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1.これはBAD ENDというやつでは?
しおりを挟む「あぁ、伝え忘れていましたが、今日明日中には、王都から新しく行儀見習いの令嬢が参ります」
厳格な中にも優しさが垣間見える女子修道院の老院長がそんな風に言ったのは、全員が集まる朝食の席で。
「令嬢の名前はファティマ・アウイナイト。王都の貴族学園ではなかなかのお転婆娘だったそうで。皆さん、よろしくね。特にローズ。あなたが一番歳が近いわ。教育、お願いしますよ」
名指しされたローズは、その大きな藍色の猫目を更に大きく丸くしていた。
◇
ここセントロメア王国の王家直轄領にあるとある女子修道院。
国の東北に位置し、戒律が厳しくあまり人の訪れのないその修道院に、とある乙女がいた。
見習いではあるがシスター・ローズとまわりの人間には呼ばれている。
もうすぐ18歳。大きな藍色の瞳が印象的な彼女は、元、貴族令嬢。
年若い貴族令嬢にとって、行儀見習いとして修道院に預けられるということは、どちらかと言えば不名誉に近い。
なぜなら、家で雇う家庭教師の手に負えない問題児の烙印を押されたことを意味するからだ。
(もしくは家庭教師を雇うほど裕福ではない家門だと看做される)
(終生を修道女として過ごすために修道院入りする場合は、逆にそれなりの持参金が必要だ)
ローズが初めてこの修道院に来たときは14歳だった。
新たにお仲間になった若い修道女見習いに、周りの修道女たちは興味津々で構った。とくにこの修道院は30年ほど顔ぶれが変わらなかったし、若い者はいない。皆、孫娘をみるような心地でやせっぽっちな少女を構った。
どういう経緯でこんな辺鄙な地に来たのかを訊かれた彼女は、目を伏せ薄く微笑みながら
『継母に命を狙われて……』
と、ことばを濁した。
物腰や言葉遣いでローズが高位貴族の令嬢であるということは、なんとなく察していた周りの大人たちは、それ以上追求できなくなった。
恐らく、家督争いかなにかで疎まれたのだろうと容易に推測できたので。
そして追求して、知らなくてよいことに係わるのは得策ではないと判断できたので。
だが、継母とはいえ親に疎まれるなんて憐れなことだと、皆不憫に思い彼女を慈しんできた。
シスター・ローズの本当の身分は院長だけは承知している。
聖教会本部から彼女の身を守るよう依頼されているからだ。彼女こそ、遠いサウス地方で『託宣の聖女』として名を馳せた『ローズ・ガーネット公爵令嬢』なのだが、どうやらローズ本人は公爵家から完全に離れ、本当の修道女になりたいらしい。
本当の修道女になるには本人の強い決意と、宗教に対する理解、信仰心の有無などさまざまな条件をクリアし誓願を経て、やっと俗世を離れ神の住処の一員となる。それなりの額の持参金も必要だ。未成年者はまず親の同意が必要なのだが、親から逃走している身のローズでは、親のサインは望めない。
なので、18歳(この国の成人)になる今年まで待っていた。
とはいえ、恋のひとつもしていないだろうローズを修道女として扱っていいのかと院長は悩んでいた。
俗世間に戻り結婚し子を生む。普通の女性としての生活を一通り済ませてから、神に仕える身になっても遅くはない。むしろ、そうして人生経験を積んでからの方がよいのではないか。夫を亡くしてから修道院の門を叩く者も何人もいるのだから。
命を狙われたせいか、ここで老女たちに囲まれて育ったせいか、どうにもローズの思考は覇気に欠け、老成し過ぎて時間の経過だけを待ち望んでいるように見受けられる。
新たに都から行儀見習いとしてやってくるファティマ・アウイナイト男爵令嬢は、ローズに普通の娘らしい気持ちを呼び起こしてはくれないだろうか。
院長は老婆心ながらそんなことを思っていた。
◇
「院長さまの心配も、解らなくはないんだけどねぇ」
ローズはため息混じりに呟く。
大恩ある院長さまを敬愛しているが、自分を市井の娘として扱いたがっている節を感じる。ローズ本人にはありがた迷惑である。
なぜ、ローズの思考が老成しているのか。
答えは、二点ある。
一点目。ローズが転生者だからだ。
前世、日本人だった記憶がある。日本のとある地方都市に住み、都内の企業で働くOLだった。
その頃から老成していた。恋愛より仕事をとる人間だった。
だが、わずかな時間の癒しによく漫画を読み漁るオタクと呼ばれる人種ではあった。
幼い頃にその記憶を取り戻した。
まさか自分にこんな運命が待ち受けていようとは! と軽く眩暈を覚えた。
眩暈が治まったあと。
自分が前世でよく読んでいたとある少女漫画の悪役令嬢だと自覚し、またORZの姿勢をとったが、それを回避しようとして空回り、要らぬ敵を作り早々に修道院送りになった。
つまり、『悪役令嬢ルート』に乗る前に強制退場させられた形だ。
眩暈を通り越して渇いた笑いしかでなくなった。どうやらこの世界に『物語の強制力』というものは存在しないらしい。
ローズが老成している二点目の理由。
ぶっちゃけ、この世界でやるべきことはすべてやり遂げたのだ。
『託宣の聖女』などという二つ名まで頂いたのだ。それほど頑張り過ぎてしまったのだ。もはや知盛の心境なのだ。
もしくは、古のボクシング漫画の真っ白に燃え尽きた主人公が、笑って逝った心地が解るのだ。
燃え尽き症候群状態のローズは、あとは静かに余生を過ごしたいだけだ。17歳で『余生』に思いを馳せている時点でお察しなのである。
命を狙われ、修道院を転々とし、生き延びるために生家の公爵家から逃げた。その頃には自分が漫画に出ていたキャラクターだったなんてすっかり忘れていた。
逃げ続け、いろいろと諦め。ここで終生神に祈る生活に没頭しよう、もう本当の修道女になってしまおうと成人になる今年の誕生日を待っていた。
待っていたら、まさかの人が来た。
ローズが悪役令嬢になってしまう原因のヒロイン。
ファティマ・アウイナイト。
ロングストレートの金髪に、印象的な青い瞳。あの少女漫画のあの顔が実在した!
少なくないカルチャーショックを感じながら、彼女の到来を前もって聞いていて良かったと、ローズは神と院長に感謝した。
耳でその名を聞いたときオカシイとは思ったが、本人のビジュアルを見て、忘れかけていた少女漫画の詳細な記憶が蘇ったのだ。
正式名称は思い出せないが確か『キミイチ』と省略していた。
その『キミイチ』のヒロイン、ファティマ・アウイナイトは元庶民。母親の死をきっかけに父である男爵に引き取られ庶子として認められる令嬢だ。
そのヒロインが男爵令嬢として貴族学園に入学するところから物語は始まり、あっちの筋肉素敵男子と知り合い、こっちの美少女めいた可愛い系男子を慰め、アンニュイな色気たっぷり系の先輩にちょっかいをかけられ、あちこちフラフラして美味しい想いをした挙句、最終的には王子さまを射止め玉の輿に乗るご都合主義満載の少女漫画だった。
その途中で登場するのが王子の婚約者ローズ・ガーネットだ。
ローズはご多分に漏れず、悪役令嬢として主人公の前に立ちはだかる。自分から王子を奪うヒロインを憎み、いじめ抜き、彼女を階段から突き落とす愚行まで犯す。
最後には卒業式のあと、愛する婚約者の王子殿下から断罪され、一族諸共に処刑される。
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そういうベタで王道な少女漫画が『キミイチ』だったはずだ。王道には王道の良さがある。前世のローズが社畜生活の潤いにしていたのだ。
だが『キミイチ』では、ヒロインが修道院送りになるストーリーなどなかった。
なのに、どうしてこうなった?
ファティマは来た。寂れた修道院に。
これではまるで悪辣な乙女ゲームで分岐を間違え、バッドエンドを選択してしまったようではないか。
もしや、悪役令嬢である自分がさっさとコースアウトしてしまったせいで、どこかなにかが狂ったのか?
なにがあってこうなったのか、詳しく訊きたい。
忘れかけていた好奇心が疼く。
万が一、悪役令嬢が物語どおりに登場しなかったせいで、ヒロインの立場まで変更されたのなら申し訳ない。
申し訳ないが、いまさら謝れないし軌道修正もできない。
こちらも生き延びるのに必死なのだから。
不安そうにあちこち見回すファティマを案内しながら、ローズはちいさな声で神に祈った。
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