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外伝
真か偽か〜ロベスピエール回顧録に関する一考察
しおりを挟む「アーバン女史の発表した“ロベスピエール回顧録”は本人が文芸として出版したじゃないか!
参考文献も現存していない架空の物だ。これを学術書と認める訳にはいかない。どちらかと言えば二次創作の類だ。彼女は彼女の父親の代からロベスピエールの研究をしていたが、父親を超える物を残そうとして、こんな冒険をしたに過ぎない。これは定説を覆すようなものでは無いよ」
「しかし、教授!」
「まぁ、物語としてはよく出来てると認める。
なんせ、あの悲劇の女王グレース・フェリシアとマクシミリアン・ロベスピエールとが出会って恋に落ちて、一緒にフォーサイス国建国に立ち上がるのだから! だが、考えてもみたまえ! もしこれが本当なら、ロベスピエールは政治犯として収監されていた事になる。だがそんな記録は何処にもない! あの当時、公爵令嬢グレース・フェリシアを殺害したのは政治犯だという記録資料もあるじゃないか! 君は我が国の建国の父を性犯罪者にするつもりか? とんでもなく酷い侮辱だぞ?
それに現存するグレースの墓をどう説明するつもりだ? あのふたりが同時期に王宮にいたという記録はどこにもないんだよ」
これは夢のような話、まさに『お伽噺』だ、アーバン女史は小説家として大成するさ。
そう笑いながら教授は部屋を出て行った。
僕はドアが閉まるのを黙って見送ることしか出来なかった。
確かに。
『ロベスピエール回顧録』が最初に人々の目に触れたのは、一般文芸の歴史小説(架空)として、だ。
読み物としてとてもよく出来ていると、僕も思う。
けれどこれは、研究者達がこぞって議論する『ロベスピエールはいつから辺境伯陣営に居たのか?』という論争に終止符が打たれる案件なんだぞ?
突然歴史に名を挙げるマクシミリアン・ロベスピエール。
王都を占拠し王宮へ降伏勧告に訪れる前の経歴は一切明かされていない男。
その彼が……グレース女王の一信者だったっていう事実に顔を背けたくなるのも解らなくはないけど!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
帝国暦839年に発行された『ロベスピエール回顧録』では、ロックハート王国の飢饉と流行病の状況を嘆き、国に意見書を提出しに行こうとする若き日のロベスピエールがいる。
彼は、のちの『ロベスピエールと4人の革命家』と称される仲間たちと共に意見書を提出するが、この行動が国家転覆を図る政治犯だと決めつけられ逮捕される。
おざなりに裁判が済まされ、意見書は通らず死刑判決が下される。そして捕まった王宮地下牢を脱獄しようとした日、女神が降臨する。
それがグレース・フェリシア。
一目見て恋に落ちるロベスピエール。
仲間たちと共に逃走し、グレースを誰も知らない土地に隠す。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この第三者目線の語り口と、ロベスピエール本人の日記形式の文章がちょいちょい挟まれ、なかなか読みごたえがある仕様だ。
そしてロベスピエールの日常を丁寧に追い、彼の現実の行動と正しくリンクしているのだ。
会議を行った日
帝国と会談した日
引退後のナーガラージャ国に出向いた日
それらを悉く網羅してこの物語を書いたとしたら、彼女は綿密な取材を元にするタイプの創作作家なのだと言える。
だからこそ僕は敢えて言いたい。
これは事実なのだ、と。
小説を装った事実の発表なのだ! と。
巻末に『ロベスピエールの日記より』と記されているが、『ロベスピエールの日記』なる物は、現在その存在を確認されていない。
アーバン女史がその脳内で生み出した架空の物だという認識だ。
せめてこの『ロベスピエールの日記』原本が実在し発表されていたら、説得力もあるのに!
僕だって最初からこれを真実だと思った訳でない。
巷で話題の歴史小説だと認識し、購入して読んだ。
まさか、苦手な恋愛モノだとは思わなかった。
僕がこれを恋愛モノだと評価した理由は、作中でのロベスピエールの愛しい彼女(途中からは妻)に対する甘ったるい態度のせいだ。
彼の愛しい彼女グレースへの信奉ぶりは凄まじい。女神と褒め称え、崇め奉り、下にも置かない饗しをして、溺愛に次ぐ溺愛の上に、両想いになってからも愛でて愛でて愛でまくっている。
初めて彼女と閨を共にした翌日の彼の語りは、もう、砂糖をでろでろに溶かしてそこにハチミツを入れ各種の甘い果物を漬け込み、伝説の竜を召喚しその翼に彼女を護らせたような情景だ。
初めて読んだ時、声に出して叫んだほどだ。
「なんだ? これ! こんなのがロベスピエールのわけないだろ?!」
こんな、女にメロメロになって日がな一日妻を恋しがりメソメソして妻の夢を見た! と嬉しそうに(もしくは誇らしげに)日記に記す首相なんて、居る?! 居ないだろ?!
何考えてこんな馬鹿話作ったんだ、アーバン女史は!
そう思った。
ロックハート王国の終焉辺りを研究する学生や研究員は特に。
だからこそ、創作物。
女史の脳内で生成された御伽噺。
たまたま、現実の人間に当て嵌めただけの。
そう思われていたシロモノだった。
この話が史実ではなく物語だと断じられる最大の理由が、ロベスピエールが収監されていたという記録が無い事。
グレース・フェリシアの死亡が確認されている事。(凌辱殺人の犯人不明のまま)
そして作中の首相の人物像が現実のそれと一致しない、という三点だ。
彼は首都にあるアパルトマンの小さな部屋で亡くなったという。
初代首相を務めた程の人物なのに清廉で金儲けには縁がなく、金欠で常に夕飯を集りに近所に住む仲間の家に転がり込んでいたとか。
生涯独身で政界を退いた後は各国を廻ってグレース女王の足跡を追っていたとか。
なかなか逸話の多い人物であるにも拘らず、彼の生まれた村(もしくは場所)とか育った場所の話は無い。生年月日もハッキリしない。(没年はハッキリしてる)
彼の遺した資産は、記録を見る限り驚く程質素だ。
家財道具が必要最低限。
衣類、数着。
本は多数。
財は蓄えておらず、これでどうやって晩年生活出来たのか研究者が疑問に思う程だ。
首相を勤めていた時の給料は、退任後の各地放浪で散財したらしい。
『ロックハート最後の女王からの手紙』の印税は殆ど街の養護施設等に寄付されている。
彼の蔵書は全て国立図書館に寄贈された。
彼の終の住処になったアパルトマンは、現在は観光施設となって一般に開放されている。
本当に何も無い部屋である。
冷静冷徹に帝国と条約を結び直し、忙しく国内の活性化に勤め、病院や学校を作り後の国家の為に人材育成に邁進しているマクシミリアン・ロベスピエール像。
その清廉潔白さも相まって、彼を完全無欠の聖人、偉大なる政治家と夢想してしまう。
そう、“夢想”だ。
彼、ロベスピエールも一人の人間だ。
好きな女の1人や2人、いても可笑しくないのだ。完璧な聖人像の方が無茶な理想像なのではないか?
この話は史実。
ロベスピエールの日記は本当に存在していて、回顧録には本当の事のみ書かれていると仮定してみよう、そう思った。
読み直してみれば。
愛しの女神グレースと地下牢で出会った経緯はハッキリ書かれている。
だが彼女と安住の地へ向け逃亡した後、彼は突然辺境伯の使者として王宮へ乗り込んでいるのだ。
ここだ。
ここの経緯がはっきりしないのだ。
女神と目指した『安住の地』とは何処だ? ── 恐らくは辺境伯の土地。
いつの間に辺境伯と知り合った? ── 書かれていない。
どんな経緯で使者になった? ── 書かれていない。
それまで割と克明に彼の状態を説明しているのに、突然、彼は辺境伯の使者になるのだ。
ここが暈してあるから余計に信憑性が薄れる。ロベスピエールと辺境伯との繋がりが何処から来るのか、それが分からない。
想像力が欠如した?
いや、逆にそれは可笑しい。
ロベスピエールの日々のスケジュールを綿密に調べあげた(としか思えない)アーバン女史が、この両者の繋がりを記さない理由は?
創作物なら、寧ろここが肝要の筈だ。
記されない理由。
日記に書かれていないから、だ。
ロベスピエール本人が、日記に書かなかった。
だからこそ、アーバン女史も回顧録に記さなかった。
ロベスピエールは何故日記に書かなかった?
書けない理由は?
それは。
グレースを安住の地に隠す為?
その『安住の地』が何処なのか、暈す為?
グレース・フェリシア・フォーサイス。
フォーサイス公爵令嬢にして、フェアリー商会(当時)の会頭。幼い頃から才女、神童と持て囃され、ロックハート王国の外交官として或いはファーストレディとして周辺諸国に名を轟かす。ロックハート王国終焉に綺羅星のごとく現れた才女は、その才能の片鱗を見せ切る前に惨殺される。婚約者の奸計に嵌り、地下牢でバラバラ死体となって発見されたのだ。殺害犯はいまだに判明されておらず謎のままだ。ロックハート王家を恨んだ政治犯による犯行だという記述もある。
尤も当時はそこまで彼女の才能に着目されてはいない。一令嬢の悲惨な末路、というだけだ。
葬儀も公爵家によって粛々と執り行われ、旧領地に墓もある。
彼女の功績や生涯が世間に明らかにされるのは、ロベスピエールの手によってジョン・レイナルドが隠し持っていた手紙や書類の数々が披露されるから、だ。
……いや、違う。
ロベスピエールは、ジョン・レイナルドが幽閉されていた塔からこれら資料を押収した。
その存在を明らかにしたのは、ロベスピエールが政界から引退し諸国を巡ってグレース・フェリシアの足跡を辿り、彼女の手紙を纏めた『ロックハート最後の女王からの手紙』を発表した時だ。
それまではロベスピエールが隠し持っていた。28年間も。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
帝国暦768年9月末に、レオン・アンドリュー王太子が暫定新政府の議長であるフォーサイス公爵と調印し、ロックハート王国の王位継承権を永遠に放棄する。
同768年10月。ロックハート王国は正式にフォーサイス共和国と名を改めて再出発する。初代首相に任命されたのがマクシミリアン・ロベスピエール。この時28歳の若さだった。
幽閉されていたジョン・レイナルドが恩赦で釈放されたのも同じ10月。
同777年、ロベスピエールが首相を健康上の理由で辞める。この時37歳。
首相はアンジー・スチュアートが担う。
同780年、再任。ロベスピエール第二次政権発足。
同790年、年齢を理由に引退。この時ロベスピエールは50歳。
ここから諸国を巡って資料集めの日々となる。二度と政界には戻らなかった。
帝国暦796年『ロックハート最後の女王からの手紙』出版・発表。この時56歳。
グレース・フェリシア関係の資料(手紙も含めて)一式を国立図書館に寄贈。
今でもグレース・フェリシアの手紙の数々が閲覧ケースに納められ観覧出来る。(触る事は出来ない)
特に最初の手紙(父親のフォーサイス公爵宛て)と最後の手紙(ボーダー辺境伯宛て)は並べて展示されている。
最初の手紙は便箋が美しい。公爵家の紋章が透かし彫りで入っていて、どういう作りか判らないが、小さな花弁が織り込まれているように見える。流石、公爵家のご令嬢が使う手の込んだ逸品だといえる。そして幼い令嬢が遠く離れた父親に向けて書いたらしい、たどたどしい筆跡は微笑ましいものでもある。
対する最後の手紙は。
緊急を要したのだろう。王立学園のノートの一ページを破ったものだ。達筆ではあるが、その筆跡は乱れ急いで書かれたものだと一目瞭然だ。
『今この手紙を読んでいるという事は、わたくしは亡き者となってる事でしょう』で始まる手紙は巻末を飾るに相応しい緊迫感と必死さと、それでも王国の未来を憂い、なんとかそれを辺境伯の手に委ねようとした才女の最後の魂の叫びだ。
これを読んで、同時に彼女の今までの功績を改めて調べ直し、泣かなかった学者はいるだろうか?
国の未来を憂い共和国を建国したロベスピエールがグレース・フェリシアを称え、せめてその功績を世に知らしめたいと本を執筆したのにも泣ける。
一人の歴史研究家としても泣ける。
そして気が付いたのだ。
『政治家として』のロベスピエールがグレース・フェリシアを称えその功績を一冊の本に認めた姿。彼女関連の資料一式を28年間隠し持っていた姿勢。
『小説内』で妻を誰も知らない土地に隠し、彼女の美しさを褒め称え下にも置かぬ饗しをするロベスピエールの姿。
両者の姿勢、方向性が。
なんとなく……酷似していないか? これ。
そう。
違和感を覚えるのは政治家としての清廉な人物像にそぐわない愛妻家としてのデロンデロンな姿だ。
実際、彼は独身を貫いたのだから余計にそんな姿は遠いような気がする。
だが、この一点さえ払拭できるのならば。
僕のように『ロベスピエール回顧録』は史実だと思う奴が多く出てくるはずだ。
だけど、頭の固い学者先生たちは“それを裏付ける資料”がないと納得しない。グレース女王の墓が存在するうえに憶測の段階である現状では、どうしても説得力が弱いのだ。
「あ~~もぉう! 恨むよっアーバン女史!!」
ロベスピエールの日記があるって書いてあるんだから、一緒に発表してくれよ!! それが最強の説得力になるのに!
もしくは。
犯罪者収監記録にロベスピエールの名前が有ったのなら、完璧に立証できる筈なのだ!
信憑性が増すのだから!
……とはいえ、グレース・フェリシアを殺害した犯人がはっきりしていないのが現状だ。当時の王宮勤めの役人の日記に『公爵令嬢は政治犯に殺害された模様』という記述があるのが確認されている(だが、政治犯が牢内にいたという記録はない)。
彼が政治犯として収監されていたのが事実なら、すなわち公爵令嬢殺人犯となってしまう。建国の父が婦女暴行バラバラ殺人の性犯罪者だなんて、とても大声で言えるものではない。
要するに。
肝心のグレース女王が生きていればいいのだ。
間違いなく生き証人!
殺人事件などなく、彼らは手を取り合って駆け落ちしただけなのだ!
……でも生きていれば90歳オーバーのおばあちゃんだよ? そんな長寿か?! 無理! もう生きてないよ!
しかも旧辺境伯領って、途轍もなく広いんだよ?! なんの手掛かりも無い状態で探すなんて砂漠で砂金の粒捜すみたいなもん! 無理!
そもそも生きていたなら、なんであんな『最後の手紙』を書いたんだ?! 可笑しいだろ?!
あぁ! もぉっ! ホントっ分かんねーーー!!
こうなったら。
この際、本当か嘘かなんてどうでもいい!
これが定説だと、皆が思うようになればいいんだ。
そうだ。つい最近、新しくテレビジョンという映像が遠くでも届く機械が発表された。そこで演劇をやって皆の目に止まればいい!
我が国建国の父、最初の首相の生涯を演劇で、映像にして見せる!
その時“新説”として、実は二人は夫婦だったというエピソードを入れるんだ! 話題性も出る! 注目も浴びる!
政治犯から成り上がり、清廉な政治家でありながら、妻にデロンデロンなんて二面性は良いぞ! あの最後の手紙もロベスピエールがグレース女王に書かせた事にすれば良い。
理由? 彼女を独り占めしたかったからだ!
政治の世界から引退させて自分だけのモノにしたかったから!
それっくらいメロメロのデロンデロンに惚れていたからだ!
できるっできるはずだ!
なんせ、今は誰もがみんなグレース・フェリシアを『悲劇の女王』と呼ぶじゃないか!
あの絶対資料主義の教授でさえ、そう呼んでいた。
生前の彼女が『女王』などと名乗った記録はどこにもない。『王女』ですらない。正しくは王家の血を引く『公爵令嬢』だっただけだ。
じゃあ、何故今は誰もが彼女を『女王』と呼ぶのか?
前例があるからだ。
マクシミリアン・ロベスピエール。彼の著である『ロックハート最後の女王からの手紙』。この題名のせいだ。
これのせいでグレース・フェリシア = 最後の女王という図式が生まれ、世に浸透した。
“新説”のひとつを、さも正しい事のように喧伝し、いつの間にか『定説』にすり替える!
これだ! この手だ!
やってやるぞ~っ!!!
彼はデイヴィッド・サーノフ。
一般大衆に娯楽を提供するマスメディアの手段としてラジオやテレビを普及させ、後にメディア王と呼ばれる男である。
【完】
※デイヴィッド・サーノフ氏は実在の人物です。
が、彼の業績の根拠に本書の内容は一切、えぇ、一切関係ありません。
悪しからずご了承くださいm(_ _)m
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