私は悪役令嬢になる前に躓き、失敗ヒロインと出会った。王子様はどうなったの?

あとさん♪

文字の大きさ
上 下
9 / 26

9.商人の守り神

しおりを挟む
 
 いい笑顔のままのフィト・ギベオンが語る話はこうだった。

 ローリエ大公国にはかつて、ふたりの公女がいた。
 妹アイリスは政略結婚で隣国セントロメアのガーネット公爵(ローズの父)へ嫁いだ。
 姉カメリアは婿を取り、その彼が今現在のローリエ大公である。姉カメリア、現在のローリエ大公妃はずっとローズの行方を捜していたのだという。

「大公妃はあなたさまのお母上亡きあと、ご自分の姪御さまであるローズさまを、ずっと引き取りたいと要請していたようです。ただ、あなたさまの身はローリエ公国との友好の証であるうえに王子殿下の婚約者であられた。ゆえに泣く泣く諦めたのだと」

 ところが気が付けばいつのまにか、その王子殿下の婚約者は『リリー』という名の娘になっていた。自分の姪はどうなったのだと隣国セントロメアに抗議すれば、教会に匿われているという。

「命を狙われているというのなら、なおさらこんな国には置いておけない。すぐにでもローリエ公国に来てほしいと、めいを賜っております」

「ギベオンさまが、なぜ……」

 商人であるフィト・ギベオンがローリエ大公妃の使いになっているのはなぜだろうか。そう思い問い掛けたローズだったが、ことばを発しきるまえにフィトのいい笑顔に遮られた。

「私はまだ学生の身ではありますが、商人です。そして商人に国境などないに等しい。どこの国へも商売に赴きますし、その相手が王侯貴族ならば大切にいたします。一度の取引が大きなお客さまですからね。ローリエ大公妃は、その筆頭といっても過言ではありません。大公妃はあなたさまを救うためにありとあらゆる伝手つてを使っていらっしゃいます」

 なるほど。ご説ごもっともである。
 きっと成功報酬もそれなりのものが約束されているのだろう。

 しかし、さきほどから違和感が途轍もなくある。フィト・ギベオンが自信満々にハキハキと喋っているのだ。

(こんなキャラだったかしら?)

 ローズの困惑をよそに、フィトの語りは止まらない。

「そして、我がギベオン商会は一番規模の大きな倉庫をサウスポートに置いております。あなたさまに助けられたあの港町です」

 フィト・ギベオンは笑顔で語り続ける。
 今でも『託宣の聖女』の叡智はサウスポートの港町では語り草になっていると。サウスポートの守護天使・タブリスから直接お告げを受けた少女の話を。彼女がいて守護天使と共にあの港町を守ったからこそ、我々は繁栄し続ける今があるのだと。

「我々商人の、まさに生き神があなたさまです! あなたさまご自身が女神さまです! あなたさまを信仰すべく、新たな女神教会を建てる計画もございますっ」

「それは止めて」

「ひどいっ」

 ヒドイのはどちらだ。生き神などと冗談にもほどがある。
 しかし、フィト・ギベオンとはこんな性格をしていただろうか。美少女風の容貌を持ちながらも、影のある慎重で暗めの性格だったような気がするのだが。どちらかといえば、どもりがちな、おずおずとことばを紡ぐような弟キャラだった記憶があるのだ。

 たしか……彼はそれなりの歴史ある商会の子息で、祖父母に育てられた経歴を持っていたと記憶している。

(んん? 待って。祖父母? ……フィトの両親は漫画キミイチに出てきたかしら?)

 いや、出てこなかった。単に出番がなかったのか、それとも。

「ギベオンさま。ご両親は、ご健在ですか?」

「はい。今でもあのサウスポートの町で、元気に商いをしております」

 なるほど。合点がいった。
 少女漫画キミイチどおりのストーリーならば、海賊に惨殺されたはずの商人の中に、フィト・ギベオンの両親もいたのだろう。だが、ローズの奔走が功を奏し、あの海賊襲来事件での一般人の被害はゼロだった。サウェスト辺境伯下の騎士団には多少の怪我人は出たが、それでも死者はいない。

 両親を失うという惨劇に会わなかったフィト・ギベオンは、明るい性格の青年に成長した。これが、本来の彼なのだ。
 見かけは、少女漫画キミイチのままなのだが。

「そう、でしたか」

「はい。聖女さまが天使さまのお告げを正しく読み取り、皆に啓示してくださったお陰で、あの町も、我が両親も、先祖代々築き上げた物も、奪われずに済みました。すべて、貴女さまのお陰なのです。
 私は今回、かの尊き方より依頼を頂き、文字通り飛び上がって喜びました。なぜなら、大恩ある聖女さまをお助けすることができるからです!」

 瞳、きらきら。頬が紅潮し、本当に美少女。
 フィト・ギベオンのとてもよい笑顔に見守られながら、ローズは冷や汗をかく。
 ここで『はい』と頷けば、ローズのための教会建設とやらは立ち消えになってはくれまいか。逆に決定的になったらどうしよう。
 ローズの心は千々に乱れる。

「聖女さまが正しきご親族の元に戻るお手伝いをしとうございます。聖女さま……なにか、その御身にローリエ公国にまつわる物をお持ちではございませんか?」

 公国にまつわる物など自分はなにひとつ持っていない。そう思ったローズだったが、否、ひとつだけ持ち出したものがあった。

「母の形見の……この指輪を常に身に着けていましたが」

 月桂樹を模して造られた金の指輪は、革紐に通して首から下げ、いまも肌身離さず身に着けている。
 天使のお告げに信憑性を持たせるために、わざと額に押し付けて痕をつけた、あの指輪だ。

 実母が亡くなったとき、当時乳母だった女性がこっそりローズに持たせたのだ。あのときの乳母が実母と共にローズに淑女としての基本姿勢や所作の教育をしてくれた。王族用のそれを教えられていたということか。
 彼女は葬儀のあとすぐに公爵家を馘首くびになってしまい、それ以来会っていない。

 月桂樹……そういえば、ローリエ公国の国旗にこれと同じデザインがあったとローズは思い出す。
 ローズは母の出自など知らなかった。
 そんなことを話すまえに病に倒れ、あっという間に儚くなってしまった方だった。まさか、ローズ・ガーネットが隣国、ローリエ公国の縁戚者だったとは思わなかった。しかもローリエ公国は、いまローズがいるこの修道院から馬車で一時間ていどという近くに国境があるのだ。

(ファティマ。『幸せはすぐ隣にある』ってあなた言ってたわよね)

 ファティマはやはりヒロインなのだ。
 彼女が言ったとおりに、話は進むのだ。




しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

処理中です...