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9.わたくしとは関わらない、遠い処で
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「その時にもサラ王妃殿下、当時は王太子妃殿下だったが、彼女がアンネローゼに忠告していたそうだ。“ピンクブロンドの美少女が現れてアンネローゼを陥れるかもしれない”と」
「でもその時は美少女ではなく、男子学生だったのですね?」
「あぁ」
「美少年と呼んでも差し支えない容貌はしていましたよ」
アスラーン陛下、ラインハルト王太子殿下、そしてカシム様が真剣なお顔でお話をしています。
……わたくし、場違い感が強くて居た堪れません。
と、思っていたら、
「ブリュンヒルデ嬢も、ピンクブロンドに付き纏われていたのだって?」
王太子殿下が急にわたくしにご下問されるから驚きます。
「えぇ! どこに居ても現れては、口汚く罵られましたわ! その度に憔悴していく彼女が心配で心配で……兄やジーク殿下にご相談いたしましたもの!」
……答えたのは、わたくしではなくイザベラでした。
「これは、15年に一度の周期で現れて、王家、或いは貴族間に混乱を呼ぶという事か?」
「兄上。それは早計かと。まだ絶対とは言い切れません」
「次に現れるのが15年後、という事なら、王太子殿下たちのお子が、被害にあう可能性がありますな」
アスラーン陛下のお言葉に、皆、苦い顔をしました。
なんともゾっとする予言です。
「これは、学園の教職員たちにそれとなく注意喚起しておくべきか。“ピンクブロンドの学生が来たら気を付けろ”と」
「見かけで差別する事になりませんか? それは、如何なものかと存じます」
と、王太子妃殿下が冷静な意見を出します。
「確かに。だからこそ、注意深く見定めねばならぬな。我々の代には辛うじて現れなかったが、ブリュンヒルデ嬢は被害にあった。予言では“破滅に繋がる”というのが気にかかる……」
王太子殿下は、やはりお母上の予言でもあるから、心配なのでしょう。とてもお気になさっているご様子です。
「俺たちの代に現れた頭に花の咲いた変態野郎は、男爵家子息の分際で王女殿下を呼び出し殺害予告をしていたぞ。どうやら、頭の中まで自分流の花畑に犯されて、普通の判断が出来ないらしい」
アスラーン陛下の証言に、皆、黙り込んでしまいました。
なんとも、恐ろしい存在だったのですね……。
「あの……殿下、質問をしてもよろしいでしょうか?」
沈黙を破るのも気が引けましたが、いつ退出しても良いように、聞きたい事は訊いてしまいます!
それにしても、“殿下”と呼んで目線で返事をしてくれる方が三人もこの場に居るって、なかなか凄い事ですよねぇ。そのうち、わたくしの親友もそんな人になってしまいますが。
「ゾフィーの処分は、どの様になるのでしょう? 最恐兵器、と仰っていましたが……」
「気になるの? 君、本当にお人好しだね」
ジークフリート殿下が瞳を猫のように細めてわたくしを見ます。
「んー、罪を犯したのは確かだから、罰を受けなければならない。
だけど、彼女は生まれ持った何かが有る。それを如何なく発揮して貰いたい。出来れば我が国ではなく、他国で。
よって、国外追放にしようと思っている。
つまり―――ガリヤ帝国に行ってひと働きして貰おうと」
ニヤリ、と笑いながらジークフリート殿下が仰いました。
「ガリヤ帝国……あそこは近年、我が国の学園を真似て、学校を作ったと聞いている。もしや、そこにピンクブロンドを入れて……」
と、王太子殿下。
「そう。ガリヤ内に混乱を招いてくれないかなぁ、なんてね。あの国、最近鼻につくからね」
と、ジークフリート殿下。
「我々が思うような成果が旨く上がるでしょうか?」
妃殿下がそう問えば、
「いや? 分からない。だが、本人次第だろう。彼女にこう言えばいい、と思っているんだ。
“君が意識していたおねえさまは侯爵家の婿を捕まえた。彼女に勝ちたければ、公爵家以上の旦那を捕まえることを勧める。王族の嫁になれたら最高だね” と」
と、ジークフリート殿下がお答えします。
「あぁ。そうですね……あの子から、ブリューと張り合いたい、ブリューに自分を見て貰いたいという謎の対抗心のような執着を感じましたわ」
イザベラも参戦です。傍から見たら、そんな感じだったのですね。
「上手くいくかどうか解らない駒だけど、効果が出ればラッキーみたいな気持ちでいればいい。たいして期待していないし、失っても痛手はない」
「逆に効果が出るのならそれは、“ピンクブロンドは危険な存在”説に信憑性が増しますわね」
「なるほど。帝国内で“破滅に繋がる”分には、我々には与り知らぬことだな」
王族の会話、怖い。
そう思ったわたくしは、一貴族子女に過ぎないのです……国政に係わるような、それも策謀に関与する人間ではありません。
「出よう、ブリュン」
オリヴァー様がわたくしの耳元で囁きつつ、手を取って立たせて下さいました。
「殿下方。そしてアスラーン国王陛下。我々のような一貴族には、これ以上耳に入れない方が身の為だと思いますので、この辺で下がらせて頂きます」
オリヴァー様が優雅に一礼する姿に、わたくしも慌ててそれに倣いました。
「あぁ、付き合わせて済まなかったね」
ジークフリート殿下が軽く手を振ってお許し下さったので、わたくし達は揃って王族控室を退出しました。
部屋を出るとホッと一息付けました。
緊張で肩が凝るメンバー(イザベラは除く)でしたからねぇ。
「俺の宝物、ブリュン。良かったよ、君に何事も無くて」
額に温かな唇が寄せられました。
そうです、言っておかなければならない事を思い出しました。
「オリヴァー様、お手紙でもお知らせ致しましたが、わたくし達の婚姻の件ですが」
「あぁ、正式なお悔やみがまだだったね。―――この度は、突然のおばあ様のご逝去、心痛如何ばかりかと……すぐにでも君を慰めに駆け付けたい処だったけど、遥かな地にいて叶わなかった。申し訳ない。君の大変な時に傍に寄り添えなかった自分が情けなくて堪らないよ」
わたくしの両手を、オリヴァー様の温かい両手が包みます。
端正なお顔がなんとも辛そうに歪んでわたくしを見詰めます……。
「あ、いえ、……お心遣い、痛み入ります」
お背の高いオリヴァー様に見下ろされて。
視界いっぱい、オリヴァー様だけ、です。
「ブリュン。俺の宝。俺の愛しい人。ロイエンタールの領地が王都を挟んだ反対側に無ければ。せめて、俺が領地ではなく、王都に居たならば一早く駆けつけられたのに。本当に済まなかった」
わたくしの手を口元に運ぶオリヴァー様……。爪先にくちづけられて、ちょっとくすぐったい、です。滴るような色気が、ど、どうしたら良いのでしょうか。
「あの……はい、お心、ありがたく頂戴致します……」
どうしましょう、恥ずかしい。オリヴァー様が色気たっぷりの瞳でわたくしを見降ろすから…。
「そして……やっぱり、婚姻式は延期になるよね?」
「……はい。喪中になります、から」
元々、わたくしが学園を卒業したらすぐに婚姻式の予定でした。でも喪中の期間に掛かる為、当初の予定より半年ほど延期になりそうです。
「式は延期でも、俺がクルーガー家に引っ越す予定日はそのままで、構わないよね?」
「え?」
当初の予定では、婚姻式の直前にオリヴァー様が引っ越してくる予定でしたが。
「構わないよ、ね?」
この、謎の圧はなんなのでしょう?
「君と離れていたくないんだ。もし、君が泣いていたら。もし君が苦しんでいたら。そう考えると距離があるのが怖くて堪らない。少しでも傍にいたい。君が泣いていたら慰めたい。苦しんでいるなら一緒に苦しみたい。……いけない事だろうか?」
「……いいえ。素敵な考えだと、思います……」
謎の圧に負けてそう答えたら、オリヴァー様は明るい、満面の笑顔でわたくしを見ました。
「良かった! では引っ越しは予定通りにするからね!」
「……はい」
我が家のお婿さま(予定)は、なかなか強引で、でもわたくしのことを第一に考えてくれる、とても素敵な人なのです。
あぁ!
なんだか、唐突にゾフィーの考えが解った気がしました。
『おねえさまは、やっぱりズルい……』
あの子、最後にそう言ったのです。
そしてわたくしは、恵まれているのです。家族にも、友人にも、そして婚約者にも。
でもゾフィーには、家族がいない。
友人も、婚約者もいない。一緒に育ったはずの“おねえさま”は本当は“おねえさま”ではなかった。
本当に、何もなかった。
『謎の対抗心のような執着』、と分析力に優れたイザベラが言ってましたね。恐らくゾフィーにとって、執着するのはわたくし以外なかった、ということなのでしょう。
そういえば、本人が言ってました。“笑ってくれない”とか“謝ってくれたら許す”とか。なんて斜め上の発言なんだろうと思っていたけど、どんな形でも良いから、わたくしの反応が欲しかった、ということなのでしょう。
わたくしの推測は的外れかもしれません。
それに。
あの子はきっと知らない。
わたくしの方がずっとあの子のことを“ズルい”って思っていたことを。
あの子はとても綺麗に笑うから。その笑顔で誰をも魅了したから。
笑うってあの子みたいにするのねって思ったら、とてもわたくしには出来なかった。
いつの間にか、笑うこと自体が苦手になっていた。
あの子の持って生まれた姿形のなにもかもが、ズルいと思うほど、羨ましかったわ。
そんなこと、口にはしなかったけれど。
それに、わたくしはこの学園で愛する人に出会ってやっと笑うことを思い出した。彼のお陰で毎日が楽しくて郷里のことなどすっかり忘れていたくらい。
もうあの子にしてあげられることは何もない。
けれど、あの子が自分の力で自分の欲しい物を手に入れることが出来ればいい。そんなことを願ってしまう。
できれば、わたくしとは関わらない、遠い処で。
「お人好しのブリュン。そんな君が大好きだけど、もう思い詰めないで。余所のことばかり考えていると、俺の足を踏んでしまうよ?」
そうでした。
いつの間にか舞踏会の会場にいるのです。オリヴァー様の手を取って、すぐにでも次の曲が始まりそうです。
「申し訳ありません、集中します」
「そう。君は俺だけを見ていれば、それでいいから」
まったく! オリヴァー様は、すぐにわたくしを甘やかそうとするから、油断できませんね!
流れてくる曲に合わせシャンデリアの光の下、時折紫色に見えるオリヴァー様の碧眼を見詰めながら、わたくしはワルツのステップを踏んだのでした。
【おしまい】
あとがきという名の補足説明が、続きます
「でもその時は美少女ではなく、男子学生だったのですね?」
「あぁ」
「美少年と呼んでも差し支えない容貌はしていましたよ」
アスラーン陛下、ラインハルト王太子殿下、そしてカシム様が真剣なお顔でお話をしています。
……わたくし、場違い感が強くて居た堪れません。
と、思っていたら、
「ブリュンヒルデ嬢も、ピンクブロンドに付き纏われていたのだって?」
王太子殿下が急にわたくしにご下問されるから驚きます。
「えぇ! どこに居ても現れては、口汚く罵られましたわ! その度に憔悴していく彼女が心配で心配で……兄やジーク殿下にご相談いたしましたもの!」
……答えたのは、わたくしではなくイザベラでした。
「これは、15年に一度の周期で現れて、王家、或いは貴族間に混乱を呼ぶという事か?」
「兄上。それは早計かと。まだ絶対とは言い切れません」
「次に現れるのが15年後、という事なら、王太子殿下たちのお子が、被害にあう可能性がありますな」
アスラーン陛下のお言葉に、皆、苦い顔をしました。
なんともゾっとする予言です。
「これは、学園の教職員たちにそれとなく注意喚起しておくべきか。“ピンクブロンドの学生が来たら気を付けろ”と」
「見かけで差別する事になりませんか? それは、如何なものかと存じます」
と、王太子妃殿下が冷静な意見を出します。
「確かに。だからこそ、注意深く見定めねばならぬな。我々の代には辛うじて現れなかったが、ブリュンヒルデ嬢は被害にあった。予言では“破滅に繋がる”というのが気にかかる……」
王太子殿下は、やはりお母上の予言でもあるから、心配なのでしょう。とてもお気になさっているご様子です。
「俺たちの代に現れた頭に花の咲いた変態野郎は、男爵家子息の分際で王女殿下を呼び出し殺害予告をしていたぞ。どうやら、頭の中まで自分流の花畑に犯されて、普通の判断が出来ないらしい」
アスラーン陛下の証言に、皆、黙り込んでしまいました。
なんとも、恐ろしい存在だったのですね……。
「あの……殿下、質問をしてもよろしいでしょうか?」
沈黙を破るのも気が引けましたが、いつ退出しても良いように、聞きたい事は訊いてしまいます!
それにしても、“殿下”と呼んで目線で返事をしてくれる方が三人もこの場に居るって、なかなか凄い事ですよねぇ。そのうち、わたくしの親友もそんな人になってしまいますが。
「ゾフィーの処分は、どの様になるのでしょう? 最恐兵器、と仰っていましたが……」
「気になるの? 君、本当にお人好しだね」
ジークフリート殿下が瞳を猫のように細めてわたくしを見ます。
「んー、罪を犯したのは確かだから、罰を受けなければならない。
だけど、彼女は生まれ持った何かが有る。それを如何なく発揮して貰いたい。出来れば我が国ではなく、他国で。
よって、国外追放にしようと思っている。
つまり―――ガリヤ帝国に行ってひと働きして貰おうと」
ニヤリ、と笑いながらジークフリート殿下が仰いました。
「ガリヤ帝国……あそこは近年、我が国の学園を真似て、学校を作ったと聞いている。もしや、そこにピンクブロンドを入れて……」
と、王太子殿下。
「そう。ガリヤ内に混乱を招いてくれないかなぁ、なんてね。あの国、最近鼻につくからね」
と、ジークフリート殿下。
「我々が思うような成果が旨く上がるでしょうか?」
妃殿下がそう問えば、
「いや? 分からない。だが、本人次第だろう。彼女にこう言えばいい、と思っているんだ。
“君が意識していたおねえさまは侯爵家の婿を捕まえた。彼女に勝ちたければ、公爵家以上の旦那を捕まえることを勧める。王族の嫁になれたら最高だね” と」
と、ジークフリート殿下がお答えします。
「あぁ。そうですね……あの子から、ブリューと張り合いたい、ブリューに自分を見て貰いたいという謎の対抗心のような執着を感じましたわ」
イザベラも参戦です。傍から見たら、そんな感じだったのですね。
「上手くいくかどうか解らない駒だけど、効果が出ればラッキーみたいな気持ちでいればいい。たいして期待していないし、失っても痛手はない」
「逆に効果が出るのならそれは、“ピンクブロンドは危険な存在”説に信憑性が増しますわね」
「なるほど。帝国内で“破滅に繋がる”分には、我々には与り知らぬことだな」
王族の会話、怖い。
そう思ったわたくしは、一貴族子女に過ぎないのです……国政に係わるような、それも策謀に関与する人間ではありません。
「出よう、ブリュン」
オリヴァー様がわたくしの耳元で囁きつつ、手を取って立たせて下さいました。
「殿下方。そしてアスラーン国王陛下。我々のような一貴族には、これ以上耳に入れない方が身の為だと思いますので、この辺で下がらせて頂きます」
オリヴァー様が優雅に一礼する姿に、わたくしも慌ててそれに倣いました。
「あぁ、付き合わせて済まなかったね」
ジークフリート殿下が軽く手を振ってお許し下さったので、わたくし達は揃って王族控室を退出しました。
部屋を出るとホッと一息付けました。
緊張で肩が凝るメンバー(イザベラは除く)でしたからねぇ。
「俺の宝物、ブリュン。良かったよ、君に何事も無くて」
額に温かな唇が寄せられました。
そうです、言っておかなければならない事を思い出しました。
「オリヴァー様、お手紙でもお知らせ致しましたが、わたくし達の婚姻の件ですが」
「あぁ、正式なお悔やみがまだだったね。―――この度は、突然のおばあ様のご逝去、心痛如何ばかりかと……すぐにでも君を慰めに駆け付けたい処だったけど、遥かな地にいて叶わなかった。申し訳ない。君の大変な時に傍に寄り添えなかった自分が情けなくて堪らないよ」
わたくしの両手を、オリヴァー様の温かい両手が包みます。
端正なお顔がなんとも辛そうに歪んでわたくしを見詰めます……。
「あ、いえ、……お心遣い、痛み入ります」
お背の高いオリヴァー様に見下ろされて。
視界いっぱい、オリヴァー様だけ、です。
「ブリュン。俺の宝。俺の愛しい人。ロイエンタールの領地が王都を挟んだ反対側に無ければ。せめて、俺が領地ではなく、王都に居たならば一早く駆けつけられたのに。本当に済まなかった」
わたくしの手を口元に運ぶオリヴァー様……。爪先にくちづけられて、ちょっとくすぐったい、です。滴るような色気が、ど、どうしたら良いのでしょうか。
「あの……はい、お心、ありがたく頂戴致します……」
どうしましょう、恥ずかしい。オリヴァー様が色気たっぷりの瞳でわたくしを見降ろすから…。
「そして……やっぱり、婚姻式は延期になるよね?」
「……はい。喪中になります、から」
元々、わたくしが学園を卒業したらすぐに婚姻式の予定でした。でも喪中の期間に掛かる為、当初の予定より半年ほど延期になりそうです。
「式は延期でも、俺がクルーガー家に引っ越す予定日はそのままで、構わないよね?」
「え?」
当初の予定では、婚姻式の直前にオリヴァー様が引っ越してくる予定でしたが。
「構わないよ、ね?」
この、謎の圧はなんなのでしょう?
「君と離れていたくないんだ。もし、君が泣いていたら。もし君が苦しんでいたら。そう考えると距離があるのが怖くて堪らない。少しでも傍にいたい。君が泣いていたら慰めたい。苦しんでいるなら一緒に苦しみたい。……いけない事だろうか?」
「……いいえ。素敵な考えだと、思います……」
謎の圧に負けてそう答えたら、オリヴァー様は明るい、満面の笑顔でわたくしを見ました。
「良かった! では引っ越しは予定通りにするからね!」
「……はい」
我が家のお婿さま(予定)は、なかなか強引で、でもわたくしのことを第一に考えてくれる、とても素敵な人なのです。
あぁ!
なんだか、唐突にゾフィーの考えが解った気がしました。
『おねえさまは、やっぱりズルい……』
あの子、最後にそう言ったのです。
そしてわたくしは、恵まれているのです。家族にも、友人にも、そして婚約者にも。
でもゾフィーには、家族がいない。
友人も、婚約者もいない。一緒に育ったはずの“おねえさま”は本当は“おねえさま”ではなかった。
本当に、何もなかった。
『謎の対抗心のような執着』、と分析力に優れたイザベラが言ってましたね。恐らくゾフィーにとって、執着するのはわたくし以外なかった、ということなのでしょう。
そういえば、本人が言ってました。“笑ってくれない”とか“謝ってくれたら許す”とか。なんて斜め上の発言なんだろうと思っていたけど、どんな形でも良いから、わたくしの反応が欲しかった、ということなのでしょう。
わたくしの推測は的外れかもしれません。
それに。
あの子はきっと知らない。
わたくしの方がずっとあの子のことを“ズルい”って思っていたことを。
あの子はとても綺麗に笑うから。その笑顔で誰をも魅了したから。
笑うってあの子みたいにするのねって思ったら、とてもわたくしには出来なかった。
いつの間にか、笑うこと自体が苦手になっていた。
あの子の持って生まれた姿形のなにもかもが、ズルいと思うほど、羨ましかったわ。
そんなこと、口にはしなかったけれど。
それに、わたくしはこの学園で愛する人に出会ってやっと笑うことを思い出した。彼のお陰で毎日が楽しくて郷里のことなどすっかり忘れていたくらい。
もうあの子にしてあげられることは何もない。
けれど、あの子が自分の力で自分の欲しい物を手に入れることが出来ればいい。そんなことを願ってしまう。
できれば、わたくしとは関わらない、遠い処で。
「お人好しのブリュン。そんな君が大好きだけど、もう思い詰めないで。余所のことばかり考えていると、俺の足を踏んでしまうよ?」
そうでした。
いつの間にか舞踏会の会場にいるのです。オリヴァー様の手を取って、すぐにでも次の曲が始まりそうです。
「申し訳ありません、集中します」
「そう。君は俺だけを見ていれば、それでいいから」
まったく! オリヴァー様は、すぐにわたくしを甘やかそうとするから、油断できませんね!
流れてくる曲に合わせシャンデリアの光の下、時折紫色に見えるオリヴァー様の碧眼を見詰めながら、わたくしはワルツのステップを踏んだのでした。
【おしまい】
あとがきという名の補足説明が、続きます
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