生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第1話 プロローグ

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「お目覚めになられましたか?」

 ふと目を開けると視界に入ってきたのは1人の子供……。
 寒そうな白いワンピースを着た、10歳前後の女の子だ。
 耳元からサラリと垂れた黄金の髪をかき上げ、俺の顔を不安そうに覗き込んでいた。

「あのぉ……。大丈夫ですか?」

 何故かホッとしてしまったのは、それが日本語だったからだ。
 身体を起こし置かれている状況を把握しようと辺りを見渡すも、霞がかっていて場所の特定には至らない。

 何故こんな所にいるのか……。
 まだ認知症で徘徊するような歳ではないし、昨晩は酔っぱらうほど飲んではいないはずである。
 落ち着いて思い出そう。
 名前は九条颯馬くじょうそうま。歳は30。住所は……大丈夫だ。覚えている。
 仕事で痛めた腰を診てもらうために病院を訪れ、検査の結果軽い手術をすることになった。
 手術着に着替え、順番が来るまで案内された病室で寝ていたはずだが……。
 しかし、目の前にいる金髪の可愛らしい女の子は、どうみても看護師や医者には見えない。
 白いワンピースに背中の翼。そして頭に浮かぶ輝く輪っか。どうみても天使のイメージにそっくり。
 そしてこの現実味のない空間……。

 全ての謎が解け、ニヤリと笑みを浮かべる。
 これはVR映像を見せられているのだ。可愛い悪戯である。
 寝ている間にゴーグルを着けられたのだろう。これを外せば現実世界が……。

 あるはずの物がなく、自分の顔を撫で回す。
 落ち着け……。最初から……。最初から考えよう……。
 まずは病院だ。そして手術。起きたら天使がいた……。
 そこから連想される答えは1つである。

「もしかして俺、腰痛の手術で死んだの?」

「いえ……あの……ごめんなさい!」

 返って来たのは見事な土下座。背中の翼が丸見えだ。
 大きく背中の開いた服から見えるその付け根は、偽物かと疑う余地がないほどに地肌からしっかり生えていた。

「ちょ……ちょっと待ってくれ、いまいち状況が呑み込めないんだが……」

「それについては、私から話そう……」

 どこからともなく聞こえてくるしわがれた声。
 ご年配の男性であろうことは推測出来るが、その姿は見えない。

「我は神なり。ここは霊界。死後、魂の行き着く場所であり、輪廻を待つ場所でもある」

「え? じゃぁやっぱり俺は死んだの?」

「さよう。お主の魂は、そこにおる天使ガブリエルが間違って回収した」

「……は?」

「本来連れて来るべきは隣の病室におる魂だったのじゃ。名前がよく似ていて取り違えてしまったのじゃよ」

「はぁぁ!? じゃぁ俺はコイツの手違いで殺されたのか!?」

 土下座スタイルを崩さぬままのガブリエルを指差し、声を荒げる。

「まぁ、そういうことになるじゃろうなぁ。よくある医療ミスのようなものじゃ。ホッホッホッ……」

「いや、よくねぇよ! 家では大事な婚約者が俺の帰りを待ってるのに……」

「ホントに?」

「いや、嘘だけども……」

「ぶはっ……――ッ!? ……ごめんなさい! ごめんなさい!」

 気を紛らわせようと言った冗談に吹き出してしまったガブリエルは、最早謝ることしかできない機械のよう。
 そっと頭を上げてこちらの様子を窺うも、目が合うとすぐに頭を下げる。
 死という事実を突きつけられはしたものの、何故だか妙に落ち着いていた。
 恐らくはそれを信じられなかったからだろうが、もし会話しているのが本物の神様であれば、生き返ることも出来るのではないかと思ったからだ。
 わざわざ謝りに来ただけということはあるまい。

「間違いで連れてこられたのなら、生き返れるんですよね?」

「……残念ながら1度こちらに来てしまった魂を、元の世界に戻すことはできん」

「え……。じゃぁ俺はどうなるんです? 天国で暮らすとか?」

「……お主、どれほど自分の人生に自信があるのか知らぬが、地獄に落ちる可能性もあるとは思わんのか?」

「言われてみればそうですが、手違いで連れて来たのはそっちでしょう? それなのに地獄に落ちろというのは、ちょっと酷くないですか?」

「まぁそうじゃな……。ガブリエル?」

「ひぃぃぃ……ごめんなさい! ごめんなさい!」

 背中の翼をぷるぷると小刻みに震わせるその姿は小鳥のよう。
 可愛いとは思うが、可哀想とは思わない。

「そこでじゃ。お主には2つの選択肢を与えようと思う」

「選択肢?」

「さよう。このまま死ぬか、別の世界で残りの人生を歩むかじゃ」

「……死んでしまうと、どうなるんです?」

「転生先が見つかるまで霊界で過ごすことになるのぅ。霊界はいい所じゃぞ?」

「そもそも霊界がわからないんですが……」

「まぁ、実際に見てもらった方がええじゃろ。……ゼルエル!」

 すると空中に大きなモニターのような物が映し出された。
 画面の右上にはLiveの文字。中央に映っているのはガブリエルによく似た格好の天使だ。

「お呼びでしょうか?」

「ゼルエル。迷える魂の為、霊界の良いところをアピールせよ」

「お任せ下さい!」

 切り替わる映像。そこに映し出されたのは真っ白な場所。例えるなら雲の上の広大な世界。
 青空の下、疎らに映る人影に大きな石造りの建物は神殿のようにも見える。

「オホン。霊界はとてもいい所です。争いや、いざこざなどは一切なく、世界中どこを探してもここ以上に平和な所はないでしょう」

 映し出される映像が次々と切り替わる。それは平和を訴えているような優しい世界。
 生まれたての子供を抱く母親。白い鳩が大空を飛翔し、無邪気に遊ぶ獣達。
 そして最後に真っ白な世界。恐らく霊界であろう場所だ。

「霊界とは輪廻の待合室。次の転生が決まるまで自由な暮らしを堪能できます。霊界こそが理想郷であり、全ての魂の安息の地なのです!」

 確かに聞いているだけなら、とてもいい環境だ。力強くスピーチしているゼルエルは自信に満ち溢れ、得意げである。
 しかし、その後ろに小さく映る人々は、なんというか覇気が全く感じられず、そもそも生きているのかさえ疑わしい。

「ちょっと質問があるのですが……あっ、これ聞こえてます?」

「聞こえているはずじゃ」

「すいませんけど、後ろに映ってる人にもうちょっと近寄ることって出来ますか?」

「え゛っ……」

 ニコニコと満面の笑みを浮かべていたゼルエルの表情が一瞬、引きつったように見えた。

「は……はぁい。では、ちょーっとだけ近づきますねぇ……」

 それは言った通り、本当に少しだけだ。
 安物のスマートフォンでも、もっとズーム出来るだろと言いたいくらいである。

「いやいや、確かに近づきましたけども……」

 ゼルエルの後ろに映っている人との距離はおおよそ20メートル程度。
 人だとはわかるが、表情は読み取れない。

「せめて3メートル位までは近づいてくださいよ。……あ、3メートルってわかります? 霊界ってヤードポンド法ですか?」

「……かみさまぁ……」

 今にも泣き出しそうなゼルエル。
 その理由は、なんとなくわかっていた。恐らく都合が悪いのだろう。
 ゼルエルは神の言った通り、いいところしかアピールしていない。
 間違ってはいないのだろうが、俺は生の声が聞きたいのだ。
 聞こえてきたのは大きなため息。それと「言われた通りにしてやれ」という諦めにも似た答えであった。

 画面に映し出されたのは1人の男性。
 話し声が聞こえてもおかしくない距離まで近づいてはいるのだが、こちらに気付くどころか何もない空をボーっと見上げているだけ。

「すいません。ちょっとお聞きしたいことが……」

 空を見上げていた人はまず目線をこちらに向け、それからゆっくりと首を動かし振り向いた。
 寝違えて首が曲がらないのかと思う程ゆっくりと。正直に言って不気味である。

「突然すいません。霊界について教えていただきたいのですが……」

「……見ればわかるでしょ……。何もないよ……」

 確かに地平線が見えるほどの真っ白な世界は雄大で、神秘的な場所のように見える。
 画面の至る所に映っている人々は何処か朧気で、見た目は至って健康なのだが、座り込む者や徘徊している者など、ゾンビ映画でも見ているのかと思うほどに生気が感じられない。
 その時だ。急に画面がグラグラと揺れ始め、おおよそその場所には似つかわしくない怒号が響いたのだ。

「おい! てめぇ天使だな!? 俺の転生はいつなんだよ!! もう600年も待ってるのに一向に順番回ってこねぇじゃねぇか!」

「ひぃぃぃぃ。そんなこと私に言われても……。文句は行政に言ってくださいぃぃ……」

 映像はそこで途絶え、映っているのは砂嵐。
 突然の出来事に唖然とするしかなく、辺りには気まずい雰囲気が立ち込める。

「……別の世界に行こうかな……」

「何故じゃ!? 」

「何故って、何もないんじゃ暇なだけだ。寝て起きて食って寝るだけって……。あんなんじゃ精神を病んでも仕方ない」

「昼夜の概念がないから睡眠は不要じゃ。もちろん疲れることもないし、腹も減らん」

「余計悪い! しかも、600年は長すぎる!」

「しょうがないじゃろ! お前んトコの世界は、最近デカイ戦争ないんじゃから! 魂の量は常に一定で、バランスが大事なんじゃ!」

「逆ギレすんな!」

「いいんじゃよ! 廃人になっても転生したら、霊界のことは忘れるんじゃから!」

「確信犯じゃねーか!」

「あゎゎゎゎ……」

 言い争う2人の迫力に気圧され、涙目でオロオロと狼狽えるガブリエル。
 それが目に入ると俺は若干の落ち着きを取り戻し、出たのは盛大なため息だ。

「はぁ……。取り敢えず霊界行きはあり得ない。別の世界で残りの人生を過ごすことにしますよ……」

「さようか……。まぁ、お主ならどこの世界でもそこそこやっていけるじゃろうて……。では、ガブリエル。その者の転生は任せたぞ?」

「は……はい! かしこまりました!」

 神様のクセに役立たず。上から目線で話す口調が癪に障るも、それ以降その声を聞くことはなかった。

「では、九条さん。転生先の希望はありますか?」

 何もない所から大きな辞典のような書籍を取り出し、それを捲り始めるガブリエル。

「えーっと。こっちで選んでいいの?」

「はい。元居た世界。それと種族として人間が誕生していない世界。あと文明の発達している世界はダメですけど、それ以外であれば」

「文明の発達している世界はなんでダメなんだ?」

「戸籍を偽造するのが面倒くさいので」

「そんな理由かよ……」

 意外と現実的な問題で、すんなりと納得してしまった自分に苦笑する。

「0歳からであれば制限はないのですが、今回は特例でそのままの年齢を維持しますので、科学の発達してない剣と魔法の世界とかがオススメですね。命が軽い世界なので、多少人口が増減するくらいなら誤魔化せます!」

 可愛らしい笑顔ではあるが、言ってることは若干怖い……。
 まぁ、何処に転生しても霊界よりはマシだろう。

「じゃぁ、もうそこでいいよ。……で、俺はそこで何をすればいいわけ?」

「お好きに生きて下さって結構ですよ? 何かを成す為に転生するわけではありません。私達のお仕事は魂の管理と世界のバランスを保つこと。それとも命を賭けてまで何か偉業を成し遂げたいと考えたりしてます?」

「いや、そんな大それたことは考えてない。一般人として平凡な生活を営めればそれでいい」

「ご安心下さい。世界のバランスを崩してしまうような能力は差し上げられませんが、どの世界を選んでも対応した言語能力を無償で差し上げます」

 持っていた辞典が差し出され、それを反射的に受け取った。
 見た目に反して、重さを全く感じない。

「360ページから1380ページまでの世界でしたら、どこでも大丈夫です」

 開いた辞典に目を走らせるも、眩暈がしそうなほどの情報量に辟易とする。
 日本語で書かれていて読むこと自体は可能であるが、1ページの半分まで読み進めると、書かれている文字が自動的にスクロールするので、いつまで経っても終わりが見えない。
 数日単位で書かれている歴史年表を見ているようで。面倒臭いにもほどがある。

「読めるか! こんなもん!」

「え? その本は持っている人が理解出来る文字になるので、読めると思いますけど……」

「いや、そういう意味じゃなくてだな……」

「はぁ……」

 力ない返事が返ってくる。

「まぁあれだ。こんなの何年経っても読み終える気がしないから、もうそっちで適当に選んでくれ。普通に生活出来るような所なら、どこでもいい」

 少々投げやり気味ではあるものの、それをバタンと勢いよく閉じ押し付けるように突っ返す。

「そうですか? じゃぁ出来るだけ、九条さんの居た世界と似たような世界を選びますね。そうすると……」

 ガブリエルはリズミカルにページを捲り続け、それはあるところでピタリと止まる。

「あ! この第1183世界なんかどうですか?」

「いや、番号言われてもわからんし」

「あっ、そーですよね……。ざっくり説明するとファンタジーですね。今までの経験がより強く反映される世界です」

「経験?」

「はい。初めて使う道具も、長い間使い続けることによってコツとか掴めるじゃないですか。それが今までいた世界より、強く感じられると思っていただければ……」

 わかったような、わからないような……。

「基本的には平和な世界です。魔王が存在していた世界ですが、2000年前に倒されています。人間やエルフ、獣人などが一般的な種族ですね」

「基本的?」

「知的生命体が住んでいる以上、争いは起こり得るものです。100%平和な世界は何処にもありません。強いて言うなら霊界ですが……」

「霊界だけは絶対にない」

「ですよね……」

 苦笑いを浮かべるガブリエル。わかっているなら聞くんじゃない。

「なら、そこでいいよ」

「なんだか適当になってません?」

「考えたってどうにもならないからな。異世界のことはそっちの方が詳しいだろうし、ガブリエル……だっけ? 君を信じるよ」

「わかりました!」

 晴れやかな笑顔と共に返ってくる元気のいい返事。
 持っていた辞典が何処かに消えると、ガブリエルは背中の翼でふわりと浮き上がった。

「ゴホン。では九条さん。あなたを第1183世界へ転生させるにあたり、言語スキルを授けます」

 小さな両手が差し出され、俺の顔を包み込む。

「目を瞑って……」

 お互いの吐息が聞こえるほどの距離。そして額に柔らかい感触を感じた。
 刹那、膨大な知識が自分の中に流れ込んで来るのがハッキリとわかった。
 遠慮なしに頭に入ってきた謎の言語は、一瞬にして謎ではなくなったのだ。
 出来なかったことが出来るようになった晴々とした気分だが、それと同時に頭を使った時の精神的疲労が全身を襲い、ありえないほどの倦怠感を覚える。
 フラフラとする俺を、ガブリエルが支えてくれた。

「すまん……」

「いえいえ。これで全ての準備は整いました。最後に何か質問はありますか?」

「……それはお願いじゃダメか?」

「私に出来ることであれば……」

「じゃぁ、腰痛治してくんね?」

 まさか、そんなことを言われるとは思わなかったのだろう。
 ガブリエルは、なんとも言い表せない微妙な表情を浮かべていた。
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