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オフィーリアは鼻で嗤って打ち捨てた
しおりを挟む「さて。閣下。先ほどは開口一番に『自分の立場を分かっているのか⁈』などと苦言を呈しておられましたが、わたくしはよく存じ上げておりますわ。忙しく働いておりましたとも。領地に戻り、家門の皆さまとお会いしておりました」
長い沈黙を破ったオフィーリアは、ぶ厚い茶封筒――先ほど長男が彼女に手渡していたそれ――をウィリアムの前に差し出した。彼は条件反射的にそれを受け取った。
「家門の皆々さまにお会いして、シャーウッド公爵家当主、世代交代に関する嘆願書を募ってまいりましたの」
慌てて茶封筒の中身を出してみれば、そこにあったのは当主交代の嘆願書(家門の主だった当主たちや親戚ほぼ全部、領地の代官などの署名入り)と、爵位継承とそれに伴う名義変更に関する書類の数々だった。
ダミアンが冷静な顔のままオフィーリアの後に続けて言う。
「あたりまえのことですが、閣下の個人的な閨での趣味を言いふらしてなどいませんよ、恥ずかしい。
閣下の趣味のせいではなく閣下が元老院議員という役職を手放す気がなく、領地経営を母上に任せきりになっている現状と私が成人を迎えたという事実を説明しただけです。結果、一族の皆々さまから世代交代するようにと総意を得ました」
『閣下の個人的な閨での趣味を言いふらしてなどいません』と聞いたときは少なからずホッとしたウィリアムだったが、そのあと続けて『恥ずかしい』と切り捨てられ落胆した。
(そうか……恥ずかしい、のか……)
「閣下。とっとと公爵家当主という座を私に譲りなさい。そうすればあなたはやりたくもない領地経営の煩わしさから解放されます。私が成人した今、母上だけにその重責を担わせるのは心苦しいですからね」
そのこげ茶色の瞳が冷たく感じるのは気のせいではない。
「領地経営なんて本来は当主の仕事で、夫人はそのサポートって立ち場だけどな。どっかの誰かさんは妻に丸投げで、そのこともおばあさまはお怒りだったけど」
「結婚して二十年、どっかの誰かさんは公爵家のことより国政に携わっていたい人なんだよ」
息子たちふたりが他人事のように言う。
散々な言われようだ。
ナルシストでマザコンでロリコン。どこに出しても恥ずかしい変態。汚らわしい。
(私と同じ髪色でいるのも、嫌がるほどか)
息子たちの態度にウィリアムは眩暈と冷や汗を感じたが、それよりも茶封筒を差し出されたとき危惧したのは別のことだった。
「離婚したい、のではないのか?」
当然、オフィーリアは離婚を言い出すかと思っていたウィリアムだった。この茶封筒の中身も離婚に関する書類だと。
オフィーリアは彼の問いにきょとんとした瞳を向けた。
「いいえ。その希望はありませんわ。大切なわたくしの娘エリカの嫁入りまえに実家で両親が離婚騒ぎを起こしたなんて醜聞、あの子のためにも避けたいですもの。
でも同じ邸で生活を共にしたいとは思いません。エリカの立場を慮れば、自分と同じ年の少女を愛人として同じ邸に迎え入れたうえに『おとうさま』と呼ばせている事実を知り、さらにその愛人は父親の子を身籠っているなんて……。実の娘としては落胆を通り越して軽蔑……いいえ、唾棄すべき存在に成り果てても致し方ありませんでしょう? そんな存在と同居なんて、とてもとても。……もし、あの子が金髪に生まれついていたら、その欲望を実の娘に向けていたのかしら……なんて、おぞましい想像ですわね」
オフィーリアが扇でそのうつくしい顔の下半分を隠しているせいで、冷たく睥睨するこげ茶の瞳しか見えない。母と息子たち、同じ色の瞳がウィリアムを冷たく睨む。
「わたくしは、家督を速やかにダミアンへ譲っていただければ、それで。
わたくしはわたくしの持ち物であるここで過ごしますわ。あの本邸宅で閣下は愛人とよろしくなさればよいかと」
もともと政略結婚で結ばれた貴族の夫婦などそんなものでしょうとオフィーリアは笑う。
清々しさまで感じるアルカイックスマイルは貴族夫人らしい完璧な微笑みであった。
◇
結局、ウィリアムは爵位譲渡と家督を譲る書類へサインした。
一族の総意(嘆願書の署名には実母の名まであった)であるし、常日頃から疎んじていた領地経営から解放されるチャンスでもあったから。
ただ、本邸宅での生活改善のためスチュアートを復帰させようと躍起になったが、それは叶わなかった。
「先ほど、閣下ご本人から、馘首を言いつかっておりますので」
頭を下げたスチュアートがしれっと口にするので、ウィリアムは腹を立てた。
「こちらに有能な者ばかり連れてきおって! 嫌がらせにしても質が悪い!」
オフィーリアに向けて放った怒鳴り声は、一礼から顔を上げた有能な執事がぴしゃりと否定した。
「いいえ、閣下。奥さまが選定した訳ではありません。奥さまは自分の働く場を自分で選ぶ機会を与えてくださっただけです。こちらには自分で考えて動ける者が来たにすぎません」
ウィリアムは、彼の言葉に真っ向から反抗するスチュアートを憎々し気に睨んだ。
「そして私は『シャーウッド公爵家当主』にお仕えする立場ですので」
執事はそう言うと、新公爵家当主へ向かい深々と頭を下げたのだった。
◇ ◆ ◇
「あの人、最後までエリカの居所とかは聞かなかったわね」
淹れ直して貰った紅茶を片手に、オフィーリアはため息をつく。愛娘は当然母親と一緒にこの邸にいるのだが、彼女は父親がいる間は自分の部屋から一歩も出てこなかった。
アレは帰ったから皆で一緒にお茶しましょうと誘っても、
『アレの入った部屋の内装や家具を一新してくださいませ!』
と言って断られたとスチュアートが頭を下げる。空気の入れ替え程度ではだめらしい。
「とりあえず、書類にサインして帰ったから良かった」
ダミアンがまとめた書類を茶封筒に戻しながら言う。
「その書類、提出するのは貴族院だよな? 現職の元老院議員が爵位を息子に譲渡するなんて知られたらどうなるか、あの人解ってたのかなぁ」
ソファに腰を下ろしたハーヴェイ(公爵がいる間は母の背後でずっと公爵を睨んでいた)は、兄の手元にある茶封筒を見ながら疑問を口にする。
「さあ? 王宮で働く皆に引退するという事実を知られ、議員職をも引退を迫られる可能性が高いはずだけど……あの人にそんなところまで知恵は回らないと思うわ」
ほんと、そういうところがだめなのよとオフィーリアは肩をすくめた。
ウィリアムは議長の座が目の前だと世迷言を口にしていたが、それは彼が描いた彼だけにしか見えない理想に過ぎないと、兄(現マクラーレン侯爵家当主、元老院議長)から聞いている。
兄からは再三『あの血筋に奢った口先ばかりの無能をなんとかしろ』と要請されていた。
結婚から二十年。いろいろ手を尽くしたつもりだったが、どうにも夫は話半分に聞く癖があるようでどうにもならなかった。
今回のこれ(愛人引き取りと別居騒動)はよいきっかけになったとも言える。
穏便に当主交代が完了したのだから。
まぁ、夢を見るのは個人の自由だ。変態にだって夢を見る権利くらいあるだろう。犯罪さえ犯さなければ、変態を取り締まる法律なんてない。致し方ないのだ。
「母上は、本当に離婚しなくてもいいの?」
せっかくのチャンスだったのにとハーヴェイは母親にきいた。
彼女はいつものアルカイックスマイルを浮かべながら答えた。
「わたくし、虫は嫌いだけど……この世から撲滅しようなんて考えはないの。目につく場所にいなければ、それでいいのよ」
その表現だと……彼女は自分の夫を虫と同列に扱っていることになるのではと、息子たちは考えたが。
一転、公爵夫人は晴れやかな笑顔になり言った。
「何はともあれ、新当主就任のお祝いをしないとね。エリカも呼んでちょうだい。場所を移しましょう」
◇
その後。
ウィリアムは固執していた元老院議長の座への夢を断たれるどころか、議員職さえ勇退を迫られ窮地に陥った。
シャーウッド公爵家当主の母となったオフィーリアは、彼女の子どもたちの後ろ盾になるのに忙しく、前公爵に割ける時間などなかった。
二十歳になったばかりでシャーウッド公爵家の当主になった長男ダミアンも、領地経営に従事するために忙しかった。
そんな兄を支えるためにハーヴェイは奔走した。
母や兄ふたりを支えるためにエリカが女主人代行として家政を切り盛りした。
誰の援護も受けられなかったウィリアムは、そのまま議員職を勇退した。
ある日、オフィーリアはウィリアムからの手紙を受け取った。
ウィリアムの愛人が生んだ子どもの肌の色がどう見ても異国のそれで自分の子どもとは思えないといった主旨の手紙であった。
不貞だと罵られた愛人は赤子を置いて逐電。赤子は孤児院へ送られたのだとか。
「娼婦相手に不貞なんて、ナンセンスだわ……ほんと、そういうところよねぇ」
◇ ◇ ◇
オフィーリアが息子の嫁の生んだ孫たちと楽しく過ごしていた一方。
彼女より十歳年上のウィリアムは、王都の広い本邸宅でひとり寂しい老後を過ごすこととなる。議員手当もなく、本人の個人資産のみでの生活はすぐに枯渇し、不満だらけだった使用人すら雇えないありさまとなった。
生活援助を求める夫の手紙を、オフィーリアは鼻で嗤って打ち捨てた。
【END】
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>ここ最近では金メダルレベル
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キモチワルイ部門で金メダルいただきましたー!
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(それは威張るとこなのか俺)
>義務だったんでしょう
おっしゃるとおり、貴族として妻としてのお勤めだとガマンガマン。
生んでみたら自分に似た第一子第二子、そして初めての女の子は想定外に愛らしく聡明で、夫という生き物はどーでもよくなったオフィーリアなのでした。
感想ありがとうございました💕
m(_ _)m
かわいそうなのは 孤児院に入れられた子ども………(´;ω;`)
sakikanameさま
>かわいそうなのは
ですよね。(´Д⊂ヽ
でもバカな親元で育つよりマシかも?
逞しく生きてくれるよう願っております。
こちらにも感想ありがとうございました💕
m(_ _)m
オェッ、このマザコンナルシスト、大好きなママが白髪になってから会わなくなるなんて、ママにブルネットかプラチナのウィッグ着けさせて連れてきてたら「オフィーリアの母親か?私の家に口出しするな!」ってほざいてたかも知れん
愛妾のお嬢さん…自業自得とはいえ自分を受け入れた「おとうさま」に罵られたときの心境やいかにですねぇ…流石に呆れたかな
雪那さま
いやあ、さすがに実母の顔くらいは……
あれ?
……
……
どうでしょう、自信がありません(汗)
(¯꒳¯٥)
それにオフィーリアの母親は元王女なので、そこまで無礼な物言いは……あら?
……
……
どうでしょう、言ったかも?(滝汗)
_(¯―¯٥) ՞ ՞ ՞
>愛妾のお嬢さん
逃走しちゃいましたからね。
よっぽど腹に据えかねたのでしょうねぇ。仰るとおり、自業自得なんですがね。
感想ありがとうございました💕
m(_ _)m