死に戻りのクリスティアナは悪妻となり旦那さまを調教する

あとさん♪

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十ご。なぜその愛を疑うのだ?

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 ポールったら、蒼白な顔のまま旦那さまに詰め寄っていますよ。いつもは従者として一歩下がっている彼が、珍しいこと。
 そういえばポールは旦那さまの幼馴染みでしたわね、たしか十歳差の。
 ポールから見た旦那さまは手のかかる弟……みたいなものだったのかしら。動揺しているのか、その頃の感じになっているのかも?


 ……あらあら。旦那さまったら。
 眉間に皺を寄せて(これはよく見慣れているけど)、口を真一文字に閉じて……どこか子どもっぽい、意地でも喋るもんかってお顔をなさっているわ。

 これは、わたくしが状況をちゃんと聞かなければいけませんね。

「ポール。あなたの見たままの事実をわたくしに教えて。あなたは、わたくしの私室から出る旦那さまを目撃しているのね? それも、何度も」

 そう問いただすわたくしに、ポールはそうですそうですと頷き語ってくれました。

 朝方、まだだれも起きていない時間帯。
 わたくしの私室のドアから出てくるジュリアン・カレイジャス公爵閣下の姿を見かけたと。それも、何回も。
 だからポールは公爵夫妻は夜の時間をちゃんと過ごしていたのだと思っていたのだと。

 これこそ誤解ですわね。
 わたくしとしては、彼が私室に入ってきた覚えなどありません。

「わたくしの部屋に勝手に侵入していたなんて……盗むものでもありましたか?」

 わたくしの貶すようなことばに、旦那さまはバッと顔を上げて叫びました。

「盗みだなんて! 顔を見に行っていただけだ!」

「だれの?」

「きみに決まっているだろう!」

「なんのために?」

「寝顔ならば……じっくり見つめていても……きみを不快にさせない、から」

「は?」

 いまこのひと、なんて言いました?
 憲兵に突き出すべきかしら。
 ここに不審者がいますって。



「待って、待ってくれジュウ! 奥さまの寝顔を見るためだけに私室に忍び込んでいた、ということか?」

 ポールが混乱しているのか、とうとう幼いころの愛称で旦那さまを呼んでしまいました。
 彼の平常心は遥か彼方へ旅立っているのね……かく言うわたくしも、初めて知った真実に動揺を隠せませんけど。

「私は口を開けば、不用意なことばでクリスティアナを不愉快にさせてしまう。
 だが、寝顔を見ているだけなら……余計なことを言わずに済む。早朝なら、まだ侍女たちも起きていないから、邪魔されないし……」

「それで、奥さまのおっしゃるとおり、奥さまを抱いてはいないんだな?! ダミアンさまたちが生まれてから、ただの一度も?!」

 悲鳴のようなポールの問いに、旦那さまはしぶしぶといったようすで頷きました。

 そうなのよ。
 スキンシップのない仮面夫婦なのよ、わたくしたちは。
 ダミアンとハーヴェイの双子の息子が生まれてから七年。
 寝顔だけ見てたなんて言われても、そんなことこちらは知りません。

「夜の時間もない。誕生日にお祝いのお花もカードも贈り物のたぐいがいっさいない。記念日は忘れている。やさしいことばも褒めことばも気遣いすらない。そもそも視線が合わないし、いつも不機嫌そうに睨まれるのがせいぜい。
 ……無いことばかりたくさんあるわ。ね、ポール。この状態なら『捨て置かれている』とわたくしが思っても仕方のないことではなくて?」

 肩を竦めてそう言ったわたくしの目の前で、蒼白な顔のままのポールが凄まじい勢いで両手両膝を床につけました。

「申し訳ありませんでしたっっっ!!!」

 悲鳴のような声で叫ぶと頭まで床につけました。
 もの凄い衝突音がしたのだけど……。ポールの額はだいじょうぶなのかしら。

「てっきり……っ、てっきりおふたりの時間はあるのだとばかり思っておりましたっ!
 人の目のある昼間は素っ気なく対応していても、夜ふたりきりになったらそれなりに過ごしているのだと……。
 わたくしどもの教育が行き届かなかったせいで、奥さまには多大なご不快とご心痛を与えることになってしまいましたっ。伏して! 伏してお詫び申し上げますっっ」

「教育って……ジュリアンさまは成人してからだいぶ経つ、もういいおとななのよ? あなたのせいじゃないわ」

「いいえ……いいえ! 私の認識不足でしたっ! まさかジュウがそんな単純なことを怠るとは……。私の口から申し上げるのも間違っているかもしれませんが、ジュウの……ジュリアン・カレイジャスの愛する女性は、あなたしかいないのですっ奥さま! それだけは、疑わないでくださいっ」

 そう訴えられても困りますわ。


「ちょっと待ってくれ」

 今度の「待ってくれ」は旦那さまのお口から零れたことばでした。
 彼は……なんだか怪訝そうなお顔です。
 そのお顔のまま、じつに意外なことを問いました。

「夜の時間がないのは、そんなに大事おおごとなのか?」

 はい?
 わたくしとポールは動きを止めたまま、旦那さまを見つめてしまいました。

「誕生日の花や祝いカードとか贈り物の類とやらは、ないと困るものなのか? 公爵夫人用の品位維持費用があるだろう? 使っていないのか?」

 え? いま、なんておっしゃいまして?

「記念日、とやらも祝うものなのか?」

 ――は、い?

「やさしいことばとは、どんなものを指すのだ?」

 いまわたくしは、なにを聞かれているのかしら。

「褒めことばとは、なんなんだ?」

「これらがないと愛を感じられないというのか?」

「私たちは神の前で永遠の愛を誓った夫婦なのだぞ? なぜその愛を疑うのだ?」


 さきほどからもたらされる旦那さまのおことばに、わたくしは目を白黒させていました。
 あぁ、子どものころの旦那さまはドライな環境でお過ごしになっていたのね、とか。わたくしが過ごした伯爵家とはその様相があまりにも違うのね、とか。
 けれど、旦那さまの口から怒涛の勢いで零れ落ちた質問の数々に、わたくしは白黒どころか遠い目になってしまいました。

 え? ええ??
 旦那さま。いまなんておっしゃってましたの?

 本日何度目になるのでしょう、この問いを自分自身に投げかけるのは。
 わたくしと旦那さまとの常識の差に眩暈がしそう……いいえ。眩暈に襲われています。

 真剣な真顔で問うているその姿に、彼の本気度が伺えますが……。

 え?
 ええ?
 そういうことに無頓着でしたの?
 悪気はいっさいなかったの?
 品位維持費用……たしかに莫大な費用がわたくし名義になっておりますが……そこから自分へのプレゼントを用意しろと?
 え?
 

「ジュウ! ジュリアン・カレイジャス! 俺は言ったよな、結婚まえのおまえに!
 女性の心を捕まえるにはどうしたらいいのかとか、デートのときはどのように対応したらいいのかとか! 女性への対応のあれこれを! あれをもう忘れたとは言わないよな?!」

 わたくしの前に手をついていたポールが、慌てたように立ち上がると旦那さまに詰め寄っています。

「聞いたしよく覚えている。
 大切に思う女性にする対応のことだろう? だがこうも言っていたじゃないか。
しなければいけないこと』だと。『令嬢にしてみれば見ず知らずの公爵家から急に命じられた婚約なのだから、におまえの気持ちをはっきり伝えろ』と。私はちゃんと彼女に伝えた。愛していると。自分の意思であなたと結婚したいと」

 そうでしたね。あのころは……ちゃんとした愛のことばをいただいていました。
 結婚後には、ちらりとも聞かなくなりましたけど。

「じゃあ! なぜそれを結婚後も続けないんだ?」

 信じられないといった顔をしたポールに詰め寄られた旦那さまは、

「……結婚した後も必要なのか?」

 などと、ポカンとした表情で応えています……。

「あたりまえだ!」

「そんなこと、言われなければ分からない」

「分かっていて欲しかった……」

 ポールったら、がっくりと肩を落としてしまいました……。
 旦那さまは……そうか、結婚後も必要なことだったのかと呟いています。至極、まじめなお顔で何度か頷きながら。

 なんというか……。
 なんと言ったらいいのでしょう。

 えーと。つまり?
 婚約者時代のジュリアンさまがわたくしに告げた愛のことばは、すべて真実であったと?
 わたくしへのあの完璧な婚約者としての態度は、ポールのアドバイスに従った結果であったと?
 結婚する期限があるものだと思っていたと?
 神の前で誓いをしたから、その後は不要だと思っていたと?

 根本的には素直。
 そして融通が利かない。……なんて面倒くさいひとなの……。

「旦那さま」


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