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第4話 担当職員

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「九条さん! 九条さん! 起きてください! もうお昼ですよ!?」

 部屋に響くソフィアの声。
 ギルドから借りている無料の部屋は、6畳程度のワンルーム。あるのは簡素な箪笥とシングルベッド。小さなテーブルと椅子が2つだけである。

「もう九条さんの担当選別の時間、過ぎちゃってますよ!?」

「――ッ!?」

 ことの重要性に気が付き、急いで身体を起こすと酷い頭痛で頭を抱えた。

「うっ……いてぇ……」

 二日酔いだ。所謂飲みすぎである。
 昨夜、食堂で夕飯を頂いていると、ひっきりなしに客がやって来たのだ。
 それは食堂にではなく、俺に対して。
 聞くと、カイルから新しい”村付き”冒険者の話を聞いてやって来たとのことで、まるで村総出で挨拶に来たかのようだった。
 とてもいい村人達で「ウチで採れたダイコンだから」に始まり、果物や野菜、タマゴやお酒など、数々の食材をお祝いとして置いていってくれたのだが、その量がまた凄まじい。
 新人とは言え冒険者1人にこの扱い。それだけこの村が切迫した状況だったのだろうと思った半面、この期待に応えることができるだろうかというプレッシャーもあった。
 そして、俺の周りに山積みになったお祝いの品々をどうするべきかと悩み、それをソフィアに相談したところ、保存の効かない物は食堂で使ってもらい、それ以外の物は余っている部屋へと保管することを許されたのだ。
 その後、カイルも見張りの仕事を終え合流したのだが、俺が貰った酒に目を付けたらしく、そのまま酒盛りが始まったのである。
 最初は遠慮がちにしていたものの、酒の力も相まってすぐに皆と打ち解け、そのまま村人を巻き込み、盛大に飲んでいたのだが……。
 そこからの記憶がなかった。気が付いたらベッドに横たわっていたのだ。

「もう、しっかりしてくださいよ……」

 少し呆れたように言うソフィアは胸元のプレートに手を当て、更に逆の手で俺の頭を優しく撫でた。

「【治癒術キュア】」

 そこから伝わる暖かい輝き。
 すると、一日中休んでいたいと思うほどの鈍痛が、いとも容易く解消したのである。

「お? ……おおぉ。痛くなくなった!」

「これくらいの二日酔いなら治せますけど、だからと言って飲みすぎないでくださいね? あ、もちろんギルドでのお仕事中は飲んじゃダメですよ?」

「すいません。肝に銘じます……」

「だったらいいんですけど……」

 初日から遅刻、起こしてもらっておいて頭痛まで治してもらえるとは……。
 昨日あれだけの決意をしたのにこの体たらく。流石にこれ以上は迷惑を掛けられないと勢いよく布団を捲る。

「キャァァァァァァァァァ!」

 突然の叫び声、そして部屋を出て行くソフィア。
 もしやと恐る恐る視線を落とすと、案の定裸であった。
 何故裸なのか……。頭痛はしないが、思い出せない。
 流石の魔法も、記憶まで戻してくれることはないらしい。
 部屋を見渡すと、手術着はギルドのプレートと共にテーブルの上に置かれていた。
 寝坊の上にセクハラとは……。
 現代であれば訴えられてもおかしくないなと思いながらも、俺は手早く準備を済ませ2階のギルドへと降りて行った。


「やっと来たよ。新人のクセにいいご身分だなぁ?」

 2階ではソフィアが、見知らぬ3人のギルド職員に頭を下げていた。
 着ている服がソフィアと同じようなデザインだったので、ギルドの制服なのだろう。
 ギャルっぽい10代の女性と、20代前半ぐらいの髪の短い女性。それと眼鏡を掛けた、いかにもインテリ風の男性の3人。

「ゲッ……。おっさんじゃん。新人だって言うから若いかと思ったのに……」

「その歳でカッパープレートなら冒険者としての才能はないですね。早急に辞めることをおすすめしますよ?」

「僕はシルバープレート以上じゃないと担当は御免だね。カッパーなんか担当して僕の担当歴に傷がついたらどーするんだよ……」

 俺が良く思われていないことだけはわかった。だが仕方ない。遅刻した自分がいけないのだ。甘んじて説教も受けよう。
 とは言え、ちょっと方向性がおかしい気もする。遅刻うんぬんではなく、そもそも俺の担当になる気はなさそうだ。

「えぇっと……こちらから、九条さんの担当職員を選んでいただくのですが……」

「おい、おっさん。私を選んだらぶっ殺すぞ」

「私も遠慮していただけます? 他にも担当しているので忙しいんですよ」

「僕も拒否する。そもそもなんでここのギルドは冒険者側が担当を選ぶんだ? 普通はこっちが選ぶ側だろうが」

「それだと、誰も担当に付かない冒険者さんが出てしまうので……」

「うるさい! そんなことはお前に言われなくても分かってるんだよ! カッパーのクセに僕に意見するんじゃない!」

 ソフィアの言葉にインテリ眼鏡は座っている長椅子をドンと叩き、語気を荒げる。
 よく見ると、インテリ眼鏡と髪の短い女性は、銀色のプレート。ギャルは青っぽいプレートを胸元にぶら下げていた。

「そもそもカッパーでギルド支部長って……。こんな赤字のクソ田舎ギルド、さっさと潰れちまえばいいんだ」

「すいません……」

「そんなんだから最底辺のギルドしか任せられないんだよ! ギルドの穀潰しが!」

 この3人よりソフィアの方が、立場的に弱いのだろうというのは見ていてわかった。
 だが、人として言って良い事と悪い事の区別くらいはつくだろう。俺が怒鳴られるのなら仕方がない。だが、ソフィアは何もしていない。
 それを間近で見せられれば苛立ちもする。
 相手は俺より年下だ。ちょっと文句を言ってやろう。それくらいの気持ちだった。
 インテリクソ眼鏡を睨みつけ、ズカズカと近づいて行く。

「ん? なんだおっさん。やる気か? カッパーごときが僕に勝てると思ってるのか?」

 インテリクソ眼鏡は左手で胸元のプレートに触ると、右手を広げ俺へと向ける。

「やめてください!」

 それを止めたのはソフィアだ。俺を後ろから抱きしめるように抑え込んだ。

「冒険者がギルド職員に手を上げれば罰せられます! プレートを剥奪されたら冒険者を辞めることになりますよ!?」

 ソフィアの言葉で我に返る。決しておっぱいが背中に当たっているからではない。
 ここで冒険者を辞めてしまっては、俺だけではなく村にも迷惑が掛かると思い返した。
 ここは1度冷静になろうと、背中のおっぱいに意識を集中させた。

「フン……」

 俺が止まったのを見て、プレートから手を放すインテリ眼鏡。
 背が低いのに無理矢理見下そうとしている為か、顎が上がっていて滑稽だ。

「ソフィアさん。おっぱ――いや、担当を選ばないっていうのはダメなんでしょうか?」

「規則なので、担当は決めていただかなければなりません……」

 俺が冷静になったのを確認したうえで、ソフィアは俺から離れ肩を落とす。
 規則なら仕方がないが、正直こいつ等はこちらからも願い下げだ。

「ソフィアさんは担当に選べないんですか?」

「すいません。支部長はギルドをあまり離れられないというのもあって、担当は1人までなんです。私はカイルさんを担当しているので……」

 消去法で考えると、ギャルっぽい子が1番マシだろうか?
 口は悪いが、ソフィアに対しては何の感情もなさそうだ。

「おい、おっさん。何こっち見てんだよ。キモいんだよ。殺すぞ」

 こっわ……。やっぱ無理……。
 どうしても決めることが出来ずに悩んでいると、階段を上がってくる何者かの気配。
 そこに姿を現したのは、冒険者ギルドには似合わない小さな女の子であった。

 服装からして恐らくはギルド職員なのだろうがまだ子供。背の高さから10歳前後だろうことが窺える。
 ボサボサというほどではないが、あまり手入れのされていない長い黒髪は、良く言えば消極的で、悪く言えば根暗な印象。
 可愛いとは思うが、前髪が邪魔で目元が見えないので、なんというか勿体ない。
 磨けば光る原石のようだが、あまり身だしなみには気を使っていないようだ。
 親は何をしているのかと思った反面、子供でもギルド職員になれるのか? という疑問が頭に浮かんだ。

 階段を登りきった少女は、チラリと俺に視線を移した。
 髪で目元が隠れていてよく見えなかったが、ほんの少しだけ微笑んだように見えた。
 少女は軽く会釈をすると『関係者以外立ち入り禁止』と書かれている扉を開けて、中へと入っていく。

「あぁ、死神がいるじゃねぇか。あいつが担当でいいじゃん」

 面倒くさそうに口を開いたのは、インテリクソ眼鏡。

「えっ、ちょっと待ってください。彼女はまだ謹慎が開けてから日も経っていないので担当はまだ……」

「いいっていいって。僕から人事部の方に言っておくからさ。はい、解決。じゃぁ他の担当のこともあるし帰るわ。もう呼ぶなよ?」

 インテリクソ眼鏡がポケットから取り出したのは、小さなガラスの塊だ。
 それを徐に地面へと叩きつけると、盛大に飛び散るガラス片と共に発生したのは渦巻く黒い雲である。
 その直径は成人1人と同程度。台風を真上から見たようなそれに、次々と入っていく担当候補。

「では、失礼します」

「こっち見んじゃねーよおっさん! 妊娠するだろーが!」

 最後にインテリクソ眼鏡が俺を強く睨みつけ、足早に渦の中へと飛び込むと、それは音もなく消え去った。
 ギルドは何事もなかったかのような静寂を取り戻し、辺りに散らばるガラス片が僅かばかりに煌めいていた。

「……妊娠はしねーよ」

 俺がボソッとつぶやくと、緊張が解けたのか隣にいたソフィアはクスっと笑みを浮かべた。

「今のはなんです?」

「帰還水晶です。本来は緊急時にダンジョンなどから脱出するのに使用するのですが……」

 なるほど。端的に言うと帰ったということらしい。
 この場合、俺の担当はどうなるのだろうか?

「えっと、死神さん? が俺の担当になるってことでいいのでしょうか?」

「あ、いや、死神は名前ではなく……」

「名前はミア。よろしく!」

「おわぁ!」

 急に後ろから声を掛けられれば驚いて当然。変な声が出てしまった。
 そして俺の前に差し出されたのは、小さな手のひら。

「私が担当になるんでしょ? プレート貸して」

「え? あ、あぁ……」

 よくわからず、言われた通り首に掛けていたプレートを手渡すと、それを受け取ったミアは何も言わずに奥の部屋へと駆けていく。
 ソフィアは俺とミアのやりとりを見て、唖然としていた。

「プレート……。持ってっちゃいましたけど、どうするんです?」

「あっ、えーっと。私のプレート、ココの所欠けてるのわかります?」

 ソフィアは自分のプレートの1部分を指差した。
 よく見ると、端っこが数カ所窪んでいるのがわかる。

「この欠けてる所を揃えることで、ギルドの誰が担当なのか、わかるようになってるんです」

「ということは、ソフィアさんとカイルさんのプレートは同じところが欠けているということですか?」

「そういうことです。なのでミアは、九条さんのプレートを削る作業を始めたんだと思います」

「なるほど。じゃぁその間に色々聞きたいんですけど……」

「えぇ、大丈夫ですよ。ではギルド担当の役割からお話しますね」

 ギルドが管理している建物や遺跡、ダンジョンなどには入場にギルドの許可が必要であり、その際に担当職員を同行させないといけない決まりがあるらしい。
 元々冒険者なら制限なく入れたが、遺跡の破壊や骨董品の盗難等があった為、監視の意味も込めて担当が同行することになった。
 もちろん危険な依頼にも同行しなければならない為、ギルド職員もある程度の戦闘適性持ちのようだ。
 ギルド職員の評価は、担当冒険者の功績や実績で評価されるので、見込みのない者は担当が付きにくいということも教えてくれた。

 そして最後はミアについて。
 元々戦災孤児だったが神聖術に適性があった為、孤児院から王都であるスタッグのギルド職員に見習いとして採用されたという経歴の持ち主。
 ギルドは実力主義。例え子供でも適性と能力次第でギルド職員になることは十分可能なようだ。
 仕事は出来ていたようだが、誰の担当にもなりたくないの一点張りで、ギルドでも腫れ物扱いだったらしい。
 担当にならないと奴隷落ちだと言われ仕方なく担当になるも、冒険者の言うことを聞かず、本来守らなければならない冒険者を見捨て危険に晒したとして、ここに左遷され謹慎処分を受けた――ということのようだ。
 死神という呼び名も、そこから付いたとのこと。

「ん? じゃぁ、なんで俺のプレート持って行ったんです? 俺の担当はいいんでしょうか?」

「そうなんですよ。私もそれが気になって……」

「今までの行いを、反省したってことでしょうか?」

「うーん。謹慎明けに理由を聞いても「やりたくなかったから」の一点張りで……。一応年齢も考えて、気に掛けてはいるんですけど……。担当以外の仕事は出来るのですが、自分から進んで話しかけるような子じゃなかったと思うんですよね……」

 ソフィアは暫く考え込むと何かを思いついたようで、ぽんっと手を叩いた。

「そうだ! ミアちゃん、九条さんに一目惚れしちゃったんじゃないですか?」

「……そんなわけないでしょう……。30代のおっさんですよ?」

 ため息まじりにそう言うと「そうですよね……」と返された。
 肯定されたら、それはそれで悲しい……。
 暫くすると作業を終えたミアが部屋から出て来て、パタパタと駆け寄ってくる。

「はい、これ」

 そう言って笑顔で手渡されたプレートは、ミアのプレートと同じ場所が欠けていた。

「あぁ、ありがとう。えーっと、ミア……ちゃん?」

「ミアでいいよ。おにいちゃん」

「おに……」

 第一印象は根暗であったが、まるでそんなことはなく、気さくに話しかけてくる。
 急にお兄ちゃんと呼ばれたことに戸惑いはしたが、正直悪い気はしない。おじさんよりはマシである。
 可愛い妹が出来たと思えばなんてことはないが、言われ慣れていない所為か、少々照れくさくてミアの顔を直視出来ないでいた。
 それを、咳払いで誤魔化す。

「そうか。じゃぁミア。1つ質問をしてもいいかな?」

「うん」

「なんで、俺の担当を引き受けてくれたんだ?」

 それにミアは嬉しそうに両手を広げ、俺に抱き着いてきたのだ。

「運命の人だから!」

「……は?」

 ミアの言葉に場が凍り付き、俺は耳を疑った。
 満面の笑みで俺を見上げるミア。驚きのあまり両手を上げてしまったが、この上げた両手をどうすればいいのか。
 抱きしめるべきなのか、それとも引き剥がすべきなのか……。
 助けを求めるようにソフィアに目配せするも、顔を真っ赤にしたまま硬直していて、役に立ちそうにない。

「えーっと、何かの間違いじゃないかな?」

「間違いじゃないもん。今日ここで逢えるってわかってたもん」

 力強く否定し、ミアは俺から離れようとしない。
 腹に顔を埋めながら話すので、なんだか少々くすぐったい。

「支部長。ギルドの説明まだ全部終わってないですよね?」

「え……えぇ」

「じゃぁ、お部屋で説明してあげる。いこ?」

 ミアはピョンとジャンプして半分まで下がっていた俺の手を取ると、グイグイと引っ張り階段を上り始める。
 どうしていいかわからず流れで引っ張られる格好だが、再び助けを求めようとソフィアに視線を送るも、ソフィアはただ小さく手を振って、俺を見送るだけであった。
 部屋に着くとミアは俺をベッドに座らせ、その横にちょこんと座る。
 地面に届かない足をパタパタとさせながらも、俺の顔を笑顔で見上げた。

「どこまで聞いた?」

 ギルドの説明うんぬんより、運命の人だというなんだかふんわりとした理由に納得がいかない。

「ひとまずギルドの説明は置いといて、その運命の人というのは占いか何かかな? 俺は多分違うと思うんだが……」

 相手は子供だ。あまり強く言いすぎると、泣いてしまうかもしれない……。
 顔色を窺いつつもやんわりと否定すれば、わかってくれるだろうと思ったのだ。

「ホントなのに……。なんで信じてくれないんだろ……」

 それに落胆したのかしゅんとするも、何かを思い出したのか曇っていた表情はすぐに晴れた。

「そうだ! 合言葉!」

「合言葉?」

 ミアはピョンとベッドから降りると俺の正面に立ち、ワザとらしく咳払い。

「腰痛は治りましたか?」

 言われて息を呑み、反射的に腰を触ってしまった。
 そういえば、こちらに来てから腰に痛みを感じていない。
 酷い時は椅子に座るのも、ベッドから起き上がるのもやっとの事だったのだが……。
 そこで気が付いたのだ。何故ミアは、腰痛の事を知っているのかと。
 こっちの世界に来てからはそのことは誰にも話していないし、そんな素振りも見せてはいない……。

「もしかして、ガブリエルか!?」

 その名を聞いて、ミアは天使のように微笑んだ。
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