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本編

1.アーサー王の憤り①

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 気を使うばかりの外交を終え2週間ぶりに帰国した老王は、侍従から得たその報に我と我が耳を疑った。

 隣国であるグリフォン帝国との友好条約締結調印は、それまでの下準備、根回し、調整等がきちんと機能し、ほぼ満足する形で終える事が出来た。この日の為に調整し、交渉を重ねに重ねた立役者である公爵令嬢への褒美は何にしよう、などと夢想していた昨日が既に懐かしい。

「グレース・フェリシア・フォーサイス公爵令嬢を投獄した、だと?」

 驚愕から立ち直ると共に、その瞳に憤怒の色を乗せながら老王は侍従に問い質す。

「はっ! 3日前の学園卒業式後のダンスパーティーで、ジョン殿下が……ひっ!」

 報告途中で主の眼を真面に見てしまった侍従は恐怖に喉を震わせた。王の、即位から50年その地位に居続けるアーサー・ラウル・ロックハート国王陛下の王家特有の黄金の瞳には、まことしやかな伝説がある。曰く『視線だけで人を殺せる』と。彼は即位したばかりの若かりし頃、戦争でこの国の領土を広げた生きる英雄だ。まったくもって伝説は真実に違いないと背筋に冷や汗を流しながら侍従は頭を下げる。

「ジョン……あの愚か者が、何をしたのだ? 詳しく話せ」

 老王の静かな声に部屋の温度が一気に下がった気がして侍従は頭を上げられない。

「だ、ダンスパーティーの最中に、衆人環視の中、ご自分のご婚約者であらせられるフォーサイス公爵令嬢を断罪し、婚約破棄を告げ、北の地下牢へ投獄を命じました」

 バキッ!

 何かの破壊音に侍従は反射的に頭を上げた。音の源は陛下の手元……握りしめていた椅子の手摺。老王の握力で木屑となったそれは、確か名工が作り上げた逸品だったはず。

「レオンは何をしていた? 彼奴あやつはフェリシアと共に卒業式を参観していたはずだ! 彼奴あやつが居ながら、何故そんな事態になった!?」

「王太子殿下は、公爵令嬢と共に学園卒業式を見届けられました。ですが、場所をここ、王宮の第一ホールに移した卒業記念パーティーでは途中退場し、事件の現場には居合わせなかった、と聞き及んでおります」

 レオン・アンドリュー・ロックハート王太子が、グレース・フェリシア・フォーサイス公爵令嬢を実の娘のように可愛がっていたのは周知の事実だ。実際、何度も自分の外交時に随行させファーストレディとして扱った。今回も息子の卒業式にフォーサイス令嬢のパートナーとして出席し、記念パーティーでは令嬢と踊った。その令嬢の婚約者であり、王太子の唯一の息子であるジョン・レイナルド・ロックハートは、言わばお目付け役が居なくなった途端に、断罪などと言う茶番を行ったらしい。

「まったく、馬鹿げたことを……」

 椅子に深く腰掛け直し、老王は目頭を押さえた。王太子の地位にありながら、あの息子は覇気に欠ける上に決定的に間が悪い。しかも性格が優しすぎて、ともすれば惰弱で王位の重圧に負けそうな気がする。お陰で未だ自分は王位を譲れず現役のままなのだが。

「まぁ良い。レオンを呼べ。詳しく聞く」

「そ、それが……王太子殿下は公爵令嬢の捜索の陣頭指揮を取っていらっしゃって……」
「は?」

 の陣頭指揮、だと?
 先程、フェリシアが投獄されたのは3日前と言っていなかったか?
 そもそも断罪とは何だ?
 あの才女グレース・フェリシアが何の罪を犯したというのだ?
 それに投獄されたにしても、気がついたレオンが既に釈放しているはずだ。自分が不在の間、この国の最高権力者は王太子レオン・アンドリューだ。あの愚か者ジョンなどの横行を放置するはずもなかろうに。
 よしんば釈放されてないとしても、居るなら牢内のはず。それを、だと?

「あれは? あの愚か者は今どこに居る?」
「……ジョン殿下の事でしょうか? 殿下は卒業式の翌朝に話を耳にし激怒した王太子殿下の命で、北の塔にいらっしゃいます」

 北の塔は罪を犯した王族の幽閉場所……いずれ毒杯を賜るその日まで住まう場所である。
 珍しく迅速かつ的確な対処をしていると、息子を褒めるべきかと一瞬考えたが、否。そもそもこんな事態に陥った元凶が彼奴あやつの惰弱のせいだ。褒めるより先にフォーサイス公爵家へ詫びさせなければ。それにしてもフェリシアを捜索しているとは?

「一体、どういう事なのだ?」

 疑問を口にしたその時、王の私室の扉が開き誰何すいかする間もなく王太子が姿を現した。


「父上! お戻りでしたか! 大変な事になりました!」




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