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に。女神さまの恩寵…?
しおりを挟むわたくしの戸惑いなんてどこ吹く風とばかりに、女神さまはご自分のお手元のなにかの機械をカチャカチャと操作し始めました。
ブゥン……という蜂の羽音のような低い音がしたかと思うと、わたくしの周囲が真っ白に光り始めます。その光はわたくしを包み込み、眩し過ぎて目を開けていることができません。
『うふふ。こんなサービスめったにやらないんだからね? 今度はうまくやりなさいよ。あなたの健闘を、私もそして多くの神々も期待しています。さあ、いっくわよー!
【デアー・エクス・マーキナー!】
いってらっしゃーーい!
……あぁ、あの子のあの“見苦しい”発言は……』
女神さまの“いってらっしゃい”のことばを合図に、わたくしの身体はその場から落ちました。
ストーンと。
女神さまのおことばは続いていましたが、それも遥か遠くになっていき――
落ちて。
落 ち て 。
落
ち
て
。
どこまで落ちるのーーー?????
と思った矢先。
「奥さま。お茶のお代わりをご用意いたしましたが……」
わたくしは見慣れた風景の中にいました。
ここは、蔦の絡まるアーチがうつくしい四阿。
日光は遮られ、涼やかで心地良い風が生き生きとした緑の香りを運んできます。四阿の中に設けられた椅子に着席したわたくしと、目の前のテーブルには茶器に入れられた紅茶。見慣れた一品。
チョコレートも添えられています。
これは……この情景には覚えがありますよ。
「ジャスミン」
内心では呆然としながら、でも平静を装いつつ馴染みの侍女を呼べば、彼女はわたくしのすぐそばに控えていました。はい、という穏やかな声の返事とともに。
その侍女の姿をそぉっと見上げ、彼女のようすを観察します。
記憶に残るジャスミンより……やや若いですね。
わたくしが死んだのは四十のとき。
わたくしより二歳年上のジャスミンは四十二歳だった、はず。病床のわたくしの世話をしてくれたジャスミンは、わたくしを心配するあまりいつも疲れきった顔をしていました。
あなたはちゃんと寝なさいと言ったのに、いいえお側にいさせてくださいと、寝ずの番をしてくれたのです。いつも。ずっと。大好きなわたくしの侍女。
……わたくし自身は痛みを抑えるための薬で眠っていた時間の方が長かったのですけど、目が覚めるたびにいつも側に控えてくれていたジャスミンと目があって……申し訳なくて謝ってばかりだったように記憶しています。
「つかぬことを尋ねるけれど……あなた、いま、いくつ?」
「今年で三十になります」
不思議そうな表情をしつつも律儀に答えてくれるジャスミン。さすがです。
「そう……ならわたくしは二十八歳ってことね」
二十八歳。
女神さまがおっしゃっていたことばに信憑性が付加されました。
つまり、巻き戻っているのですね。
わたくしが結婚してからちょうど十年経ったときに。
そっと自分の右手で左手の甲を抓れば痛い。夢でもなんでもなく、過去のわたくしになっているのです。
どうやら女神さまがおっしゃったとおり、ちゃんと“巻き戻った”ようです。
あらためて見渡せば、ここはカレイジャス公爵家の領地、本邸宅の中庭。
わたくしが落馬して足を骨折したので、子どもたちを連れて静養にと訪れた時期ですわね。
えぇ、えぇ、よく覚えていますとも!
それで?
これからどうやって“やり直せ”とおっしゃいますの?
もう子どもたちはいます。長女のエリカ、長男のダミアンと、双子で次男のハーヴェイ。みんないい子たちですわ。
でも彼らが誕生して以来、夫婦として触れ合いが一切なくなってしまった時期ですわよ?
頑張って交流を持とうとしたけれど、ことごとく誠意は通じませんでしたわ!
ちょっと心が挫けそうになっていた時期ですわ!
けれどわたくしは筆頭公爵家の公爵夫人なのだからと、意地と矜持で日々を過ごしていたのですわ。
女神さまっ!
こんな状態のときに戻ったとして、どうしろとおっしゃいますのっ⁈
あの朴念仁はわたくしの顔すらろくに見てくれないのですよ?
また心が擦り切れるような、胃がキリキリと痛み胃薬が手放せない日々を繰り返せとおっしゃいますのっ⁈
酷くありませんかっ⁈
手抜きですかっ⁈ いいえ、手抜きですねっ‼
本当に巻き戻してやり直せとおっしゃるのなら、せめて結婚まえに戻してくださいませっ!
そうしたら婚約解消とかいろいろ手はありましたものをっ‼‼‼‼‼
あのダメ女神っっ 省略して『駄女神』‼
いい加減な仕事をしてくれやがりましたわ!
※作者からの蛇足※
本来【デウス・エクス・マキナ】といいたいところでしたが、女神なので最初の単語は dea (デア)(女神・ラテン語)に。
女神(笑)は「ちちんぷいぷい」的な呪文のつもりで発声しています。希望cvは遠藤綾氏
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