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21.白いウェディングドレス
しおりを挟む一緒の馬車に乗ろうと申し出るラファエル王太子の誘いを断り、ローズは騎馬で彼の乗る馬車に並走した。
(気分はお姫さまを護衛する騎士だわね!)
馬上で車窓越しの会話も楽しかった。ひずめや車輪の音がうるさくて、大声をださなければ会話が成立しない。聞き間違いの応酬も楽しかった。
王太子殿下を守るための護衛官の隊列に割り込む形になってしまったが、気にしない。
護衛官らが困惑しているのも分かる。が、気にしない。
一番困惑しているのはローズの護衛官たちだが、その辺りは上手くやってくれと目で合図した。
騎馬にはラファエルの護衛官シモン・ジェットもいて、彼がうまく配置転換の指示をだし、事なきを得たらしい。
シモン卿はいつものとおり、ローズをその黒くて優しい目で見守ってくれた。
いつもは一旦止められる国境検問所だが、今日はそのまま馬車で乗り入れた。
「ひめさま、おうまにのってるー!」
「ひめさまがおうじさまをつれてきたー!」
城下では『公女さまが婿を捕獲して来た』と大喜びだった。
◇◇
盛装でローリエ公国を訪問したラファエルは、謁見の間でローリエ大公夫妻と挨拶した。
ローリエ大公はにこやかな笑顔でラファエルを出迎えた。
大公妃もいい笑顔だった。
「あなたには期待しているわ。あのボンクラをとっとと引退させなさい。武力が必要ならいつでも与力するわよ」
「母上! クーデターの相談なんてしないでください。彼は『王太子』なんだから! 物騒なことしなくとも王位に就くのは確定してるから!」
バージルは母親の発言にヒヤヒヤする。
「一日も早くあのボンクラを始末しないと! ローズの未来のために……!」
『ローズの未来のために』というフレーズを聞いた途端、ラファエルの瞳が異様なきらめきを見せた。
「大公妃! いいえ。母上と呼ばせてくださいっ! 母上のその基本理念には心の底から賛同いたしますっ!」
カメリア妃はラファエル王太子のその瞳を見つめた。真意を確かめるように無言で睨み合ったあと、ふたりはがっしりとかたい握手を交わした。
ローリエ公国大公妃とセントロメア王国王太子殿下との同盟(非公式)が発足された瞬間である。
◇◇
ラファエルが持ち込んだ『白いドレス』は、ローズにぴったりだった。
ローズの目には『ウェディングドレス』にしか見えないそれは、首元まで白のレースで覆い、胸元から白のビスチェに切り替わり、くびれたウェストと魅惑の腰回りを強調するマーメイドラインドレスだった。襟元と膝下から広がる裾を飾る見事なレースに目を奪われる。
(露出は少ないのに、どこか色香を醸し出すスタイル……これ、ラフィの好みなのかしら)
今までラファエルから贈られたアクセサリーの数々を身に纏い、髪を結い薔薇の花を模した髪飾りを着け、ベールを被った。
例によって例の如く、侍女のエバは涙目になりながらローズのお支度を整えてくれた。
(ベールは被り慣れてたけど……こんな花嫁さん用のベールを被るなんて、思っていなかったな)
鏡の中のローズはどこから見ても立派な『花嫁』姿だった。
すっかり諦めていた。
誰かの、それもラファエルの花嫁になる日など、来ないと思っていた。
昔、まだ幼かった日のローズは、ガーネット公爵家が悪の道に進まなければ王子と結婚できるだろうと思っていた。
サウスポートにある修道院に送られたあと、もしかしたら公爵はローズの忠告に従って町の整備に尽力してくれるかもしれないと、期待した。
それはあっさり裏切られた。
公爵家の没落は免れない。ならばせめて犠牲者が少なくなるようローズは東奔西走した。
そのときには、もう自分の幸せな未来など諦めてしまったのだ。
生き延びること。目標はそれだけだった。
それが、こんな日を迎えることができるなんて。
素直に嬉しい、と思った。
「ローズ! なんて、美しいんだっ……」
白の盛装を身に纏ったラファエルと並ぶと、まさしく『花婿と花嫁』の一対のできあがりだ。
ラファエルはローズのドレス姿を見て硬直した。
硬直したまま、ただただ、滂沱の涙を溢した。
「およめさん……ろーずが、ぼくの、およめさん……」
慌ててその涙を拭くために彼の頬にハンカチを押しあてたローズも、なんだかつられて一緒に泣いてしまった。
相変わらず瞬きが少ないラファエルの瞳を覗き込めば、涙の膜の中に自分の姿が映っていた。
「もう……そんなに泣いたら、ラフィの瞳の中のわたしが溺れちゃうわ」
「僕はとっくの昔に、君に溺れているよ?」
「ラフィ……」
「僕のローズ……」
「おふたりとも、大公夫妻がお待ちかねですよ」
シモン・ジェットがいなかったら、ローズとラファエルのふたりはいつまでもこの場で見つめ合ったままであろう。
◇◇
ラファエルとふたり、大公夫妻に最後の挨拶をした。
カメリアは滂沱の涙を溢し、夫から二枚目のハンカチを借り拭っている。
義兄と義姉も笑顔でローズたちの未来に幸多かれと祝福してくれた。
ラファエルが乗ってきた豪華な馬車にローズも同乗する。馬車が通る沿道は公国民が花をまき、人々の歓声に包まれていた。
すべての人に祝福され花嫁として送り出されたローズに、並んで座っていたラファエルは手を繋いで言った。
「さて、ローズ。そろそろ真実を話してくれるかい? きみ、天使さまの託宣なんて本当は受けていないのだろう?」
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