まさか、こんな事になるとは思ってもいなかった

あとさん♪

文字の大きさ
上 下
13 / 33
本編

12.残念な王子と呼ばれた少年(ジョン視点)

しおりを挟む
 
「残念王子、とはどういう意味だ? 私の事だろう?」

 そう乳母に尋ねたのは、まだ声変わりもしていない頃だった。
 陰でこっそり噂話に興じる使用人たちからこぼれ落ちた言葉は、幼い王子の記憶に鮮明に焼き付いた。
 乳母は一瞬目を見張ったが、すぐにその垂れ目を柔らかく緩めた。

「恐れながら殿下。殿下のお母君、王太子妃殿下が直ぐに儚くなった事でございましょう。ジョン殿下をお産みになって直ぐ、殿下をお抱きになる前に身罷みまかられたと聞き及んでおります」

 母の温もりを知らぬ憐れな王子。残念な王子。
 それどころか、父親である王太子殿下の顔もジョンは知らない。正確に言えば絵姿では見た事がある。でもどんな人間なのか、よく知らない。会ったことも無いから。

 大恋愛で結ばれたという両親はとても仲が良かったと乳母はいう。学園に通ううちに愛を育んだ二人の恋愛劇は、市井では演劇の演目になる程大人気らしい。

 曰く『王位をかけた真実の愛』

 父、王太子には幼い頃から決められた婚約者が居たらしい。その為、成長してから真実の愛に目覚めた王太子は苦悩する。
 相手は身分の低い子爵家の庶子だったからだ。王位を取って恋人を捨てるか。それとも王位を捨てて恋人と駆け落ちするか。苦悩する彼を助けたのは、なんと王太子の婚約者である侯爵家の令嬢だった。国王陛下に直談判し、自分は身を引くので彼らの愛を応援して欲しい、彼らを助けて欲しいと訴えた。侯爵令嬢の真摯な想いに胸を打たれた国王陛下は二人の結婚を許した。二人は国中から祝福され華燭の典を挙げる。
 ───演劇はここで終わる。

 だが、実際の幸せはふいに崩れ去った。最愛の王太子妃が、王子を産んだ後すぐに儚くなってしまったのだ。
 残された息子は妻にそっくり瓜二つ。
 彼を見ると、今は亡き愛しい妻を思い出して辛くなる。王太子は息子に会わなくなった。

 未だ王太子妃の座は空席のまま。
 彼は愛した女性たった一人のみ恋い慕い、後添えを拒んでいる。

 妻が死した後も彼女を思い続ける王太子の様は好ましいと、市井の評判は悪くない。
 だが、ジョンは王宮で独りぼっちだった。
 母は鬼籍。父には第二夫人も側室もいないから兄弟が増える予定は無い。その父親とは会ったことも話した記憶も無い。祖父の国王陛下は更に遠い存在だ。
 家庭教師以外誰も訪ねて来ない広い王子宮で、彼は常に一人だった。
 ジョンにとって父親であるレオン・アンドリューは王国の王太子殿下であって、自分の父親という認識は薄い。生まれてからほぼ会った事も無いからどんな人間なのかも知らない。

 乳母や人伝に聞くのみの男にいつか会えると信じていた。声もかけて貰えない赤の他人と同様の男ではあったが、慕わしい気持ちを抱いていた。
 とある冬のよく晴れた日、いつか逢えると信じていた彼が、にこやかに微笑みお茶をする姿を見かけた。
 王宮の庭園の奥にある、高価なガラスで造られた温室。寒い季節でも香り高い花々が咲き誇るその場は、王太子の憩いの場だった。
 ジョンがその場を目撃したのは偶然だった。
 王太子のささやかなお茶会の相手は自分の婚約者、グレース・フェリシア・フォーサイス公爵令嬢。
 王太子、と言うよりは普通の父親の様な、柔らかな視線を対面に座る少女に向けている。何を話しているのか、終始和やかな雰囲気で偶に笑い声が響く。ジョンはガラスの外から彼らの姿を眺めるしか出来なかった。



 その後、王太子殿下は外遊の際、公爵令嬢を伴うようになった。令嬢はまだ幼かったが、ファーストレディとして紹介され、次代の国を担う逸材だと他国の上層部の評判も良いようだ。

 何故、実の息子である自分は放置され、血の繋がらない公爵家の令嬢が優遇されるのだろう?

 幼い頃から才媛の誉高いグレース・フェリシア。
 王太子が公務で忙しい中でも時間を作りゆっくりお茶をする相手、グレース・フェリシア。
 他国からの大使が来ると必ず対応し、評判の良いグレース・フェリシア。

 対する自分はどうだろう。

 勉学は家庭教師達から及第点だと言われている。
 剣の腕も、乗馬の腕も及第点。
 人並み。そこそこ。
 父、王太子にも、ましてや祖父である国王陛下にも未だ会ったことが無い。
 他国の大使にも大臣達にも会った事も無い。

 グレース・フェリシアが自分より出来が良いからか。彼女が居なかったら、彼女の華々しい活躍は王子である自分のモノだったのではないか?


 鬱々と思い悩むうちに


 ジョンは自分の婚約者の事が大嫌いになった。彼女がいるから、自分が不幸になるのだと考えた。


 そんな鬱々とした日々を打ち破ったのは学園で出会ったマリアだった。
 彼女は明るく天真爛漫で、常にジョンの気持ちを思い遣ってくれた。
 ジョンの身体を気遣い、休息を取るよう勧めた。
 夕暮れの教室で二人、何も言わず落ちる夕日をただ眺めた日の心の温まり方に感動した。
 言葉がなくとも心が通じ合う事があるのだと実感した。初めての経験だった。

 ジョンはマリアに恋をした。
 王子としてではなく、一人の男として自分を見るマリアが愛しかった。
 彼女と居れば寂しさなど感じなかった。
 毎日が充実して、生きている実感が湧いた。


 あれも

 それも

 どうやら偽りの世界の出来事だった、らしい。






「愛した者に裏切られる。私と君の共通点、だ。変な所が、似てしまったね」

 ジョンが北の塔に収監されてから一週間経ったある日の午後。
 塔の中にある鉄格子に阻まれた面会室にジョンは連れて行かれた。
 暫く待つと現れたのはレオン王太子だった。
 粗末な椅子に座った王太子は、開口一番、皮肉めいた口調で言って薄く笑った。

 随分、疲れた顔をしている、とジョンは思った。

 “北の塔”は罪を犯した王族が収監される場所。
 アーサー王によって王族籍を剥奪されたジョンには、本来なら入る資格はない。だが彼は収監された。市井に放り出すより確実に始末する為に。終生出る事は叶わないと言われたのも、恐らく数日後に毒杯を賜る、という意味なのだろう。


「まずは、君に謝ろう。
 ……済まなかった。君を放置したままで、私は責任を果たさなかった……。
 君をこの世に産んだミュゲは私の妃だった……。
 君がこの世に存続する為の口添えをしたのは私だった……。
 君には全てを話すべきだったのに……」



 そう言ったレオン・アンドリュー王太子はポツリポツリと昔語りを始めた。




しおりを挟む
感想 102

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

【完結】王太子に婚約破棄され、父親に修道院行きを命じられた公爵令嬢、もふもふ聖獣に溺愛される〜王太子が謝罪したいと思ったときには手遅れでした

まほりろ
恋愛
【完結済み】 公爵令嬢のアリーゼ・バイスは一学年の終わりの進級パーティーで、六年間婚約していた王太子から婚約破棄される。 壇上に立つ王太子の腕の中には桃色の髪と瞳の|庇護《ひご》欲をそそる愛らしい少女、男爵令嬢のレニ・ミュルべがいた。 アリーゼは男爵令嬢をいじめた|冤罪《えんざい》を着せられ、男爵令嬢の取り巻きの令息たちにののしられ、卵やジュースを投げつけられ、屈辱を味わいながらパーティー会場をあとにした。 家に帰ったアリーゼは父親から、貴族社会に向いてないと言われ修道院行きを命じられる。 修道院には人懐っこい仔猫がいて……アリーゼは仔猫の愛らしさにメロメロになる。 しかし仔猫の正体は聖獣で……。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 ・ざまぁ有り(死ネタ有り)・ざまぁ回には「ざまぁ」と明記します。 ・婚約破棄、アホ王子、モフモフ、猫耳、聖獣、溺愛。 2021/11/27HOTランキング3位、28日HOTランキング2位に入りました! 読んで下さった皆様、ありがとうございます! 誤字報告ありがとうございます! 大変助かっております!! アルファポリスに先行投稿しています。他サイトにもアップしています。

【完結】「『王太子を呼べ!』と国王陛下が言っています。国王陛下は激オコです」

まほりろ
恋愛
王命で決められた公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢との婚約を発表した王太子に、国王陛下が激オコです。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 小説家になろうで日間総合ランキング3位まで上がった作品です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」

まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。 【本日付けで神を辞めることにした】 フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。 国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。 人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 アルファポリスに先行投稿しています。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

【完結】「第一王子に婚約破棄されましたが平気です。私を大切にしてくださる男爵様に一途に愛されて幸せに暮らしますので」

まほりろ
恋愛
学園の食堂で第一王子に冤罪をかけられ、婚約破棄と国外追放を命じられた。 食堂にはクラスメイトも生徒会の仲間も先生もいた。 だが面倒なことに関わりたくないのか、皆見てみぬふりをしている。 誰か……誰か一人でもいい、私の味方になってくれたら……。 そんなとき颯爽?と私の前に現れたのは、ボサボサ頭に瓶底眼鏡のひょろひょろの男爵だった。 彼が私を守ってくれるの? ※ヒーローは最初弱くてかっこ悪いですが、回を重ねるごとに強くかっこよくなっていきます。 ※ざまぁ有り、死ネタ有り ※他サイトにも投稿予定。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」

処理中です...