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妻に会う
しおりを挟む応接室に通されウィリアムは驚いた。なんて居心地の良い部屋だろう。
日当たりがよく光りに溢れた部屋の温度といい内装や調度品といい、以前のシャーウッド公爵家本邸宅のようではないか。
お茶を持って来たメイドは公爵家で働いていた古参のメイドでさらに驚いた。
(こちらには、むこうで働いていた有能な者ばかりではないか!)
なるほど、オフィーリアが引き抜いて連れてきたのかと合点がいった。
だからこそ本邸宅はあのように寂れる一方で、こちらの別邸が美しく整えられているのだ。
(シンシアを連れていった意趣返しか。子どもっぽい仕返しだぞオフィーリア)
たしかにシンシアは愛人の娘だ。
彼女を本邸宅に連れていったのはウィリアムの独断であり、公爵夫人であるオフィーリアには寝耳に水な出来事だっただろう。それの抗議行動として、彼女は公爵夫人の仕事をストライキしているのだ。
だが。
(おまえにだって、その若いツバメがいるではないか)
先ほどから黒髪の若い従者がオフィーリアの座る背後に護衛よろしく立っている。彼の表情はこちらに敵意を剥き出しだ。
ウィリアムの視線の先に気がついたオフィーリアが自分の背後を振り向いて驚きの声をあげた。
「あらやだ。あなた、なぜそんなところに立ってるの」
「僕は僕の好きな場所にいるだけなので、放置してください」
「……好きになさい」
オフィーリアはため息ひとつで従者の行動を容認した。
(ツバメの躾がなってないぞオフィーリア)
ウィリアムの見るところ、どうやらオフィーリアはこのこぢんまりとした邸宅で好き勝手していたのだ。若いツバメを囲って、ろくな躾けもせずに。
敵意剥き出しでこちらを睨み続けるツバメだが、その存在を容認しようとウィリアムは考えた。この邸に居る分にはウィリアムに迷惑はかからない。
問題なのはオフィーリアが公爵夫人としての仕事を放棄し続けていることだ。
彼女には即急に本邸宅へ戻って貰わねばならない。
「こんな所に我がシャーウッド公爵家の別邸があるとは知らなんだな」
いつの間に買いあげて、いつから使っていたのか。
問い詰めて、オフィーリアの非を認めさせ、とっとと帰宅させるのだ。
ウィリアムはそう思ったのだが。
「この別邸はシャーウッド公爵家の物ではありませんわ。わたくしが母から生前贈与された個人資産ですもの。別邸というか……ここらあたり一帯がマクラーレンの母から相続したわたくしの個人資産ですわ」
オフィーリアの生家は躍進著しいマクラーレン侯爵家で、彼女の母は王家から降嫁した姫だった。
「それは……私が知らなくても当然か」
なんとなくばつが悪くて口ごもるウィリアム。
「そうですね……もっとも閣下はシャーウッド公爵家領地のことにもお耳が遠いようですけど」
オフィーリアは容赦なく言い放つ。
「そうだ。領地の代官から指示を仰ぐ手紙が何通も来ている。どうする気だ?」
「どうするもこうするも、わたくしは代理に過ぎません。閣下の領地のお話ですわ。閣下のご裁可が必要なのでしょう。お答えして差し上げればよろしいかと存じますわ」
「私には些末なことだ! 係わっている暇などない! 元老院議長の座が目の前にあるのだ!」
ウィリアムの言葉に、オフィーリアはため息をついて背後の従者に目配せをした。若い従者は部屋の壁際に立っていた有能執事に目配せをすると、彼は心得たように一礼して退室した。
「お話になりませんわね」
オフィーリアは優雅な所作で紅茶の香りを楽しむと、ティーカップに口をつけた。一連の所作は流れるようで気品に溢れ、流石は公爵夫人であると万人が認めるところである。
「おまえにはシンシアの教育も任せたはずだが」
「あぁ、そんな戯言も……聞いたような、聞かなかったような」
ソーサーにカップを戻した夫人が、うっすらとした笑顔を浮かべながら木で鼻をくくったような返事をする。
「わたくし、公爵夫人としての義務は果たしておりますが……その娘の教育なんて、公爵夫人としての義務の範疇外だと思います。御免被りますわ」
「……拒否すると?」
「当たりまえです。どこの世界に夫の愛人の教育を受け持つ妻がおりますの?」
シンシア・グレイ。ウィリアムの愛人である。
「宮殿をみろ! 王妃陛下は国王陛下の愛妾たちの面倒を見事にみていらっしゃるではないか!」
そうだ。この国の国王には愛妾が二名いる。そして彼女たちを監督しているのは王妃陛下である。
公爵夫人であるオフィーリアに同じことができない訳がない。
「閣下。国王陛下のご事情を引き合いに出すなど、不敬が過ぎましてよ。王家のご事情と閣下とでは、前提条件からして違うではありませんか」
「前提条件?」
オフィーリアは、出来の悪い生徒に教えねばならない教師のようにうんざりとした表情を一瞬浮かべた。
「国王陛下が愛妾を召し抱えたご事情は王妃陛下のご懐妊がなかったから。国王陛下は王妃さまを深く愛し尊重されていらっしゃいます。おふたりの絆が固く強く結ばれているのは臣下一同周知のこと。
そんなおふたりだからこそ、お世継ぎ問題のために仕方なく愛妾を召し抱えられました。そしてその愛妾たちは王妃陛下のご実家の家門の令嬢です。王妃陛下の承認のもと選定された令嬢ですわ。王妃さまの監督下に置かれるのは当然と言えましょう。
ひるがえって閣下のご事情は? シンシア嬢とやらは、閣下がご自分で見繕って懇ろになった娼婦でございましょう? そして我が公爵家にはわたくしの生んだ息子が二人もおります。いまさら跡目争いに参加させるために愛妾を囲うと仰るの? 本邸宅に連れ帰るというのはそういうことでしょう? 愚かとしか言えませんね。
つまり、わたくしがシンシア嬢とやらの面倒をみる義理は爪の先ほどもありません、ということです」
お分かりいただけまして? とオフィーリアは澄ました顔でいる。
(そういうとこだぞ)
ウィリアムはこんな彼女が嫌いだ。
いつも自分が正しいと信じて疑わない尊大な態度が大嫌いだ。
昔はこんな女じゃなかったのに。もっと楚々として可憐で儚げな美少女だった。彼女はいつのまにこんなにも傲慢になってしまったのだろう。
公爵夫人という立場が彼女を変えてしまったのか。
「あくまでも、本邸宅に戻るつもりもなく公爵夫人としての仕事もしないつもりか」
何を考えているのか分からない笑顔のまま、オフィーリアがウィリアムを見る。
「わたくしも貴族夫人としての心得はありましてよ? けれど許せないラインというものはありますわ。閣下はそのラインをいとも容易く踏み越えて踏み抜いて踏みつぶしておしまいになったの」
オフィーリアの笑顔は変わらない。けれどウィリアムは首筋に切れ味の鋭い刃物を突き付けられたような心地になった。
「……シンシアのことか」
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