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1.異世界からの転生
しおりを挟む前世の彼は、王家に仕えるしがない侍従だった。
愛らしい姫さまをお支えし、彼女の幸せを見守る礎になるつもりだった。
だがそれは見果てぬ夢となって消えた。
王国は戦禍にまみえ、お守りするはずだった姫さまは名誉を守るため自ら命を絶った。
彼女は隣国に婚約者がいた。仲睦まじいおふたりを見守るのが役目だと思っていた。せめて、その隣国に彼女を送り届けたかった。
無念だけが、苦く重く胸に残った。
もし、自分が騎士だったなら。
姫さまをお守りし、彼女だけでも落ち延びさせたのに。
名誉を守るためとはいえ、死など選択させなかったのに。
自分が、無力だったばかりに。
姫さまの最期を見届けた後、城に火を放ちながら彼はずっと後悔し続けた。
熱い炎に気管支を焼かれながら、城と共に燃え落ちながらも、――ずっと。
苦い、苦過ぎる悔恨。
あぁ、もし。
もしも生まれ変わることがあるのなら、今度こそ姫さまをお守りする為の力が欲しい。
誰にも負けない強い力。誰をも打ち砕く強い力。
そして今度こそ、姫さまが幸せになるまで寄り添うのだと。
もしも、この願い叶うなら――。
(そうね。その強い願い、叶えましょう)
どこからか、春風が頬を撫でるような優しい声が聴こえた。
◇◇◇◇◇◇
ふいに思い出した前世の最期。
火に燃え堕ちる城。あの熱さと息苦しさと――。
自分は……とある王国の落城と共に死んだはず、だった。
なのに、生きている。
ここは?
ここはどこだ?
青々とした山並み。のどかな田園風景。前世で見知った風景のようでいて、どこか覚える違和感。
空気も風も、穏やかで戦禍とは無縁。
平和な、世界。
ここで自分はなにをすべきか。
……そうだ、ひめさま。
今度こそ、ひめさまをお守りするのだ! 自分はその為に生まれ変わったのだ!……たぶん。
『彼』は彷徨った。
『彼』のお守りすべき姫君を探し求めて。
探して
探して
誰を見てもどこへ行っても、『彼』の守るべき姫はいなかった。
自分の守るべき姫さまはどこにいるのだろう。
途方に暮れ絶望しかけたある日。
「いや! やめて!」
不意に、幼女の声が『彼』の鋭敏な耳に届いた。心がざわついた。
全身の毛が逆立つような緊張感に襲われる。
あの声の主はどこにいる?!
今すぐ駆けつけねば!
『彼』は走った。
薮を駆け抜け己の心が命じるまま、本能が呼ぶ方向へ向けて。有難いことに前世より軽快に走れる。力強く大地を蹴り上げ、思っていたより早く駆けつけることが出来たそこには。
まっすぐな黒髪の少女と、彼女を囲み虐める少し柄の大きな少年たち。
少女の目に光る涙を見た瞬間、『彼』には解った。
(ひめさまっ!)
彼女こそが、『彼』が探し求めた姫さまだと。
姫さまの生まれ変わり。
『彼』が守るべき存在。
その姫さまが、泣いている。
(おのれ下郎、赦さん!)
『彼』は勢いをつけて走り、唸りながら少年に体当たりした。
『彼』の渾身の体当たりに、姫さまを囲んでいた少年の一人が吹っ飛んだ。
その勢いのまま、姫さまと彼らの間に割り込み唸り声を上げながら威嚇した。
(さがれ下郎! 噛み裂いてやるぞ!)
『彼』はそう叫んだつもりだった。
が、耳に聞こえたのは犬の唸り声だった。
(どこに犬がいるのだ?)
意識の片隅で『彼』は考えたが、目の前に立つ不埒な輩を排除する方が先だ。
姫様を背後に庇いつつ威嚇しながら睨み続けると、少年たちは『彼』を恐れ逃げ出した。
(思い知ったか。二度とそのツラ、姫さまに見せるなよ!)
「わんちゃん……ひなたを守ってくれたの?」
背後から聞こえた少女の声に、『彼』は慌てて彼女の前に平伏した。
(ご無事でしたか? もう大丈夫ですよ、悪い輩は追い払いました。もう泣かないでください)
そう告げたつもりだったが、耳に届いたのは犬の甘えたような声だった。
(ん??)
「わんちゃん、ありがとう!」
少女の柔らかい手が『彼』の頭を撫でた。
(おぉ! 姫さまに褒められた! しかも労って頂けるとは! なんたる至福! なんたる栄誉!)
「うふふ。しっぽ振ってる。あなたも嬉しいのね」
(尻尾振ってる? 誰が?)
「ねぇ、白い大きなわんちゃん。うちにおいで。うちで飼ってあげる」
(わん、ちゃん……え。それってまさか、おれのことか⁈)
『彼』は少女の言葉に、さまざまな衝撃を受けた。
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