【短篇集】実は溺愛なんです【過去作と今と】

あとさん♪

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【初夜の晩に「おまえは俺を愛することはない!」と言われました。…んぇ?】

初夜の晩に

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「リーリエ! おまえは俺を愛することはない!」

 え……? いまなんておっしゃいましたの?

 大声で不思議な宣言をしたのは今日、夫になったクラウスさま。
 わたくし、なんて言われたのか一瞬理解できなくて疑問符だらけになりましたの。

 これ、結婚式を挙げたその日の夜の出来事です。
 いわゆる、初夜の晩に。
 夫婦の寝室で。
 わたくしは寝台ベッドに腰かけた状態で。
 夫になったばかりのクラウスさまは、そのわたくしの目の前で腕組みして立ってます。眉間にシワを寄せた怖い表情で。黒縁メガネがキラリ。

 小首を傾げてしまったわたくしを責める人間はいないと信じますわ。
 だって、あまりにも意味不明なおことばだったのだもの。

 わたくしの態度を見たクラウスさまの眉間のシワが、よりいっそう深くなってしまったけれど。

 よく物語などにありますでしょ。
 どうにもトンチキな夫が新婚の花嫁に『俺お前愛することはない!』ってのたまうやつ。
 あれならばね、理解できますのよ?
 政略結婚だから、この夫婦間に愛情を持ち込むなっていう宣言ですよね?
 政略結婚だからこそ、そんな阿呆で幼稚な宣言をする夫なんて妻側こっちからお断りだわ~とは思いますけど。
 心情的にはね。

 でもいまクラウスさまが宣ったのはその逆ではありませんでしたか? わたくしの気持ちの代弁? しましたよね? そうですよね?

 『おまえ』は『俺』を『愛することはない』……?????
 どう判断すべきなのか謎です。

 そりゃあわたくしたちの結婚も政略結婚ですから、ここに愛はありませんわね。
 とはいえ、これから一緒に生活していくのですもの。
 愛を育むのは難しくとも、お互い信頼を育むのはできますわよね?
 そう思っていたのですがね?

 それもむずかしいと仰りたかったのかしら。
 そんなのっけから喧嘩腰にならなくてもよくありませんかね?

 とはいえ、なんとも不思議な方面でのマウント取りです。

「むしろ……憎んでくれても、いい」

 あら。こんどはいくぶん声のトーンが落ちましたよ。
 心なしか、項垂うなだれてきましたが……いえ、はっきり項垂れてしまいましたね。
 腕組みしていたのも解いて、だらんと両横にぶら下がった状態……。
 眼鏡のグラス部分が反射して、表情がよく分かりません。

 あらら。どうなさったのかしら。おなかでも痛くなってしまわれたのかしら。

「おまえの実家の子爵家の財政難に目を付けたのは俺だ」

 えぇそうですわね。我が領地は冷害で飢えてしまいました。
 金策に追われておおわらわでしたわ。
 そこへ援助を申し出てくださったのがクラウスさま。わたくしとの結婚と引き換えに。

「若くてうつくしいおまえには縁談なんて腐るほどあっただろう」

 いいえ。若いはともかくうつくしいはありませんよ? わたくしの容姿は人並みでしてよ?
 そして貧乏な田舎子爵の娘に縁談なんて、からっきしございませんでしたがなにか。

「こんな、十も年上で不細工ぶさいくで背も低くメガネで金しかない伯爵家当主なんて……金で嫁を買うなんて……愛される資格もない」

 もしかしてもしかしたら、ですけど。
 怖い顔していると思っていましたが……これ、苦悩している表情なのではないかしら。

 わたくしをお金で買ったって、後悔していらっしゃる……のかも。
 もしかしてクラウスさまって、すっごく……ロマンチストなのでは?

 クラウスさま。項垂れて、すっかり猫背になってしまいました。
 
 十も年上って仰るけれど、いま十七歳のわたくしですからクラウスさまは二十七歳。これから男盛りですわよね?
 わたくし、それくらいなら十分に有効射程範囲だと思っておりましたわ。
 貧乏で子だくさんの田舎子爵の娘のわたくしの嫁ぎ先なんて、ないと思っておりましたもの。縁談を持ち込んでくれる縁戚関係もなかったし。
 クラウスさまがお若くて良かったって思ったくらい。

 クラウスさまは不細工で背も低いって仰っているけれど……まぁたしかに絶世の美男子ではありませんが、普通ですわよね? 目の数も鼻の数も口の数もわたくしと同じです。それに眼鏡の奥の目がクリクリしてて愛嬌がありますわよ?
 わたくしも背は低いです。つり合いが取れていると思いますがなにか。
 眼鏡は人によっては絶対不可欠条件になりうるらしいですわよ? そんなに卑下するものではないと思いますがなにか。
 それになにより、お金があるって一番のアピールポイントではありませんの?
 世の中はお金があってこそ回っていると思いますわ。
 愛を謳えるのもお金があればこそではないかしら。
 貧乏は心が荒みますわ。

「愛される資格って、なんなのでしょう」

 クラウスさまが援助してくださったおかげで、実家は助かりました。領民たちが飢える心配がなくなりました。とても感謝しておりましてよ?

「愛するって……わたくしにはむずかしくてよくわかりませんが、とりあえずご縁があって夫婦になったのだと思っております」

 わたくしはクラウスさまの右手を両手で握りました。
 まぁ。なんて冷たいの。緊張なさっているのかしら。
 わたくしが温めて差し上げられたらいいのに。

「ですから、そんなに肩肘張らず。これからわたくしと一緒に、夫婦とはどうあるべきか……ゆっくり模索していきませんか?」

 そう言いながら、クラウスさまを見上げ小首を傾げて微笑みかけたのがいけなかったらしいのです。あとから夫がそう申しておりました。
 なんだか急に雰囲気を変化させたクラウスさまがわたくしを寝台ベッドに押し倒して……。

 ………………。

 …………。

 ……。

 初夜、敢行。完遂。




 ◇ ♡ ◇ ♡ ◇




 なんでも?
 わたくしが上目づかいで小首を傾げる姿に心を奪われた、のだとか。
 なにやかや一緒に生活していく過程でわたくしの人柄に参ってしまった、のだとか。

 わたくしとしてはお胸のボリュームがいまいち不安なのですけど、そこのところはスルーしていただけます? なんて聞かれたのがまったくもってけしからんっ! 胸なんて量より質だ! 形と感度だ! なんてとんでもないこと言い出したり。

 仕方のない人。うふふ。
 少しずつ、クラウスさまという人が解ってきました。

 結婚から一年経った紙婚式の日。
 あ。面白いですよね、このいいかた。
 結婚一年目って『紙婚式』っていうんですって。旦那さまに教わりましたのよ?

 今はまだ『紙』だけど、絆を深めて変化していくんですって。素敵でしょ?
 最終的に目指すところは『金』。五十年もさきのお話ですけどね。

 その紙婚式の記念日にね、旦那さまはわたくしに仰いましたの。

「おまえは俺を愛する必要はないが、俺はおまえを愛している」

 なんて、眼鏡を指先でクイっと持ち上げながら明後日あさっての方向を見て赤い顔で言う旦那さまに変貌したクラウスさま。

 カワイイひと。
 眉間のシワは標準装備だって、今は存じておりますよ。目の悪い人特有のクセなんだって。

 記念にと、温室をわたくしの好きな百合リーリエの花でいっぱいにしてくださったクラウスさま。
 来年の結婚記念日にはなんて仰ってくださるかしら。いまからちょっと楽しみです。

 せめて“愛してる”はわたくしの目を見て言ってくださらないかしら、なんて。
 そうしたらわたくしだってちゃんと目を見て言うわ。“愛してます”って。うふふ。

 こんなカワイイ旦那さまの心をしっかり掴むために、わたくしの奮闘はまだまだ続くのです!






 ◇ ◇ ◇






 二年前。
 領地への行程途中、悪天候と悪路のせいで立ち寄らざるを得なかった田舎の子爵領。
 そこで対応してくれた長女の笑顔がどうにも忘れられなかったクラウスは、領地での仕事の傍ら、くだんの子爵家を調べ尽くした。
 領地から王都への行程途中に立ち寄り、山ほど理由をつけて強引に彼女を連れ帰った。
 非道だと思いつつ、を通した。

 一年目の結婚記念日の昨日。
 いいえ。わたくしもクラウスさまを愛していますわと、あの可愛らしい笑顔で言って欲しかったクラウスだったが、望んだ言葉は貰えなかった。

 ただ、ニコニコと愛らしい微笑みを見せる妻に魅せられた。
 毎日毎日、日がたつごとに妻への愛が深まることを自覚する。

 妻が好きなものをもう一度徹底的に洗い出さねばならない。
 あの愛らしくも気高く聡明な妻に捨てられないために。

 生まれたばかりの娘の子守りをしながら、クラウスは誓いを新たにしたのだった。


【おしまい♡】






※解説※
たぶん、王都での主流は『恋愛結婚』
リーリエのいた田舎にまで浸透していなかった模様。

年々歳々、愛が深くなるクラウスと、
その愛を受け、日々うつくしくたおやかに、そして肝っ玉母さんに成長する(だろう)リーリエ。
凸凹カップルはかわいい。
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