上 下
4 / 33
本編

3.王太子の後悔

しおりを挟む
 

 

 「アビゲイル……本当に、なんと言って詫びればいいのか分からない……元はと言えば、僕の我が儘のせい、なんだ……」

 王太子とフォーサイス公爵は同じ歳の学友である。2人きりになれば昔のように名前で呼び合う気の置けない仲であった。

 「殿下……我が儘とは?」

 憔悴してもその黒い瞳から理性の輝きを失わない公爵は、最近では昔のように気安く名前呼びなどしない。

 「本当だったら今回の帝国との調印式は、グレースが出席するはずだった。あの子が1番働いていたし、向こうの責任者とも懇意なのはあの子だ。学園の卒業式など、あの子には不要なものだしね。……だけどあの子は、僕の夢を叶える為に、僕と卒業式に出席してくれたんだ。“学園の卒業式に娘と踊る父親役をやりたい”という僕の夢を……」

 「……そうして夢を叶え満足した貴方は、グレースを置いて途中退場したのですね、贔屓のオペラ歌手の千秋楽をお祝いする為に」

 「……知って、いたのか……」

 「えぇ。深夜過ぎても帰宅しない娘を心配したうちの使用人達が総出で娘と貴方を探しましたし」

 「……アビゲイル……」

 「貴方の専属護衛を探し当てたのが深夜2時を過ぎた頃……彼は優秀ですね。貴方の居場所を頑として吐かなかった。お陰で我々はグレースが投獄されたのは知っても貴方が居ないせいで釈放許可を取れずに唯時間を浪費し一夜を明かしましたよ……」

 「アビィ……」

 「貴方がホテルで贔屓の歌姫との逢瀬を楽しんでいた頃、あの子は、私の娘は、冷たい地下牢に居た。
 公爵令嬢の身で!
 何故なんかに投獄されなきゃならないんだ?! あの子の身分を何だと思ってるんだ?! お前の唯一の息子はっ!!
 そしてお前はどうしてそう、いつもいつも間が悪いんだ?! 肝心な時にいつも居ない! お前が王宮に、せめて俺の知る場所に居てくれたら即刻釈放許可を取れただろうにっ!」

 フォーサイスが激昂する姿は珍しい。昔、まだ学生だった頃は怒りの沸点が低く、名前の事を揶揄されては喧嘩腰になり問題視されたものだが、今となっては稀有な姿である。

 「あ……アビィ……アビィ……」

 公爵は一つ大きく深呼吸すると、冷静ないつもの“宰相閣下”に戻った。

 「……そして娘は行方不明となり……貴方は、……そうやって泣き崩れるのですね……いい歳して、みっともないですよ」

 「……済まない、アビィ……済まない……僕が、全部、悪い……」

 「まったく……貴方といい、陛下といい……王族なんて厄介なモノ、無くなればいいと何度思った事か……」

 「……」

 「意外ですか? グレースが彼の婚約者に決まってから、何度もそう思ってましたよ。陛下にも貴方にも私は娘を強奪されたのだ、とね。あの顔だけで頭の軽い王子を隠れ蓑に、本当の王家を次代に繋ぐ為の駒、なのでしょう? 我が娘は」

 「駒……だなんて……」

 「私の娘なのに……王家の後継者となる為に厳しい教育を課され、同じ年の子どもたちとの交流も許されず、幼い頃から外交に駆り出され、散々働かされた挙句、投獄の上、行方不明だなんて……」

 我が子ながら哀れにも程がある、と公爵は呟いた。

 「そして……“娘と卒業パーティで踊る夢”、ですか……フフッ……私がその“父親役”なら、愛人の元になど行かずに大切な娘と共に帰宅しましたがね……
 あぁ、そうそう。
 貴方の専属護衛騎士から書類一式受け取りました。娘が貴方と踊るとき邪魔だからと彼に預けた……ジョン殿下による冤罪をバッサリ覆す証拠書類です。これがあの子の手元にあったら、状況はまた変わってただろうに……
 本当に、運の無い……失礼します」

 “宰相”の冷徹な表情を纏ったフォーサイス公爵は、優雅に一礼すると部屋を後にした。

 そうだ、彼なら。最愛の夫人を亡くして何年も経っているが後妻も娶らない、愛人も作らないフォーサイス公爵ならば、自分のような失態は犯さなかっただろう。

 自分は……“父親役”だけやりたがって、本当の父親には成れなかった。娘に対する責任を果たせなかったのだから。

 王太子の滂沱の涙はいつ渇くのか、彼本人にも分からない。



 「……それでも、アビィ……せめて父上の真意は、汲んで欲しい……駒なんかじゃない、あの子に“フェリシア幸福”と名付けたのは、他ならぬ父上なのだから……」



 王太子の呟きは、誰の耳にも拾われず冷たい空気の中に消えていった。







しおりを挟む
感想 102

あなたにおすすめの小説

【完結】「『王太子を呼べ!』と国王陛下が言っています。国王陛下は激オコです」

まほりろ
恋愛
王命で決められた公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢との婚約を発表した王太子に、国王陛下が激オコです。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 小説家になろうで日間総合ランキング3位まで上がった作品です。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】「幼馴染が皇子様になって迎えに来てくれた」

まほりろ
恋愛
腹違いの妹を長年に渡りいじめていた罪に問われた私は、第一王子に婚約破棄され、侯爵令嬢の身分を剥奪され、塔の最上階に閉じ込められていた。 私が腹違いの妹のマダリンをいじめたという事実はない。  私が断罪され兵士に取り押さえられたときマダリンは、第一王子のワルデマー殿下に抱きしめられにやにやと笑っていた。 私は妹にはめられたのだ。 牢屋の中で絶望していた私の前に現れたのは、幼い頃私に使えていた執事見習いのレイだった。 「迎えに来ましたよ、メリセントお嬢様」 そう言って、彼はニッコリとほほ笑んだ ※他のサイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる

櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。 彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。 だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。 私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。 またまた軽率に短編。 一話…マリエ視点 二話…婚約者視点 三話…子爵令嬢視点 四話…第二王子視点 五話…マリエ視点 六話…兄視点 ※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。 スピンオフ始めました。 「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

【完結】「婚約者は妹のことが好きなようです。妹に婚約者を譲ったら元婚約者と妹の様子がおかしいのですが」

まほりろ
恋愛
※小説家になろうにて日間総合ランキング6位まで上がった作品です!2022/07/10 私の婚約者のエドワード様は私のことを「アリーシア」と呼び、私の妹のクラウディアのことを「ディア」と愛称で呼ぶ。 エドワード様は当家を訪ねて来るたびに私には黄色い薔薇を十五本、妹のクラウディアにはピンクの薔薇を七本渡す。 エドワード様は薔薇の花言葉が色と本数によって違うことをご存知ないのかしら? それにピンクはエドワード様の髪と瞳の色。自分の髪や瞳の色の花を異性に贈る意味をエドワード様が知らないはずがないわ。 エドワード様はクラウディアを愛しているのね。二人が愛し合っているなら私は身を引くわ。 そう思って私はエドワード様との婚約を解消した。 なのに婚約を解消したはずのエドワード様が先触れもなく当家を訪れ、私のことを「シア」と呼び迫ってきて……。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」

まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。 【本日付けで神を辞めることにした】 フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。 国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。 人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 アルファポリスに先行投稿しています。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

素顔を知らない

基本二度寝
恋愛
王太子はたいして美しくもない聖女に婚約破棄を突きつけた。 聖女より多少力の劣る、聖女補佐の貴族令嬢の方が、見目もよく気もきく。 ならば、美しくもない聖女より、美しい聖女補佐のほうが良い。 王太子は考え、国王夫妻の居ぬ間に聖女との婚約破棄を企て、国外に放り出した。 王太子はすぐ様、聖女補佐の令嬢を部屋に呼び、新たな婚約者だと皆に紹介して回った。 国王たちが戻った頃には、地鳴りと水害で、国が半壊していた。

くだらない冤罪で投獄されたので呪うことにしました。

音爽(ネソウ)
恋愛
<良くある話ですが凄くバカで下品な話です。> 婚約者と友人に裏切られた、伯爵令嬢。 冤罪で投獄された恨みを晴らしましょう。 「ごめんなさい?私がかけた呪いはとけませんよ」

処理中です...