私は悪役令嬢になる前に躓き、失敗ヒロインと出会った。王子様はどうなったの?

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13.王太子、来たる

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 セントロメア王国の王太子(ラファエル王子はここ一年で既に立太子していた)と、ローリエ公国の公女との会談予定は、異例の早さで決まった。

 王太子の予定など、半年先でないと押さえられないだろうと予想していたローリエ側は、最初、大上段に構えての要望を出した。
 曰く、王太子がこちらに赴くように。その際、従者は最小限に抑えろ。単身ならなお可。その条件なら一週間以内に公女と会わせよう、と。

『それは無理!』と相手に言わせ、協議を重ね、徐々にセントロメア側と認識を揃えていこうと、あわよくば主導権はこちらで握ろうとする為の手法だった。
 事と次第によっては、王太子を人質に開戦に踏み切れるような条件だったのだが、セントロメアからの返答は『はい、喜んで!』というものだったからまさに驚天動地。

(そんな返事をする居酒屋があったわよね?)

 ローズが遠い目になりながら呑気に思ったのをよそに、あれよあれよと王子の訪問日が決まった。というか、『はい、喜んで!』の返事を持った勅使は『恐らく、自分が国を発った翌日に王太子殿下も出発したはずです』などと言うから更に驚いた。

(え? つまり、明日、ラファエル王子は来るの?)

 王太子殿下が来るという知らせの翌日の訪問に焦り、ドレスの支度やら髪型はどうしたらいいの? と年頃の娘らしい相談を侍女たちに持ちかけた。
 相談を受けた侍女たちは、普段、身辺を飾ることに無頓着なローズを心配していたので、よかったうちの姫さまの情操は普通だとこっそり胸を撫で下ろし、古参の侍女エバは例の如く『アイリスさまにこの可憐なお姿をお見せしたかった』と泣き崩れたとか。つまり、てんやわんやの大混乱状態だったのだ。


 そして、会談当日。
 国境の検問所ではバージル公子が待ち構え、ラファエル王太子本人なのか確認した。ラファエル王太子はなんと単騎、乗馬姿で現れた。お伴に近衛兵ひとりを連れて。

 え? 本当にひとりで来た。いやいや、あんた、王子だろ? しかも王太子だったよね? 普通はちゃんとした馬車で来るよね? ひとりで馬に乗ってきたよ、マジか。近衛一個師団が周りをがっちがちに固めていても可笑しくない御仁だよね? あんた、どんだけローズに会いたいの。

 その時、私はそう思ったよ。
 と、のちにバージルは力なく笑いながらローズに語った。こんなのに執着されてるのか我が義妹いもうとはと、内心呆れながら。


 そして、今。

 セントロメア王国王太子殿下は、検問所から城まではバージルの馬車に同乗し(乗ってきた馬は検問所に預けた)、伴の者僅か一名というありえない状態で、城の謁見広間で、大公夫妻(+公子バージル)と対面しているという。

 その情報を自室にいたローズにもたらしたのは、バージルの弟、オレガノ。ローズとは同じ年だが、生れ月が早いので書類上義兄となった。血縁上は従兄だ。

「会いたいと言ったのはわたしなのに! なぜお兄様やお母様たちが先に会っているのですか!」

 侍女たちと、あぁでもないこうでもないと相談しつつ、ローズは今の装いを決めた。先程まで支度に手間取っていた。
 そんな取っ散らかってる義妹ローズの時間稼ぎのためだよなぁ、と思いつつ、

「あー。嫌がらせ?」

 と、答えるオレガノ・ローリエ19歳。

「なぜに疑問形ですか!」

 オレガノの目から見ても、もともとローズは美形だ。それが更に美しく可愛らしく仕上がっている。
 小花を模した髪飾りが、伸びて豊かに波打つ赤毛を彩る。淡い黄緑色を基調としたロングワンピースは胸元の白い襟が清楚さを演出し、薄化粧も上品で可憐な仕上がりだ。

「だってぇ、せっかくうちの家族になったのにさぁ……、あんまりにも早過ぎない?」

 ローリエ家に来たばかりの頃のローズは、日焼けし痩せ過ぎで髪は短く目ばかり大きくて、同じ年の少女がこんなんで大丈夫なのかと憐れに思ったものだ。
 それが、蛹が蝶に変身するが如く、あれよあれよという間に美しい女性に変化した。もうちょっと、その変化を楽しみたかったと兄は思うのだ。ちなみに、バージル夫婦もオレガノと同意見だった。
 こんなにすぐ求婚者が現れるとは。それも隣国の王子だなんて。

「あなたも『だって』とか言いやがりますか! いい大人の男が情けないですよ!」

 腰に手をあてて、そのツヤツヤな唇を尖らすローズは少し生意気だ。でも可愛い。遠慮なく文句を言ってくれるようになって嬉しい。ローズを迎えて僅か一年で兄心まで覚えた。今まで絶対的に『弟』という立場だったから新鮮なのだ。

「でもさぁ、ローズ。あの王子、今すぐにでもお前を連れ帰る勢いだったぞ? そんな事になったら、母上泣いちゃうぞ?」

 内緒話風に声を潜めて言えば、ローズの不機嫌なテンションも若干下がったらしい。

「そんな……勢い、ですか?」

 怪訝そうな顔で声を潜めるさまが愛らしい。

「でしたよ」

 マジか。

 下町娘のような蓮っ葉な呟きを、淑女然としたローズの口から聞くと、違和感を覚える。

(まったく。母上もどうせ姪を引き取るなら、息子の嫁にしてくれれば良かったのにな)

 稲妻の早さで養女として引き取られたローズ。こんな美少女になると知っていたら義妹いもうとにするなんて猛反対したものを。

 もっとも、その話を母カメリアにしたところ、冷たい視線と共に一笑に付され『お前にあの子は任せられないわ』という有難くないおことばを頂いた。母のローズ贔屓、元をただせばアイリス贔屓は筋金入りだお前は悪くないぞと、ローリエ大公に慰められたオレガノである。


 ◇◇


 一体全体、ラファエル王子はどうしたのだろう?
 どうしてそこまでローズに執着するのだろうか。
 その謎を解明するために、ラファエル王子と会うことにした。実に、13年ぶりの邂逅となる。その王子殿下が応接室に通されたと聞き、ローズはその場に赴く。

「ねぇ、エバ。わたし、おかしな恰好していないわよね」

「はい。公女さまはいつもどおりお美しいです」

「この衣装、わたしに似合っている?」

「公妃殿下がご用意したお召し物が公女さまに似合わないはずありません。よくお似合いでございます」

 古参の侍女長エバが否定的なことばをいうはずがない。そうと知っていながら質問する自分の精神状態は、ちょっと不安定だと自覚している。

(なんだかわたし、さっきから白雪姫の継母が魔法の鏡に話しかけているみたいになってない? なるほど、あの継母は自分に自信がなかったのね。だから第三者の冷静な意見が欲しかったのだわ。グリム兄弟やるわね。女心をばっちり表現するなんて!)

 遠い異世界の有名作家グリム兄弟に思いを馳せるのは、ある種の逃避だと理解しつつ、ローズは応接室前に辿り着いてしまった。


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