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第3話 ギルド登録
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「只今こちらのギルドに専属としてご登録いただくと、なんと3階の宿泊施設が1ヵ月間無料でご利用出来ますよ!? さらに! ギルド所有の温泉施設も無料でお使いいただけます! そして1日3食の食事付きでワンドリンク無料! アルコールは別料金なので気を付けてくださいね! その上なんと、武器や防具などのメンテナンス費が通常の半額でご利用いただけてお得! そして最後の目玉! 現在こちらのギルドでは冒険者の方が担当を選ぶことが可能となっておりますっ!」
話だけ聞くと言ったらこれだ。深夜の通販番組のような怒涛の売り込みに、正直ちょっと引いてしまう。
しかし、メリットだけ聞けば悪くない話だ。カネのない俺にとって、住み込み食事付きは大変ありがたい。
担当を選ぶ――というのがよくわからないが、それより問題は仕事内容の方である。
いきなり魔物退治などを任されて、失敗した挙句に死亡――なんてのは、まっぴら御免だ。
「確かにそれだけ聞くといい話だとは思いますが……」
「じゃぁ!」
ソフィアは嬉しそうに目を輝かせる。
「いや、待ってください。仮にギルドに登録したとして、仕事内容はどういった感じなんでしょうか?」
ゲームや物語の中での冒険者ギルドと言えば、大きな掲示板に依頼書が張り付けられていて、そこから自分に見合った仕事を探す――という流れだと認識している。
その質問に2人は顔を見合わせると、何かを決意したかのように頷いた。
「特に何もしていただく必要はございません。登録するだけで結構でございます」
「いやいや、登録しただけで宿泊施設が無料で使えたり、飯が食えたりするのはおかしいでしょ……。それなら村人の誰かが、ギルドに登録すればいいじゃないですか」
「もちろんそれは可能なのですが、この村には適性持ちがいないので……」
「適性持ち?」
「はい。人は生まれながらに適性を持っています。成長によって会得することもあれば、自然と身に付くこともあります」
「ちなみに俺は、狩猟適性と弓適性を持ってるぜ」
カイルが胸を張る姿は、どこか誇らしげだ。
「つまり、ここの村人はギルド所属に必要な適性がない……と?」
「そういうことになります……」
「じゃぁ俺も適性がなければ、ギルドに登録することは出来ないんじゃないですか?」
「いえ、魔力欠乏症になる人は、何かしらの魔法適性があるはずなので、恐らくは大丈夫かと……」
転生前にガブリエルが教えてくれた『経験が強く反映される』というのは、適性のことなのだろう。
「そこはわかりました。けど、何もしなくていいってのはどういうことです?」
「それは……」
口ごもるソフィアは、何から話せばいいか悩んでいるようにも見えた。
悩むほどのものなのかとも思ったのだが、俺はその話を聞いて納得したのだ。
ギルドは畑や家畜を襲う獣や魔物、盗賊の襲撃などから村を守る抑止力となっている。
隣の国とは外交上あまり仲が良くないようで、小さな戦争が頻発している為、より報酬の高い依頼を求めてそちらに冒険者が流れてしまっているようだ。
冒険者が村から出て行ってしまうと依頼が達成されず、ギルドにもお金が入らない。
ギルドの赤字経営が続けば支店の撤退。結果、村人が困るということのようだ。
「もちろん依頼を受けてくださった方が助かりますが、所属登録してくださるだけでも、首の皮1枚繋がるんです!」
必死に訴え掛けるソフィア。
ギルドの存続に必要な条件は主に2つ。1つはギルドの売り上げだ。
場所によって異なるが、ギルドへの依頼料の60%が冒険者に支払われ、残りの40%がギルドの取り分になる。
もう1つは、ギルドに所属している冒険者の人数や強さだ。
拠点を持たずに渡り歩く、一般的な"流れ"の冒険者。それとは別に"村付き"、"街付き"、"専属"などと呼ばれる冒険者がいる。
その名の通りその拠点でのみ活動する冒険者のことで、最低でも数か月間は縛られるが、依頼報酬とは別にギルドから毎月一時金が支給されるのだ。
ソフィアいわく、高ランクの冒険者は報酬額の低い依頼は受けないので、必然的に低ランクの依頼が溜まってしまうらしい。
高ランク冒険者がやりたがらない依頼の処理や、村の警備などが主な仕事内容になるそうだ。
2000年前に魔王が倒されてからというもの、冒険者に憧れを抱く者や、夢を見る若者も減少傾向にある。故に地方のギルド支部は、人手不足が深刻なのである。
「ど……どうでしょうか?」
全て話した。あとはこちらの返事待ち――といったところか。
「わかりました。俺でよければ協力します」
「「やったー!」」
真剣な面持ちで俺を見つめていた2人は、返事を聞くと嬉しそうに歓声を上げ、手を取り合った。
実は話の途中から受けようとは決めていたのだ。
助けてもらった恩というのもあるが、ソフィアとカイルの村を守りたいという熱意が痛いほど伝わったからだ。
しかし、自分に適性と言うものがあるのかどうか――。それだけが気掛かりであった。
「ただし、俺に適性がなかったら諦めてください」
2人は、キョトンとして「そんな訳ないだろう?」とでも言いたげな様子だったが、ソフィアは俺が冗談で言っている訳ではないと悟り、その場合は諦めることを約束してくれた。
「おっと、そうだった。自己紹介がまだだったな。俺の名はカイル。この村で"村付き"の冒険者をやっている。ちなみに、この村は俺の故郷なんだ」
なるほど。それならこの村に肩入れするのも頷ける。
「では、登録作業をしますので2階へどうぞ」
綺麗に平らげたたまごかけごはんのトレイをカウンターに下げると、厨房から出てくるレベッカ。
「ご馳走様。美味かったよ」
「お粗末様。あんた、ギルドに入るのかい?」
「ああ」
「へぇ。ソフィアも中々やるじゃねーか」
「すごいでしょ?」
階段下で俺を待っていたソフィアは、先程の真剣な表情とはうってかわってフランクに答え、レベッカに向かってガッツポーズをして見せた。
「おい、おっさん。登録終わったら夕飯はウチに来なよ。うめぇ飯用意して待ってるからさ」
おっさんと呼ばれたことに少し引っかかりを感じるも、嬉しそうなレベッカの笑顔に「登録出来たらそうさせてもらうよ」とだけ言い残し、その場を後にした。
冒険者ギルド。銀行の窓口のようなカウンターに横長のイスがずらりと並んでいて、壁には大きな掲示板。
そこには仕事の依頼書が所狭しと張り付けてあった。
確かにこの量から察するに、依頼の処理は間に合ってなさそうだ。
「では、ここで少しお待ちくださいね」
カウンターの1つに案内されると、ソフィアは『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた部屋に入っていく。
それを不思議そうに見つめていると、カイルがそれを教えてくれた。
「鑑定水晶を取りに行ったんだ。簡単に言うと適性を診断してくれるマジックアイテムみたいなもんだ」
「おまたせしましたぁ」
パタパタと足早に戻ってきたソフィアは、ハンドボールほどの大きさの水晶をゴトリと俺の前に置き、ポケットから黒っぽいタグを取り出した。
それはクレジットカードの半分位の大きさで、カイルやソフィアが首から下げている物と酷似している。
「それでは適性鑑定を始めます。まずは利き腕じゃない方で、水晶に触れて下さい。触れたらそのまま離さないでくださいね」
言われた通り水晶に触れる。ひんやりとした感触と共に水晶がうっすらと輝き、ソフィアとカイルは目を細めつつもそれを真剣に覗き込む。
「やはり魔法系ですね……。えーと……黒は……死霊術……ですね。あとは……物理系もお持ちですね……鈍器適性です」
「へぇ、ハイブリッドかぁ」
「ハイブリッド?」
「ああ。物理系と魔法系、両方の適性を持っている冒険者をハイブリッドクラスって言うんだ」
「めずらしいんですか?」
「そうですね、基本的には持っている系統の方が成長しやすいので、魔法系適性なら座学などで得意分野を学び、物理適性であれば体を鍛えるのが一般的なんですよ。なので魔法と物理、どちらも持っている方は比較的珍しいと言えますね」
「死霊術というのは?」
ソフィアの表情が僅かに陰る。
「……正直申し上げにくいのですが、あまりお仕事の役には立たないかと……。死霊術は霊を自分に降ろしたり、その声を聞いたり……。後は骨を使った占いなどが一般的ですが……」
「ですが?」
「降霊は、ご家族の依頼で故人と話したい……なんて時があれば役に立ちますが、限定的過ぎて……」
「死霊術というと、骸骨を操ったりするってイメージなんですが……」
「たしかに昔はそういうことも出来たみたいですが、戦闘向けの死霊術の魔法書は、とうの昔に廃版になってしまっていて……」
「何故?」
「骸骨や死体を操るのは、墓荒らしとして罰せられますし、倫理的にあまりよろしくはなくてですね……」
そりゃそうだ。だが、自分の持っている適性には思うところがあった。
それは自分の実家が、仏寺であったからだろう。
盆の忙しい時期には、一家総出で手伝ったものだ。
兄が寺を継ぎ、俺は親父のコネで知り合いの葬儀屋に就職したが、意外と棺桶が重く、それで腰を悪くしてしまったのだ。
鈍器適性の由来はなんだろう……。木魚を叩いていたからか、DIYが趣味だからだろうか?
「では、水晶に触れたままで、こちらのプレートに利き手で触れてください」
それは机に置かれた先程のタグ。
「こうですか?」
言われた通りそれに手を添えると、ビシッという何かが弾けるような音と共に無数の亀裂がプレートに奔る。
その隙間から漏れ出る閃光は次第に強さを増し、黒かったプレートの薄皮が剥がれ落ちると、薄紫色に淡く輝くプレートが露になった。
「「えええええぇぇぇぇぇぇぇ!」」
急に隣で大声を上げられれば誰だって驚く。
ビクッと僅かに身体が跳ねると、沸き上がる恥ずかしさ。
2人の反応は、予想外とでも言いたげなもの。恐らく凄くいいものか、まったくダメな2択なのではないだろうか?
「ちょ……ちょっと九条さんはそのまま、お待ちいただけますか? あ、カイルは一緒に来てください」
「お……おう……」
ソフィアはそう言うと、俺の返事も聞かずに、カイルと共に奥の部屋に籠ってしまった。
そのまま待ち続けること数分。奥の扉がゆっくり開くと、ソフィアとカイルは何事もなかったかのようにカウンターへと戻ってくる。
そんな2人の表情は、何故か少々ぎこちない。
「お……お待たせしてすみません。あっ、もう手は離してもらって結構ですよ?」
俺がプレートから手を離すと、ソフィアはカイルに片付けを頼み、カイルは水晶とプレートを持って奥の部屋へと戻って行った。
「それでは本部に登録しますね。【通信術】」
ソフィアが胸元のプレートに手を添えると、それは淡く輝き出す。
「新規登録をお願いします。……はい……コット村支部、専属です。……はい……名前は九条です。カッパーです。……はい……」
通信術という魔法は、電話かトランシーバーのようなものなのだろう。
なんだかスマホの契約と似てるな。などと考えていると、戻ってきたのはカイル。
――が! 次の瞬間。カイルがソフィアのお尻を撫でたように見えたのだ。痴漢? セクハラ? どちらにしろアウトである。
しかし、ソフィアはそれに動じることなく登録作業に集中していた。
気付かなかったのか、それとも公認の仲なのか……。
セクハラが許される世界だったら嬉しいが、そんなことはないだろう。
若干の迷いはあったものの、結局は俺の見間違いということにして口を噤んだ。
藪蛇で面倒なことに巻き込まれるのも御免である。
「はい、登録が終わりました。これで九条さんはコット村専属冒険者となりました。おめでとうございます」
「わー……」
カイルが横で拍手してくれているが、やはり何処となくぎこちない。
笑顔ではあるが、瞳の奥は笑っていないわざとらしさ。
「で、こちらが九条さんのプレートになります。身分証明書となりますので、無くさないようにしてくださいね?」
そう言ってソフィアは後ろのポケットからプレートを取り出し、俺の前に置いた。
それはソフィアとカイルが付けている物と同じ茶色だ。首から下げられるように紐が付いている。
「さっきのタグ……プレートは?」
「さっきの……ですか?」
「俺が触っていた銀色のやつ……」
「えぇーっと……。あぁ! あれはギルドで管理する用のプレートなので……」
何か引っかかる気がする。すぐに返事が返ってこなかったのも怪しいと言えば怪しい……。
――が、ソフィアがそう言うのであれば、そうなのだろう。
たとえ何かを騙していたとしても、俺から盗れる物など何もない。なんといっても無一文だ。
仕事と寝床を確保できただけでも恩の字。ここまで良くしてくれた人を疑うのも悪いかな? という気持ちもあった。
「では本日はこれで終了です。明日は九条さんの担当職員を決めるのと、簡単な講習があるので、お昼前にギルドに顔を出してください。お泊りなら3階に部屋を3つご用意していますので、1ヵ月間はお好きな部屋を自由に使っていただいて結構です。ギルド専用のお部屋ですので」
笑顔で説明するソフィアは自然体で、おかしな部分は見られない。
「お食事は1階で――ってのは知ってますよね」
「よし、じゃぁ俺は見張りに戻るわ。これからよろしくな九条」
「ああ。こちらこそよろしく」
カイルは階段を降りていき、ソフィアはギルドの仕事へと戻って行く。
ひとまずは、一難去ったと言っていいだろうか。転生者ということがバレなかったことに安堵する。
まだ知らないことは多々あるが、懸念点であった仕事は決まった。
2人は登録だけでいいと言っていたが、そうはいかない。
自分に出来ることは少ないが、受けた恩を返す為にも早く仕事を覚え自立できるようにしなければ……。
1か月後には、自分のカネで宿を確保しなければならないのだ。
自分の生活のことばかり考えていた今の俺には、2人を疑う余地も余裕もなかったのである。
話だけ聞くと言ったらこれだ。深夜の通販番組のような怒涛の売り込みに、正直ちょっと引いてしまう。
しかし、メリットだけ聞けば悪くない話だ。カネのない俺にとって、住み込み食事付きは大変ありがたい。
担当を選ぶ――というのがよくわからないが、それより問題は仕事内容の方である。
いきなり魔物退治などを任されて、失敗した挙句に死亡――なんてのは、まっぴら御免だ。
「確かにそれだけ聞くといい話だとは思いますが……」
「じゃぁ!」
ソフィアは嬉しそうに目を輝かせる。
「いや、待ってください。仮にギルドに登録したとして、仕事内容はどういった感じなんでしょうか?」
ゲームや物語の中での冒険者ギルドと言えば、大きな掲示板に依頼書が張り付けられていて、そこから自分に見合った仕事を探す――という流れだと認識している。
その質問に2人は顔を見合わせると、何かを決意したかのように頷いた。
「特に何もしていただく必要はございません。登録するだけで結構でございます」
「いやいや、登録しただけで宿泊施設が無料で使えたり、飯が食えたりするのはおかしいでしょ……。それなら村人の誰かが、ギルドに登録すればいいじゃないですか」
「もちろんそれは可能なのですが、この村には適性持ちがいないので……」
「適性持ち?」
「はい。人は生まれながらに適性を持っています。成長によって会得することもあれば、自然と身に付くこともあります」
「ちなみに俺は、狩猟適性と弓適性を持ってるぜ」
カイルが胸を張る姿は、どこか誇らしげだ。
「つまり、ここの村人はギルド所属に必要な適性がない……と?」
「そういうことになります……」
「じゃぁ俺も適性がなければ、ギルドに登録することは出来ないんじゃないですか?」
「いえ、魔力欠乏症になる人は、何かしらの魔法適性があるはずなので、恐らくは大丈夫かと……」
転生前にガブリエルが教えてくれた『経験が強く反映される』というのは、適性のことなのだろう。
「そこはわかりました。けど、何もしなくていいってのはどういうことです?」
「それは……」
口ごもるソフィアは、何から話せばいいか悩んでいるようにも見えた。
悩むほどのものなのかとも思ったのだが、俺はその話を聞いて納得したのだ。
ギルドは畑や家畜を襲う獣や魔物、盗賊の襲撃などから村を守る抑止力となっている。
隣の国とは外交上あまり仲が良くないようで、小さな戦争が頻発している為、より報酬の高い依頼を求めてそちらに冒険者が流れてしまっているようだ。
冒険者が村から出て行ってしまうと依頼が達成されず、ギルドにもお金が入らない。
ギルドの赤字経営が続けば支店の撤退。結果、村人が困るということのようだ。
「もちろん依頼を受けてくださった方が助かりますが、所属登録してくださるだけでも、首の皮1枚繋がるんです!」
必死に訴え掛けるソフィア。
ギルドの存続に必要な条件は主に2つ。1つはギルドの売り上げだ。
場所によって異なるが、ギルドへの依頼料の60%が冒険者に支払われ、残りの40%がギルドの取り分になる。
もう1つは、ギルドに所属している冒険者の人数や強さだ。
拠点を持たずに渡り歩く、一般的な"流れ"の冒険者。それとは別に"村付き"、"街付き"、"専属"などと呼ばれる冒険者がいる。
その名の通りその拠点でのみ活動する冒険者のことで、最低でも数か月間は縛られるが、依頼報酬とは別にギルドから毎月一時金が支給されるのだ。
ソフィアいわく、高ランクの冒険者は報酬額の低い依頼は受けないので、必然的に低ランクの依頼が溜まってしまうらしい。
高ランク冒険者がやりたがらない依頼の処理や、村の警備などが主な仕事内容になるそうだ。
2000年前に魔王が倒されてからというもの、冒険者に憧れを抱く者や、夢を見る若者も減少傾向にある。故に地方のギルド支部は、人手不足が深刻なのである。
「ど……どうでしょうか?」
全て話した。あとはこちらの返事待ち――といったところか。
「わかりました。俺でよければ協力します」
「「やったー!」」
真剣な面持ちで俺を見つめていた2人は、返事を聞くと嬉しそうに歓声を上げ、手を取り合った。
実は話の途中から受けようとは決めていたのだ。
助けてもらった恩というのもあるが、ソフィアとカイルの村を守りたいという熱意が痛いほど伝わったからだ。
しかし、自分に適性と言うものがあるのかどうか――。それだけが気掛かりであった。
「ただし、俺に適性がなかったら諦めてください」
2人は、キョトンとして「そんな訳ないだろう?」とでも言いたげな様子だったが、ソフィアは俺が冗談で言っている訳ではないと悟り、その場合は諦めることを約束してくれた。
「おっと、そうだった。自己紹介がまだだったな。俺の名はカイル。この村で"村付き"の冒険者をやっている。ちなみに、この村は俺の故郷なんだ」
なるほど。それならこの村に肩入れするのも頷ける。
「では、登録作業をしますので2階へどうぞ」
綺麗に平らげたたまごかけごはんのトレイをカウンターに下げると、厨房から出てくるレベッカ。
「ご馳走様。美味かったよ」
「お粗末様。あんた、ギルドに入るのかい?」
「ああ」
「へぇ。ソフィアも中々やるじゃねーか」
「すごいでしょ?」
階段下で俺を待っていたソフィアは、先程の真剣な表情とはうってかわってフランクに答え、レベッカに向かってガッツポーズをして見せた。
「おい、おっさん。登録終わったら夕飯はウチに来なよ。うめぇ飯用意して待ってるからさ」
おっさんと呼ばれたことに少し引っかかりを感じるも、嬉しそうなレベッカの笑顔に「登録出来たらそうさせてもらうよ」とだけ言い残し、その場を後にした。
冒険者ギルド。銀行の窓口のようなカウンターに横長のイスがずらりと並んでいて、壁には大きな掲示板。
そこには仕事の依頼書が所狭しと張り付けてあった。
確かにこの量から察するに、依頼の処理は間に合ってなさそうだ。
「では、ここで少しお待ちくださいね」
カウンターの1つに案内されると、ソフィアは『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた部屋に入っていく。
それを不思議そうに見つめていると、カイルがそれを教えてくれた。
「鑑定水晶を取りに行ったんだ。簡単に言うと適性を診断してくれるマジックアイテムみたいなもんだ」
「おまたせしましたぁ」
パタパタと足早に戻ってきたソフィアは、ハンドボールほどの大きさの水晶をゴトリと俺の前に置き、ポケットから黒っぽいタグを取り出した。
それはクレジットカードの半分位の大きさで、カイルやソフィアが首から下げている物と酷似している。
「それでは適性鑑定を始めます。まずは利き腕じゃない方で、水晶に触れて下さい。触れたらそのまま離さないでくださいね」
言われた通り水晶に触れる。ひんやりとした感触と共に水晶がうっすらと輝き、ソフィアとカイルは目を細めつつもそれを真剣に覗き込む。
「やはり魔法系ですね……。えーと……黒は……死霊術……ですね。あとは……物理系もお持ちですね……鈍器適性です」
「へぇ、ハイブリッドかぁ」
「ハイブリッド?」
「ああ。物理系と魔法系、両方の適性を持っている冒険者をハイブリッドクラスって言うんだ」
「めずらしいんですか?」
「そうですね、基本的には持っている系統の方が成長しやすいので、魔法系適性なら座学などで得意分野を学び、物理適性であれば体を鍛えるのが一般的なんですよ。なので魔法と物理、どちらも持っている方は比較的珍しいと言えますね」
「死霊術というのは?」
ソフィアの表情が僅かに陰る。
「……正直申し上げにくいのですが、あまりお仕事の役には立たないかと……。死霊術は霊を自分に降ろしたり、その声を聞いたり……。後は骨を使った占いなどが一般的ですが……」
「ですが?」
「降霊は、ご家族の依頼で故人と話したい……なんて時があれば役に立ちますが、限定的過ぎて……」
「死霊術というと、骸骨を操ったりするってイメージなんですが……」
「たしかに昔はそういうことも出来たみたいですが、戦闘向けの死霊術の魔法書は、とうの昔に廃版になってしまっていて……」
「何故?」
「骸骨や死体を操るのは、墓荒らしとして罰せられますし、倫理的にあまりよろしくはなくてですね……」
そりゃそうだ。だが、自分の持っている適性には思うところがあった。
それは自分の実家が、仏寺であったからだろう。
盆の忙しい時期には、一家総出で手伝ったものだ。
兄が寺を継ぎ、俺は親父のコネで知り合いの葬儀屋に就職したが、意外と棺桶が重く、それで腰を悪くしてしまったのだ。
鈍器適性の由来はなんだろう……。木魚を叩いていたからか、DIYが趣味だからだろうか?
「では、水晶に触れたままで、こちらのプレートに利き手で触れてください」
それは机に置かれた先程のタグ。
「こうですか?」
言われた通りそれに手を添えると、ビシッという何かが弾けるような音と共に無数の亀裂がプレートに奔る。
その隙間から漏れ出る閃光は次第に強さを増し、黒かったプレートの薄皮が剥がれ落ちると、薄紫色に淡く輝くプレートが露になった。
「「えええええぇぇぇぇぇぇぇ!」」
急に隣で大声を上げられれば誰だって驚く。
ビクッと僅かに身体が跳ねると、沸き上がる恥ずかしさ。
2人の反応は、予想外とでも言いたげなもの。恐らく凄くいいものか、まったくダメな2択なのではないだろうか?
「ちょ……ちょっと九条さんはそのまま、お待ちいただけますか? あ、カイルは一緒に来てください」
「お……おう……」
ソフィアはそう言うと、俺の返事も聞かずに、カイルと共に奥の部屋に籠ってしまった。
そのまま待ち続けること数分。奥の扉がゆっくり開くと、ソフィアとカイルは何事もなかったかのようにカウンターへと戻ってくる。
そんな2人の表情は、何故か少々ぎこちない。
「お……お待たせしてすみません。あっ、もう手は離してもらって結構ですよ?」
俺がプレートから手を離すと、ソフィアはカイルに片付けを頼み、カイルは水晶とプレートを持って奥の部屋へと戻って行った。
「それでは本部に登録しますね。【通信術】」
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「新規登録をお願いします。……はい……コット村支部、専属です。……はい……名前は九条です。カッパーです。……はい……」
通信術という魔法は、電話かトランシーバーのようなものなのだろう。
なんだかスマホの契約と似てるな。などと考えていると、戻ってきたのはカイル。
――が! 次の瞬間。カイルがソフィアのお尻を撫でたように見えたのだ。痴漢? セクハラ? どちらにしろアウトである。
しかし、ソフィアはそれに動じることなく登録作業に集中していた。
気付かなかったのか、それとも公認の仲なのか……。
セクハラが許される世界だったら嬉しいが、そんなことはないだろう。
若干の迷いはあったものの、結局は俺の見間違いということにして口を噤んだ。
藪蛇で面倒なことに巻き込まれるのも御免である。
「はい、登録が終わりました。これで九条さんはコット村専属冒険者となりました。おめでとうございます」
「わー……」
カイルが横で拍手してくれているが、やはり何処となくぎこちない。
笑顔ではあるが、瞳の奥は笑っていないわざとらしさ。
「で、こちらが九条さんのプレートになります。身分証明書となりますので、無くさないようにしてくださいね?」
そう言ってソフィアは後ろのポケットからプレートを取り出し、俺の前に置いた。
それはソフィアとカイルが付けている物と同じ茶色だ。首から下げられるように紐が付いている。
「さっきのタグ……プレートは?」
「さっきの……ですか?」
「俺が触っていた銀色のやつ……」
「えぇーっと……。あぁ! あれはギルドで管理する用のプレートなので……」
何か引っかかる気がする。すぐに返事が返ってこなかったのも怪しいと言えば怪しい……。
――が、ソフィアがそう言うのであれば、そうなのだろう。
たとえ何かを騙していたとしても、俺から盗れる物など何もない。なんといっても無一文だ。
仕事と寝床を確保できただけでも恩の字。ここまで良くしてくれた人を疑うのも悪いかな? という気持ちもあった。
「では本日はこれで終了です。明日は九条さんの担当職員を決めるのと、簡単な講習があるので、お昼前にギルドに顔を出してください。お泊りなら3階に部屋を3つご用意していますので、1ヵ月間はお好きな部屋を自由に使っていただいて結構です。ギルド専用のお部屋ですので」
笑顔で説明するソフィアは自然体で、おかしな部分は見られない。
「お食事は1階で――ってのは知ってますよね」
「よし、じゃぁ俺は見張りに戻るわ。これからよろしくな九条」
「ああ。こちらこそよろしく」
カイルは階段を降りていき、ソフィアはギルドの仕事へと戻って行く。
ひとまずは、一難去ったと言っていいだろうか。転生者ということがバレなかったことに安堵する。
まだ知らないことは多々あるが、懸念点であった仕事は決まった。
2人は登録だけでいいと言っていたが、そうはいかない。
自分に出来ることは少ないが、受けた恩を返す為にも早く仕事を覚え自立できるようにしなければ……。
1か月後には、自分のカネで宿を確保しなければならないのだ。
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兎屋亀吉
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異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。
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