私は悪役令嬢になる前に躓き、失敗ヒロインと出会った。王子様はどうなったの?

あとさん♪

文字の大きさ
上 下
22 / 26

19.有言実行の男

しおりを挟む
 
 その日のラファエル王太子の訪問は99回目だった。

(ついに……なにも言い出せないまま、この日が来ちゃった……)

 ローズは誰が見ても挙動不審に陥っていた。
 いつものとおり、王子の訪問を待ち焦がれているようでいて、『でも、止めさせた方がいいかも』なんて呟くのを、何人もの侍女が耳にしていた。
 そのときのローズは、酷く顔色が悪く、なにかに怯えているようだった。
 彼女はなにを恐れているのだろうか。


 ◇◇


 99回目の今日、ローズはいつものとおり国境検問所でラファエル王太子の到着を待ち、彼を出迎えた。
 もう最近ではすっかり駆け出して抱き着く形式でのお出迎えだ。ありし日のファティマを迎えにきたエルナンのように、ローズを抱き上げてくるくるするラファエル王太子だ。

 あの日から1年と2ヶ月。もうラファエル王太子は20歳、ローズは19歳(彼女は生まれ月が遅い)になっている。
 ラファエルは最近、格段にローズに甘くなった。
 好きだ、愛しているということばを惜しげもなく使う。
 同時にローズの指の先にキスを落とす。
 彼女の伸びた髪の先にも。
 表情も蕩けるような笑みを浮かべるようになった。ただし、ローズを見るとき限定で。それ以外では、人当たりのよい微笑みで済ませている。

 ラファエルに会えば嬉しい。彼と一緒にいる時間は貴重だ。なにを話していても楽しいし、なにも話さずふたりでぼんやりと景色を眺めていても心は満ちている。『黒王号』の背に揺られながら城下町を散策すれば、もうすっかりお馴染みの彼らの姿に民は手を振ってくれる。

 「ひめさまー!」
 「ひめさまー! きれーい!」
 「ひめさまとおうじさま、なかよしー♪」
 「「「なかよしー♪ いいねー♪」」」

 とくに、こどもたちに大人気だ。黒王号のうしろについて歩いたりする。そのたびに馬の真後ろは危ないと注意を払い、こどもたちとも仲良くなった。

 散策ばかりでなく、城内で義兄夫婦やオレガノと共にお茶をしたりもする。
 たまに、その場に大公夫妻も混ざったりした。
 家族に見守られながら、好きな人と幸せな時間を過ごすという贅沢を味わえば、その分、別れが辛くなる。国に帰るラファエルを見送る時間がローズは一番嫌いだ。

 今日も国境検問所で、帰国する間際のラファエルの袖口を掴み彼を引き留める。
 言おうか、言うまいか。
 ローズは何度も逡巡を重ね、そしてとうとう口を開いた。

「あのね、もう、いい。もう来なくていい、よ」
「え?」

(次が100回目。もう後がない!)

「だって、もしかして、……いや、そうなるとは限らないけど……」

 この期に及んで、まだぐだぐだとことばを濁すローズに、ラファエルは真剣な瞳を向けた。

「ローズ? 来なくていい、というのは……僕の求婚を断るということ? 僕と結婚したくないという意思表示?」

「違うっ!……違うわ、そうじゃ、ないの」

 血相を変え即座に否定するローズに、ラファエルはこっそり安堵の溜息をついた。
 だが、不安そうに瞳を揺らすローズのようすに、なにか懸案事項があるのだと察する。
 というか、ここ最近のローズはどこか心ここに在らずな状態で、情緒不安定なようすなのだ。こっそりバージルたちにも相談していた。彼らもローズが不安定な状態なのは周知だったが、理由までは知らなかった。

「それでは……ローズ。なにか『託宣』を、受けたの?」

 ラファエルの声を潜めた問いかけに、びくりと肩を震わせるローズ。彼女は小さく首を振った。

「いいえ、……いいえ。『託宣』、では、ない、わ。でもわたしは……ラフィを失いたくない」

「僕を、失いたくない?」

「もしかしたら、なの。でも、不安で堪らない。今日……あなたをセントロメアへ返してしまったら……もうここには来れなくなる気がして……」

 深草の少将は雪の日に雪に埋もれた。もしくは、嵐の日に川に流されて亡くなる。
 ローズは天気予報がないこの世界が怖くて堪らない。前世のかなり的中率の高い天気予報が恋しい。

(そらジロー、助けてっ! 雪は降る季節じゃないけど! 嵐がくる季節でもないけど、そればっかりは分からないし!)

 ローリエ公国とセントロメア王国とは陸続きで、両国間に川はない。大丈夫だと。ただの杞憂だと、何度も自分に言い聞かせても不安はなくならないのだ。

 必死にことばを紡ごうとするローズはすっかり涙目になっていて、ラファエルは不謹慎にもそんなローズも愛らしいと見惚れてしまった。

「なぜ、そう思う?」

「だって……、だって、深草の少将は、九十九夜で死んでしまったからっ……!」

「フカクサノショウショウ?」

「小野小町に求婚した貴族の男よ! 彼は99夜、小町の元へ通ったけど、100日目に死んでしまうのっ! 誓いは達成されなかったのっ!」

「フカクサノショウショウ、とは誰だ? ローズとどんな関係がある? 君の、昔の男とでもいうのか?」

「ふぇっ?! 違う違うっ‼」

「オノノコマチとかいう者の所に通った男だろう? そいつが死んだからなんだ? それと僕が来なくなる因果関係は?」

「因果、関係?」

「だってそうだろ? 見たことも聞いたこともない、フカクサのなんとかという奴が死んだ? あぁ、そいつはそういう運命だったのだろう。だが僕はラファエル・ディアマンテだ。そんな男とは違う。僕が死ぬわけがない。君を完全に取り戻してもいないのに!」

「ふぇっ?!」

(いやいや、だって“俺、この戦争が終わったら結婚するんだ”っていうのは定番のフラグじゃない! そう言う人ほど早死にするのよっ)

「僕を信じてくれ、ローズ。次に僕がこの国に来るのは5日後。約束の100回目だ」

(トラスト・ミーという男ほど信じちゃだめっていうのも定番っ!)

「今日、わたしが一緒に行くのじゃ、だめ?」

 ローズがそう言えば、自信満々だったラファエルの顔が一瞬、固まった。

「うぅ……っ、それは途轍もない誘惑だな」

 視線を上に向け、右に向け、左に向け、そして目を瞑ったラファエル。
 深呼吸を2度。
 彼はゆっくりと目を開いて、真っ直ぐにローズを見詰めた。静かな決意を秘めた瞳だった。

「だが、ダメだ。次回の訪問できちんと100回。約束は守る。君に渡す贈り物を持って来るよ」

「贈り物?」

「記念すべき100回目のデート用に、君に白いドレスを贈るよ。それを着て、僕の花嫁として大公夫妻に挨拶して。公国民にも披露してみんなの祝福を受けよう? そして一緒に国に帰ろう。ローズ、言ったよね? 僕は有言実行の男だと」

 自信たっぷりのラファエルのことばと、その艶やかな唇の右の端だけあげて笑う悪役めいた笑顔に、不覚にもローズの胸はきゅんと高鳴ってしまった。





















※┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
終電の駅のホームでいちゃいちゃと別れを惜しむバカップルに呆れと腹立たしさ感じた過去も思い出した。
つまり、背中が痒い。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

処理中です...