触らぬ聖女に祟りなし

あとさん♪

文字の大きさ
上 下
3 / 7

3.心の声が聞こえる

しおりを挟む
 
 ◇
 

 あの最弱魔人を見逃そうと最初に提案したのは、たしかにリンだ。
 だがリンの提案を受け入れたのは全員だ。いまさら裏切り者呼ばわりされるなんて、釈然としない。


《いい子ぶって…。だからあなた、目ざわりなのよ》


 ふいに、リンの脳内に公女の声が響いた。
 公女の口は動いていないのにも関わらず。

(え? テレパシー、的な?)

 リンは驚いて公女を見つめた。
 なぜ彼女の声が突然聞こえたのか分からない。
 公女特製の魔導具によって魔力も神聖力も封じられているはずなのに。
 それにそもそも、テレパシー的な能力をリンは持っていない。

《わたくしの幸せのために……始末しなくては》

(なんか怖いこと考えてるーーー!)

 慌てて視線を戦士へ向けた。すると、

《俺は王子の命令に従うだけ俺は王子の命令に従うだけ俺は王子の命令に従うだけ》
 
 戦士の声も脳内に響いた。彼は同じことばを延々と繰り返している。これもちょっと怖い。

(ど、どういうこと?)

 視線を王子へ向ければ

《すまないリン。僕はきみを野放しにすることはできない。これがきみのためなのだ》

 まちがいなく王子は口を動かしていない。にも関わらず、彼の声が脳内に響いてきた。
 リンには耳ではなく、脳内に直接みんなの声が聞こえるのだ。

 が。

(わたしのため? って、どういうこと?)

 リンは脳内に響いた彼らのことばの内容に戸惑うしかない。
 王子は相変わらず苦々しいと言わんばかりの表情でリンを睨んでいる。

《きみはあまりにも神々しくうつくしい……僕には手の出せない存在……そんなきみを手放すなど、とうていできないのだ!》

 そんな仲間たちの心の声(?)が、なぜ聞こえるのか。
 リンにはどうしてそうなったのか、さっぱりわけが分からない。
 それに彼らの心の声も、わけが分からない。

 だれもかれも勝手なことを言っている!

「きみは魔人に情けをかけた。逃げ延びたあいつは、やがて逆襲の機会を狙うだろう。僕たちはそんな機会を与えたきみを粛清せねばならない!」

 王子が厳かな声で宣言したと同時に、曇天の空を稲妻が走った。
 ゴロゴロと不快な音を響かせながら、空までもリンを責めているようだった。

 リンは反論した。

「冗談じゃない、魔王は死んだ! 消滅した! 王子、あんたの剣でトドメを刺したはずだ! 魔王の死と同時に魔獣たちもほかの四天王も塵になった! 城だって崩れ落ちた! あそこで見逃した四天王最弱のなんたらも、同時に消えているはずじゃん!」

 リンは必死になって彼らの考えを変えようと、自分は裏切者なんかじゃないと訴えた。

 だが。

《俺は王子の命令に従うだけ、俺は王子の命令に従うだけ、俺は王子の命令に従うだけ……》

《あぁ……リン。愛している。愛しているが……僕には……》

《わたくしのサイモンは死んだのにっ。いまさらあなただけ幸せになんてさせないっ》


 三人が三人とも、身勝手なことを言っている。
 そんな中でも、ヒステリックな悲鳴のような声で聞こえたのは公女の叫びだった。

 リンは公女を見た。
 いつもうつくしくキリッとしてて、博識でいろんな魔法を教えてくれて、魔導具作りも得意で……。
 リンの親友だと思っていた彼女が……。

《わたくしの幸せのためにあなたの存在が邪魔なのよリン》

 なんだかとんでもないことを内心では言っていた!

(え? なんで? わたしの存在がアイリーンの幸せを妨げている?)

 公女アイリーンの心は婚約者の死を悲しんでいると同時に、そのせいで幸せになれないと嘆いている。
 そして、幸せになるためにリンを亡き者にしたいと望んでいた……。

 それはつまり……自分の婚約者は死んだ → 自分は結婚できない。
 リンの婚約者は王子 → このままなら結婚する → 許せない、という理屈なのか?

 なんだ、その身勝手な屁理屈は。
 腹が立ったリンは公女を指差して言った。

「ねえ、アイリーン。あんた、魔法騎士サイモンが悩んでいたの、知ってた?」

「え?」

「彼、悩んでいたよ。アイリーンと王子が仲良すぎるって。本当はアイリーンは王子妃になるはずだったのに、自分が婚約者になっても良かったのだろうかって。自分を卑下してた。
 今回の討伐で胸を張ってアイリーンと結婚できるような手柄を立てるんだって、言ってたんだよ」

 だから、なのだろう。
 魔法騎士サイモンはいつもパーティーの先頭に立っていた。
 そうして先頭にいたせいで……トラップにかかった。

「もともと三人が幼馴染みとして育ったんだって聞いたよ。
 公爵閣下の命令で公女の婚約相手はサイモンになったけど、アイリーン本人は王子と結婚したがっているって、悩んでた」

 王子と公女と魔法騎士。
 三人とも同じ年の幼馴染み。

(男子ふたりに女子ひとり。トライアングラーになるのは物語でも定石だよね。物語はそれでもいいけど、現実にふたまたかけてるのはマズイよ)

「そのお悩み相談を受けてから、わたしもそれとなくあんたたちふたりを観察してたけど……。イチャイチャし過ぎ。サイモンの心配ももっともだって思った。魔王城からの帰りだって……」

(あ。これは言わないほうがいいのかな)

 リンは慌てて口をつぐんだ。
 けれど、ちょっと遅かったらしい。
 公女の顔色がはっきりと変わった。

「魔王城からの帰りが……なんですって?」

 険しい表情を浮かべた公女。
 そのとき、いつもの彼女ならしない動作をした。たぶん、無意識に。本能的にといったほうが正しかったかもしれない。

 その手が、腹部を庇った。

 リンは勘が良い。公女のその動作と、今までの王子とのアレコレが脳裏を過ぎり……。

「アイリーン、妊娠してるんだ」

 ポロリと口を滑らせた。


 ◆


 魔王城からの帰途は、魔獣たちが襲ってくる心配がないおかげでとてものどかな旅路となった。
 心配することは天気の具合と食料事情くらい。
 早めに人のいる土地へ戻ろうと話しながらの野営。

 そんなある日の真夜中。
 公女は火の番をしていた王子を誘い、こっそりと少しだけ離れた森のほうへ向かった。

 その姿を、薄目を開けたリンは無言で見送った。
 気配に聡いリンは、自分の隣で寝ていたはずの公女が起き上がる音で浅い眠りから覚めてしまったのだ。

 彼らは野営地から少しだけ離れた森のほうへ行って、公女特製の音声遮断魔導具を作動させていた。

(そりゃあね、音は聞こえなかったけどね。真夜中の木の影で堂々と立ちバックで青カンしてる姿は遠目にもばっちり見えたわよ。いくら寝静まっていたからって、なんだかなぁって思ったわよ、こっちは)

 婚約者を亡くした公女の情緒が不安定だったのは、リンも認める。
 でも彼の葬儀も追悼もしていない状態で、幼馴染みに身体で慰められるのってどうなの? と遠い目になった。


しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

妹に幸せになって欲しくて結婚相手を譲りました。

しあ
恋愛
「貴女は、真心からこの男子を夫とすることを願いますか」 神父様の問いに、新婦はハッキリと答える。 「いいえ、願いません!私は彼と妹が結婚することを望みます!」 妹と婚約者が恋仲だと気付いたので、妹大好きな姉は婚約者を結婚式で譲ることに! 100%善意の行動だが、妹と婚約者の反応はーーー。

皇太女の暇つぶし

Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。 「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」 *よくある婚約破棄ものです *初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

もしかして俺は今、生きるか死ぬかの岐路に立っているのではなかろうか

あとさん♪
恋愛
あぁぁ。落ち着け俺。たった今、前世の記憶を取り戻した途端、切羽詰まった状態なのを自覚した。 これってまるで乙女ゲーム? そのクライマックス! 悪役令嬢断罪シーン?! 待て待て。 この後ざまぁwwwwされるのって、もしかしてもしかすると 俺なんじゃねぇの? さぁ!彼が選び取るのは? Dead or Alive ! ※ちょいちょい女性に対する不適切な発言があります。 ※お心の広い人向き ※オタクを許して

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

旦那様、愛人を頂いてもいいですか?

ひろか
恋愛
婚約者となった男には愛人がいる。 わたしとの婚約後、男は愛人との関係を清算しだしたのだが……

お飾りの妃なんて可哀想だと思ったら

mios
恋愛
妃を亡くした国王には愛妾が一人いる。 新しく迎えた若い王妃は、そんな愛妾に見向きもしない。

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

処理中です...