真実の愛を証明しましょう。時と場合と人によるけど

あとさん♪

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起 エステル・レノーの場合

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「エステル。僕たちふたりの真実の愛のために」

 優しい顔をしたアラン王子はそう言ってあたしの手をとった。金髪碧眼の、小説から抜け出してきたかのようにキレイな王子さま。

「ディアーヌは幼い頃に決められた婚約者だ。だがどうしても僕の心は彼女に対して恋愛感情を持つことはできなかった。義務感しかない。もちろんディアーヌにだってないだろう。彼女にあるのも義務感だけだ」

 アランさまは親の都合で決められた婚約者っていう存在にずっと疑問を持っていたらしいの。
 親の言いつけに従って結婚して、この先ずっと冷たい心を持つと噂の公爵令嬢を伴侶にする生活なんて、きっと耐えられないだろうって悩んでいた。

 魔法学園在学中に知り合ったあたしと恋仲になったアランさま。
 まるで巷で流行している恋愛小説のようだと思ったの。まさか、あたしが王子さまと恋仲になるなんて!
 こんな夢みたいなこと、本当にあるんだって!

 でも夢じゃないって知ってから、ずっとずっと待っていたのよ。アランさまが決心するのを。
 小説の中の王子さまは言うの。
 “僕を信じて僕について来て。君を幸せにするから、僕の唯一の妃になって欲しい”って。
 そう言ってくれる日を夢見ていたの。

「エステル。僕は決めた」

 あぁ! とうとう決心してくれたのね! 
 エステルあたしと、エステルあたしとの将来を守るために。
 ディアーヌ公爵令嬢と婚約破棄をするって。そしてあたしを未来の王妃にするって。
 凄いわ! まるで小説のクライマックスのよう!

 期待してアラン王子の次の言葉を待っていたら、アランさまはとってもいい笑顔であたしに言ったの。

「王太子の……いや、王子としての身分を捨てる。ただの庶民になろうと思っている」

 え゛? なんですって?

「びっくりしたかい? でも僕は決めたんだ。とっても悩んだけど……君と王位とを天秤にかけて、君をとるって。君を選んだ。君がいてくれるのなら僕は王位なんて捨てる」

 えぇぇぇぇぇぇぇぇええええ?
 なにそれなにそれなにそれぇぇぇぇっぇぇぇぇ???
 違うわよ、王子が身分を捨てるなんて、そんなことあっちゃいけないわ!

「王子の身分を捨てるって、そんなこと許されるの?」

 あたしは恐る恐る訊いてみた。だってアランさまは王太子で次期国王で! 

「大丈夫だ。僕が拒否するなら王位は叔父上にいくよ。叔父上は僕より8歳上なだけだから、父上も弟というより息子みたいに扱っているしね。なんの問題もないよ」

 アランさまはそう言って屈託なく笑ったけど。
 問題大ありだわっ!
 そんなことってある?

「だってアランさま。ずっと悩んでいたわよね? このまま王位を継いでもいいのかって。でも吹っ切れたって言ってたのに……」

 そうなの。真面目なアランさまはまだ若く人生経験もない自分が王位に就いてもいいのかって悩んでいたわ。
 それをあたしと知り合って、あたしに心を癒されて励まされたって。本当の愛を知ったって……。ついこの間、あたしの手を取ってふたりで頑張っていこうって決めたはずだったのに!
 どうして今日、こんなこと言い出したの?

「そうだよ、吹っ切れた。僕は一介の冒険者になるって決めた。僕は君がいれば何もいらない」

 はあ?

「冒険者になって、君とパーティーを組んで、あちこちのダンジョンを攻略しよう! なに、すぐ慣れるよ。君は優秀な光魔法の使い手だし、僕の剣の腕もそれなりのモノだしね!」

 そっちに頑張っていくつもりだなんて、思ってもいなかった!
 ショックだ。
 どこで間違えたんだろう。



 あたしの父は元冒険者。それがとあるダンジョンを攻略中にスタンピードと遭遇。魔物の群れを殲滅するお役目をいつの間にか請け負っていた。
 見事そのお役目を全うした父は、貴族の中でも偉いっていう辺境伯さま? にその腕を見込まれて、推薦されて一代限りの騎士爵を貰った。今はその辺境伯さまのところで働いている。

 娘のあたしは王都で貴族の子息子女が通う王立魔法学園に編入した。もちろん寮もあるし、衣食住が完備されてて感動したわ。
 貴族というだけでこの扱いを受けるなんて、やっぱり貴族ってトクよね。
 でもこの生活もこの魔法学園に通っている間だけ。今は騎士爵の娘だけど、あたし自身にその称号はない。
 この魔法学園を卒業したら、父親のもとへ行ってお手伝いするか自立するかだけど、自立するってことはただの平民になることと同じだって聞いたの。
 これからも貴族の一員として暮らしたいなら、手っ取り早い方法は貴族の嫁になること!
 つまり、それなりの伴侶を見つけなければならない。

 そう思っていろんな男の子とお近づきになろうとしたんだけど、貴族の長男ってたいがいは小さい頃に婚約者を作っちゃうのね。フリーなのは次男三男。爵位が貰えるような次男三男はいないかしら。
 そう思いながら日々を過ごしていたあたしに声をかけてくれたのがアランだった。まさか王子さまだなんて知らなくてびっくりよ!

 でもね、本当に恋をしたの。

 だってアランは今まで見た男の子の中で一番キレイ。そして優しいの。
 そんなアランのためなら、慣れない王宮での生活だって頑張って順応しよう、一生懸命勉強しようって思っていたの。
 それなのに。



 あたしの父親は優秀な冒険者だったけど生活能力は皆無な人だった。
 母を早くに亡くし、父は男手ひとつであたしを育てたと言いふらしているけど、生活のこまごまとしたこと一切合切はあたしの方が面倒をみていた。
 食事の用意や後片づけとか、身体を拭く湯の用意とか、着替えたときの洗濯とか、ほつれたテントや衣服の修復とか。物心がついたときには父の面倒を見ていたわ。
 とはいえ、父は火おこしくらいできる。
 火魔法使えるもん。ごはん作るとき、竈を作るのは父の役目だった。

 でもアラン王子は?
 アランはひとりで火を点けられる? テント張れる?
 自分で屠った魔物を捌いて調理できる?

 魔法学園の実習でパーティー組んでダンジョン攻略したけど、そのときアランってば護衛兵に守られていたよね? 『剣の腕もそれなり』とか言うけど本当にだよね。護衛兵が下地を作ってとどめを刺しただけだもん。

 火を点けるのも無理よね。アランは水魔法の使い手だったもん。水には困らなそうだけど。
 実習では実際の火おこしとかテント張りは同じパーティーメンバーのパトリスがやっていたよね? お付きの護衛兵にいろいろやらせて、アラン本人はぼんやり見ていただけだった。こまごましたことはあたしや他のパーティーメンバーがやっていたんだ。
 他のみんなが作業して王子だけが動いていなかったのは、身分的に仕方ないよねって思ったけど、ちょっとは自分で働けよ指示待ちかよってチラっと思ったのも覚えているもん。

 つまり。
 もし、アランが冒険者になるのなら。
 あたしの父親よりも厄介なタイプの冒険者になるんじゃないの?

 の腕しかないくせに、実生活では何もできなくて、あれやこれやと要望の多いタイプ。

 これ、まずくない?
 そんなのと一緒になったら、父親といたころよりあたしの負担が重くなるんじゃないの?
 平民になるってことは、もう護衛兵もつかないってことでしょ?

 あたし、その日暮らしの冒険者稼業はもう嫌。
 できれば貴族のお嫁さんになりたいなぁ、相手を見つけたいなぁと思いながら学園の門をくぐったの。
 アランさまと恋仲になってラッキー! って思っていた。だって将来は王妃さまになれるのよ? 貴族の頂点の人になれるのよ?
 そのための苦労ならどんなことだって頑張ろうって思っていたのよ?

 なのに蓋を開けてみれば、その王子さまは王子の身分を捨てると言った。
 こんなことってあり?

「エステル。僕は君がいればなにもいらないんだ。王位なんて欲しくもない。愛さえあれば君とふたりどこででも生きていけるさ」

 王子さまはそう言ってあたしの手を取った。キラキラした笑顔で。

 なにもできない王子さま。
 普通に生活するのに、お付きの人間がいなければ生きていけない王子さま。
 下々の暮らしを本当の意味で理解していない王子さま。
「なにもいらない」なんて簡単に言えちゃう王子さま。

 あたしは……。

 あたしは、その日暮らしの冒険者稼業にはもう戻りたくないの。
「なにもいらない」なんて、とても思えない。生活に必要な物っていっぱいあるじゃない!


 もし、もしどうしても戻るのなら。

 愛の言葉だけじゃなく、あたしを少しでも楽させようとしてくれる、尽くしてくれる相手がいい。
 冒険者としても有能で実務能力もあって、物理的にあたしを守れるような強くて誠実な人がいい。
 たとえ貴族じゃなくても、そんな人なら……。

 ――そんな人、傍にいたわ。いつも陰にひなたにあたしを見守ってくれた存在が。




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