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1.魔王討伐のために
しおりを挟む「なに、これ」
リンは自分の手首を見て呟いた。
「それは魔法を封じる魔導具。リン。あなたの神聖力をも封じているはず」
あっさりと答えてくれたのは公女。
彼女がリンにこれを嵌めた。
リンは信じられないと目を見開いた。
◆
その日は朝から快晴。
聖女リンは仲間たちに誘われ、日の出より早く彼らと箱馬車に乗りこんだ。もっとも、箱馬車に乗っているのは優秀な魔法使いである公爵令嬢とリンの女性陣。男性陣は馭者席に座っている。
馭者席で馬の手綱を引いているのは勇者である王子と、戦士であり王子の護衛役兼従者の若者。
彼らはともに魔王を倒した勇者一行の四名。
そう。
彼らは苦難の末の末に、とうとう魔王を倒すことに成功したのだ!
聖女リンはこのために召喚された、元は日本人の女子高生だった。本名は清瀬 凛。
召喚されたときチート能力を与えられたのか、彼女には瘴気を払ったり癒しを与える神聖力のほかに特別な破魔の力が備わっていた。彼女が祈り破魔の力を物や人に纏わせることで、邪悪な魔王を打倒することができたのだ。
リンにとっては苦難に次ぐ苦難の連続。
もともとはぬくぬくと育った日本の女子高生だった身に突然の召喚。さらに魔王打倒するための旅路(しかも徒歩だ! それに野宿だ!)は苦痛以外の何ものでもなかった。
それでもなんとか適応し自分のなかで折り合いをつけられたのは、一緒に魔王を倒すために旅立った仲間たちのおかげだ。
アイリーン公爵令嬢はリンよりひとつ年上で、同じ女性目線で物事を捉えてくれたおかげで不自由な旅路でも助け合うことができた。
彼女が「なによりもこれがだいじよっ」と教えてくれた【清浄】という生活魔法には感謝しかない。ろくに風呂にも入れない旅路だ。十七歳、多感な年頃にシャワーがなくとも髪の毛サラサラでいられたのは公女のおかげ。生活魔法をはじめとした魔法の使い方を教えてくれた。
そんな公女はこの世界でリンの親友兼お姉さんだなと思っていた。
勇者でもあるライオネル王子は、金髪碧眼の「これぞ王子!」と言いたくなる外見の持ち主。彼は王族として、リンの今後の生活全般の面倒をみると宣言してくれた。
……そう、リンはもう日本へ帰れないのだ。
召喚術は失われた古代魔法だそうで、召喚された者を元の世界へ戻す魔法はすでに失われている。
もう故郷に帰ることはできない。友にも家族にも二度と会えない。
家業を継ぐため大学に進学し資格を取ろうと思っていた。
それらすべて、叶わない。
絶望に涙するリンを慰めてくれたのが王子だった。彼は自分の婚約者に聖女リンを指名し、未来永劫彼女の幸せを誓うと言ってくれたのだ。
王子の護衛役である戦士ジュードは、縦にも横にも大柄で厚みがあり寡黙な男であった。
心やさしく、いつもなにくれとなくリンの心配をしてくれた。彼は王子を守るとともに、リンの盾役でもあった。魔獣たちとの戦いのなかで彼の存在はとても心強かった。
そしてこのパーティー、出発時にはもうひとりいた。
王城を出発したときは五名いたのだ。
魔法騎士であり公女の婚約者だったサイモン。とても優秀で有能な彼は気のいい青年だった。魔法騎士は公女の婚約者であると同時に、王子にとっても幼馴染みだったという。
そんな彼は、魔王城に侵入してすぐトラップにかかり、長槍で串刺しにされた。(まさか魔獣たちが物理的なトラップを仕込んでいるとは思ってもいなかった一行の、完全な手落ちである)すぐに快癒の神聖力魔法を使おうとしたリンを止めたのは、怪我を負った本人だった。
「俺の怪我は致命傷だ。リンの神聖力をここで使ってはいけない。宿敵は目の前なのだから温存してくれ」
掠れた声でとぎれとぎれにことばを紡いだ彼の意思に、リンは公女とともに滂沱の涙を流した。
王子や、婚約者である公女が「魔法騎士を救え」とリンに命じたのなら、すぐにでも快癒の神聖力を使っていただろう。
けれど、公女も王子も魔法騎士と同意見だった。
快癒の力といえど万能ではない。瀕死の重傷を治すことはできても、完全に動けるようになるには時間がかかるのだ。
魔王城に侵入している今、いつ何時魔獣に襲われるのか予測できない。身動き取れない絶対安静の患者を庇って行動するのはパーティー全体の破滅を招くに等しい。
それらを踏まえたうえで、彼らはリンの貴重な神聖力を無駄なところで使うなと言った。涙を流しながら。
魔法騎士は仲間に見守られながら、長く苦しむことなく静かに息を引き取った。
涙を手の甲で拭った王子が、険しい顔のまま魔王を目指し歩を進めた。
一行はそれに続く。
仲間の犠牲があったとしても、彼らは魔王を倒すと決めたのだ。それはこの王国すべての人間の悲願なのだ。
リンは改めて心に誓った。仲間の犠牲を無駄にしない。魔王は絶対滅ぼすのだ、と。
――こうして……苦難の末、宿願は叶った。
長かった。
王都を出立したときリンの肩までしかなかった黒髪も、今や背を覆うまでに伸びている。
リンは十九歳になっていた。
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