きは取り戻せた。
「現状を少し説明しようと思って夢の中にお邪魔したんですけど、急ですいません」
「夢?」
「はい、今はあなたの頭の中にいると思っていただければ。なのでまだ起きないでくださいね」
そんなこと言われても、どうすれば目を覚ますのか……。
「私は今、ミアの中で眠っている状態なんです」
「どういうことだ?」
「あなたの魂を間違えてお連れしてしまったことに対して、罰を受けなければならなくてですね。その罰というのが、あなたの監視なんです」
「監視?」
「あぁ、勘違いしないでくださいね。監視といってもあなたの行動を見ているわけではないです。別の世界の魂を転生させると、その世界に馴染むのに時間がかかるんですよ。別の世界の魂はその世界から見ると、異物なんです。世界は異物を強制的に排除しようとします。それをある程度中和するために、私があなたの近くにいなければなりません」
ガブリエルは右手の人差し指をピッと立てて得意げに説明する。
それがミアとダブって見えた。もちろん2人の顔は全く違うのにだ。
「しかし、天使は地上に長い間滞在することができないので、ミアの中で眠らせてもらっている――って感じです。わかりました?」
「じゃぁ俺は、ミアから離れると世界に殺されるってことか?」
「極端に言えばそのとーりです。理解が早くて助かります」
「どーやって? 心臓麻痺――とか?」
「そういう直接的な感じではないですね。あくまで自然に……。例えば乗っていた船が沈むとか、魔物に襲われるとかですかね。単純に運が悪くなると思って頂ければ……」
なるほど。なんとなくだがわかってきた。
この世界に来ていきなり襲われたのも、その可能性が無きにしも非ずといったところか。
ただ腹の減った狼に追われただけなのかもしれないが、線引きが難しいな……。
しかし、なぜミアなのか?
「ミアは、ガブリエルに助けられたのは5年前と言っていた。なぜそんなに前からミアの中に?」
「あなたは一瞬だったと思いますけど、転生させる為にこっちの世界の時間で5年の歳月がかかってるんです。あなたの存在力が大きいってのもありますけど、時間をかけずに転生させると、それだけあなたを排除しようとする力も強くなります。それこそ天変地異が起きてもおかしくないくらいに……。なので世界を騙す為にも、時間をかけてゆっくり転生させる必要があったんです」
「なぜミアなんだ? 彼女じゃないとダメな理由があるのか?」
「ミアを選んだのは――。……申し訳ないですけど丁度よかったからです。戦争に巻き込まれ死にかけていて意識がなかったのと、大人と違って子供は心に隙間が出来やすいので入りやすかった――。あなたと一緒にいることを条件に傷を癒し、5年間待っていた……ということです。……正直言うと、この5年間はミアにとってはあまりいい人生ではなかったですが、それでも私との約束を守ろうと必死に生きてきました。なので、出来ればミアには優しくしてあげてください……。まぁ今の状態なら何も問題はなさそうですけど」
ガブリエルは空中に映し出されている俺とミアを見て、やわらかい笑顔を浮かべた。
「ガブリエルがミアとして動いているのか?」
「私はミアの中で眠っている状態で、ほぼ意識はありません。ミアの行動は全てミアの意志です。私が強制させている訳ではないので、ご安心を」
大体のことは理解できた。それにしても世界の異物か……。
まさか世界が俺を殺しに来るとは……。
「そういえば、俺の存在力がどうとか言ってたけど、どういう意味なんだ?」
「あれ? 言いませんでしたっけ? こちらの世界では経験が強く反映されると。九条さんは僧侶の家系ですよね? 小さい頃からそれに触れていれば、膨大な魔力があって当然でしょう。簡単に言ってしまえば、子供の頃からずっとやっていたスポーツで、大人になったらプロになる――みたいなもんですよ。九条さんの場合は1回死んでしまったことによって、おかしなことになっていますが、魔法文明の世界ならば生きやすいはずですから、あまり心配なさらず――」
話が終わるかどうかという所で、ガブリエルの顔が急に強張りを見せた。
「あ! もう時間が! ミアが起きちゃいます。えーっと、ミアが近くにいても世界の強制力は100%中和することは出来ません。でもあなたの実力なら何とかなると思いますので――、えーっと、とにかく頑張れ!」
「えぇ、なんで最後、急に投げやりになったの!?」
「あ、そうだ。この夢の中の話はミアは覚えてないので。じゃそーゆーことで」
「ちょっと待て! まだ話は……」
――というところで、目が覚めた。
夢の所為か、寝起きだというのにあまり疲れは取れていない。
まだ聞きたいこともあったのに……。
ふと隣に目をやると、そこにミアはいなかった。僅かに残る温もりは、俺より少し早く起きたといったところか。
テーブルの横にはミアが持ってきたカバンと、着ていたパジャマがきちんと畳んで置いてある。
「ミア?」
「あっ、おにーちゃん、おはよう。ちょっと待ってて」
その声は洗面所から聞こえた。
そこから顔を覗かせるミアは既に着替えが済んでいて、ギルドに出勤する準備をしていたようだ。
「ミア、その髪……」
何か昨日と違う雰囲気に気が付いた。
長い前髪で隠れていた素顔がほんの少しだけ……髪の分け目からチラリと片目が覗いていたのだ。
「髪留め……支部長に借りたんだけど……」
「いいじゃないか。とてもよく似合ってるよ」
「えへへ……」
もじもじと照れくさそうに微笑むミアであったが、やはり少し恥ずかしいのか、あまり目を合わせてはくれなかった。
「じゃぁ、先にギルド行ってるね。おにーちゃんも準備できたら降りて来てね」
ミアを見送りベッドから起き上がると、俺は大きな欠伸で冒険者としての新たな門出をスタートさせた。
2階に降りると、数人の冒険者が掲示板を見ていたり、カウンターで依頼を受けたりと昨日よりは賑わっていた。
カウンターにはソフィアとミア。知らないギルド職員もいるが、皆忙しそうだ。
「今日は結構人いるな……」
ソフィアに声を掛けたかったが、どうやら他の冒険者の相手で忙しそうだったので、手が空くまで時間を潰そうと依頼掲示板を眺めていた。
鉱石の運搬、薬草の採取、倉庫の片付け、作物の収穫、などなど。
色々な依頼があるが、なんというか冒険者ギルドというより便利屋といった感じ。
どうやら右側に貼ってある依頼ほど新しい依頼で、左側にいくほど期限の迫っている依頼、という風に分けられているようだ。
掲示板の端には賞金首のリストも張られていて、その似顔絵は賞金首というだけあって強面ばかりが並んでいる。
「お、にぃちゃん魔術師か? 丁度良かった。この依頼受けようと思ってたんだが、一緒にどうだ?」
掲示板を見ていた戦士風の中年男性は、1枚の依頼書を手に取り差し出した。
『ウルフの討伐、1体につき金貨2枚、良質な毛皮であれば、1枚に付き追加で金貨1枚。森に生息するウルフ種の間引き。難易度:D』と書いてある。
「あ、いや、俺は……」
急に話しかけられ、どうしていいかわからずあたふたしていると、それに気付いたソフィアがカウンターから声を上げる。
「あ、その人”専属”なのでパーティは組めませんよー?」
「ん? あぁそうか。にぃちゃんがあの新人か。……なるほど。確かに魔術系適性にしては筋肉ついてると思ったぜ」
男は何かを確認するように俺の体をベタベタと触るも、突然のことに驚いて一歩引いてしまう。
「ガハハ、そう脅えるなよ。悪かったな、がんばれよ"村付き"」
持っていた依頼書を掲示板に戻した男は、かわりに『王都スタッグまでの護衛』という依頼書を持ってカウンターへと行ってしまった。
その様子に唖然としていると、カイルがギルドへとやってくる。
一緒にいるのは知り合いの冒険者だろうか?
「おっす。早いじゃないか」
「おはようカイル。そんなに早いか?」
「あぁ、ウチら"村付き"に回ってくる仕事は一般の冒険者の依頼受付が終わった後だからな。新しい仕事は、朝一で貼り出される。だから冒険者は朝一に仕事を受けに来るんだ。その方が旨い仕事にありつける可能性が高いからな」
なるほど。だから昨日は誰もいなかったのか。
「そうだ、紹介するよ。コイツもウチらと同じ"村付き"のブルータスだ」
「よろしくお願いします」
「ああ……」
ブルータスと呼ばれた男は不愛想に挨拶を返す。
歳は俺より少し上だろうか。首から下げているプレートはブロンズ。
恰好は冒険者なのだが、一歩間違えるとその辺のゴロツキといわれても納得の強面だ。顔の傷がそれに拍車をかけている。
カイル曰く、数週間前に"村付き"として登録したらしい。別の町でも冒険者としてやっていたので、ベテランなのだそうだ。
さらに20分ほどが経つと、ギルドは俺達を残してもぬけの殻となった。
「そろそろかな……」
カイルがぼそりと呟くと、ソフィアがカウンターから顔を出し、俺達を呼んだ。
「おまたせしました。”専属”さん用のお仕事割り振りますので、こちらへどうぞ」
座っていた長椅子から立ち上がり、カウンターへと向かう。
「えーっと。では、カイルさんから。本日は、食堂からの依頼で『野ウサギの狩猟』をお願いします」
「了解。だが野ウサギはちょっと厳しいかもな。最近はウルフが増えて来ててな」
「あ、そうだ。ウルフの討伐でも構いませんよ? 今日から依頼が出てると思うので」
「わかった。じゃぁ今日はウサギとウルフで」
「はい、よろしくおねがいします。いってらっしゃい」
ソフィアはニコリと微笑むと、カイルは片手を上げて返事をし、階段を降りて行く。
「えーと、ブルータスさんは『門の修繕工事』をお願いします」
「東、西どっちだ?」
「あ、すいません。東側をお願いします」
「チッ……」
軽く舌打ちをすると階段を降りて行くブルータス。
最低限というか、少々粗暴なのではないかとも感じるやり取り。
「あと、九条さんにはですね……」
「カイルは村の外に行くみたいだが、担当は一緒にいかなくていいのか?」
「ええ。支部長の私はあまりギルドを離れられないので、基本的には信頼度の高い冒険者さんしか担当になれないんです。なので、村の外でも近ければ担当なしでも活動出来るんですよ?」
確かカイルはここの村の出身だと言ってた。
ずっとこの村で冒険者をやってきたのだろう。そう考えると信用度の高さには納得がいく。
「えっと、九条さんにやってもらう依頼は……。これです」
ソフィアがカウンターの上に置いたのは長方形の木製の箱。
その素振りから、結構な重量の物が入っているような雰囲気。
「開けてみても?」
「えぇ、どうぞ」
箱の蓋を開けると、中には年期の入ったトンカチと、お世辞にも綺麗とは言えないデコボコの釘が多数。ずばり工具箱だ。
「これで何をすれば?」
「昨日壊した、村の壁の修理が今日のお仕事です」
「あっ、はい……」
最初の仕事は、自分の尻ぬぐいである。
まぁ仕方がない。文句の言える立場ではないのは百も承知だ。
「では、村のはずれにある石材店から材料を受け取って、それで壁を直していただければ大丈夫です。石材店には話を通しているので、壁の修理でって言えばわかると思います」
「わかりました。えーっと、ミアは?」
「今回のお仕事は村から出ないので、担当は連れて行かなくて大丈夫ですよ? それに、まだミアは昨日のお仕事が残ってますので……」
終始笑顔で話していたソフィアだったが、最後は目が据わっていた。
昨日ミアが仕事をサボって風呂に入った事を、根に持っているようである。
「そ……そういえばそうでしたね……。じゃぁ、いってきます」
「はい。よろしくお願いします」
石材店までの地図を確認し、ギルドを後にする。
ガブリエルはミアからあまり離れるなと言っていたが、実際どれくらい離れるとまずいのだろうか。
村の外での依頼なら一緒にいることも可能だろうが、今回みたいに村の中の仕事となると一緒にいることは出来ない。
そんなことを考えながら歩いていると、昨日の武器屋が見えてくる。
裏の壁には俺が開けた穴が、ぽっかりと開いていた。
申し訳ないと思いながらもそそくさとそこを通り過ぎ、足早に石材店を目指す。
途中、後方から微かに聞こえる話声に気が付き振り返ると、そこには村の子供達がいた――ように見えた。
何故か民家の裏へと隠れてしまったのだ。
気にせず歩き出すと、またしてもこそこそと話声が聞こえ、振り返ると何処かへ隠れる。
気にはなるが、ひとまず与えられた仕事が優先だ。
そんな子供達とのやり取りを繰り返しながらも石材店へと辿り着くと、店主は外にある荷車にすべて用意してあると教えてくれた。
中には水が入っているであろう大きな革袋。セメントに角材や木の板。そして木製の桶に梯子だ。
荷車に材料が揃っているのを確認し、武器屋に向かって荷車を引く。
暫くすると、またしても先程の子供達の気配を感じた。
恐らくは、かくれんぼ的な遊びだろう。ほんの少しだけからかってやろうと思い、ギリギリまで気づかないフリをしてから、子供達との距離をダッシュで一気に詰めてみた。
「「わぁぁぁぁ! 破壊神が来たぁぁぁぁぁ!」」
逃げ惑う子供達に、ドン引きする俺。
そこまで本気で逃げなくても……。
「ていうか破壊神て……」
「ちょっとあんた! 子供達を怖がらせちゃダメじゃないか!」
「あっ、ハイ。すいません……」
畑仕事をしていたおばちゃんに怒られてしまった……。
怖がらせたかったわけじゃない。ちょっと遊んでやろうと思っただけなのだが、それにしても破壊神て……。
昨日の講習を見ていた子供達の誰かが名付けたに違いない。出来れば恥ずかしいので止めていただきたいが、相手は子供だ。その内飽きて忘れるだろう。
武器屋に着くと、裏庭に入る許可を得てから壁の修理作業に入る。
壁は3メートルほどで、丸太を縦に半分に割り、表裏交互に隙間なく並べて楔で繋ぎ止めてあるという感じだが、これで村全体を覆っているのだ。
重機のない世界で、これは相当な労力が必要だろう。
幸いこの手の作業は前の世界ではよくやっていたので、問題はなさそうである。
実家の寺も中々に古い建物なので、ちょくちょくDIYで補修作業をやらされていた。
両側から木の板で蓋をして、中に水とセメントを混ぜて作ったモルタルを流し込めば終了。
後は3日ほど待って、モルタルが固まったのを確認したら板を剥がして完成だ。
手慣れた作業だったので、1時間ほどで終わってしまった。
後は荷車を石材店に返却するだけなのだが、その途中にも子供達は俺を尾行するかのようについて来る。
もう1度脅かしてやろうかと機会を窺っていたのだが、こちらを見る村人の目が気になってしまい、結局それは未遂に終わったのだ。
雲の中にいるような、まるで現実味のない感覚。
「ここは……。そうだ! どうしてここに!? 俺はまた死んだのか!?」
「落ち着いてください」
聞き覚えのある声とともに、天から降りて来たように見えたのは1人の天使。
「ガブリエル! ここはどこだ!? 俺は死んだのか!?」
あの時と同じ状況だ、なぜ俺はここにいる? 訳が分からない。
ガブリエルの肩を揺さぶり、必死に訴えかける。
「痛い痛い! 大丈夫ですから! 九条さんはまだ死んでませんから」
「じゃぁ、なんでここにいるんだ!」
「ほら、現在のあなたはミアと一緒に寝てますよ。大丈夫ですから少し落ち着いて」
何もない空間に映し出されたのは、ミアと共に小さなベッドで寝息を立てている自分の姿。それを上から見下ろしている。
不思議な感覚であったが、少し落ち着きは取り戻せた。
「現状を少し説明しようと思って夢の中にお邪魔したんですけど、急ですいません」
「夢?」
「はい、今はあなたの頭の中にいると思っていただければ。なのでまだ起きないでくださいね」
そんなこと言われても、どうすれば目を覚ますのか……。
「私は今、ミアの中で眠っている状態なんです」
「どういうことだ?」
「あなたの魂を間違えてお連れしてしまったことに対して、罰を受けなければならなくてですね。その罰というのが、あなたの監視なんです」
「監視?」
「あぁ、勘違いしないでくださいね。監視といってもあなたの行動を見ているわけではないです。別の世界の魂を転生させると、その世界に馴染むのに時間がかかるんですよ。別の世界の魂はその世界から見ると、異物なんです。世界は異物を強制的に排除しようとします。それをある程度中和するために、私があなたの近くにいなければなりません」
ガブリエルは右手の人差し指をピッと立てて得意げに説明する。
それがミアとダブって見えた。もちろん2人の顔は全く違うのにだ。
「しかし、天使は地上に長い間滞在することができないので、ミアの中で眠らせてもらっている――って感じです。わかりました?」
「じゃぁ俺は、ミアから離れると世界に殺されるってことか?」
「極端に言えばそのとーりです。理解が早くて助かります」
「どーやって? 心臓麻痺――とか?」
「そういう直接的な感じではないですね。あくまで自然に……。例えば乗っていた船が沈むとか、魔物に襲われるとかですかね。単純に運が悪くなると思って頂ければ……」
なるほど。なんとなくだがわかってきた。
この世界に来ていきなり襲われたのも、その可能性が無きにしも非ずといったところか。
ただ腹の減った狼に追われただけなのかもしれないが、線引きが難しいな……。
しかし、なぜミアなのか?
「ミアは、ガブリエルに助けられたのは5年前と言っていた。なぜそんなに前からミアの中に?」
「あなたは一瞬だったと思いますけど、転生させる為にこっちの世界の時間で5年の歳月がかかってるんです。あなたの存在力が大きいってのもありますけど、時間をかけずに転生させると、それだけあなたを排除しようとする力も強くなります。それこそ天変地異が起きてもおかしくないくらいに……。なので世界を騙す為にも、時間をかけてゆっくり転生させる必要があったんです」
「なぜミアなんだ? 彼女じゃないとダメな理由があるのか?」
「ミアを選んだのは――。……申し訳ないですけど丁度よかったからです。戦争に巻き込まれ死にかけていて意識がなかったのと、大人と違って子供は心に隙間が出来やすいので入りやすかった――。あなたと一緒にいることを条件に傷を癒し、5年間待っていた……ということです。……正直言うと、この5年間はミアにとってはあまりいい人生ではなかったですが、それでも私との約束を守ろうと必死に生きてきました。なので、出来ればミアには優しくしてあげてください……。まぁ今の状態なら何も問題はなさそうですけど」
ガブリエルは空中に映し出されている俺とミアを見て、やわらかい笑顔を浮かべた。
「ガブリエルがミアとして動いているのか?」
「私はミアの中で眠っている状態で、ほぼ意識はありません。ミアの行動は全てミアの意志です。私が強制させている訳ではないので、ご安心を」
大体のことは理解できた。それにしても世界の異物か……。
まさか世界が俺を殺しに来るとは……。
「そういえば、俺の存在力がどうとか言ってたけど、どういう意味なんだ?」
「あれ? 言いませんでしたっけ? こちらの世界では経験が強く反映されると。九条さんは僧侶の家系ですよね? 小さい頃からそれに触れていれば、膨大な魔力があって当然でしょう。簡単に言ってしまえば、子供の頃からずっとやっていたスポーツで、大人になったらプロになる――みたいなもんですよ。九条さんの場合は1回死んでしまったことによって、おかしなことになっていますが、魔法文明の世界ならば生きやすいはずですから、あまり心配なさらず――」
話が終わるかどうかという所で、ガブリエルの顔が急に強張りを見せた。
「あ! もう時間が! ミアが起きちゃいます。えーっと、ミアが近くにいても世界の強制力は100%中和することは出来ません。でもあなたの実力なら何とかなると思いますので――、えーっと、とにかく頑張れ!」
「えぇ、なんで最後、急に投げやりになったの!?」
「あ、そうだ。この夢の中の話はミアは覚えてないので。じゃそーゆーことで」
「ちょっと待て! まだ話は……」
――というところで、目が覚めた。
夢の所為か、寝起きだというのにあまり疲れは取れていない。
まだ聞きたいこともあったのに……。
ふと隣に目をやると、そこにミアはいなかった。僅かに残る温もりは、俺より少し早く起きたといったところか。
テーブルの横にはミアが持ってきたカバンと、着ていたパジャマがきちんと畳んで置いてある。
「ミア?」
「あっ、おにーちゃん、おはよう。ちょっと待ってて」
その声は洗面所から聞こえた。
そこから顔を覗かせるミアは既に着替えが済んでいて、ギルドに出勤する準備をしていたようだ。
「ミア、その髪……」
何か昨日と違う雰囲気に気が付いた。
長い前髪で隠れていた素顔がほんの少しだけ……髪の分け目からチラリと片目が覗いていたのだ。
「髪留め……支部長に借りたんだけど……」
「いいじゃないか。とてもよく似合ってるよ」
「えへへ……」
もじもじと照れくさそうに微笑むミアであったが、やはり少し恥ずかしいのか、あまり目を合わせてはくれなかった。
「じゃぁ、先にギルド行ってるね。おにーちゃんも準備できたら降りて来てね」
ミアを見送りベッドから起き上がると、俺は大きな欠伸で冒険者としての新たな門出をスタートさせた。
2階に降りると、数人の冒険者が掲示板を見ていたり、カウンターで依頼を受けたりと昨日よりは賑わっていた。
カウンターにはソフィアとミア。知らないギルド職員もいるが、皆忙しそうだ。
「今日は結構人いるな……」
ソフィアに声を掛けたかったが、どうやら他の冒険者の相手で忙しそうだったので、手が空くまで時間を潰そうと依頼掲示板を眺めていた。
鉱石の運搬、薬草の採取、倉庫の片付け、作物の収穫、などなど。
色々な依頼があるが、なんというか冒険者ギルドというより便利屋といった感じ。
どうやら右側に貼ってある依頼ほど新しい依頼で、左側にいくほど期限の迫っている依頼、という風に分けられているようだ。
掲示板の端には賞金首のリストも張られていて、その似顔絵は賞金首というだけあって強面ばかりが並んでいる。
「お、にぃちゃん魔術師か? 丁度良かった。この依頼受けようと思ってたんだが、一緒にどうだ?」
掲示板を見ていた戦士風の中年男性は、1枚の依頼書を手に取り差し出した。
『ウルフの討伐、1体につき金貨2枚、良質な毛皮であれば、1枚に付き追加で金貨1枚。森に生息するウルフ種の間引き。難易度:D』と書いてある。
「あ、いや、俺は……」
急に話しかけられ、どうしていいかわからずあたふたしていると、それに気付いたソフィアがカウンターから声を上げる。
「あ、その人”専属”なのでパーティは組めませんよー?」
「ん? あぁそうか。にぃちゃんがあの新人か。……なるほど。確かに魔術系適性にしては筋肉ついてると思ったぜ」
男は何かを確認するように俺の体をベタベタと触るも、突然のことに驚いて一歩引いてしまう。
「ガハハ、そう脅えるなよ。悪かったな、がんばれよ"村付き"」
持っていた依頼書を掲示板に戻した男は、かわりに『王都スタッグまでの護衛』という依頼書を持ってカウンターへと行ってしまった。
その様子に唖然としていると、カイルがギルドへとやってくる。
一緒にいるのは知り合いの冒険者だろうか?
「おっす。早いじゃないか」
「おはようカイル。そんなに早いか?」
「あぁ、ウチら"村付き"に回ってくる仕事は一般の冒険者の依頼受付が終わった後だからな。新しい仕事は、朝一で貼り出される。だから冒険者は朝一に仕事を受けに来るんだ。その方が旨い仕事にありつける可能性が高いからな」
なるほど。だから昨日は誰もいなかったのか。
「そうだ、紹介するよ。コイツもウチらと同じ"村付き"のブルータスだ」
「よろしくお願いします」
「ああ……」
ブルータスと呼ばれた男は不愛想に挨拶を返す。
歳は俺より少し上だろうか。首から下げているプレートはブロンズ。
恰好は冒険者なのだが、一歩間違えるとその辺のゴロツキといわれても納得の強面だ。顔の傷がそれに拍車をかけている。
カイル曰く、数週間前に"村付き"として登録したらしい。別の町でも冒険者としてやっていたので、ベテランなのだそうだ。
さらに20分ほどが経つと、ギルドは俺達を残してもぬけの殻となった。
「そろそろかな……」
カイルがぼそりと呟くと、ソフィアがカウンターから顔を出し、俺達を呼んだ。
「おまたせしました。”専属”さん用のお仕事割り振りますので、こちらへどうぞ」
座っていた長椅子から立ち上がり、カウンターへと向かう。
「えーっと。では、カイルさんから。本日は、食堂からの依頼で『野ウサギの狩猟』をお願いします」
「了解。だが野ウサギはちょっと厳しいかもな。最近はウルフが増えて来ててな」
「あ、そうだ。ウルフの討伐でも構いませんよ? 今日から依頼が出てると思うので」
「わかった。じゃぁ今日はウサギとウルフで」
「はい、よろしくおねがいします。いってらっしゃい」
ソフィアはニコリと微笑むと、カイルは片手を上げて返事をし、階段を降りて行く。
「えーと、ブルータスさんは『門の修繕工事』をお願いします」
「東、西どっちだ?」
「あ、すいません。東側をお願いします」
「チッ……」
軽く舌打ちをすると階段を降りて行くブルータス。
最低限というか、少々粗暴なのではないかとも感じるやり取り。
「あと、九条さんにはですね……」
「カイルは村の外に行くみたいだが、担当は一緒にいかなくていいのか?」
「ええ。支部長の私はあまりギルドを離れられないので、基本的には信頼度の高い冒険者さんしか担当になれないんです。なので、村の外でも近ければ担当なしでも活動出来るんですよ?」
確かカイルはここの村の出身だと言ってた。
ずっとこの村で冒険者をやってきたのだろう。そう考えると信用度の高さには納得がいく。
「えっと、九条さんにやってもらう依頼は……。これです」
ソフィアがカウンターの上に置いたのは長方形の木製の箱。
その素振りから、結構な重量の物が入っているような雰囲気。
「開けてみても?」
「えぇ、どうぞ」
箱の蓋を開けると、中には年期の入ったトンカチと、お世辞にも綺麗とは言えないデコボコの釘が多数。ずばり工具箱だ。
「これで何をすれば?」
「昨日壊した、村の壁の修理が今日のお仕事です」
「あっ、はい……」
最初の仕事は、自分の尻ぬぐいである。
まぁ仕方がない。文句の言える立場ではないのは百も承知だ。
「では、村のはずれにある石材店から材料を受け取って、それで壁を直していただければ大丈夫です。石材店には話を通しているので、壁の修理でって言えばわかると思います」
「わかりました。えーっと、ミアは?」
「今回のお仕事は村から出ないので、担当は連れて行かなくて大丈夫ですよ? それに、まだミアは昨日のお仕事が残ってますので……」
終始笑顔で話していたソフィアだったが、最後は目が据わっていた。
昨日ミアが仕事をサボって風呂に入った事を、根に持っているようである。
「そ……そういえばそうでしたね……。じゃぁ、いってきます」
「はい。よろしくお願いします」
石材店までの地図を確認し、ギルドを後にする。
ガブリエルはミアからあまり離れるなと言っていたが、実際どれくらい離れるとまずいのだろうか。
村の外での依頼なら一緒にいることも可能だろうが、今回みたいに村の中の仕事となると一緒にいることは出来ない。
そんなことを考えながら歩いていると、昨日の武器屋が見えてくる。
裏の壁には俺が開けた穴が、ぽっかりと開いていた。
申し訳ないと思いながらもそそくさとそこを通り過ぎ、足早に石材店を目指す。
途中、後方から微かに聞こえる話声に気が付き振り返ると、そこには村の子供達がいた――ように見えた。
何故か民家の裏へと隠れてしまったのだ。
気にせず歩き出すと、またしてもこそこそと話声が聞こえ、振り返ると何処かへ隠れる。
気にはなるが、ひとまず与えられた仕事が優先だ。
そんな子供達とのやり取りを繰り返しながらも石材店へと辿り着くと、店主は外にある荷車にすべて用意してあると教えてくれた。
中には水が入っているであろう大きな革袋。セメントに角材や木の板。そして木製の桶に梯子だ。
荷車に材料が揃っているのを確認し、武器屋に向かって荷車を引く。
暫くすると、またしても先程の子供達の気配を感じた。
恐らくは、かくれんぼ的な遊びだろう。ほんの少しだけからかってやろうと思い、ギリギリまで気づかないフリをしてから、子供達との距離をダッシュで一気に詰めてみた。
「「わぁぁぁぁ! 破壊神が来たぁぁぁぁぁ!」」
逃げ惑う子供達に、ドン引きする俺。
そこまで本気で逃げなくても……。
「ていうか破壊神て……」
「ちょっとあんた! 子供達を怖がらせちゃダメじゃないか!」
「あっ、ハイ。すいません……」
畑仕事をしていたおばちゃんに怒られてしまった……。
怖がらせたかったわけじゃない。ちょっと遊んでやろうと思っただけなのだが、それにしても破壊神て……。
昨日の講習を見ていた子供達の誰かが名付けたに違いない。出来れば恥ずかしいので止めていただきたいが、相手は子供だ。その内飽きて忘れるだろう。
武器屋に着くと、裏庭に入る許可を得てから壁の修理作業に入る。
壁は3メートルほどで、丸太を縦に半分に割り、表裏交互に隙間なく並べて楔で繋ぎ止めてあるという感じだが、これで村全体を覆っているのだ。
重機のない世界で、これは相当な労力が必要だろう。
幸いこの手の作業は前の世界ではよくやっていたので、問題はなさそうである。
実家の寺も中々に古い建物なので、ちょくちょくDIYで補修作業をやらされていた。
両側から木の板で蓋をして、中に水とセメントを混ぜて作ったモルタルを流し込めば終了。
後は3日ほど待って、モルタルが固まったのを確認したら板を剥がして完成だ。
手慣れた作業だったので、1時間ほどで終わってしまった。
後は荷車を石材店に返却するだけなのだが、その途中にも子供達は俺を尾行するかのようについて来る。
もう1度脅かしてやろうかと機会を窺っていたのだが、こちらを見る村人の目が気になってしまい、結局それは未遂に終わったのだ。
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ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
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ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
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※本作品は他サイト様でも掲載中です。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
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不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
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【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
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幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
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これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
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家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~
芦屋貴緒
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売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。
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