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第1話 意思の疎通は難しい(サラ視点)
しおりを挟む緊急事態! 緊急事態! 壁ドンです!
前世と今世合わせて初体験の状況です! これって少女漫画の世界にしかないイベントだと思ってましたが違うんですね。
どうしましょう?
どうすべきですか?
でも一つ、わかったことがあります! 所謂“壁ドン” が、トキメク要因になるのは相手が意中の人である、もしくは、好意的に思ってる人限定なんだと!
自分より身体の大きい初対面の男の人にされると、これはただの恐怖体験です。
あ、皆さまこんにちは。私、サラ・フォン・ベッケンバウワーと申します。
公爵家の娘、十二歳です。
今日は婚約者となった王子殿下と初顔合わせのために父とともに登城いたしました。
脳内でこんなふざけた実況モドキをしていないと気絶しそうな恐怖に襲われています。
初対面の殿方からの、壁ドンです。
国王陛下とともに現れた少年は私の婚約者ヘルムバート・フォン・ローリンゲン第一王子殿下。十四歳です。
第一印象は“うん、これぞ美少年王子!” でした。
輝く金髪にアイスブルーの瞳。眉目秀麗……なんて四字熟語を思い出したりしました。
遺伝子あるいはお食事内容のおかげか、すくすくと育ったのでしょう。私より縦にも横にも長く大きく“少年”というカテゴライズから卒業し“青年”になりかけてる風情。
十四歳、といえばあれですよね。
前世で言うところの中学ニ年生くらい、です。大きい子は大きい。(小さい子は小さいままだけど)
これから筋肉が付けばもっとガッシリと男らしくご成長あそばすのでしょう。
国王陛下がガッシリめの金髪イケメンでしたからね。よく似ていらしたし。
王子殿下が、国王陛下になる、まさしくビフォーアフターの図をさきほど目の当たりにしましたよ。
あぁ、いけませんね。さっきから現実逃避してばかりです。
その婚約者殿は互いの父親同士をともにしての会談中は大人しく礼儀正しい王子さま、でした。
多少、表情筋が仕事してないなぁ……とは思いましたが、まあその程度はね。十四歳の少年ですものね、普通ですよ。
その王子殿下が『この婚約の記念にあなたに渡したい物がある』と宣いやがりまして。
まんまと自室に誘い込まれまして。
あれよあれよという間に現状の『壁ドン』ですよ。
どうしてこうなった感、ぱない。
決して二人きりではありませんよ。
私の侍女も、殿下の護衛兵――だよね? 近衛の制服着てるし。側近かしら? ――も同室にいることは、います。
でも、彼らも殿下の突然の行動に目が点になっているのが殿下の肩越しに視界に入ります。
「でで、殿下? いったい、どう、なさい、ました?」
怖い恐いコワイっっっ。
あまりの怖さに声が震えちゃうっっっ。
なにが怖いって、殿下ってば無表情なのよっ。そうなると切れ長の目が猛禽類を想起する光を放って実に怖いマジ恐い。不良ヤンキーにカツアゲされたらきっとこの恐さね!
さきほどからツラツラとこの世界には無いワードをぶっ込んでる私は、たぶん皆さまがお察しのとおり、転生者です。
はい、前世の記憶持ちです。
平和を謳歌する日本に生まれた前世の私は、わりと早く死んでしまったので(三十よりまえに死んだと思う。最後の記憶は病院の天井だったから)、今世こそは長生きしたい。
ちゃんと結婚して子ども生んで、その子が生む孫を(嫁ちゃんが生む孫でも構いません)、とにかく孫の顔を見るまで死ねないのです!
……現在十二歳の少女の思考としてはなかなか老成してる自覚はありますが、仕方がないとご了承くださいませ。
なのに、なんの因果かマッポの手先……ではなく。
なんの因果か公爵家のご令嬢なんかに生まれて齢十二にして婚約者とご対面。……波乱万丈な予感。
これ、どこの乙女ゲームかなと思うも該当記憶はありません。
異世界に転生はしましたが、ゲーム・漫画・小説内ではないと思います。たぶん、恐らく、きっと……。
前世の私は転生もののラノベを好んで読み耽っていたので、無駄に怯えているだけかもしれませんが、【美少女の公爵令嬢に転生】【婚約者は王子殿下】とくれば、ざまぁが待ち受ける乙女ゲーム内に転生したのでは?! と疑心暗鬼にもなりましょう。えぇ、宮殿に来るまで怯えまくりでしたよ。
とはいえ。
来るかどうか分からない不確実な未来より、まずは現状打破! です。
今! 恐いヤンキーに脅されてます!
壁ドンで!
『飛び跳ねてみろよ? 小銭の音すんじゃねぇの?』……なんて台詞が今にも聞こえそうで聞こえない静寂。
その静寂のせいで、よけいに恐い。
殿下! 壁ドンまでしてフリーズしてるのはなぜ?!
さっきからうちの侍女と殿下のとこの護衛さんがオロオロしてますよ!
現状、私は直接の被害を受けていません。えぇ、囲いこまれているだけ、です。
だから彼らは殿下をお止めすべきか、はたまた私を助け出すべきか、判断がつかず無駄に手を挙げては降ろして、を繰り返してます。
彼らの身分では、殿下をお諌め申しあげるのも一大事ですからね。
ここは私が! この私がなんとかしなければ!
だって私、公爵令嬢だし!
自分で自分を「令嬢」って言っちゃうのは痛いと思うけど、王子に次ぐ身分なのは確かですからね!
などとつらつらと思いつつ、勇気をかき集めて振り絞って殿下の瞳を恐る恐る見上げてみれば。
殿下の瞳はアイスブルー。
あら綺麗。
宝石みたい。
前世、この色のピアスがお気に入りだったことを思い出した――。
あぁ。殿下の瞳をくり抜いて、私のピアスにしたい……って待て待て待てよ私!
なによ今の猟奇的な思考は!
落ち着け私、びー くーる。
殿下の表情からお気持ちを察するのよっ!
……見つめ合う瞳と瞳。
……無理だわ。
なにを考えてなにをしたいのか、さっぱり分からないわ。仕方ないけど。
だって今日が初対面だもの! どんな子なのか知識ゼロだもの! どうやって意思疎通を測ればいいのかサッパリ分からない!
どうしよぉ~~助けてドラ〇もーんっっっっ
「……僕は、こわい……か?」
おおっ。やっとお声が聞けましたよ!
でもなんて答えるのが正解なんでしょう?
怖い顔して「怖いか?」と聞かれたからといって、「はいそうですね」なんてバカ正直に答えてもいいものかしら。
返答する → 不敬にあたる → 処罰される……なんてコンボを生む罠だったらどうしよう。
それを避けるためここは一発! 相手の立場になる、を体験していただきましょう!
実力行使!
まずは、私の顔の両横につかれている腕をむんずっと掴み、この囲いを解除します……あら、思ったよりあっさり包囲腕は解除されましたよ。
そして殿下に壁際に立っていただきます。
立ち位置の交代ですね。
ジェスチャーで腰を屈めてくださいなと示せば……あら、殿下ってば存外素直に私の指示に従ってくれますのね。ノリの良い方だこと。
お顔には思っいっきり疑問符が張り付いていますけど、とりあえず私の意のままに行動してくれます。
でも、ただでさえ私より大きい殿下を私の目線より下にさせると……殿下を床に座らせてしまったわ……。
前世で言うところの、三角座りとか体育座りとかいう体勢に。
……ちょっと不敬の文字がチラついたけど!
女は度胸よ!
バンっっ!!
殿下の後ろの壁に私の両手を叩きつけました。随分派手な音がたちました。
てのひら、痛いです……くぅっ、負けないんだからっっ!
「どうでしょう、殿下。見下ろされて囲いこまれると、こわいですよね?」
私を見上げる殿下の瞳が、これでもかとばかりに見開かれています。
「背の高い人には低い者の気持ちを察するのは難しいと思います。たまには視点を変えるのも一興ですよ?」
そう言って、手の痛みを我慢しつつニヤリと笑った私を見上げる殿下は、十四歳のまだまだ子どものあどけない表情をしていました。
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