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2.会うはずのない場所で
しおりを挟むローズとファティマ。年若い修道女見習いが二人。
もともと年嵩な者が多いこの修道院では、とても珍しいことだ。若い子同士で仲良くおやりなさいと、院長に促され同部屋にされた。
ローズは夜、隣のベッドに寝てからファティマに尋ねた。
どうしてこんなところに貴女のような若くて美しい女性が送られてくるに至ったのか教えて欲しいと。だがその問いに答えたのは沈黙。どうやら無視されたらしい。
なるほど、ファティマは簡単に心を許す気は無いようだ。
これは持久戦だなと覚悟しファティマから話しだすのを待つことにした。
特別な娯楽など無い場所なので、彼女の反応を待つのも楽しかった。
なにせ、相手は少女漫画のヒロインだ。生きて動いている彼女を見ているだけで楽しいのだ。
◇
ファティマは、ひとことで表すとしたら――我が儘娘だった。
「なぜ私がこんなことしなくちゃいけないの⁈」
と言ってヒステリーを起こすのは定番となった。 朝早くからの清掃活動に文句を言い、食事の量に文句を言い、畑仕事に文句を言い、井戸からの水くみに文句を言い、風呂に湯を張れないと文句を言った。
「自分で洗濯しないと、着る物がなくなるわよぉ」
7歳の頃から修道院に預けられ早11年。自分のことは自分で出来るようになっているローズにとって、ファティマの癇癪を起す姿は新鮮だった。
なるほど、と。
たしかに風呂に湯を張れないことは遥か昔には不満に思った。
「私は男爵令嬢なのよ!」
膨れっ面をするファティマ。貴族令嬢だから、身の回りの世話は他者がやるものだと言いたいらしい。
「それがどうかしたの? わたしは公爵令嬢だったわ」
「……え?」
固く絞った洗濯物をパンパンと手で整えながら、ローズはなんてことないように言う。
その、余りにもさらりと零されたことばの内容に、ファティマは大きな目を更に大きくしてローズを凝視した。
「それに……元の身分はどうあれここは修道院よ。神の御許ではみな平等。共同生活の中で神に奉仕するの。あなただけを特別扱いすることは無理ねぇ」
(この顔は可愛いのよね。美少女は得だわ。怒れないもの)
ローズはファティマを観察しながらこっそり考えた。
柔らかそうなロングストレートの金髪。同色の金の睫毛がけぶる青い瞳。可愛らしく丸い頬。唇は可憐な桜色。背は高からず低からず、健康的で均整のとれたプロポーション。
なるほど、少女漫画の主人公らしい容姿である。
でもあの『キミイチ』のヒロイン・ファティマは、自分は男爵令嬢だと偉ぶる性格だっただろうか。もっと大人しめで思慮深く、逆境にめげない明るい性格のヒロインだったと記憶している。
この記憶とのギャップはなんなのか。
そこまで考えてから、いやいやそれを言ったら自分もギャップ持ちかもしれないと思い直した。
なんせ、ヒロインと悪役令嬢が初めて対面するのは貴族学園の中。
そのときの悪役令嬢ローズは、高飛車で高慢で貴族に非ずば人に非ずな性格をしていた。
こんな質素な修道服姿で髪も全部隠していたら、あの悪役令嬢のトレードマークであるくりんくりんの立派な縦ロールは披露できない。
(わたし、ベールを取ったら凄いんです。みたいな?)
さすがに質素倹約を旨とする修道院で、あの縦ロールは作れない。ローズのビジュアルは金髪……人によっては赤毛というが、本人はあくまでも濃い金髪と言い張る、その髪はくせ毛で乾かし方を工夫すれば綺麗なウェーブを作ることも可能。だが今は肩先で切り揃えているから縦ロールは無理だろう。あれはそれなりの長さがないと不可能だ。
瞳は藍色。大きな目はちょっと吊り上がって猫のよう。長い睫毛も赤毛……いや、濃い金色。鼻筋も通っているし、唇もぽってりとして蠱惑的。
ぼん、きゅ、ぼんなグラマラスな体型……になるはずだったが、幼少時からの栄養不足と逃亡生活による睡眠不足のせいか、手足は長いがやせっぽっちでお胸がささやかにあるという、なんとも発育不良の印象が拭えないアンバランスな少女だ。
顔の造作はあの漫画の悪役令嬢と変わらない。
だが、頬がこけて猫目の自分を鏡の中に認めるたびに、昔の有名だった映画(いーとかてぃーとかいう)の宇宙人みたいだとローズ本人は思う。
◇
ローズが己の身分をさらりと告白して以降、ファティマの態度は少しずつ軟化していった。ブツブツと文句を言いながらではあるが。
元公爵令嬢がやっているのだから、自分もやらなければならないと思ったらしい。
(随分と性根は素直なのね。今までは虚勢を張っていた感じ? それもそうか。知らない場所に来たら、そうなるわ)
ファティマの根が素直……というのに輪をかけて、対応するローズの態度がのらりくらりと躱しながらだったせいもある。どんなに生意気な態度をとっても飄々とした姿勢を崩さないローズに根負けしたファティマ、という図式が正しい。
一か月もすれば、ファティマは修道院での生活にだいぶ慣れた。ローズとも軽口を叩く間柄になっていた。
「自分で洗濯したり、料理したり、掃除したり、果ては野菜作りまでするなんて!」
畑になった野菜の収穫は楽しいらしい。文句を言いつつも率先してやっている。
「楽しいわよねぇ」
ローズはお手製の害虫駆除用の薬剤を撒きながら、ファティマに応える。
この薬剤、鼻が曲がりそうなくらい臭い。だが効き目は抜群だ。
前世のローズが好き好んで視聴していたダッシュ村のなんとか翁が無農薬な農薬を作っていたが、あれに似たものを作ったのだ。最近では近場の農場にも出張して作り方を教えている。
「こんなの、魔鉱石で作られた器具なら、もっと簡単に出来るはずなのに! そうでしょ?」
流石に王都育ちのファティマは最新技術にも詳しい。
「あれはお金持ちが使う贅沢品よぉ」
エネルギー改革だと謳われた魔鉱石は、隣国からの輸入品で高価だ。この国では、王族や裕福な貴族しか使えない。ファティマの引き取られたアウイライト男爵家は裕福な部類だ。
「ローズは慣れているかもしれないけど!」
「そうねぇ。11年もやっていればねぇ」
「……11年? って、今年18歳になるって言ってなかった? たしか、私と同じ年だって……」
「そうよぉ」
薬剤を撒き終わり、やれやれと腰を伸ばすローズ。仕草がすでに老女のようだ。
「なんで公爵令嬢だった人が……7歳かそこらで修道院に来るハメになったの?」
聞こうか、聞くまいか。
ここ一ヵ月で親しくなったファティマが、ローズの事情に踏み込んでも良いのか迷っていたのを知っている。
好奇心に後押しされたのか、やっと意を決して言葉にしたファティマ。
(やっと言ってくれたわね。やっぱり自分の身の上話をした方が、相手の話も聞きだしやすいでしょうねぇ)
そう思ったローズは自分の身に起きた出来事をファティマに話すことにした。秘密の共有は仲良くなる近道。もっとも、ローズとしては最初から『キミイチ』のヒロインは自分を投影して読んでいたので、好感度高めではある。
(さて。どこから話そうかしら。結構、波乱万丈なのよ? わたし)
長い話になりそうだから、休憩としてお茶を頂くことにした。
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