まさか、こんな事になるとは思ってもいなかった

あとさん♪

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本編

14.王太子と囚人

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 今まで自分の事を“僕”と称していた王太子が“私”と言い換えた。
 それと同時に表情が変わった。
 打ちひしがれ苦悩に満ちた一人の男から、王国の未来を担う王太子へと。

 ジョンは目の前の男の表情の変化に、知らず背筋を伸ばした。
 どんな重要な話があると言うのか。


「まず、1件目。

 父上が倒れた。ここ最近の心労が祟ったのだろうと、医師の見解だ。病床で治療を受けているが……恐らく長い時間は残されていない。君は……見舞いの権利はない。理解して欲しい」

 済まなそうに視線を下げる王太子に、ジョンは首を振る。
 もし、何事もなければ。
 自分があのままグレースの婚約者として生活していたら。
 王子として病床の祖父王を見舞っていたのか。
 塔に幽閉された今の自分には、現実的な話ではない。
 むしろ。
 もう、この王太子を父と呼ぶ事も不敬だろう。

「弔いの鐘が聞こえたら、そう、だと思いなさい」

 むしろ。
 こんな情報、赤の他人の自分にわざわざ知らせる程ではないだろうに。律儀な人なのだな、と思った。

「2件目。
 マリア・カーペンターが絞首刑に処された。
 国家反逆罪を犯した大罪人として晒された後、遺体は王城外の森に棄てられた」

「……え?」

 ジョンがこの北の塔に収監されて一週間しか経っていない。

「もう、処刑になったのですか? 早過ぎると思うのですが……」

「うん、早かったね。父上が、国王陛下が怒り狂ってね。騎士団長に取り調べをさせたんだけど、団長も気味悪がるレベルで供述が二転三転して収拾がつかなくなったそうだ」

「二転三転?」

「そう。情報の入手経路を聞いたら、自分は未来が見えるから、と言ったかと思えば聖女の力があるからと言い出したり、果てには生まれ変わりで予言の書を見てきたとか、訳の分からない事を言い始めて……野放しにできないし、他者と関わらせるとどんな悪影響を及ぼすかわからないしで、早期に始末する事になった。
 しかも……彼女の報告を聞く度に、父上が怒り狂って。
 そのせいで倒れたのだと、医師にも言われて。……不幸を呼ぶ魔女だと…………処刑が早まった。

 ……立ち会いたかったかい?」

 マリアの笑顔を思い出そうとしたが、最後の顔しか思い出せない。
 必死に髪を振り乱し、酷く歪んだ表情でジョンの名を呼んでいた。
 星空の下、あの娘と人生を共にと誓った。
 いずれ、そう遠くない未来、自分もあの娘と同じ場所に行く事になるだろう。
 その時に、会えばいい……

「……いいえ」

 ポツリと答えたジョンに、王太子は緩く笑った。

「そう……それでいいと思うよ」

「マリアの……カーペンター男爵家は、どうなりましたか?」

「男爵は娘を除籍して、男爵本人は男爵位を息子に引き継がせて引退した。夫人と領地に篭っているらしい。調べさせたが他国に通じるような怪しい点は無いし……取り敢えず、監視を付けて静観している」

 カーペンター男爵はなんの悪事も働いていない。自分の娘が学園でどう過ごしているのか、関心が無かっただけだ。


「最後の、1件は……
 あの日、国王陛下によって君達が断罪されたあの日、グレース・フェリシアが発見された。


 首を切断された惨殺死体となって」


「ざん、さつ」

「そう。
 まるで、拷問にあったかのような……酷い状態で発見された……
 あの綺麗な髪を無惨に切られ、酷く殴られた痕跡と……酷く……凌辱されて……爪を剥がされ、片足はとうとう発見されてない……
 あの……目も……抉られて……舌も、切られて……酷い、とても酷い有様で……あんな、惨い真似……っ」

 王太子は手で口を覆って黙った。激情を必死に抑え込んでいるようだった。
 ジョンは何も考えられなかった。
 グレースの事をずっと憎んできた。居なければ良いのにと思った事もある。
 しかし、殺したい程憎んでいた訳では無い。
 ましてや、惨殺など……

 深呼吸を何度か繰り返し、冷静さを持ち直したらしい王太子が言葉を続けた。

「── 北の地下牢の1番奥まった独房で、あの子は発見された。
 そこは使われていなかったから、当初は誰も改めて検分しなかった……鍵も掛けていなかったしね。
 今回、カーペンター容疑者を収監する段階で、余りにも暴れるから独房に入れようとして、発見されたらしい」

「地下牢はもぬけの殻だったと、以前言ってませんでしたか?」

「確かに誰も居なかった。
 血液の流出具合から見て、殺害されたのは別の場所だったらしい。外で、殺されて……遺体だけが戻された。王宮のチェック体制を見直さなければ……と言うより、内部に裏切り者が潜り込んでいる」

 王太子に付き従って部屋の隅にいた近衛が、殿下お時間ですと告げた。
 喋りすぎたか、と言いながら王太子は立ち上がった。面会室に入ってきた時よりも疲労感の増した顔をしていた。

 部屋を出る直前、彼はかつての息子を振り返った。ジョンが今まで見た中で、一番厳しい視線を向けられた。

「君に会うのは、これが最後だ。
 君に対しては、後ろめたくて申し訳なく思うばかりだったが……グレースの件だけは

 君を恨む。

 終生、君を、憎み続ける。

 多分、フォーサイス公爵も同じだろう。

 君は、自分のしでかした事がどれ程周囲に悪影響を与えたのか、よくよく考えてくれ」




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レオン・アンドリュー・ロックハート王太子
この時40歳
18歳の時、身分の低い子爵令嬢と大恋愛の末結婚した。市井で演劇やオペラの演目、恋愛小説の題材になる程その恋愛は有名。王子妃は4年後、出産したが産褥期に体調を崩し死亡。その後正妃は立てなかった。
ロックハート王朝最後の王として歴史に名を残すが、偉大なるアーサー王が倒れた後に代理として王を名乗っていただけで、戴冠式などは行われていない。故に正式には王ではない。
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