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息子はランドセルに命を救われた。たぶん。
しおりを挟む息子が小学一年生だったころの話。
彼は毎日、自分の身体より大きなランドセルを背負って小学校へ通った。晴れの日はもちろん、雨の日も風の日も。
私の母が選んで買ってくれたランドセルは、黒のオールドスタンダードタイプ。
正直、丈夫さだけが売りの重いタイプで、流行りのカラーでも機能面に特化した軽いタイプでも飾りがついたものでもない。息子が女子だったら泣いて嫌がったかもなぁなんて思わなくもなかった。
今でこそ母親ともよく話しをしてくれるようになった息子だが、幼少時からお喋りが苦手な小僧だった。自分の気持ちを言葉にするのが不得意だったともいえる。
『今日、学校どうだった?』と訊いても『フツー』と返すような小僧。
なにを訊いても『フツー』だったから会話は即終了。男子って味気ないねぇと思ってた。
で。
ある日、帰宅した息子が不思議なことを呟いた。
「あのね。そら、みたよ」
その時聞いた『そらみた』という言葉。詳しく訊くと帰り道の歩道橋で空を見たということだった。
高い所から空を見た、ということか? とその時はスルーしたのだが。
ふと思い立ち、二十歳過ぎた息子にあの時のこと覚えているか訊いてみた。
息子いわく。
「あぁ、あれね。歩道橋のてっぺんから落ちたんだよ」
は?
「足踏み外して落ちてさ。その時思ったのは『あ、俺死んだ』って目を瞑ったんだよね。気がついたら一番下の地面に寝そべって空を見てたわけ。足は空に向けてたなぁ」
え? どういうこと?
「いや、俺もよく覚えてないんだけどさ。仰向けになっちゃったからランドセルでうまーくバウンドして滑り落ちたんじゃないかなぁと思うわけ」
え? だってあのランドセル、たいした傷もついてないよ? 擦った傷もないよ? 無事に六年間使い切ったよね?
「うん。そうだよねぇ。いかんせん、目を瞑っちゃったからどういう状況だったのかなんて分かんないよ」
マジか。当時一緒に帰ってたTちゃんとかKちゃんは目撃していないか? 詳細は分からないか?
「いまさら、誰と帰ってたかなんて覚えてないしなぁ」
いや、きみ、それ大事だよ? なんで当時もっと騒がなかったのかな!
「ねぇ(笑)。だって遊びに行きたかったし」
私の母がこれがいいと強権を発動し買ったランドセル。
古臭いスタンダードタイプの重いランドセル。
重いからこそ下になり孫を救ったランドセル。
その話を聞いたせいで捨てるに捨てられなくなり、今でも息子の部屋の隅で鎮座している。
﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏
※ 実話。一歩間違えば大惨事。
※ 第4回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞応募作品でもあります。
※ 千文字以下という縛り。チョイステーマ「ランドセル」
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