25 / 33
番外編
フォーサイス公爵の走馬灯①
しおりを挟む私の人生は割と波乱万丈だったのではないか。
もうすぐこの世と別れを告げなければならない時が近づいて、私はそんな事を考えるようになった。
元領地に終の住処として小さな別荘を建てた。
人の訪れないそこは静かで良い。
最近はすぐにウトウトしてしまう程、体力も落ちた。
息子夫婦に家督を、フォーサイス家の権利全てを譲ってから、思い返すのは昔亡くした娘の事ばかり。
あれは、……私以上に波乱万丈だ。
あれの瞳が王家の黄金色に生まれついたのが、あれの運の尽きだろう。
リリーが、私の妻が王の姪でなければ、何としても隠し通したのに。
アーサー王と同腹の姉姫の娘。それがリリーだった。だから彼女の出産に王は顔を見に来たがった。臣下として拒絶する訳にもいかず、見舞いを受けた。息子アルバートの時は何事も起こらなかった。アルバートは私そっくりに生まれたから。だが、娘は……グレースは、リリーの血が色濃く出た。リリーの母親の血……王家の血の証、黄金の瞳を持って生まれた。なまじ、我がフォーサイス家にも王家の血が流れていたからかもしれない。だが、我がフォーサイス家で黄金の瞳を持って生まれた者は後にも先にもグレースだけだ。
アーサー王はグレースを見て狂喜した。あの子を抱き上げ瞳を見て『余の跡継ぎとする』と宣言した。冗談ではない。ロックハート王家にはレオン・アンドリューという立派な王太子が存在する。我が娘を苦労すると分かっている地位になんて就けたくない。
『分かっているだろう、宰相よ。レオンに世継ぎは望めない』
声を潜めてのその発言は、私と陛下、そしてレオンだけの秘密だ。
『この子を……グレースを叔父上様の、陛下の跡継ぎに、ですか?』
寝台からリリーが心配そうに訊ねる。
陛下はグレースを懐から離そうとしない。まるでそのまま王宮に連れて帰りそうな……。
と、突然、今まで大人しくあちこち見ていたグレースが激しく泣き始めた。
『陛下……叔父上様。グレースを、こちらに』
リリーが両手を差し出す。
泣き続けるグレース。
陛下は渋々、赤ん坊を母親の手に渡した。グレースはリリーにあやされても泣き止まない。
『お乳かもしれません……アビゲイル様……』
リリーのその声に、私は陛下を促して部屋から退出した。
正直、助かったと思った。
その場だけだったが。
アーサー王は執拗にグレースを欲しがった。だが、王宮にはレオンの息子が居る。大々的に発表された王国の跡継ぎの存在。黄金の瞳を持たない王子。
幸い(私にとっては不幸な事に)、グレースは女子。将来2人を婚姻させれば、外聞的にも不都合なくグレースを跡継ぎに出来るのでは? と提案すれば、代父となり名付けをしたいと言い出した。どんなに些細な事でもグレースに関わりたいのだと理解した私は、陛下のその案を呑んだ。
本当はリリーに因んで花の名を与えたかったが、『フェリシア』というセカンドネームは意外と娘に合っていると思った。
あの時は、ただ将来娘が女王の地位に潰されないように、不幸にならないように、祈るばかりだった。『フェリシア』という名は、悪くなかった。
「お目覚めですか? 大旦那様」
執事が私に静かに話しかけた。
窓の外は夕陽が傾いている。
部屋の中は薄暗く、暖炉に薪がくべられ火が灯されていた。
「オースティン」
「はい、大旦那様」
「お前は……私に仕えて……長いな……」
「はい。──もう 40年、お傍に」
そうだ、元々はグレースに付けた。幼い頃から諸外国を渡り歩くあの子を案じて……お目付け役だ。あれが居なくなって、私付きの執事にした。
「あれを……覚えているか? ……レックスを……」
首を傾げる執事。
「いや……ポール・フェイス、と名乗っておったか……」
途端、執事は顔色を変えた。
「いいえ、大旦那様。そのような者、当家に仕えた記憶も記録もございません」
はっきり私に否と答える様は、彼の心情が言葉通りではないと伝えてくる。
思えば。
かの者を連れ帰ったのは、まだ幼かったグレース。身元不確かな者を傍に置くことに苦言を呈したのが、このオースティンだった。
グレースは、その頃はまだ少女と呼ぶに相応しい年齢だったが、あの子はもう既に女王の風格で我を通した。あの瞳で睨まれたら、臣下は従うしかない。私もその瞳に従った。
グレースは自分付きの侍従としたあの者に、自由裁量を与えていた。
使用人など『はい、ご主人様』と答える以外、特権を与えてはいけないものだ。命じた事以外をすれば叱責するのが当たり前の時代に、あの子は部下に、自分で考え、行動するよう教えていた。
今の世なら。
共和国となり貴族という特権階級が解体された今ならば、それも良いだろう。
あの子は時代の先を行き過ぎたのだ。
自分で考え行動した侍従は、自分の仕えるべき主人の足を掬った。
泣きながら『こんな事になるなんて』『申し訳ありません』と繰り返す侍従の声を思い出す。
どこに隠し持っていたのか、翌日には短刀で首を突いた死体となって発見された侍従。遺体は森に投げ捨てた。
「お前の……妻も、あれに……仕えてた者、だったな?」
「── 仰る通りにございます」
「子は……いるか?」
「はい。倅は旦那様に……アルバート様にお仕えしております」
「もう……職など……自由にしても……良いのだぞ?」
「いいえ、大旦那様。倅は自分の意思で、今の職に就いております。ご心配には及びません」
ならば、いいか。
もう、親に決められた道を何も考えず進む時代ではない。自ら考察し自ら選択し自らその責任を負う。そんな時代なのだ。
あの子が、我が娘グレースが、私にそう教えた。
「少し……眠る…………話すだけで……疲れるようになった……」
執事は黙って私に羽根布団を掛けた。
また、昔の夢を見るかもしれない。
とても幸せで
とても悲しくて
とても悔しくて
とても愛しくて
とても懐かしくて
さて
どの夢を、見るだろう、か……
81
お気に入りに追加
3,671
あなたにおすすめの小説
【完結】「第一王子に婚約破棄されましたが平気です。私を大切にしてくださる男爵様に一途に愛されて幸せに暮らしますので」
まほりろ
恋愛
学園の食堂で第一王子に冤罪をかけられ、婚約破棄と国外追放を命じられた。
食堂にはクラスメイトも生徒会の仲間も先生もいた。
だが面倒なことに関わりたくないのか、皆見てみぬふりをしている。
誰か……誰か一人でもいい、私の味方になってくれたら……。
そんなとき颯爽?と私の前に現れたのは、ボサボサ頭に瓶底眼鏡のひょろひょろの男爵だった。
彼が私を守ってくれるの?
※ヒーローは最初弱くてかっこ悪いですが、回を重ねるごとに強くかっこよくなっていきます。
※ざまぁ有り、死ネタ有り
※他サイトにも投稿予定。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
【完結】「『王太子を呼べ!』と国王陛下が言っています。国王陛下は激オコです」
まほりろ
恋愛
王命で決められた公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢との婚約を発表した王太子に、国王陛下が激オコです。
※他サイトにも投稿しています。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
小説家になろうで日間総合ランキング3位まで上がった作品です。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
【完結】「幼馴染が皇子様になって迎えに来てくれた」
まほりろ
恋愛
腹違いの妹を長年に渡りいじめていた罪に問われた私は、第一王子に婚約破棄され、侯爵令嬢の身分を剥奪され、塔の最上階に閉じ込められていた。
私が腹違いの妹のマダリンをいじめたという事実はない。
私が断罪され兵士に取り押さえられたときマダリンは、第一王子のワルデマー殿下に抱きしめられにやにやと笑っていた。
私は妹にはめられたのだ。
牢屋の中で絶望していた私の前に現れたのは、幼い頃私に使えていた執事見習いのレイだった。
「迎えに来ましたよ、メリセントお嬢様」
そう言って、彼はニッコリとほほ笑んだ
※他のサイトにも投稿してます。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」
まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。
【本日付けで神を辞めることにした】
フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。
国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。
人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
アルファポリスに先行投稿しています。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!
【完結】「婚約者は妹のことが好きなようです。妹に婚約者を譲ったら元婚約者と妹の様子がおかしいのですが」
まほりろ
恋愛
※小説家になろうにて日間総合ランキング6位まで上がった作品です!2022/07/10
私の婚約者のエドワード様は私のことを「アリーシア」と呼び、私の妹のクラウディアのことを「ディア」と愛称で呼ぶ。
エドワード様は当家を訪ねて来るたびに私には黄色い薔薇を十五本、妹のクラウディアにはピンクの薔薇を七本渡す。
エドワード様は薔薇の花言葉が色と本数によって違うことをご存知ないのかしら?
それにピンクはエドワード様の髪と瞳の色。自分の髪や瞳の色の花を異性に贈る意味をエドワード様が知らないはずがないわ。
エドワード様はクラウディアを愛しているのね。二人が愛し合っているなら私は身を引くわ。
そう思って私はエドワード様との婚約を解消した。
なのに婚約を解消したはずのエドワード様が先触れもなく当家を訪れ、私のことを「シア」と呼び迫ってきて……。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。
当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。
しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。
最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。
それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。
婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。
だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。
これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。
魅了から覚めた王太子は婚約者に婚約破棄を突きつける
基本二度寝
恋愛
聖女の力を体現させた男爵令嬢は、国への報告のため、教会の神官と共に王太子殿下と面会した。
「王太子殿下。お初にお目にかかります」
聖女の肩書を得た男爵令嬢には、対面した王太子が魅了魔法にかかっていることを瞬時に見抜いた。
「魅了だって?王族が…?ありえないよ」
男爵令嬢の言葉に取り合わない王太子の目を覚まさせようと、聖魔法で魅了魔法の解術を試みた。
聖女の魔法は正しく行使され、王太子の顔はみるみる怒りの様相に変わっていく。
王太子は婚約者の公爵令嬢を愛していた。
その愛情が、波々注いだカップをひっくり返したように急に空っぽになった。
いや、愛情が消えたというよりも、憎悪が生まれた。
「あの女…っ王族に魅了魔法を!」
「魅了は解けましたか?」
「ああ。感謝する」
王太子はすぐに行動にうつした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる