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4.ローズの話と『キミイチ』と
しおりを挟む「はぁ……ほんとうに、予言ができるんだ……」
感嘆の溜息と共に呟くファティマ。
(そう思ってくれればありがたいわね。前世云々の説明はメンドクサイもの)
今のローズはすっかり事なかれ主義になっている。
生家とはいえ、公爵家の没落など目を瞑っていれば良かったのだ。
王子との関係だけ……あるいはヒロイン・ファティマとの関係改善にだけ注意していれば。
早々に修道院送りになったりせず、結果として命を狙われるには至らなかっただろう。
『キミイチ』の中のローズも家族(特に義母から)疎まれていたが、放置ぎみだっただけだ。彼女は公爵令嬢としての生活を普通に送っていた。
だが、それでは結局公爵家は破滅を迎えてしまう。個人的に逃亡を図るのが唯一の正解だったかもしれない。
婚約者との結婚、なんてものは早々に諦めるべきだったのだ。
「もう、予言なんてできないわ。少女期の多感なころだからこそできたのよ」
肩を竦めながら言えば、納得したような顔のファティマ。『もうできない』のは真実である。そもそも、本当にそんな特殊能力など持ち合わせてはいない。
(それに……物語はほぼ終わっているもの。これ以上の予言なんて絶対に無理だわ)
「海賊がそうやって来るって分かっていたから、鉄鋼船を用意させたわ。もちろん、普通の貨物船にカモフラージュさせて停泊所のド真ん中に置いて……海賊船の足止めに使ったの。港自体を守るためにね。あとは待ち構えた辺境伯の騎士団が三方から取り押さえて終わり。それなりに被害は出たけど、一般人に死者が出なくて幸いだったわ」
今は事なかれ主義のローズではあるが、当時のローズは違った。
被害が少ないよう、死者がでないよう心を砕き、知恵を披露した。鉄鋼船なんて考え、戦国武将織田信長を知っているオタク女子でなければ思いつかなかっただろう。
(あれは……海賊船の港内侵入をストップさせたわね。木造船が主だからそれより強い素材の船で邪魔させたかっただけだけど)
「ほぇ~。港町を海賊の襲撃から守ったなんて凄い!」
「ふふ。ありがとう」
ファティマの可憐な唇から零れるシンプルな誉め言葉が心地良かった。
あのヒロインに褒められる悪役令嬢なんて図は、作者も描いたことなどなかっただろう。皮肉にも面白いと感じた。
「じゃあ、ローズは予言を成就させて街を守ったんだから、一躍時の人だね! 聖女さま~♪ とか言われて感謝されたんじゃないの? ……それが、なんでこんな最果ての修道院にいるの? 『のがれのがれ』てになるの?」
ファティマの疑問はいちいち的を射ている。
実際、街の人間には『天使に見出された少女』と呼ばれ、聖教会には『託宣の聖女』などと正式に認定されてしまった。
そして、だからこそ命を狙われた。
「襲った海賊の中にね……お義母さまが裏で手を回した殺し屋がいたの。ターゲットは私。当時12歳のローズ・ガーネットよ」
「え?」
「捕まえた海賊をひとりひとり尋問していたら、そう自白した者がいたの。『さる高貴な方からの依頼だ』って」
「そ、れは、つまり」
生さぬ仲とはいえ親に命を狙われた。これは血を分けた父も納得していたのかと疑心暗鬼になった。
「今から言うことは……辺境伯さまが推理したことだから、私も真実かどうかはわからないわ。
領地一番の港町に海賊が現れたのは偶然なんかではなく、誰かの差し金だったのではないか。
誰かが公爵家の内部に侵入し、警備状況など調べたのではないか。
それは他国の間者だったのではないか。
その誰かが、“海賊到来を予言した子”を始末しようとしたのは……当然ではないか、と」
漫画『キミイチ』ではそこまで詳細には語られなかった。
公爵家の領地の中で一番の商業都市が海賊によって壊滅。損害を補填するため違法と知りつつ麻薬に手を出した。
そうして悪役令嬢の断罪と共に公爵家も断罪される。爵位返上、領地没収のうえ縛り首。
罪状の主たるものは国で違法とされた麻薬に手を染めていたこと。
王家もバカではない。国内に流通する麻薬の出所はどこか捜査したはずだ。
だから悪役令嬢が断罪されたのは、学園内でヒロインをいじめたから、などではない。本来、先祖を辿れば王家の血を引く公爵家の令嬢が、男爵家の庶子をいじめたていど、なんの問題にもならない。
身分の違いとはそういうものだ。
麻薬という悪事に手を染めた公爵家の令嬢だったから、断罪された。
そんな令嬢を婚約者にしていたなんて、王家としては醜聞なのだ。
たしか……『キミイチ』では公爵も公爵夫人も義妹も、みな一緒に処刑されていた。
どうやら真相は、他国のスパイによる内部からの瓦解だったのだ。
ガーネット公爵の後妻が恐らく内部に入り込んだスパイ。彼女の本来の使命は、公爵家という一種の治外法権下で、麻薬などの金にはなるが、後ろ暗い商売をさせることだったのだろう。
それには“予言”などと妙なことを言い出す前妻の娘は邪魔だった。
夫である公爵から遠ざけるためにも修道院送りにした。
まさか5年も後に、その修道院のある港町へ本当に海賊を差し向ける事になるとは夢にも思わずに。
もしや、あの子どもの予言は本物だったのかもしれない。ならば、これ以上余計な“予言”など告げさせないために始末しよう。
あの義母がそう考えたとしても不思議ではない。
ただ、義母の名は出てこなかった。捕えられた海賊は『さる高貴な方からの依頼』としか言わなかった。はっきりした証拠がない以上、高位貴族である公爵夫人を追求することはできなかった。
「辺境伯さまが私の身を案じて逃がしてくれたの。海賊内部に暗殺者を紛れ込ませたけど、成功の報がなければ再度殺し屋が差し向けられるだろうからって」
実際、聖教会本部へ逃げる途中一度、襲われかけた。辺境伯の騎士が護衛してくれて助かったが。彼がいなければ、いまローズはここに居なかっただろう。
聖教会本部は王都にある。ガーネット公爵家も王都に居を構えている。
あの義母と目と鼻の先に居続けるのが怖かった。教会内部にまで義母の手が及んだらと思うと、恐怖で夜も眠れなくなった。
予言の認定をしてくれた枢機卿に相談し、王都を離れることにした。各地の教会や修道院を転々とし、居場所を変え、戒律の厳しいこの地に逃げてやっと3年。今年で4年目を迎える。
ここはとても田舎で、村人全員が顔見知りのような場所だ。他国の者はもとより、王都の者でさえ知らない人として注目されてしまう。修道院内部の顔ぶれに至っては、30年近く変わっていないと聞いた。警戒しながら隠れ住むのにちょうどよかった。
18歳まで生き延びることがローズの第一目標になった。
そうすれば、物語どおりに時が過ぎ、ガーネット公爵家は没落する。
ローズの尽力によりあの港町は健在だが、ガーネット公爵家はその地を治める権利を失った。公爵家がちゃんとした庇護を与えていなかった現状が教会の枢機卿の報告によって明らかにされた。
国により正式に没収され、サウェスト辺境伯の領地へと移譲されたのである。
街のインフラや防衛費などの支出は出さず、税関などの旨味のみを吸い上げていた美味しい土地を失い、公爵家としては大打撃を受けたことになる。その埋め合わせに、違法な行為に手を染めるだろう。恐らくは、内部に入り込んだスパイである後妻の言うがままに。
あとは『キミイチ』の物語どおりだ。
家族全員処刑され、ローズの追手もいなくなる。そして生き延びたローズは家族のために神に祈る生活をしよう。
そう、考えていた。
だからこそ、ファティマには話して貰いたいのだ。
ガーネット公爵家がどうなったのか。きちんと王子と恋愛していたはずのヒロインなら、恐らくガーネット公爵令嬢である義妹リリーとは顔を合わせていたはずだ。あの悪役令嬢の姉を持った妹なのに、リリーは清純派でヒロインの味方をしていた。
今思えば、ローズの足を引っ張っていただけなのだと解るが、前世の自分はリリーはイイコだなぁなどと呑気に考えていた。あの頃の自分を殴りたい。
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