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本編

13.剣術試合(2)

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 学園闘技場はぐるりと円形。
 勝ち残り、トーナメント方式に移ると、この闘技場の観客から一試合ごとじっくり観察、もとい、観戦される。いやだわ緊張しちゃうじゃない。
 俺へのヤジがすごいこと! 俺の対戦相手である“銃騎士”クラウス先輩へは降るようなエールだ。
 貴賓席という名のバルコニーで、ラインハルトさまとジークフリートの両殿下がこちらを見下ろしている。

 さっきから続くこの緊張、観客のヤジのせいじゃない。ぶっちゃけ、俺にヤジは効かない。男のヘイトには慣れている。どっちかというと女子に嫌われる方が堪えるね。
 この緊張は、紛れもない、俺の目の前にいる男のせいだ。俺の対戦相手、“銃騎士”クラウス先輩。怖い。超絶怖い。
 こうして眼前で一対一で対峙すると、判る。
 うん、とんでもなく、この男、強い。
 もうね、本能が“逃げろ”と言っている。睨まれているだけで命の危機を訴えている。

 うーん、顔の造作はハンサムさんだね。
 濃いブルネットの短髪。意思の強さを表すようなきりっとした眉。その下に眼光鋭い濃い青。鼻筋は高く、唇は薄く、顎はがっしりと。騎士の中の騎士って感じだ。背も俺より高く、体格も立派。服の上からでも筋肉がこれでもか! とあるのが解りますよ、えぇ! 解りますとも! 畜生。絶対腹は六つに割れてるに違いない。もしかしたら八つかもしれない。

「ここまでよく勝ち抜いたと褒めてやる。だが、お貴族様のお遊びも、まぐれもここまでだ」

 威嚇の第一声っすね。声もいい。

「あー、概ね賛成っすけど、“まぐれ”は訂正して。トーナメント一回戦も勝ったんだ。まぐれじゃねぇよ。それに真っ当に励んでいる騎士科の子たちが不憫だよ。俺に負けた彼らが悪いんじゃない。だから」

「なに?」

「あと、も一個。名字、教えてくれる?」

「何故、そんなものが必要だ。この学園では名字など……」

「あー、あー、身分云々じゃなくてね、その名前。俺の兄貴も“クラウス”っていうから。ちょーーっとだけ気まずくて。出来れば名字呼びしたい。駄目っすか?」

「ふっ……、お前、面白いな。いいだろう。俺はクラウス・シェーンコップだ。覚えておけ」

「りょーかい、シェーンコップ先輩ね。じゃ、いっちょ、やりますか」



 長剣を構えてすぐに打ち込まれた。一合、二合、ガツンガツンと響く音。重い! その一合がとにかく重い!
試合用に刃を潰して殺傷能力は極めて低くなってはいるが、鉄の塊の長剣だ。持っているだけで重いのに、打ち込まれなおさら重く感じる。

 畜生。治りきっていない右手首が痛い。
 痛めた足も悲鳴をあげる。
 だがここで剣を離したら試合終了だ。

 まだだ。
 まだ、ウォルフ先輩から教わった全部を、俺は見せていない。

「貴様、その太刀筋……ウォルフガング先輩?」

 ショーンコップ先輩がぽつりと漏らす。

「当たり。あの人、俺のオニイサマっすからね」

「なるほど」

 剣戟の合間に交わす会話。
 先輩が高速で振り回す剣に合わせて、防ぐ。彼の力を剣で相殺させ、なんとか致命傷を受けないよう、全力で躱して。

「シェーンコップ先輩、卒業したら、どっかの貴族家の婿養子狙ってるって噂、マジっすか」

「なに?」

「それ、クルーガー伯爵家っすか?」

 剣を交わしながらの、囁くような会話。
 他の誰にも聞かれたくない内容。雑談の合間にラインハルトさまから聞いた情報だ。

「そんなこと聞いて、なんになる?」

「俺が、狙っているんで」

 剣を合わせて睨み合う。力つえぇなっこの人はっ

「せめて、俺が卒業するまで、動き出すの、待ってください」

 こんな優秀な人が、あの娘の家に婚約を申し込んだら、速攻で決まってしまうだろう。そんなのは嫌だ。そんなの我慢できない。

「クルーガー家……、なるほど、黒姫か」

 鍔迫り合いから、ぱっと離れ、ニヤリと笑った顔が憎たらしいほどカッコいい。
 畜生っちくしょーっ俺だって俺だって!!

 まだか? ってゆーか、やっぱり無謀なのか? 俺の施した策は、披露も出来ずに、打ち込まれて終わりなのか?

 あぁ、やっぱりやらなきゃ良かったのか。
 変な意地を張らず、ウォルフ先輩やジークの忠告どおりに棄権しておけば良かったのか。

 手首が痛い。
 重い剣を受け止めているから、背中まで痛くなってきた。
 だんだん、踏ん張れなくなってくる。このままじゃ、ジリ貧だ。

 だが、まだだ。
 まだ、俺は……!

「貴様、意外と根性がある。今からでも遅くはない。騎士科に転科しろ」

 なんだかいい笑顔で引き抜きをし始めたシェーンコップ先輩。

「俺が直々にしごいてやる」

「あ。無理」

「……あ?」

「女子のいない世界はお断り」

「」

 騎士科は棟が違う上に、女子学生の数が極端に少ない。俺がそんな環境で生活したら、半日ももたないよ、マジで。登園拒否しちゃうよ。

「貴様のそのふざけた性根、叩き直してやるっ……!!」

 そう呟いたシェーンコップ先輩は、上段から構えた剣を、渾身の力を込めて振り下ろした!!
 その剣を紙一重で躱し、俺はその剣に合わせて、狙い続け、打ち続けた一点目掛けて、彼の力に負けない力で剣を振り下ろした!

 ガキーンッ!!

 耳に響く不協和音。
 先輩の剣が折れた!! 折れて飛んだ剣先が、遥か後方へ飛んだ。

 よしっ!

 彼の剣の有効圏内を短くすることに成功したっ!!
 折れて短くなった剣に驚愕の表情を浮かべるシェーンコップ先輩。そりゃ、そうだろう。俺、最初から先輩の剣を折るつもりで、彼の剣の同じ場所だけを打ち続けたのだから。

 そもそもこの作戦は、ラインハルトさまから彼の情報を聞き出せたのが大きい。シェーンコップ先輩は日に数本、練習用の木刀をその剛力で壊していると。鉄の長剣も2日に1本は折ってしまう程の怪力なのだと。俺はその怪力を利用したのだ。

 この試合の為に、新しい剣を持たれたら終わりな作戦だったけど、対戦相手がしろうとだ。前の試合で使った剣でこと足りると思っていたに違いない。まさかこんな事態起こるなんて想定外のはずだ。

 俺は、その想定外の隙を突く。
 自分の剣を捨て、シェーンコップ先輩の腕を掴む。
 素早くその懐に入り込み身体を回転させながら腕を引っ張り、腰を跳ね上げる! ウォルフガング先輩直伝のバリツ、『一本背負い』だっ!!

 果たして。

 俺より体格の大きいシェーンコップ先輩の身体は見事に宙を飛び、彼が倒れ込んだせいで、砂煙が上がった。

 よしっ!!

 場内は静まり返った。
 今、目の前で起こったことが信じられなかったからだ。
 優勝候補で“銃騎士”クラウス先輩が、専科のお坊ちゃまにのだ。誰もが我が目を疑ったに違いない。

 そして。

 審判が高らかに宣言した。

「――勝者! クラウス・シェーンコップ!」

 地面に寝そべった勝者と。

「――オリヴァー・フォン・ロイエンタール、――!」

 最後まで立ち続けた敗者の誕生の瞬間だった。やったね!

「なぜだっ!!」

 そう声を上げたのは、シェーンコップ先輩だった。

「俺は投げ飛ばされ、地面に倒れ伏した。オリヴァーの投げは見事だった。なぜ地に伏した俺が勝者になる?!」

 もの凄い剣幕で審判に詰め寄るシェーンコップ先輩。

「だから! 反則負けだ! なんだぞ? これは組み手の試合ではない!!」

 審判役の騎士団員が声を荒らげる。

「いや、シェン先輩、それ以前に、俺、あんたより先に、剣を手離してるから……」

 先輩を投げる為に、剣を持ち続けることは出来なかった。だから先に剣を捨てた。
 剣術試合の勝敗の判定の一つに『剣が手から離れ、戦意喪失と見做された時点で負け』というものがあるのだ。だから俺が負けだと言われても妥当だと思うのだが……。

「俺の名を縮めるなっ! それにお前は、戦意喪失していなかった。剣を捨てても俺を倒しに来たではないかっ!」

 いーじゃん、どんな形でも勝ちは勝ちなんだからさぁ。

「これは“剣術試合”だ!」

 審判がそう言うんだから、それでいいじゃん……。
 シェン先輩はまじめ…ってか戦闘バカなんだなぁ……。そう思いながら、視界が狭まっていくのを感じる。あー、やばい。限界だ。

「おい、オリヴァー?」

 ふらつく。立っていられない。眩暈が酷い。
 くらっときたが、俺の身体をがっしりと支える腕がすぐ傍にあった。もう、目を開いていられない。

「オリヴァー!!」

 ジークの声が聞こえる。
 あいつ、貴賓席のバルコニーに居たんじゃなかったっけ?

「こいつ、前の試合で頭を強打してい―――」

 あとは聞こえなくなった。








※バリツ……あれです。全てのシャーロキアンに陳謝<(_ _)>
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