【短篇集】実は溺愛なんです【過去作と今と】

あとさん♪

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【結局のところ、どちらが先に惚れたのかは謎のまま】

2.「いっこだけヒント教えてあげるね」

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 家に帰り、まずしたのは事情聴取。
 この女性が誰で、どうして俺を知っていて、この腕に抱いている赤子が俺の子だと言い張るのはどうしてか。

 彼女は自分をマリアと名乗り、驚くことに未来から来たのだと語った。

 帰り道で購入した木綿の布をあっという間に断裁しておむつ用の布に縫い合わせた。“直線に縫うんだもん。簡単よ”と言いながら、亡き母の遺した裁縫道具を器用に扱う姿に呆然とする。

 母が死んで以来、まともに火もいれてなかったオーブン。マリアはそれにどっかどっかと薪をくべ火をおこす。
 そして有り合わせの物を使うと、あっという間に夕食を作ってしまった。なんて手際がいいのだろう。

 俺は赤ん坊をあやしながら、マリアが家事をするさまを見守るだけだった。


 家事をこなしながらのマリア曰く、彼女が連れていた赤ん坊ラルフは俺の子で、俺たちは俺が28歳、マリアが18歳のときに出会った。それはもう、素晴らしく情熱的、かつしつこく求婚して恋仲になり結婚し、ラルフができるらしい。ラルフという名づけも当然俺なのだとか。

 ちなみに、いま俺は25歳。マリアは21歳。

 ……彼女が未来から来たという話は本当なのだろうか。

「結婚したあと、ショーンから“マリアは身籠るとタイムスリップする”って聞かされていたの。そんなことってあるぅ? って半信半疑だったよ? でも実際、あたしはタイムスリップという現象を体験した。 “君は数回、タイムスリップする。そのとき、まだ若いころの俺に出会うだろう。なーーんにも知らないときの俺だけど諦めずに口説いておくれ”って」

 そう語ってにっこりと微笑んだマリアは、びっくりするほど可愛くて俺好みで魅惑的だった。
 ドキドキしてしまったのは言わずもがな、か。


 ◇


 兄弟のいない俺の唯一の肉親は母親だけだった。
 父という人は浮気をして母と離婚したらしい。
 母は女手一つで俺を育ててくれた。
 親孝行しなくてはと思っていた矢先、その母を病で亡くしたばかりだ。

 本当いうと、途方に暮れていた。

 俺ひとりの食い扶持すらどうしようか考えていたときに、降ってわいた嫁と子ども(自称)。
 未来から来たというこの赤ん坊、ラルフと言ったか。
 彼を抱っこして鏡を見れば、目の形以外のすべてが笑ってしまうほど俺にそっくりだった。
 ……俺の目付きの悪さが遺伝しないなら……まぁ、いいのか。丸い瞳はマリアそっくりだ。


 ◇


 ラルフとマリアは、寂れたアパートメントに住む他の住人たちにあっという間に馴染んだ。もともと母と住んでいたアパートメントだ。俺の幼少期を知っている近所の爺さん婆さんが、すぐにラルフは俺の子だと認定した。

「ショーン! いつのまにこんな可愛い嫁と子どもをこさえたんだい!」
「隠していたなんて人が悪いね!」
「ポーラさんに会わせたかったなぁ……どうして黙ってたんだい」

 黙っていたのではなく、突然現れただけですがなにか。
 とは言えない俺。


 未来から来たというなら、俺はどんな職に就いているのかとマリアに聞けば、

「……未来の出来事なんて、知らない方がよくない? んー、でもぉ……今やりたいことがあるんじゃないのぉ? それをやればいいんだよ。でも、いっこだけヒント教えてあげるね。ラルフをとりあげてくれたのはショーンだってこと」

 などと言ってはぐらかされた。
 未来の俺の様子をはっきりとは言わないくせに、自分たちが俺の嫁と息子だという半信半疑な事実だけは明け透けに話す。

 そして言うのだ。きらきらの笑顔とともに。

「愛してるわ、ショーン!」


 ◇

 
 マリアはグイグイ俺に迫る。
 狭い部屋で同居しているのだ。どうしても視界にはいる。着替えのときとか、お風呂のときとか、授乳のときとか。
 彼女の肢体は目の毒だ。しかも俺は今まで生きてきて恋人という存在なんていたことがない。
 恋人をすっ飛ばしていきなりできた『妻』にどう対処すればいいのか。

 しかもこの子、超! 俺の好みなんだよ。

 見せつける様に肌を晒されグイグイ迫られ。
 一緒に居るのも、口癖のように『愛してるわ』と囁かれるのにも、慣れて。

 触ってもいいのかなぁ……いやいや、心の伴わない関係なんていかんでしょと日々悶々とする俺なのだが。


「ショーンは真面目なんだね」

 触ってもいいのよと俺の腕に胸を押し付けてくるマリアを引き離せば、そんなことを言う。
 どこか安心したような口調で。

 いやいや、悶々としているんだってば。俺も若いんだってば。
 でも身体だけの関係なんて、嫌だ。
 お互い好き同士でなきゃ、ダメじゃん。

 こういう俺の考え方、たぶん、俺の生い立ちが要因だ。
 俺の両親は、親に決められた相手と結婚した。昔のことだ。父も母も、『親の意思』に逆らえなかったらしい。
 結婚後数年して父は浮気をした。浮気相手を本当に愛してしまったと言って、母に頭を下げたそうだ。
 二人は離婚した。

 生前の母はよく俺に言った。

『お前は本当に愛する子と結婚してね』

 寂しそうな笑顔が忘れられない。

 だから本当に好きな子ができるまで、男女の閨事アレコレはしたくないし、しちゃダメだと思う。だって子どもができる行為だ。
 ましてや浮気もダメだと思う。

 とはいえ。
 今まで好きになった子なんていなかったし、出会いもなかった。俺はこのまま誰のことも好きにならないで死んでいくのかなぁ、なんて思っていた。



「ほんと、ショーンはストリートギャングかってくらい人相悪いのに、中身は真面目だし、誠実で純情でやさしい……しかも子ども好きなんてね」

 どこか懐かしいものを見るような瞳でマリアが言う。
 黒い瞳がキレイだ。可愛い。
 ……目付きが悪いのは……すまん、親父ゆずりだ。

「そんなショーンだから好きになったんだよ」

 そう言いながら俺の頬にキスを落とすマリアに惚れてしまったのは、もうどうしようもないことだと思う。

 何度も言うが、彼女は俺の好みドストライクなのだ。
 まず、見かけが可愛くて好み。
 家事全般てきぱきとこなす有能さもいい。
 近所のじいさんたちとも問題なく会話する朗らかさ。明るい笑顔。

 今まで一緒にいなかったのが不思議なくらいマリアは俺の生活の中に溶け込んだ。
 もちろん、ラルフも。
 こいつがまた愛らしい。よろよろと一人で立って“褒めて”と言いたげに見上げられると堪らない。
 ちっとも目が離せないヤンチャさと俺を見るたびに瞳をキラキラ光らせる愛らしさ。
 小さな手を一生懸命伸ばして俺を追う。
 俺が必ず自分の手を取ると信じ切っているその無垢な瞳が愛しくて堪らなくなった。
 なにをしていても可愛いかった。たとえそれが夜泣きでも。
 小さな手が必死になって俺の服の端を握り締める。なんだかそれが切なくなるほど愛おしくて、俺はちいさなラルフをずっと抱っこしていられた。


 ◇


「騙してもいいから口説き落とせって言ったのはショーンなんだからね!」

 腰に手を当てて人差し指を俺に突き付けて、その黒い瞳をキラキラと輝かせて。
 あぁ……可愛い。
 目がマリアを追ってしまう。俺が落ちないわけは無い。

「ん? このおっぱい気になる? ごめんね、今はラルフ専用で大きいだけなの。通常時はもうちょっと小さいよ」

 え。そういうもんなの?

「でも美乳だって褒めたのはショーンなんだからね!」

 なるほど。美乳。微乳よりはいいか。

「いま凄くふざけたこと考えたよね?」

 マリアが訝し気な顔で俺を睨みつける。
 俺が彼女のその胸元と顔を交互に見ると、

「ふふっ。しょうもない人!」

 マリアは笑いながら俺の胸をつつく。この甘えた態度に胸が締め付けられる。可愛いすぎる。


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