そういうとこだぞ

あとさん♪

文字の大きさ
上 下
2 / 4

妻に会う

しおりを挟む
 
 応接室に通されウィリアムは驚いた。なんて居心地の良い部屋だろう。
 日当たりがよく光りに溢れた部屋の温度といい内装や調度品といい、以前のシャーウッド公爵家本邸宅のようではないか。
 お茶を持って来たメイドは公爵家で働いていた古参のメイドでさらに驚いた。

(こちらには、むこうで働いていた有能な者ばかりではないか!)

 なるほど、オフィーリアが引き抜いて連れてきたのかと合点がいった。
 だからこそ本邸宅はあのように寂れる一方で、こちらの別邸が美しく整えられているのだ。

(シンシアを連れていった意趣返しか。子どもっぽい仕返しだぞオフィーリア)

 たしかにシンシアは愛人の娘だ。
 彼女を本邸宅に連れていったのはウィリアムの独断であり、公爵夫人であるオフィーリアには寝耳に水な出来事だっただろう。それの抗議行動として、彼女は公爵夫人の仕事をストライキしているのだ。

 だが。

(おまえにだって、その若いツバメがいるではないか)

 先ほどから黒髪の若い従者がオフィーリアの座る背後に護衛よろしく立っている。彼の表情はこちらに敵意を剥き出しだ。

 ウィリアムの視線の先に気がついたオフィーリアが自分の背後を振り向いて驚きの声をあげた。

「あらやだ。あなた、なぜそんなところに立ってるの」

「僕は僕の好きな場所にいるだけなので、放置スルーしてください」

「……好きになさい」

 オフィーリアはため息ひとつで従者の行動を容認した。

(ツバメの躾がなってないぞオフィーリア)

 ウィリアムの見るところ、どうやらオフィーリアはこのこぢんまりとした邸宅で好き勝手していたのだ。若いツバメを囲って、ろくな躾けもせずに。

 敵意剥き出しでこちらを睨み続けるツバメだが、その存在を容認しようとウィリアムは考えた。この邸に居る分にはウィリアムに迷惑はかからない。
 問題なのはオフィーリアが公爵夫人としての仕事を放棄し続けていることだ。
 彼女には即急に本邸宅へ戻って貰わねばならない。

「こんな所に我がシャーウッド公爵家の別邸があるとは知らなんだな」

 いつの間に買いあげて、いつから使っていたのか。
 問い詰めて、オフィーリアの非を認めさせ、とっとと帰宅させるのだ。

 ウィリアムはそう思ったのだが。

「この別邸はシャーウッド公爵家の物ではありませんわ。わたくしが母から生前贈与された個人資産ですもの。別邸というか……ここらあたり一帯がマクラーレンの母から相続したわたくしの個人資産ですわ」

 オフィーリアの生家は躍進いちじるしいマクラーレン侯爵家で、彼女の母は王家から降嫁した姫だった。

「それは……私が知らなくても当然か」

 なんとなくばつが悪くて口ごもるウィリアム。

「そうですね……もっとも閣下はシャーウッド公爵家領地のことにもお耳が遠いようですけど」

 オフィーリアは容赦なく言い放つ。

「そうだ。領地の代官から指示を仰ぐ手紙が何通も来ている。どうする気だ?」

「どうするもこうするも、わたくしは代理に過ぎません。閣下の領地のお話ですわ。閣下のご裁可が必要なのでしょう。お答えして差し上げればよろしいかと存じますわ」

「私には些末なことだ! 係わっている暇などない! 元老院議長の座が目の前にあるのだ!」

 ウィリアムの言葉に、オフィーリアはため息をついて背後の従者に目配せをした。若い従者は部屋の壁際に立っていた有能執事スチュアートに目配せをすると、彼は心得たように一礼して退室した。

「お話になりませんわね」

 オフィーリアは優雅な所作で紅茶の香りを楽しむと、ティーカップに口をつけた。一連の所作は流れるようで気品に溢れ、流石さすがは公爵夫人であると万人が認めるところである。

「おまえにはシンシアの教育も任せたはずだが」

「あぁ、そんな戯言も……聞いたような、聞かなかったような」

 ソーサーにカップを戻した夫人が、うっすらとした笑顔を浮かべながら木で鼻をくくったような返事をする。

「わたくし、公爵夫人としての義務は果たしておりますが……その娘の教育なんて、公爵夫人としての義務の範疇外だと思います。御免被りますわ」

「……拒否すると?」

「当たりまえです。どこの世界に夫の愛人の教育を受け持つ妻がおりますの?」

 シンシア・グレイ。ウィリアムのである。

「宮殿をみろ! 王妃陛下は国王陛下の愛妾たちの面倒を見事にみていらっしゃるではないか!」

 そうだ。この国の国王には愛妾が二名いる。そして彼女たちを監督しているのは王妃陛下である。
 公爵夫人であるオフィーリアに同じことができない訳がない。

「閣下。国王陛下のご事情を引き合いに出すなど、不敬が過ぎましてよ。王家のご事情と閣下とでは、前提条件からして違うではありませんか」

「前提条件?」

 オフィーリアは、出来の悪い生徒に教えねばならない教師のようにうんざりとした表情を一瞬浮かべた。

「国王陛下が愛妾を召し抱えたご事情は王妃陛下のご懐妊がなかったから。国王陛下は王妃さまを深く愛し尊重されていらっしゃいます。おふたりの絆が固く強く結ばれているのは臣下一同周知のこと。
 そんなおふたりだからこそ、お世継ぎ問題のために仕方なく愛妾を召し抱えられました。そしてその愛妾たちは王妃陛下のご実家の家門の令嬢です。王妃陛下の承認のもと選定された令嬢ですわ。王妃さまの監督下に置かれるのは当然と言えましょう。
 ひるがえって閣下のご事情は? シンシア嬢とやらは、閣下がご自分で見繕ってねんごろになった娼婦でございましょう? そして我が公爵家にはわたくしの生んだ息子が二人もおります。いまさら跡目争いに参加させるために愛妾を囲うと仰るの? 本邸宅に連れ帰るというのはそういうことでしょう? 愚かとしか言えませんね。
 つまり、わたくしがシンシア嬢とやらの面倒をみる義理は爪の先ほどもありません、ということです」

 お分かりいただけまして? とオフィーリアは澄ました顔でいる。

(そういうとこだぞ)

 ウィリアムはこんな彼女が嫌いだ。
 いつも自分が正しいと信じて疑わない尊大な態度が大嫌いだ。
 昔はこんな女じゃなかったのに。もっと楚々として可憐で儚げな美少女だった。彼女はいつのまにこんなにも傲慢になってしまったのだろう。
 公爵夫人という立場が彼女を変えてしまったのか。

「あくまでも、本邸宅に戻るつもりもなく公爵夫人としての仕事もしないつもりか」

 何を考えているのか分からない笑顔のまま、オフィーリアがウィリアムを見る。

「わたくしも貴族夫人としての心得はありましてよ? けれど許せないラインというものはありますわ。閣下はそのラインをいとも容易たやすく踏み越えて踏み抜いて踏みつぶしておしまいになったの」

 オフィーリアの笑顔は変わらない。けれどウィリアムは首筋に切れ味の鋭い刃物を突き付けられたような心地になった。

「……シンシアのことか」



しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

【完結】私は駄目な姉なので、可愛い妹に全てあげることにします

リオール
恋愛
私には妹が一人いる。 みんなに可愛いとチヤホヤされる妹が。 それに対して私は顔も性格も地味。暗いと陰で笑われている駄目な姉だ。 妹はそんな私の物を、あれもこれもと欲しがってくる。 いいよ、私の物でいいのならあげる、全部あげる。 ──ついでにアレもあげるわね。 ===== ※ギャグはありません ※全6話

婚約破棄した令嬢の帰還を望む

基本二度寝
恋愛
王太子が発案したとされる事業は、始まる前から暗礁に乗り上げている。 実際の発案者は、王太子の元婚約者。 見た目の美しい令嬢と婚約したいがために、婚約を破棄したが、彼女がいなくなり有能と言われた王太子は、無能に転落した。 彼女のサポートなしではなにもできない男だった。 どうにか彼女を再び取り戻すため、王太子は妙案を思いつく。

元婚約者は戻らない

基本二度寝
恋愛
侯爵家の子息カルバンは実行した。 人前で伯爵令嬢ナユリーナに、婚約破棄を告げてやった。 カルバンから破棄した婚約は、ナユリーナに瑕疵がつく。 そうなれば、彼女はもうまともな縁談は望めない。 見目は良いが気の強いナユリーナ。 彼女を愛人として拾ってやれば、カルバンに感謝して大人しい女になるはずだと考えた。 二話完結+余談

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

言い訳は結構ですよ? 全て見ていましたから。

紗綺
恋愛
私の婚約者は別の女性を好いている。 学園内のこととはいえ、複数の男性を侍らす女性の取り巻きになるなんて名が泣いているわよ? 婚約は破棄します。これは両家でもう決まったことですから。 邪魔な婚約者をサクッと婚約破棄して、かねてから用意していた相手と婚約を結びます。 新しい婚約者は私にとって理想の相手。 私の邪魔をしないという点が素晴らしい。 でもべた惚れしてたとか聞いてないわ。 都合の良い相手でいいなんて……、おかしな人ね。 ◆本編 5話  ◆番外編 2話  番外編1話はちょっと暗めのお話です。 入学初日の婚約破棄~の原型はこんな感じでした。 もったいないのでこちらも投稿してしまいます。 また少し違う男装(?)令嬢を楽しんでもらえたら嬉しいです。

処理中です...