15 / 33
本編
14.王太子と囚人
しおりを挟む今まで自分の事を“僕”と称していた王太子が“私”と言い換えた。
それと同時に表情が変わった。
打ちひしがれ苦悩に満ちた一人の男から、王国の未来を担う王太子へと。
ジョンは目の前の男の表情の変化に、知らず背筋を伸ばした。
どんな重要な話があると言うのか。
「まず、1件目。
父上が倒れた。ここ最近の心労が祟ったのだろうと、医師の見解だ。病床で治療を受けているが……恐らく長い時間は残されていない。君は……見舞いの権利はない。理解して欲しい」
済まなそうに視線を下げる王太子に、ジョンは首を振る。
もし、何事もなければ。
自分があのままグレースの婚約者として生活していたら。
王子として病床の祖父王を見舞っていたのか。
塔に幽閉された今の自分には、現実的な話ではない。
むしろ。
もう、この王太子を父と呼ぶ事も不敬だろう。
「弔いの鐘が聞こえたら、そう、だと思いなさい」
むしろ。
こんな情報、赤の他人の自分にわざわざ知らせる程ではないだろうに。律儀な人なのだな、と思った。
「2件目。
マリア・カーペンターが絞首刑に処された。
国家反逆罪を犯した大罪人として晒された後、遺体は王城外の森に棄てられた」
「……え?」
ジョンがこの北の塔に収監されて一週間しか経っていない。
「もう、処刑になったのですか? 早過ぎると思うのですが……」
「うん、早かったね。父上が、国王陛下が怒り狂ってね。騎士団長に取り調べをさせたんだけど、団長も気味悪がるレベルで供述が二転三転して収拾がつかなくなったそうだ」
「二転三転?」
「そう。情報の入手経路を聞いたら、自分は未来が見えるから、と言ったかと思えば聖女の力があるからと言い出したり、果てには生まれ変わりで予言の書を見てきたとか、訳の分からない事を言い始めて……野放しにできないし、他者と関わらせるとどんな悪影響を及ぼすかわからないしで、早期に始末する事になった。
しかも……彼女の報告を聞く度に、父上が怒り狂って。
そのせいで倒れたのだと、医師にも言われて。……不幸を呼ぶ魔女だと…………処刑が早まった。
……立ち会いたかったかい?」
マリアの笑顔を思い出そうとしたが、最後の顔しか思い出せない。
必死に髪を振り乱し、酷く歪んだ表情でジョンの名を呼んでいた。
星空の下、あの娘と人生を共にと誓った。
いずれ、そう遠くない未来、自分もあの娘と同じ場所に行く事になるだろう。
その時に、会えばいい……
「……いいえ」
ポツリと答えたジョンに、王太子は緩く笑った。
「そう……それでいいと思うよ」
「マリアの……カーペンター男爵家は、どうなりましたか?」
「男爵は娘を除籍して、男爵本人は男爵位を息子に引き継がせて引退した。夫人と領地に篭っているらしい。調べさせたが他国に通じるような怪しい点は無いし……取り敢えず、監視を付けて静観している」
カーペンター男爵はなんの悪事も働いていない。自分の娘が学園でどう過ごしているのか、関心が無かっただけだ。
「最後の、1件は……
あの日、国王陛下によって君達が断罪されたあの日、グレース・フェリシアが発見された。
首を切断された惨殺死体となって」
「ざん、さつ」
「そう。
まるで、拷問にあったかのような……酷い状態で発見された……
あの綺麗な髪を無惨に切られ、酷く殴られた痕跡と……酷く……凌辱されて……爪を剥がされ、片足はとうとう発見されてない……
あの……目も……抉られて……舌も、切られて……酷い、とても酷い有様で……あんな、惨い真似……っ」
王太子は手で口を覆って黙った。激情を必死に抑え込んでいるようだった。
ジョンは何も考えられなかった。
グレースの事をずっと憎んできた。居なければ良いのにと思った事もある。
しかし、殺したい程憎んでいた訳では無い。
ましてや、惨殺など……
深呼吸を何度か繰り返し、冷静さを持ち直したらしい王太子が言葉を続けた。
「── 北の地下牢の1番奥まった独房で、あの子は発見された。
そこは使われていなかったから、当初は誰も改めて検分しなかった……鍵も掛けていなかったしね。
今回、カーペンター容疑者を収監する段階で、余りにも暴れるから独房に入れようとして、発見されたらしい」
「地下牢はもぬけの殻だったと、以前言ってませんでしたか?」
「確かに誰も居なかった。
血液の流出具合から見て、殺害されたのは別の場所だったらしい。外で、殺されて……遺体だけが戻された。王宮のチェック体制を見直さなければ……と言うより、内部に裏切り者が潜り込んでいる」
王太子に付き従って部屋の隅にいた近衛が、殿下お時間ですと告げた。
喋りすぎたか、と言いながら王太子は立ち上がった。面会室に入ってきた時よりも疲労感の増した顔をしていた。
部屋を出る直前、彼はかつての息子を振り返った。ジョンが今まで見た中で、一番厳しい視線を向けられた。
「君に会うのは、これが最後だ。
君に対しては、後ろめたくて申し訳なく思うばかりだったが……グレースの件だけは
君を恨む。
終生、君を、憎み続ける。
多分、フォーサイス公爵も同じだろう。
君は、自分のしでかした事がどれ程周囲に悪影響を与えたのか、よくよく考えてくれ」
-----------------------------
レオン・アンドリュー・ロックハート王太子
この時40歳
18歳の時、身分の低い子爵令嬢と大恋愛の末結婚した。市井で演劇やオペラの演目、恋愛小説の題材になる程その恋愛は有名。王子妃は4年後、出産したが産褥期に体調を崩し死亡。その後正妃は立てなかった。
ロックハート王朝最後の王として歴史に名を残すが、偉大なるアーサー王が倒れた後に代理として王を名乗っていただけで、戴冠式などは行われていない。故に正式には王ではない。
171
お気に入りに追加
3,666
あなたにおすすめの小説
【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる
櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。
彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。
だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。
私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。
またまた軽率に短編。
一話…マリエ視点
二話…婚約者視点
三話…子爵令嬢視点
四話…第二王子視点
五話…マリエ視点
六話…兄視点
※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。
スピンオフ始めました。
「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!
完結・私と王太子の婚約を知った元婚約者が王太子との婚約発表前日にやって来て『俺の気を引きたいのは分かるがやりすぎだ!』と復縁を迫ってきた
まほりろ
恋愛
元婚約者は男爵令嬢のフリーダ・ザックスと浮気をしていた。
その上、
「お前がフリーダをいじめているのは分かっている!
お前が俺に惚れているのは分かるが、いくら俺に相手にされないからといって、か弱いフリーダをいじめるなんて最低だ!
お前のような非道な女との婚約は破棄する!」
私に冤罪をかけ、私との婚約を破棄すると言ってきた。
両家での話し合いの結果、「婚約破棄」ではなく双方合意のもとでの「婚約解消」という形になった。
それから半年後、私は幼馴染の王太子と再会し恋に落ちた。
私と王太子の婚約を世間に公表する前日、元婚約者が我が家に押しかけて来て、
「俺の気を引きたいのは分かるがこれはやりすぎだ!」
「俺は充分嫉妬したぞ。もういいだろう? 愛人ではなく正妻にしてやるから俺のところに戻ってこい!」
と言って復縁を迫ってきた。
この身の程をわきまえない勘違いナルシストを、どうやって黙らせようかしら?
※ざまぁ有り
※ハッピーエンド
※他サイトにも投稿してます。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
小説家になろうで、日間総合3位になった作品です。
小説家になろう版のタイトルとは、少し違います。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
【完結】「冤罪で処刑された公爵令嬢はタイムリープする〜二度目の人生は殺(や)られる前に殺(や)ってやりますわ!」
まほりろ
恋愛
【完結しました】
アリシア・フォスターは第一王子の婚約者だった。
だが卒業パーティで第一王子とその仲間たちに冤罪をかけられ、弁解することも許されず、その場で斬り殺されてしまう。
気がつけば、アリシアは十歳の誕生日までタイムリープしていた。
「二度目の人生は|殺《や》られる前に|殺《や》ってやりますわ!」
アリシアはやり直す前の人生で、自分を殺した者たちへの復讐を誓う。
敵は第一王子のスタン、男爵令嬢のゲレ、義弟(いとこ)のルーウィー、騎士団長の息子のジェイ、宰相の息子のカスパーの五人。
アリシアは父親と信頼のおけるメイドを仲間につけ、一人づつ確実に報復していく。
前回の人生では出会うことのなかった隣国の第三皇子に好意を持たれ……。
☆
※ざまぁ有り(死ネタ有り)
※虫を潰すように、さくさく敵を抹殺していきます。
※ヒロインのパパは味方です。
※他サイトにも投稿しています。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
※本編1〜14話。タイムリープしたヒロインが、タイムリープする前の人生で自分を殺した相手を、ぷちぷちと潰していく話です。
※番外編15〜26話。タイムリープする前の時間軸で、娘を殺された公爵が、娘を殺した相手を捻り潰していく話です。
2022年3月8日HOTランキング7位! ありがとうございます!
【完結】真実の愛に生きるのならお好きにどうぞ、その代わり城からは出て行ってもらいます
まほりろ
恋愛
私の名はイルク公爵家の長女アロンザ。
卒業パーティーで王太子のハインツ様に婚約破棄されましたわ。王太子の腕の中には愛くるしい容姿に華奢な体格の男爵令嬢のミア様の姿が。
国王と王妃にハインツ様が卒業パーティーでやらかしたことをなかったことにされ、無理やりハインツ様の正妃にさせられましたわ。
ミア様はハインツ様の側妃となり、二人の間には息子が生まれデールと名付けられました。
私はデールと養子縁組させられ、彼の後ろ盾になることを強要された。
結婚して十八年、ハインツ様とミア様とデールの尻拭いをさせられてきた。
十六歳になったデールが学園の進級パーティーで侯爵令嬢との婚約破棄を宣言し、男爵令嬢のペピンと婚約すると言い出した。
私の脳裏に十八年前の悪夢がよみがえる。
デールを呼び出し説教をすると「俺はペピンとの真実の愛に生きる!」と怒鳴られました。
この瞬間私の中で何かが切れましたわ。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
他サイトにも投稿してます。
ざまぁ回には「ざまぁ」と明記してあります。
2022年1月4日HOTランキング35位、ありがとうございました!
【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」
まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。
気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。
私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。
母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。
父を断罪できるチャンスは今しかない。
「お父様は悪くないの!
お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!
だからお父様はお母様に毒をもったの!
お願いお父様を捕まえないで!」
私は声の限りに叫んでいた。
心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。
※他サイトにも投稿しています。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※タイトル変更しました。
旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」
【完結】「財産目当てに子爵令嬢と白い結婚をした侯爵、散々虐めていた相手が子爵令嬢に化けた魔女だと分かり破滅する〜」
まほりろ
恋愛
【完結済み】
若き侯爵ビリーは子爵家の財産に目をつけた。侯爵は子爵家に圧力をかけ、子爵令嬢のエミリーを強引に娶(めと)った。
侯爵家に嫁いだエミリーは、侯爵家の使用人から冷たい目で見られ、酷い仕打ちを受ける。
侯爵家には居候の少女ローザがいて、当主のビリーと居候のローザは愛し合っていた。
使用人達にお金の力で二人の愛を引き裂いた悪女だと思われたエミリーは、使用人から酷い虐めを受ける。
侯爵も侯爵の母親も居候のローザも、エミリーに嫌がれせをして楽しんでいた。
侯爵家の人間は知らなかった、腐ったスープを食べさせ、バケツの水をかけ、ドレスを切り裂き、散々嫌がらせをした少女がエミリーに化けて侯爵家に嫁いできた世界最強の魔女だと言うことを……。
魔女が正体を明かすとき侯爵家は地獄と化す。
全26話、約25,000文字、完結済み。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
他サイトにもアップしてます。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
第15回恋愛小説大賞にエントリーしてます。よろしくお願いします。
【完結】「今日から私は好きに生きます! 殿下、美しくなった私を見て婚約破棄したことを後悔しても遅いですよ!」
まほりろ
恋愛
婚約者に浮気され公衆の面前で婚約破棄されました。
やったーー!
これで誰に咎められることなく、好きな服が着れるわ!
髪を黒く染めるのも、瞳が黒く見える眼鏡をかけるのも、黒か茶色の地味なドレスを着るのも今日で終わりよーー!
今まで私は元婚約者(王太子)の母親(王妃)の命令で、地味な格好をすることを強要されてきた。
ですが王太子との婚約は今日付けで破棄されました。
これで王妃様の理不尽な命令に従う必要はありませんね。
―――翌日―――
あら殿下? 本来の姿の私に見惚れているようですね。
今さら寄りを戻そうなどと言われても、迷惑ですわ。
だって私にはもう……。
※他サイトにも投稿しています。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる