多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪

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本編

20.アリスの気持ち

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※区切る場所がなくて、ちょっと長めです



 旦那さまが立てて下さったタープが作る日陰の下、そよ風に吹かれながらチョコと紅茶を楽しむ。なんて贅沢なのでしょう。
 目の前のテーブルには食事用バゲッドの山。その向こうにいる旦那さま。
……旦那さま? 何か言って下さらないかしら。先程から、期待の籠ったような目で私を見詰めているのですがね、お言葉にしないと判りかねます。穏やかなお顔なので、概ね、ご機嫌は良いように見受けられますが、さて、本当のところはどうなのでしょう? まだまだ私には旦那さまのお気持ちを全て察するなんて未知の世界ですよ。目が合えば、微笑んで下さるのは、進歩なのでしょうか? 

 ―――いいえ、“目が合えば”ではないですね。“ずっと”微笑みを携えてらっしゃるのですから。
うーん、思えばあの結婚式と披露宴の時、ずっと眉間に皺を寄せて不機嫌だったのはどういったお気持ちだったのでしょう。

「旦那さま、質問をしても?」

私が首を傾げて訊くと

「あぁ」

と、了承されました。

「あの結婚式の当日、式の間も披露宴の間も、ずっっっと苦虫を嚙み潰したようなお顔をなさっていたのは、どういった心境だったのでしょう?」

「…そんな顔を、していたのか俺は…」

 そう言ってため息をひとつ。目線が下がりました。睫毛、長いのですね。憂い顔もなんだか素敵です。大きな手がご自分の口元を隠します。筋張った大きな手って、男の人の素敵アピールポイントよねぇ……旦那さまってば、手が大きいのか顔が小さいのか、どっちなのかしら。

「……あの時は、緊張して……神に、祈りを捧げていた…」

はぁ。……は? ぼんやりと旦那さまの手に見惚れていたら、あまり旦那さまには縁のなさそうな事を聞いた気がします。いえ、意外と信心深い方なのかしら。

「披露宴の間は、……不埒な野郎どもに、こっち来んなこっち見るな、と殺気を飛ばしていた…」

 はぁ。……はい? 不埒な野郎ども、なんてあの場に居たかしら? 辺境フィーニスの御家門の主な方々がお集りだったと記憶しているのですが。皆さま、体格の立派なお強そうな戦士ばかりでしたねぇ。そう言えば、私に挨拶してくれた殿方はナスル家ははかたのツィリル叔父様だけでしたねぇ。
女戦士も沢山いらっしゃって、私のような小娘がご当主の花嫁だなんて、敵視されるかも? と怯えていたのだけど、皆さま温かい目で見守って下さって。そう、ハンナやピアみたいな。概ね歓迎されていると感じてホッとしたんですよね。だから、あの場に“不埒な野郎”なんて居ませんでしたよ?
でも旦那さまは、殺気を飛ばしていたのですね? 怖い顔して。そのせいで、私には不機嫌そうに見えた、のかしら。

「私が旦那さまを見上げたら、視線を逸らしてしまったのは?」

 私がそう訊くと、旦那さまの眉間の皺が深くなってしまいました。
これは、訊かれたくない事を聞いたので、困ってしまった表情なのですね!  だんだんと解ってきましたよ。

「君が……可愛すぎるから……チラチラ、見てたのが、バレた、まずいっと……それに、あの時は、まだ、正面から見る、勇気が無くて……」

眉間の皺はそのままですが、耳まで赤いです、旦那さま。

「今は?」

がっつり見ていらっしゃいますが。

「離れているから大丈夫」

はぁ。テーブルを挟んだこの距離なら、平気? という事でしょうか?

「ここに来るまで私を抱き上げてましたけど、それは大丈夫でしたか?」

あ。旦那さまの脳裏で、たぶん、何かが駆け巡っているようです。全ての動きは止めているのに、瞬時に顔色だけが変わるという現象を目の当たりにしました。首まで真っ赤にした次の瞬間には青白いと言えるほどに平常時の顔色に。凄い一芸です。

「………………大丈夫」

返答までに妙なタメがありましたが。若干、瞬きも増えたように思いますが。

「この、シャツ」

旦那さまがご自分の着ているシャツの襟を触りながら。

「アリスが、魔法を付与してくれた物、だ。ありがとう」

穏やかな雰囲気で、そんな風に仰ってくれて、とても嬉しかったのです、が。

「だが、俺は匂いで毒物の有無が判るし、俺は、その、モテないから、俺に魅了をかけるような人間はいない、から、その……」

頭を殴られたようなショックを感じました。旦那さまは言葉を濁されましたが、私のしたことは、無駄、という事でしたか。むしろ余計な事、してましたか。あぁ。私、本当に役立たず、です。

「一晩経って…、その、冷静になった……。君は、俺が、その…怖くは、ないのか?」

はい?

「無理は、して、欲しくない……から、その……君の、言う、その、“多産家系を見込まれての嫁入り”も、違う、から……」

え? 今、なんと仰いましたか?

「ちが、う?」

先程のショックの倍くらい、ショッキングなお言葉なのですが。

「無理をして、子を産む必要などは、ない、と……」

私から視線を逸らして口ごもる旦那さま。

「え? 必要、無い、のですか?」

え? そうなの? ……そんな、どうしよう。

「俺に子どもが絶対必要、という訳ではない。フィーニスの当主は一族一門から最も強い男が選ばれる“しきたり”だ。たまたま、今はヴァルクの男が三代続いているが……例えば、もし、魔戦場のミハエラ様が男だったなら、フィーニス辺境伯を継いでいたのはミハエラ様だっただろう」

旦那さまってば、スラスラお話する事も出来るのですね、という考えと同時並行で私の脳裏を席捲したのは。

旦那さまの直系が、必要なのではない?

子どもを絶対産まなければいけない、という訳ではない? あ。だから昨夜、私に何もしなかった、のですね……。

「……じゃあ、何故私との縁談を求めたのですか?」

もしかして私は “不要” でしたか?

「この話を纏めたのは、俺の叔父……父の弟、だ。何を、思っての縁組だったのか、どうして、こうなったのか、彼に訊かねば判らない」

旦那さまの叔父上さま、が……

「旦那さま、が、私を求めたのでは、ない……」

何? なんでしょう、この胸に広がる気持ちは……

衝動的に立ち上がった私は。
なんだか、居た堪れなくて、走り出した。

「アリス?!」

 旦那さまが私を呼ぶ声が聞こえたけど、振り返らず花畑の中を走った。紅茶を頂く時リボンを緩めていたから帽子がとれて、どこかへ飛んで行った。
 走って、走って、走り慣れないせいか、何かに躓いて転んだ。アッと思う間もなく地面に倒れ込んだ。目の前には地面。土の匂い。踏んだ草花の匂い。……痛い。きっと手の平擦り剝いてる。

「アリス、大丈夫か?」

「来ないで!」

見られたくないの。
何? なんなの? 急激にいろんな気持ちが混ざり合ってどうしたらいいか解らない。上手く説明出来ない。自分の気持ちなのに、どうしていいのか判らない。

 旦那さまが私を望んだ訳ではない、そう聞いて急に沸いた怒り。
 婚約期間あんなに頑張って、紆余曲折したけど、頑張って付与魔法を習得した日々が頭の中を駆け巡った。魔法学校の先輩や同級生の女子に非難された。攻撃魔法も治癒魔法も使えない、家柄もたいしたことないのに、辺境伯様の婚約者だなんてオカシイと。魔物討伐の最前線で国の誉れである辺境伯様の婚約者があんたみたいなチンケな小娘だなんて認めない、と。私との縁談は多産を見込まれたモノなら、まぁ、仕方ないでしょう、なんて言われた。兄弟姉妹が多いアウラード子爵家を揶揄う目的もあったかもしれないけど、自分でもそれしかないよね、って納得出来た。なのに “無理して子ども産まなくていい” って、なんなの?!

でも! だからこそ、それでも自分に出来ることをしたかった。だから修得した付与魔法。精一杯頑張って、張り切り過ぎて魔力欠乏で倒れたりしたけど、頑張ったそれも、有能な旦那さまには不要だったって、なんなの?!
私、すっごく馬鹿みたいじゃない!!

「……うぅ、っ……」

 三年間という婚約期間は長くて。不安で、どうしたらいいのか解らなくて。評判は沢山聞くけど、憧れだったけど、お相手である婚約者さま御本人はどんな人なのか判らなくて。面会の申請をしても、討伐に出ていて王都には来れないという返事で。こちらから出向こうにも、危ないから来るなと断られて。会えないまま三年が経過して、とうとう嫁ぐ日になって。
不安で。
不安しかなくて。

「…っく…うぅ、うぅ~~っ……」

私、泣いてる。……泣く、なんて久しぶりだ。
いつも家族に心配されないように、私は健康で、親に手をかけさせない強い子だから、平気だからと、泣くのを我慢していた。だって、私の下にはまだ幼い弟妹がいる。弟は病気がちで両親に、特に母に心配をかけ通しだった。兄たちはいつも喧嘩や、稽古で怪我ばかりしてやっぱり親に心配ばかりかけていた。年の離れた姉さまは私を心配してくれたけど、ご自分だって今妊婦だし、甥っ子たちはやんちゃだし、何より嫁ぎ先では伯爵夫人として大変なんだし。私は、私自身のことで心配かけちゃダメって思ってきた。
そんなこんなを思い出したら、何故かよく解らないけど、目から涙が溢れてきて止まらない。突っ伏した地面の色が、私の涙を吸って変わっていく。

もっと可愛く泣けたらよかったのに。
物語のお姫様のように、真珠のような涙をぽろぽろ溢して泣けたら絶対可愛いのに。
実際の私は唸りながら、きっと鼻水垂らしながら泣いてるはず。だって、鼻、すすれるもん。
地面に転んだから泥だらけだし、無様なこと、この上ない。

 初めて会った旦那さまは、すっごくカッコいい大人の男の人だった。でもすっごく不機嫌で。ちょっと怖いな、とも思えるくらいだった。
 それが、いきなりあんなで、そのあとは急に会ってもくれなくて。フィーニスの皆さんは想像していたより優しかったから、不満なんて言えなくて。
けど、私の会いたかった、憧れていた旦那さま御本人は、実はメイドに虐げられている可哀想な人で、私の匂いが好きなんていう変な人で、でも、でも、……。
もう、何がなんだか、わかんないよぉぉぉ!!

「……うぅ~~っ……」

ぽん ぽん

唸りながら泣いていたら、私の頭を撫でる大きな手。
地面に突っ伏しているから見えないけど、側に温かい気配。

「……っぅ、…ぅ…」

ぽん   ぽん

一定のリズムで優しく触れる大きな手。

恥ずかしいっ!!!!! なによ、私、まるでちいさな子どもみたいじゃない!!

「来゛な゛い゛で゛っ゛て゛、……言゛っ゛た゛の゛に゛ぃ゛……」

泣いてるから声も不明瞭でみっともない。私、無様な上に、すっごくみっともない。

「それは、アリスの意見」

そう旦那さまが言った途端、ふわりと身体が少しだけ浮いた。温かい空気の膜のようなものに包まれたのが判った。そしてそのままゆっくり降ろされた。降ろされた先には、柔らかいブランケットが敷いてあった。

ん?

「地面に直に寝ると、冷える」

これが俺の意見。そう言って温かい気配が去った。


去った。





……あれぇ?

もしかして、
私、いま、放置されてる?



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