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本編

22.恥ずかしい

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 私の誕生日この花畑に連れて来てくれたの? と問えば黙って頷く旦那さま。
どうしよう。どうしましょう。どうしてくれよう!
嬉しい。嬉しくて堪らない。この胸に渦巻く想いを、どう表現すればちゃんと旦那さまに伝わるのでしょう?

「なぜ、ご存じだったのですか?」

私の問いに、不思議そうなお顔をする旦那さま。

「なぜもなにも……君と、婚約を結んだ時に……君の基本情報は釣り書きにあったから……知ってた」

 あぁ、婚約を交わすかどうか検討する為の身上書と言うものがありましたね。姿絵と共に、その人の基本情報が判るという。主に両親の家系とか本人の誕生日とか趣味とか……だったかしら。私の身上書も旦那さまの手元にあると思うとちょっと恥ずかしいです。

「……ただ、その時君が14歳だと知って……その、婚姻自体は先になるのだろうな、と思って……そのまま、日々の雑事に紛れて……結果的に放置してしまった。それも、申し訳なかった……そうか、三年も、経っていたんだな……」

 テキパキとお片付けを済ませた旦那さまは、革袋マジックバッグの口をきゅっと締めて肩に斜め掛けしました。

「本来なら、婚約者になった時点で交流を持つのが定石なんだろうが……二つの理由で、俺は婚約話に積極的になれなかった」

二つの理由?

「婚約を結んだ当時……大規模なスタンピードが起きそうだと警戒していた時期だった。スタンピードは定期的に起こる。しかも、統計的には40年から50年に一度の大掛かりな物が来るだろうと予想されていた……万が一、俺が死んだらと思うと、会うのが躊躇われた。スタンピードが終わる迄は、為人ひととなりも知らない、関係性の希薄な“婚約者”の侭の方がいいだろう、と思ったんだ」

 やっぱり旦那さまはお優しい方なのだ。婚約者に愛情を持った状態でその相手を失ったりしたら、きっと心に深手を負う。それを憂慮なさったのですね……。

「もう一つの理由は、なんですか?」

そう訊くと、ほろ苦い、といった表情を浮かべる旦那さま。

「……どうせ俺は、女子ウケしないし、と思って諦めていた」

はぁ。……は?

「女子ウケ、しない?」

私、二度見してしまいましたよ? なんとも意外な言葉が出て来ましたよ?

「俺は見ての通り、女性に好かれる外見を持っていないから」

どこか擦れたご様子で、薄く笑いながら肩を竦める旦那さまですが。

 ……え゛?!
何を、仰ってますの? 
私が余程怪訝な表情をしていたのでしょう、旦那さまが続けて言葉を繋げます。

「この、女みたいな顔とか、あまり筋肉のつかない身体とか……俺は父上と違って余り髭も濃くないし、凡そ“男性的”といわれるパーツが少ない。30年生きて来て、女性からアプロ―チを受けた事など皆無だ」

「王宮のパーティで、女性に囲まれて辟易したというお話は?」

私、聞きましたよ? そのお話、旦那さまご本人の口から、聞きましたよ?! 昨夜のお話ですよ?

「あぁ、……だがあれは、新たに辺境伯を継いだ子どもが物珍しかっただけだろう? 俺がモテた事など、無いよ」

 なんという見解の相違!!
それはここ、辺境の地ではそうなのかもしれませんがっ!

「旦那さま! 認識違いも甚だしいですわ! 旦那さまはとってもハンサムです! 美丈夫と言っても差し支えありません! 眉目秀麗とは旦那さまを指す言葉だと思いますよ?!」

 私が大声を出すと、旦那さまは驚いた表情をなさいました。
ですが、言わずにはいられませんっ。

「このキリリとした眉のどこが男性的でないと言えますの? 切れ長の二重に琥珀の瞳は魅了の力がないのが不自然な程魅惑的でしてよ?! すっとした高い鼻も、その下にある薄い唇も、全部の形が良い上に、絶妙な間合いで並んでこれは奇跡です! しゅっとした顎のラインも素敵! 素敵以外の言葉を使うとしたら、なんと言えばよいのでしょう? 心を鷲掴みにされる? 好みのド真ん中?  お背だって高いし、筋肉の付き方? 丁度良い加減だと思いますわ!! 理想形ですっ!! 必要以上についていてもそのせいで移動速度が落ちたら筋肉の無駄遣いに他なりませんもの!! 私は、旦那さまは世界一素晴らしい殿方だと思いますわ!!!」

 思わず、前のめりで詰め寄って力説した私を、旦那さまは初めは驚いた目で、その次に真っ赤な顔をして見詰め続けました。

「アリス、は……俺の顔、……好みのド真ん中、なのか?」

 そう訊かれて。
私はハタ、と我に返りました。

 なんという事でしょう!!
私ったら、もしかしてもしかすると、大声で旦那さまを口説いていましたか?!?! しかも興奮して旦那さまの胸倉掴んで力説していました!

 なんという事でしょう!!
こんな告白って、ある?! 私って馬鹿ぁ? えぇ、間違いないわ馬鹿よ! 馬鹿としか言えないわっ!!  自分が馬鹿だという認識は既にしているはずなのに、それに輪をかけて更に倍、大バカ野郎の称号を私自身に掲げられるわ!

恥ずかしいっ!! 恥ずかし過ぎるっ!!

「そうか。アリスの好みか」

 それはそれは嬉しそうな、ちょっと頬を染めた、柔らかな微笑みを私に向けてくれて。
旦那さまの長い腕が私を包み込んで。
私は。
いつの間にか、旦那さまに抱き締められて。
旦那さまの胸元に、自分の頬を押し付けていて。
耳が旦那さまの鼓動を拾う。

なんということでしょう……大バカ野郎である私に、旦那さまの抱擁というご褒美がっっっっはうぅぅぅ……

「アリスの好みなら……この顔で生まれた訳が、ちゃんとあったという事だな……」

 私の頭の上から、しみじみとした旦那さまの呟きが零れ落ちてきます……旦那さまの大きな手が私の頭をなでなでしてくれていますぅ……はぅぅぅ……
先程の『頭 ぽんぽん』の時も感じましたけど、頭を撫でられるって、なんとも心地良い、もの、ですねぇ……


「アリス」

 どうやら、私の頭に頬ずりしているらしい、旦那さま。時折、リップ音がするのは、その、キス、してるからでしょう、か。

「……アリス………アリス」

 なんでしょう、感無量、といった響きで私の名をひたすら呼んで下さるのですが。旦那さまってば、お声もいいのですよ。私の感性で、ですので、それがこの辺境の地でもウケるお声なのかどうか、それは判らないけど、私としては、とても良いお声だと思うのです。低すぎず高すぎない、耳に心地よいうっとりするような甘いお声。そのお声が私の頭の上から私の名前の連呼……それも、抱擁付きで。恥ずかしいのに、逃げられませんっ。どうしたらいいの?!


「……アリス、その……キス、しても、いいか?」




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