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本編

6.国王陛下による断罪①

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 大ホールの壇上の玉座に、国王陛下アーサー・ラウル・ロックハートが座り、その隣に王太子殿下レオン・アンドリュー・ロックハートが立った。
 国王を挟んだ反対側の隣には、宰相アビゲイル・サイモン・フォーサイスが立ったが、彼は階段の一段下に場所を移動した。

「ジョン・レイナルド! 前へ!」

 国王陛下直々に名前を呼ばれ、ジョンは慌てて国王の前に出向き跪いた。マリアもその後を追いジョンの斜め後ろで最敬礼のカーテシーをとった。

「ジョン・レイナルド。貴様は丁度3日前の夜、学園の卒業記念パーティで、婚約者に婚約破棄を叩きつけたと聞いた。相違ないか?」

 明らかに、誰の目にも明らかに、国王陛下は不機嫌を声に載せていた。

「はい! 仰る通りです」

 ジョンは震える膝を内心叱咤しつつ答える。

「うむ……ここに居る全ての者たちよ、聞け。自由発言を許可する。この場で発言したい者は挙手せよ。余や王族に対する不敬も問わん。

 ……さて。

 ジョンよ。何故、パーティの最中に、そのような愚かな真似を仕出かしたのだ? 理由を話せ」

「それはっ……」

 顔を上げたジョンは、一度チラリと宰相に視線を向けた。宰相は自分の手元の資料に目を向けていてジョンを見ていなかった。

「最大の理由は、婚約者が嫉妬に狂い私の最愛の女性を害そうとしたからです」
「ほう……具体的には?」
「教科書やノート、ペンなどの小物を隠したり破損したり等小さな嫌がらせから始まり、庭園の噴水に突き飛ばされる、廊下ですれ違い様足をかけて転ばされる、食堂ではわざと熱いスープをかけられる等、酷い有様でした。私が傍にいればそれらの被害は無かったのですが、どうしても傍にいられなかった日に、階段から突き落とされた事もありました」
「……それは、よく無事だったのぅ」
「偶然、ロバート・ミンツに助けられて捻挫で済みましたが、その助けが無ければ命も危うかったかもしれません」
「先程、最大の理由がそれ、と言ったが……他にも理由はあるのか?」
「はい。王族侮辱罪です。あの者は王家から下賜された品々をぞんざいに扱い破棄したと、公爵家の専属侍従から報告を受けました」

「公爵家の専属侍従……名前は分かりますか?」

 ここで初めて宰相が口を開いた。ジョンは首を傾げながらマリアを見返す。

「名前……解るか?」
「はい! グレース様付きの専属侍従はレックスです!」
「そんな名前だったかな……よく覚えてたな。流石だ、マリア」

 宰相が自分の侍従を呼び、何やら指示を与え彼を下がらせた。公爵家に確認を取るつもりだろう。

「……さて」
「恐れながら陛下、発言の許可をお願いします」

 国王陛下が声を上げると同時に、凛とした女性の声が上がった。場内の者、一斉に声の出処に視線を向ける。
 そこに居たのは長い黒髪をポニーテールにした、日に焼けた肌を持つ南の隣国からの留学生だった。

「許可する。名を申せ」

 その留学生はゆっくりと場の中央へ、ジョン王子の隣まで移動し国王陛下に一礼した。瞳と同じ紫色のピアスが揺れてシャラリと乾いた音を立てた。

「隣国、ナーガラージャからの留学生、ターニャ・ルカリオと申します。先ずは、宰相閣下にご挨拶申し上げます。以前ご令嬢のグレース様に助けられた事がありました。何度かお手紙を交わさせて頂きましたが、改めて感謝申し上げます。ありがとうございました。我らナーガラージャの国民は赤子に至るまでグレース様の知恵と献身を忘れません」

 ゆっくりと礼をすると、ターニャは隣に立つジョンに顔を向けた。

「だからこそ、黙っては居られません。先程述べられたジョン殿下のお言葉は、すべて冤罪です。グレース様の責では有り得ません!」

「なっ……何を言う!」

「わたくしは3日前もこの場に居合わせました。ですが、この会場の隅に居たわたくしはすべてを聞き及んでなく……声を上げる事も、冤罪だと釈明する事も叶わなかった……今でも口惜しい!」

「冤罪だと?!」

「あたしは酷いいじめに遭っていたのよ!?」

「そちらのご令嬢が噴水に突き飛ばされた現場は見た事があります。しかし、それを実行したのはグレース様ではありませんでした」

「あれはずる賢い女だ。取り巻きに指示を与えたに違いない」

「その取り巻き、とやらは誰の事ですか?」

 ターニャの冷静な返しに王子とマリアは黙ってしまった。

「取り巻き……学園内での小さな派閥と存じますが……グレース様の派閥があったのですか? あったのなら是非とも入りたかったものですが。

 そもそも。

 わたくしがこの国に、この学園に留学したのは貴国の優れた学術を学ぶ為と、この王立学園に全ての貴族の若者が入学すると聞いたから……グレース様にお会いしたかったからです。
 ですが、それは叶わなかった。何処を探してもグレース様はいらっしゃらなかった。それもそのはず、グレース様は王立学園の学園生ではなかったからです」

「「えぇっ?!」」

 王子とマリアは驚愕した。会場内も騒然としている。
 王立学園は、全貴族の令息令嬢の為の学園。彼らの将来に備え共に勉学に励み、同年代の繋がりを作り、未来の伴侶候補を吟味する場……だから成人を過ぎた16才からの2年間、彼らは公侯伯子男の垣根を越え、交流する事が許されるのだ。
 その場に、まさか通わない者が居るなどと、誰しもが思ってもいなかった。


「事実だ。グレースは学園生活を送っていない。14の時に社交界デビューを果たした後、特別入学試験に合格し、同時に卒業試験を受け資格を得て卒業した。娘があの学園に足を踏み入れたのは3日前の卒業式が初めてだろう」

 宰相が淡々と言葉を紡ぐ。その言葉にターニャは瞳を輝かせた。

「本来、16才で入学するにも関わらず、14才で資格を得て卒業まで終えていたのですね……流石は尊敬するグレース様です。直接お会い出来なくて残念でなりません……ですから! 殿下、学園生でない者が学園内でイジメをする事も、派閥を作る事も不可能なのです! 冤罪以外なにものでもありません!

 そして……そちらのご令嬢に、わたくしは問いたいのですが、答えて頂けますか?」

「え? あたし?」

「貴女は、いつ、グレース様とお知り合いになったのですか?」




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