上 下
25 / 26

22.前世の話をしてみたら

しおりを挟む
 
 ディアマンテ王家の家紋を付けた豪華な馬車は、軽快な音をたてて街道を進む。
 この街道はラファエル王太子が私財を使って舗装させた。ローリエ公国に住まう愛しい姫の元へ通うために。
 その話を聞いたギベオン商会の若頭は、『託宣の聖女の幸せのためなら!』と自分も私財を寄付した。そして自分のしたことを大々的に喧伝した。
 その話を聞いた裕福な商人や貴族も一口、自分も一口、と寄付をした。理由はさまざまだろう。純粋に王太子殿下のおんために、と思う者。恩を売りたい者。いずれ利益が出るだろうと画策する者。
 とはいえ、思っていたよりも多くの寄付を集めたお陰で、街道の整備は予想外に早く終わった。

 その、整備された街道を進む馬車の中。
 ローズはある意味絶対絶命のピンチを味わっていた。

「ラフィ? いま、なんて言ったの?」

「僕のローズ。僕は真実を知りたいだけだ。きみ、本当は天使さまからの託宣なんて受けていない。そうだろう?」

 真っ直ぐにローズを見つめる瞳には、とくに感情は浮かんでいなかった。

「どうして、そう、思ったの?」

「きみが教会に『託宣の聖女』と正式認定されたのが12歳のとき。きみは、そのまえから予言めいた発言をしていた。それはうちの記録水晶に残っている。6歳の頃だ。そのとききみは『いずれ殿下はそうおっしゃるから』とか、『それは物語があるから』と言っていた。天使だなんて、ひとことも言っていない。
 それに、僕が疑問に思った最大の理由が、この間の『オノノコマチとフカクサノショウショウ』だ。そんな奴らはこの国の歴史に存在したことなどない。初耳だ。
 あるなら我が国ではなく、他の国の話だ。周辺諸国の大体の歴史は把握しているが、そんな奴らの名を僕は寡聞にして知らない。
 教えてくれローズ。6歳の幼女だったきみが。あちこち転々と隠れ住んでいたきみが。どこの遠い国の話を知り得たのかを」

 馬車という密室の中にふたりきり。横並びになりながらもローズの両手を握り、じっと彼女を見つめるラファエルの真摯な瞳に、ローズは負けた。

(下手に言い逃れなんかして隠さないほうがいい気がする……)

 遠い、ここからは次元の違う遠い国に生きていた前世の話と、今まで自分がどのように過ごしてきたのかを、少しずつ、ぽつりぽつりとローズは語った。


 ◇◇


 語り終えたときは日も暮れて、馬車は途中の旅籠に着いた。
 その場に待ち構えていたのは王子宮の女官長ケイトだった。ラファエルが待機させたらしい彼女は、ローズを最上級のもてなしで遇した。余計なことは話さなかったが、その瞳を潤ませる姿がローリエ公国の侍女エバを思い出して切なくなったローズである。


 翌日。
 ケイトに支度をして貰い、またラファエルと同じ馬車に同乗した。

「ローズ、昨日は話してくれてありがとう」

 どうやらラファエルは、ローズが前世の記憶を有しているということを一晩かけて納得したらしい。

「その……わたしのこと、気持ち悪いって……思わない?」

 この国の宗教観に生まれ変わりという概念はない。妙なことをいうとか、悪魔付きだとか言われてもおかしくはないのだが。

「とても壮大な話だったとは思う。だが、きみを気持ち悪いなどと思うはずもない」

 ラファエルがケロリとした顔で言うから、ローズはホッと胸を撫で下ろした。

「ただ……」

「ただ?」

「その……ローズは、前世のローズは……結婚、してたのか?」

 とても固い表情でラファエルが問い掛けるからなにごとかと思ったが、そんなことが気になるとは。

「いいえ」

「恋人は、いたのか?」

「そんなもの居なかったわ。昨日も言ったけど、前世の詳細な人生は覚えてないの。ただ、仕事が恋人……みたいな生活だったのは確かね」

「そうか! うん、そうか……よかった」

「よかった?」

 今まで固い顔をしていたラファエルが、急に肩の力を抜き表情を和らげた。

「うん……過去のローズに誰か好きな人がいたら……って考えたら、なんか、もやもやして……始末することもできない次元の相手だからなぁ。よかった、そんな人間いなくて」

 よく考えたら怖いことをさらっと言われてしまったような気がした。

(カメリアお義母かあさま。わたしが結婚する人は、わたしの前世に恋人がいたら、その人を始末したかったみたいよ)

 たぶん、この男は世界を敵に回してもローズを守ると言いそうだ。

「あとは……そうだね。もう無茶はしないこと」

 そう言って、彼はローズの額に優しく触れた。そこは、教会が『聖痕』だと認めた丸い傷痕がある場所。

「10歳の女の子が……周囲の大人を納得させるためとはいえ、自分の顔にナイフを向けるなんて……痛ましい……」

 ラファエルは自分の方が痛そうな顔をしながら、ローズの前髪をよけてそこにそっと唇を落とした。

「辛かったね、ローズ。よく頑張った。頑張って民を守り抜いたきみを僕は誇りに思うよ」

(『報われた』って……こういう気持ちになるのね……)

 目頭が熱くなった。
 ローズの頬をそっと撫でる優しい手に、意図せず涙が零れる。

「うん、ローズ。泣いていいよ。ひとりでよく頑張ったね。だけど、怖かったよね。えらかったよ」

 サウスポートの街を海賊の手から救い、沢山の人々に感謝され凄いと褒められた。
 だが『辛かったね』とか、『泣いていい』なんて言われたのは初めてだった。

 ラファエルの穏やかな声に促され、ゆっくりと彼の肩に顔を埋めた。声を上げずに泣くローズの背中を、ラファエルは優しく撫で続けたのだった。


 ◇◇


 ローズとラファエルを乗せた馬車は、沿道や街で大歓声と共に迎え入れられた。そのままセントロメア王国の王都に入り、大聖堂に辿り着いた。
 結婚式を挙げるという。
 ローズはそこで意外な人物と再会した。

「ローズ、紹介するよ。君の専属の侍女になるアニタとエレナ。そして専属護衛になるだ」

 ラファエル自らが紹介したのは若い女性が三人。
 ふたりは侍女の制服に身を包み、スカートを持ち上げローズに挨拶をした。

 侍女のひとりアニタ・トリフェーンは、ローズの教育係として派遣されたトリフェーン侯爵夫人の娘だった。侯爵令嬢だが、三女なので働きに出たという。

 もうひとりエレナ・マラカイトは、アウイナイト男爵の紹介で王宮に出仕している子爵令嬢だ。アウイナイト男爵とは、ローズのよく知る『ファティマ・』の実家なのだが。

「ローズマリー公女殿下! 殿下の専属護衛に任命されました、ファティマ・です。まだ見習い騎士の分際ではありますが、すぐに正騎士に認定されます! 以後、よろしくお願いします!」

 長い金髪を一つにまとめ騎士団の制服を着こなし、敬礼と共に挨拶をした女性は、まちがいなくファティマその人だった。



しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

学園にいる間に一人も彼氏ができなかったことを散々バカにされましたが、今ではこの国の王子と溺愛結婚しました。

朱之ユク
恋愛
ネイビー王立学園に入学して三年間の青春を勉強に捧げたスカーレットは学園にいる間に一人も彼氏ができなかった。  そして、そのことを異様にバカにしている相手と同窓会で再開してしまったスカーレットはまたもやさんざん彼氏ができなかったことをいじられてしまう。  だけど、他の生徒は知らないのだ。  スカーレットが次期国王のネイビー皇太子からの寵愛を受けており、とんでもなく溺愛されているという事実に。  真実に気づいて今更謝ってきてももう遅い。スカーレットは美しい王子様と一緒に幸せな人生を送ります。

処理中です...