私は悪役令嬢になる前に躓き、失敗ヒロインと出会った。王子様はどうなったの?

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18.フラグは立っているのか?

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 小野小町の百夜通ももよがよい伝説。
 それは、求婚してきた深草の少将を、小町が『百夜、続けて通ったら、貴方の誠意を認めてプロポーズを受けますよ』と答えたという、小野小町の伝説だ。結局、通ったのは99日までで、目標達成を目前にして深草の少将は命を落とす。

 命 を 落 と す 。(重要なので繰り返した)

 これは、変なフラグを立ててしまったのではないか?
 ローズは呆然とした。
 99回目までは難なくこれたとしても、100回目で妨害があるのではないか? 妨害なら排除すればいいが、それがラファエル王子の死に繋がってしまったらどうする?

 前世では『101回目のプロポーズ』なんて題名のドラマもあったが、ローズは未視聴だ。確かあれはトラックに轢かれかけて『僕は死にましぇんっ』って叫ぶやつだった気がする。

 ト ラ ッ ク に 轢 か れ か け て !(重要なので繰り返した)

 未視聴だが、有名過ぎて台詞だけは知っている。

『僕は死にませんっあなたのことが好きだから、絶対に死にません!』
 
 なんて叫び、理論としては破綻している。
 人間なんだから、いつかは死ぬ。好きだ嫌いだは、生き死ににはなんの関係もないし影響も及ぼさない。

(あぁ、だめ。一度妄想したら、すっかりわからなくなったわ。もう、なにがなんだか……)

 小野小町はしつこい求婚者を諦めさせるため、無理難題を押し付けた。でも、求婚者である深草の少将が毎日通うという誠意をみせるうちに、情が移っていったのではないか? という説がある。
 その情が移った彼が死んだと知った小町はどう思ったのだろう。

 今、ラファエル王子が死んでしまったら、ローズはどう思うのだろう。

 気になって気になって仕方なくなって、来るはずがないと解っている日にも足は検問所へ向くようになった。
 城から検問所まで、馬車ならちょっとの距離だが歩けばそれなりだ。
 散歩したいだけだからと、馬車を断り徒歩で検問所へ向かう。当然、ひとりで出歩けるはずもなく、騎士の護衛付きである。

 歩く道々、ローズは考える。
 どんなに考えても、自分はラファエル王子が好きだ。改めて、好きになってしまった。
 前世でも好きなキャラクターだったが、今世では彼といろいろと話し、彼の為人ひととなりを知っていった。

 少女漫画キミイチのキャラクターだったラファエルと印象が違う理由が判った。
 彼はローズを救う為に権力を欲し、自ら変わっていったのだ。

 もともと高い知能を誇る人が、更なる自助努力で研鑽を重ねる。
 本気を出した天才が、その才能を開花させない訳がない。だが、それに付随する義務や責任も桁違いに高いものになるはずだ。王子という立場ならなおのこと。
 それらを感じさせないほど、超然と全てをこなす。人の倍以上に課せられる期待は、重くはないのだろうか。楽にこなせるからと言って、それが辛くないとは限らない。

(優柔不断な性格だったはずなのに、悠長に迷っている暇なんかなかったんだ)

 ローズの経歴ロンダリングをするために、ギベオン商会を通じてローリエ公国へ急遽送り届けたのも、彼の指示だった。

 急成長したのも、必要以上の重荷を背負ったのも。
 全部ローズのために、だ。

 こんな人、どうして好きにならずにいられようか。
 その人が命を落とす運命のルートに乗ってしまったとしたら、自分はどうしたらいいのだろう。


 ◇◇


 大勢の護衛騎士を連れ、俯き暗い顔でとぼとぼと城と検問所を往復する公女の姿を、多数の公国民が目撃した。

「公女さま、どうなさったのかしらね?」
「セントロメアの王子がいらっしゃらないから、落胆しているのだろう」
「おふたりが一緒にいるときは、公女さまもいい笑顔だったのに……」

 国民たちは、敬愛するローリエ大公が養女に迎えたローズマリーをみな温かい目で見守っていた。
 血筋としても間違いなくローリエ家の人間で、セントロメアで不遇に会いやっと母国に戻れた姫君という扱いだ。
 しかもカメリア大公妃が溺愛しているのは周知。年配の者は、ローズマリーの実母であるアイリス公女に生き写しだと証言する。
 みな、公女ローズマリーが幸せな笑顔をみせることを願っていた。
 彼女の求婚者がセントロメアの王子だと聞いて、最初は『またうちの姫さまを不幸にする気か?』と殺気だっていた。
 だが、当の本人の人好きのする笑顔とローズマリー公女の幸せそうな笑顔を目撃し、認識を新たにした。
 しかも、王子は日参の勢いで公女に会うためにせっせと通っている。ふたりが同じ馬に乗り楽し気に語らう姿も多くの人が目撃している。
 振り上げかけた拳も降ろさざるを得ない。
 そうやって見守っていたのに、最近の公女さまは溜息をつかれる日が多い。
 護衛の騎士も、城仕えの人間も。
 城下の者もみな、ローズマリーの幸せを願っている。


 ◇◇


 やっと仕事が一段落ついたとかで訪問したラファエル王太子に、ローズは彼が馬を降りるのも待てない勢いで抱きついた。

「ろ、ローズ? 嬉しいけど、どうしたの? なにかあった?」

 突然のローズからの抱擁、疑問に思っても当然だろう。はしたないと思われるかもしれない。だが、嬉しくて堪らないのだ。
 彼が、ラファエルが生きて目の前に来てくれたという現実が。

「ううん。なにもない。ないけど、あったわ。ラファエルが来てくれた。それがとても嬉しい」

 抱きついたラファエルの胸の鼓動が聞こえる。
 生きている。
 柑橘系の彼のフレグランス。それに混じって汗の匂い。
 生きている。
 少女漫画キミイチではない、現実リアルのラファエルが、今、ローズのすぐ目の前にいる。彼の体温を感じる。

 なんて幸せなのだろう。

「……僕はいま、とんでもない忍耐を強いられている……耐えろ。大丈夫。あと32回……」

 ローズの頭の上で、ラファエルがなにやらブツブツと呟いた。
 32回? と聞こえたがなんの数字だろうか。

「あぁ、かわいい……まずい、戻って来い正気っ! 落ち着け僕」

(動揺しているの? もしかして……わたしに抱きつかれたから?)

 胸に埋めていた顔を恐る恐る動かし、ラファエルの顔を見上げる。
 片手で自分の口を塞いで遠くへ視線を投げているラファエル。ローズは見上げる体勢だから、彼の顎のラインがしっかりと見えた。

(男らしい……大きな手……すてき……)

 節のしっかりとした長い指。筋の張った手の甲。ローズのそれとは随分違う。

「ラファエル……ラフィ、わたしを見て?」

 ローズがそう囁いた途端、がっしりと後ろから回った腕と手に肩を掴まれた。どうやら、ラファエル自分の顔を覆っていた手と、反対の方の手は、今まで宙を彷徨さまよっていたらしい。
 それが、ローズの囁いた『ラフィ』という愛称によって、腕の居場所はローズを抱え込む位置に決定したらしい。
 全部『らしい』なのは、ローズはそれを見ていないから。雰囲気で察しているだけ。
 ローズはラファエルの顔をじっと見つめ続ける。
 彼はゆっくりと目線を降ろしてくれた。
 手に覆われている口元は見えないけれど、それ以外は見える。
 目のふちが赤く染まって艶っぽい。

(男の人なのに艶っぽいって、反則。っていうか、むしろわたしへのご褒美? 目の保養?)

「ローズ、あぁ……ローズ。そんな瞳で僕を見てはいけない。いま君には身の危険が迫っている」

 ローズの肩を掴むラファエルの手が熱い。自分の口を覆っていたラファエルの手は外され、今はローズに向けて伸ばされようとしている。

「危険? それはなに? ラフィは、守ってくれないの?」
「え」

 もし、ローズが言った100回のデートが変なフラグで。
 もしかしたら、そのせいでラファエルが命を落とすような目にあったとしたら。

 ローズは決して自分を赦せないだろう。

「カメリア義母かあさまが言っていたわ。わたしの結婚相手は、たとえ世界を敵に回してもローズを守ってくれるような人じゃないとダメだって」

「……ぉぉぅ……」

「でもね、わたし思うの。ラフィがわたしを守ると言ってくれるなら、わたしだって貴方を守ると誓うわ。絶対、貴方をむざむざと失うような真似はしない」

 ローズ・ガーネットは悪役令嬢だった。
 でも、今はもうそんな役はない。
 ここにいるローズは『ローリエ公国の公女ローズマリー・ローリエ』。優しい家族に愛される普通の少女。

「ローズ……君ってひとは……」

 物語の強制力なんて無いはずだ。
 未来を切り開くちからは、自分の中にある強い信念のはずだ。

(そうだよね、ファティマ!)

 思考の片隅で友へ呼びかければ、ローズを勇気づける金髪が翻った気がした。
 とはいえ。
 現実的にはどうしたらいいのだろうかとローズは情けない思いにかられる。

「その、剣も握れないわたしでは……具体的にどうするっていう展望はないんだけど、心意気だけはあるから! だから、わたしより先に死んじゃあ駄目なんだからね?」

(どうしよう、わたしには考えることしか出来ない……フラグを折る一番簡単な方法は、この『100回デート』を止めること。言った方がいいのかしら。もう『100回のデート』なんてやらなくていいって)

 必死な想いでラファエルを見上げれば。

「うん、僕はもう死んでもいいのかもしれない……」

「え? なんで?」

 ローズの言ったことばのどこかに感動したらしいラファエルが嬉しそうな、でもどこか悔しそうな、複雑な表情でローズを見下ろし物騒なことを言う。しかも涙目。相変わらず泣き虫なのは変わっていない。
 そしてローズと向き合うと両手で彼女の両肩を掴み目を瞑り、大きなため息をついた。
 そのあと口の中で、またなにやらブツブツと独り言を呟く。

「いや、違う。血迷うな僕。冷静になれ死んでどうする」

(ラフィ? どうしたの?)

「王太子殿下、公女殿下。おふたかたとも、時と場所を考えてのご発言を、臣よりお願いいたします」

 シモン・ジェットの冷静なツッコミがなければ、国境検問所の前で延々とバカップル漫才を披露する事態となるところだった。

(これは……あれよね。修道院にファティマを迎えに来たエルナンが、あの子とずっとイチャイチャくっついていたくらいのバカップル状態だったってことよね)

 気のせいか、シモン・ジェットは遠い目をしている。ちょっとだけ申し訳ないと思った。

(あんな同僚とかこんな上役とか……彼も災難な位置にいるわね。“爆発しろ”とか思っているかも)

 過去、呪いのことばを唱えた覚えがあるローズには、シモン・ジェットの内心をちょっとだけ慮ることができた。

 彼の本当の内心は……まだ聞いたことがないので解らないが。





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